#8 シズカ嬢
「失礼します。リア一年生はいますか?」
リア様は既にかなり有名だ。分かりやすく存在感があるし、何よりも声を聞けば何処にいるか分かる。魔術も得意で、顔もイケメン、唯一喋れないことが欠点だが、その欠点すら特別感がある。だからこそ休み時間になれば隣のクラス、違う学年から見に来ることも多い。だけど声を掛けてくることは滅多にない。喋れないということもあるだろうけど、何より話しかける要件が無いのだ。逆に言えばわざわざ声を掛けに行くということは印象に残ることだった。
「#」
あまり身長が高くない私は、誰が呼んだか分からなかった。よく分からないまま、リア様に付いていくとリア様と同じくらい長身の方がいた。周りの女性がリア様ではなく、呼び出した方の男性を見ている。
「まず紹介させてもらおう。ヨリイチ・イチジョウ。生徒会の副会長をやらせてもらっている」
名前的に東の国の方だろう。私達の学年服よりもつけているバッチが多い。東の国の人にして肌は浅黒い。イケメンだ。
「此方リア子爵。と言ってもここでは一介の生徒ですが」
建前上は平等と言えど、本来の家格を出すのは大事なことだと思っている。ただ少し怪訝な顔をされたのでやり過ぎだったかもしれない。
「失礼だが、君は?」
「リア様と同じ出身のマリー・スプリングフィールドです。何と言えば良いか、リア様の通訳のようなものを行っています」
と言ってもリア様は別に言葉自体が分からないわけではないので、代弁者というのが近いのだろうが、何か宗教的指導者みたいな雰囲気がでてしまうので、翻訳と言っている。
「そうか。リア君は喋れないものな。だが、お気遣いは結構。リア君が首を縦か横に振ればわかるのだから」
つまりは君がいない場所で話したいという話だろう。
「あー、わかりました。ただ直ぐに控えてますのでもし困ったらお声がけください」
しかし、こういった目論見は大体失敗する。結局はリア様の意図が分からず、私に話が行くことになる。しかし、これは、私が何度も経験しているパターンというだけで、相手はまだ1回も経験していないのだ。そうなると相手が経験するのが一番だ。私は話が聞こえない範囲まで離れた。しばらく待っているとリア様がチラリとこちらを見てきた。このパターンは私が必要な時だ。
「#〜」
リア様に呼ばれた。
「あの、私が間に入りましょうか?」
「...うん。私が悪かったな。先程の非礼を詫びさせてくれ。済まなかった。」
良かった。こういう時にたまに逆ギレをする人がいるのだ。
「それでリア君の言っていることを訳して貰えないか?」
「すいません。よく勘違いされるのですが、私は別にそのまま訳せるわけではないのです。文脈が分からないと全然分からないのです。なので.......」
と控えめに何を話していたかを教えてもらうことにする。
「仕方ないか。別に疚しいことではないしな」
そう言って説明してもらうのは生徒会のことでした。ヨリイチさんの長ったらしい、失礼、歴史の重みがあり、修辞に長けているヨリイチ様のお言葉を簡単に要約するとどうやらリア様を生徒会に誘いに来たようです。それだけなら私に話しても問題ないのでは?と思ったが、どうやらこの学園の政治的な面が入っているらしい。この学園は、中央国の官僚のほぼ全ての人が通う学校である。その為、学校での貢献や功績がそのまま出世に影響するそう。リア様の様な長男は家を継げるが、継げない人間にとっては一世一代のチャンスと言える。そんな中、最も貢献と功績を積みやすいのが、この生徒会という組織で実質的な学校のトップと言えるそうなのだ。そしてその生徒会は男性のみが参加できるそう。それが私を避けた理由らしい。別に話を聞くくらい良いだろうと思うが、それすらも避けたい様だった。
そして、それを断ろうとしているのがリア様であった。話を全て聞いた結果、どちらかと言えば、リア様が断ろうとしていることの方が不可解だった。
「良いじゃないですか。受ければ」
先程まで言っていたように首を縦に振ればこの話は終わる。それにリア様にもいくつものメリットがある。リア様が家督をいずれ継ぐため、中央国の官僚争いに参加しないと言えど、コネはあればあるだけ良いのだ。
「#*$¥?」
何でか微妙な反応をしているのだが、理由はわからない。
「ちなみにリア様に何をさせようとしているのですか?」
「ん? 書記だ」
書記、書記ですか。
「あのリア様は実は文字を書けないのもご存じですか?」
「文盲ということか?」
「いえ、違います」
そもそも文字が書けるのなら私の立場など必要が無いのだ。
「リア様は同一の文字を書いているつもりなのですが、文字が全て違うという現象が発生していて」
「一体どういうことだ?」
「よくわかりません。リア様は文字を真似して書くなどもできないのです」
「なっ、模写ですら!?」
リア様の言語については本当によくわからないので、その様な反応も無理はない。
しばらくヨリイチ様は、思考が止まった様に、停止した。まあ、リア様がどうして断るかわからないが、正直言えばヨリイチ様が断る理由はいくらでもある。
「まるで呪いみたいだな」
私はその言葉を聞き逃さなかった。
「まあ、それは些細な問題だ。別に問題ない」
問題がないようには思えなかったけど、納得したようだった。
そうなったら、後はリア様次第だが。
「逆にリア様は何で断るんですか? むしろやった方がいいと思いますけど」
そう言うと困った様に笑った。もしかしたら余計なこと言ってしまった?
「そうだともリア君。そうだ。試しでいいから来てみてくれないか? 会長も気のいい方だから」
そう言うとリア様を連れて行ってしまった。
しかし、私は気づいていなかった
リア様と四六時中一緒にいたということは、リア様と離れ離れになる時間が殆どなかったことに。
まるでポッカリと時間が抜け落ちてしまった様でした。
「一体何をするべきでしょうか?」
そう、ここまでリア様のお世話だったり、勉学と忙しい生活を送っていたのですが、いざ暇になると何をすればいいかわかりません。
「とりあえず図書館でも行きますか?」
戻っても同室の子は何処か行っているでしょうし、寮以外ではあまり会ってはいません。リア様が何処か行くと独りぼっちです。そして生徒会というのは、男性しか入れないのでリア様が生徒会に行くとなるとこの状態が続きます。あれ? もしかして私って友達が少ない? いやいやと思い返してみるが、同室のアンナ以外はリア様起点の知り合いだということに気づく。ヴィクトリアさんですら微妙なラインだ。リア様がいなければ、喋ることすらできなかっただろう。
「すーっ」
もしかして私自身の友達っていない?
新たに発覚した事実を考えないようにしつつ、図書館に向かう。オリエンテーションで紹介して貰いましたが、時間を潰す目的で入るのは初めてでした。入ると司書さんが1人ともう1人本を読んでいる人がいました。こういった所で出会いを求めていくべきか? いやいや、相手は少なくとも本を探しに来ているのだ。下手なことをするべきではない。
さて言語学のお話を探すか。いや、それよりも先程ヨリイチさんが口に出していた言葉が気になっていた。
「まるでノロイみたいだな」
その言葉が妙に私の記憶に残りました。「ノロイ」という意味がどういったものか気になります。探して見るだけ。それが何に役立つかは検討もつきませんが、探すだけなら。
ノロイ、ノロイ、ノロイ
その言葉の本のタイトルはなかなか見つかりませんでした。本の中身に書いてあるのか? しかし、この言葉がどういった系統のことかもわかりません。辞書を調べて見ても言葉の意味すら出てきません。
「すいません。いいですか?」
ダメ元で司書さんに聞いてみます。
「はい」
「ノロイって言葉が何を指すかわかりますか?」
「ノロイ? 申し訳ないけど知らないわ」
「そうですか。ありがとうございます」
手がかりは無かった。次ヨリイチ様に会えたら聞いてみるか。
図書館から出ようとした直後だった。何者かが私の肩を叩いたのだ。
「ヒャッ」
振り返るとさっきまで図書室で本を読んでいた学年の方が申し訳なさそうに手を前に出していた。図書館だからか一言も発していないが謝っているのはわかる。
「あ、いえお気になさらず。それでは」
そう言って去ろうとするのだが、肩を掴まれた。
肩を掴まれたが、何故か焦っているのはあちらの方で、此方に何か伝えたいようだが、焦っているのでわからない。
「あの、何か?」
パクパクと魚みたいに口を開いたり、閉じたりしているので可愛らしく見えてきた。最初はびっくりしたが、よくよく見ると愛らしい顔をしていた。地毛なのか癖のある髪は長く、鮮やかな黒色だった。髪に隠れてよく分からないが、髪を上げたら可愛く見えそうだと思った。
相手が余りにも焦っているので、冷静になって観察しているのもそろそろ可哀想になってきた。助け船を出そうと声を出した。
「もしかして風邪か何かで喋れなかったりしますか?」
そう言うと首を指した後、バッテンを手で作った。しかし、直ぐに自分の愚かさに気付かされた。
「あっ、失礼しました。喋れないんですよね」
リア様は「喋れる」のだ。喋れない人には慣れていなかった。よくよく考えてみればさっきから音すら出していないのだ。
その少女は空中にいきなり文字を書き始めた。こんなこと言うのもあれだが、初対面で空中に文字を書いて読めるのなんて私くらいじゃないか?
『ノロイについて調べているの?』
「あ、はい。と言っても何を調べているのかすらわからないのですが」
『そうなんだ』
残念そうというよりは思っていたのとは違うという感じだった。
「呪いとはなんですか? それがもし役立つとしたら知りたいのですが」
私の言葉に少し考えると空中に書き出した。
『呪いとは東洋のエンシェントマジックの一種です。今使える人は殆ど居ません』
エンシェントマジックとは、確か現在使われている近代魔術より以前の時代の魔術だ。リンゴォ氏曰く近代魔術が優秀すぎて大体の魔術は衰退してしまったそうだ。
「そうなんですか。具体的にどういった魔術なのですか?」
『わからない』
「そうですよね」
うーん。まあ、そうだよね。中央国の大図書館ならあるかもしれないが。わからないだろう。
「ありがとうございました。暇だから調べていた様なものなので気になさらないでください」
暇。そう暇だったから調べていた。そして何故暇だったのかと言えば、リア様が生徒会に参加するからなのだ。
「今更ですが、お名前は?」
『シズカ・イチジョウです』
「私はマリー・スプリングフィールドと申します。いつも図書館にいるのですか?」
「はい」
よしよし。
「それでは失礼します。教えて頂いてありがとう御座いました」
二回目の実践魔術は第一術式の盾の実践でした。と言っても私は魔術を行使するということからです。上級、中級、初級と分かれて練習するのですが、私は、更に離れて先生とマンツーマンで練習しています。
「体内のオドを感じ取れるか?」
「いえ? 全くわかりません」
「…そうか。じゃあまずそこを感じ取れる様にだな」
「はい」
みんなが魔術の練習をする横で体内の魔術を把握するのは、どうやら貴族としては幼子にやらせる様な訓練だったようで、私を笑う様な生徒もいた。だけどこの時はまだ笑われても気付いていなかった。
反復練習に勝る練習はないと知っていても、それ以外の方法を求めてしまうのが人間の性というもので、その求めた先は、図書館で出会った彼女だった。
「シズカさん、私に魔術を教えてくれませんか?」
きょとんという擬態語がそのまま本当に鳴っているかと思った。まあ、驚いたのも無理がない。関わりもここでしかない。ただ彼女が二年生ということだけは知っているのだ。彼女の制服についているバッチが二年生のものというのはこの学園にいてしばらくしたらわかる。
『なんで、私?』
「クラスの人に教えて貰うのが恥ずかしいので」
『私教えるの向いてないよ。無詠唱覚えたいなら別だけど』
無詠唱という技術があるのは、初めて知った。いや、リア様も実はやっているのか?精霊語を喋るので私が気づかなかっただけで、もしかしたらやっているのかもしれない。
「いえ、そもそも魔術が見えないんです。」
『じゃあ、この文字どうやって見ているの?』
「え? 普通に目で追っていますが...」
『あなたは別の才能がありそうね』
「お師匠様的な人にも言語に関わる習熟は早いと褒められました」
『まあ、それぐらいなら』
そう言って席を立って本棚に向かって一冊の本を持って戻ってきた。
それは魔術について書いてある分厚い本だが、どう考えても私が読む様なレベルには思えない。
『魔術が何かを説明するとこういった難しい本になる。ただ君は私と同じタイプに見えるからこういった本の方がいいだろう』
本を開くと文章が難しすぎて、一見して読めないように見える。
『多分貴方は力を込めれば魔術を使えるとかそう言われたでしょ。実際、現代魔術の殆どの魔術は、魔力による現象の発露。意識の集中さえできれば、使えてしまうから、実は魔力が見える見えないなんてのは、あまり関係ないの。でも、魔術を極めたいなら魔力が見えたほうがいい』
そう言って本を読みながら、彼女の説明を受ける。本でわからない箇所は、彼女の体験が私の知識を埋める。本の知識をそのまま受け取った訳では無い。いや、まだ私にとって受け取りきれなかったのかもしれない。しかし、私の経験と知識を持ってわかった事がある。
「ありがとうございます。未熟なりに理解できました」
『何が理解できたの?』
流石にこの短時間で理解出来ると思わなかったのか怪訝そうに聞いてきた。
「はい、つまり魔術は言葉なんです」
それが自分の中でしっくりと来た。でもシズカさんはしっくりと来ていないようだった。
『それじゃあ喋れない私が使えるのは何故?』
「別に喋ることだけが、言葉ではありません。文字を書くのだって、無言だって言葉です。ただ人に伝えるという過程があるものは全て言葉です」
『言葉なんて定義が広すぎるわ』
「そうかもしれないですが、私にとってはこれで良いんです」
私にとっての意識の集中とは、つまり言葉なのだから。そう考えると見える景色が変わった。
「もしかして今まで空中に文字を書いていたのって魔術で見える様にしていたんですか?」
そうシズカさんが空中に書いていた文字は、ずっとその場に残っていた。
『本当に見えていなかったのね』
「はい、指の動きを目で追っていましたから」
世界が変わるとはこのことを言うのだろう。
「ありがとうございました」
『別に。何もしてないわ。それに未だに納得は行かないしね』
魔術とは、言葉である。確かにそれは私の中で無理やり納得させたものだ。
「これで体内のオドが感じ取られるようになりますね」
『待って』
何か私が間違ったことを言ってしまったかのように、シズカさんは私を制した。
『魔力を見るじゃなくて、体内のオドが感じとれるようになるって言った?』
「は、はい」
『最初からそう言いなさいよ。そのレベルすらできていないのなら別の話よ』
「え?」
『あなたは難易度が全然違うことをやってたの』
「こっちのほうが簡単ということですか?」
ため息をついて呆れたように言った。
『逆よ。やらなくてもいいこと教えたのよ。わざわざ難しいこと教えちゃったじゃない。足し算を教えるべき相手に一次関数を教えたようなものよ』
「それはなんというか、ごめんなさい」
怒っているのか、心なしか文字も荒っぽく見える。
「それもあんな意味不明な解釈で見えるようになるなんて。数学を見て、数字も文字なんですね。文字ってことは言語学ですねって言って習熟してしまうようなものよ」
「......そうですよね」
流石にここで数学も言語だと思って理解しているとは言い難い。
『あなた頭がいいんだか、悪いんだかはっきりしてくれない?』
「そんな無茶な」
今回見せてもらった本は借りて、読み返すことにした。まだ本の内容がすべて理解できるとは思っていないが、学ぶことは多いはずだ。
しかし、自室に帰って気づいたのだが、魔術が見えることが高度な技術と言いつつ、シズカさんは魔術で描いた文字で会話していた。何だか矛盾を感じないでもないが、あまり気にしないことにした。
次の日の魔術の実践の授業では、先生はあり得ないほど喜んでいた。
「いやあ、良かった。体内のオドが感じとれない子は初めてで、正直そんな子がいるとは思わなかった」
どこかトゲがあるが悪気はないだろう。
「次は第一術式の盾を覚えていこう」
「はい」
「初めはどうなるかと思ったが、これなら追いつけるかもしれない」
しかし、同じ初級と言えど第一術式の盾だけではなく、攻撃術式まで移っている子もいたのでかなり遅れていることには違いない。
「よし。覚えていくぞ」
「はい」
しかし、その成果は芳しくなかった。先生曰く守りたいという気持ちがあれば、できるらしいのだが、あまり言っていることはわからず、形にならない。
やっぱり、この先生とは相性が悪いのかもしれない。




