#7 最初の授業
私が覚えなければいけないことは人間関係だけに収まらない。当然、学業のほうにも専念しなければならなかった。
「さて君たちも入学したばかりだろうが、早速授業に入ろう」
最初の授業は練習着に着替えて外で行った。
「この魔術演習の時間だけは学年全体で行う。魔術は一部を除いて、ある程度の努力と練習量があればある程度まで出来るようになる。卒業までに第三術式ができれば、卒業資格としては十分といえる。もちろん、私はそれ以上を求める。だが君達は才能の違いを感じることだろう。私は努力で必ずしも才能の差が埋まるとは思っていないし、魔術を必要とせずに生きていくことも可能だと思っている」
なのでと教師はもったいぶって言った。
「これから魔術の上手さに分けて、大きく初級、中級、上級に振り分ける。毎年この振り分けに疑問を持つものがいるが、途中上のクラスにいける場合もある。クラスに沿って教える先生も教える内容も変更する。予想される通り、上のクラスであればあるほど、難しい魔術の練習ができる。逆に下のクラスであれば、もし君達が実力的に上の術式ができるとしても、それを練習させることはない。」
先生は、これからの授業や今から行う試験についての説明を行った。
「それでは順番に見ていく。第一術式の盾を見せろ。できる奴は第四術式の重盾でもいいぞ。では、アシモフ君からやっていきなさい」
そうして順番にみんなの目の前で第一魔術を使用していく。私はリア様が使用する様子以外まともに見たことがなかったから一つ疑問に思った。
盾ってあんなに汚かった?
第一術式の盾は球体の透明な盾を展開する魔術だ。イスカ様もできる魔術師にとっては基本的な魔術だ。でも、皆の第一術式はリア様とは、全くの別物だ。
リア様が卓越して上手いのは理解できる。でもこんなに差が出るのか?
「次マリー君」
「はい」
「それではやってみろ」
私の順番が来た。みんなの前に立つが、私は先生に対して言う事が決まっていた。
「あの…私、魔術使えないです」
「ん? 恥ずかしがらなくたっていいんだぞ」
「いえ、本当に魔術に触れたことがないんです」
そう言うとどこからかクスクスと笑う声が聞こえた。
「なるほど、魔術に触れたことが無いものを教えるのは初めてだな。わかった。君は初級だ」
「はい」
後ろを振り返ると見下す様な眼差しがいくつも私を捉えていた。公爵から聞いてはいた。魔術ができないものは差別されると。表にこそ出さないが、公爵が言っていたことが本当だと知り、内心驚いた。今まで魔術を覚える時間などなかった。そりゃあリア様が拾ってくれなきゃ城壁の外の暮らしだったんだもの。リンゴォ氏も流石に魔術の練習をするのは、時間が取れないと言っていた。いや、正確に言うと最初何度か教えてもらったのだが、要領が悪いのか、君に魔術を教えるのは効率が悪いと言われてしまったのだ。
「次、ダーシー君」
私が座ると次の人がどんどんと呼ばれる。
「はい」
ダーシーさんは前に出ると透明だが、少し白ばんだ盾を展開した。
「上級だ」
「はい」
何となくどういう基準で組み分けられるか分かってきた。
「次イットウ君」
「はい」
イットウさんは少し時間を掛けて術式を唱えると第四術式の重盾を出した。
「君は上級」
「はい」
当然とばかりに笑いながら戻ってきた。
「イブラヒム君」
「はい」
イブラヒムさんは白と透明が混ざった斑模様の盾を出す。
多分これは中級だ。
「中級だ」
「はい」
「ヴィクトリア君」
「はい」
盾は薄ぼけて白っぽく少し変形している。
これは中級かな。
「中級だ」
「はい」
「次、アレックス君」
あれ?
疑問に思ったのも束の間、先生に向かって声を上げていた。
「あ、あの!」
「何かな。マリー君」
「リア様。リア・クローバーの順番を飛ばしています」
「ああ、それなら彼は上級だ。気にすることではない」
なるほどそれならばと納得した。
「納得しました。失礼しました」
別に飛ばされたのが気になっただけなのでそうであれば気にすることでもない。
「待ってください」
そう止めたのは別のクラスの生徒だった。彼は先程初級に決まり異議を申し上げていた子だ。
「彼が西国の竜と呼ばれているのは知っています。しかし、学園の先生とあろう方が、風聞だけで判断するのは如何なものかと」
しかし、先生は素っ気無く答えた。
「私は最初から実力でしか見ていません。次アレックス」
「は、はい」
そっけなく受け流されていた。口答えはしないものの彼が不満を感じているのはわかるし、その不満が伝播していくのもわかる。
「主が試験もせずに上級に行けて嬉しいかい?」
それを言うのはイットウ氏だ。この人は言い方がいちいち嫌味ったらしい。しかし、そういう人であるというだけで悪意がある人ではないと気付いた。
「いえ、飛ばされたのかと思っただけなので何処に入ろうと気にしないですよ」
心からの本心で言ったつもりだったのだが、この返答には不満気だった様子だ。
主贔屓かもしれないが、私が見たことがある魔術師でリア様より凄い方は今まで見たことがなかった。それは子供という枠組みではなく、大人と比べてもリア様を超える人は見たことがない。
しかし、1人だけ凄いと思える人がいた。
「ツバキ・シラヌイ」
その方はリア様以上に異様だった。見た目という面でもそうである。彼女は仮面を付けていた。先生から何も言われないあたり、許されているのだろう。しかし、不気味には違いなく、彼女が前に行くと、先程まで喋っていたみんなが黙った。
「ツバキ・シラヌイ。見せてみろ」
その盾の術式は今回見た中で一番綺麗だった。透明で透き通っていて円に歪みが少ない。
「上級だ」
「…」
最初から最後まで一言も喋らず、去っていった。
「綺麗でしたね」
「魔術が出来なくても巧拙は分かるのか?」
イットウ氏から冗談めかしく言われた。
「魔術は知らなくとも一番上手い人は知っていますので」
「ふーん、見てみたいものだね」
その言葉は口に出さないものの恐らくこの場の誰もが思っていたことに違いない。
「さてこれで全ての人の組み分けが終わった。もしかしたらこの結果に不満…」
「お待ち下さい!」
その声にその場にいた全ての人が意識を向けるが、みんな内心思っていたに違いない。
またか。と
さっきリア様の評価に口答えした少年だ。彼は初級に組み分けられていた気がする。
「私は第三術式まで使えます。なぜ中級ですら無いのですか!?」
それに返答するでもなく先生は答えた。
「君達に授業の意図を説明していなかったね」
そういうと懐に刺していた木剣を抜いた。
「君、第一術式の盾を張りなさい」
先程までとは違い、先生には威圧感があった。その剣幕に押され、先程までうるさかった生徒が恐る恐る第一術式の盾を発動させる。よく見ていなかったので分からなかったのだが、あれでは初級だろう。球体はベコベコに曲がっていて、斑模様の様に白と透明な部分が混ざっている。何よりも白い部分が非常に多い。
「君達の一部には、どうして攻撃をする術式ではなく、防御の術式を見るのかわからない人間もいるのだろう。しかし、チャンスを与えよう。私の木剣を防げたものは中級に上げてやる」
私には未来がどうなるのか分かってしまった。
「魔法が発展した今日この日、剣を使うものは馬鹿にされる。どうしてかわかるか?」
私は寮の同室で気が弱そうなアンナに声を掛けた。彼女は常にビクビクとしていて、血でも見ようものなら卒倒してしまうだろう。同室のよしみであまり可哀想な姿は見たくない。
「アンナさん、あんまり見ない方が良いかと」
「なんでよ」
彼女はこの先が想像つかない様子。直接見せない様にするべきか?
「マリー君。君はしゃべる余裕があるみたいだね。答えてみなさい」
「え、あ、はい。近づかれる前に魔術を打てばいいのと」
「それと?」
「そもそも剣が第一術式の盾を貫通しないからです」
この答えは衛兵さんとリア様の戦いから想像がついたことだった。今思えば衛兵さんは、この場の生徒よりも数段に強かったのだ。第五術式の炎槍を使えるというのは実際凄かったに違いない。しかし、衛兵さんは剣を帯刀して握っていたにも関わらず、リア様に対しては使おうとすらしなかった。それは自分の実力より上の相手に剣は通らないからなのだ。
「正解だ。では実演しよう」
それは私がアンナの目を塞ぐより早かった。
私は、直接は見なかったのだが、音で何が来るか予想がついた。ガラスが割れるような音がして、肉が叩きつけられる音がした。
「〜〜〜ッ!!!」
しばらくした後、先程の生徒は痛みで叫ぶこともできず、呻くような苦悶の声だけを発していた。
それを見たアンナの顔が真っ青になるのがわかった。
だから言ったのに。
これが真剣ならどうなったかは既に見ている。好んで見ようとも思わないが。
「アンナさん。保健室まで行こう」
しかし、私が思っていたよりも彼女は強かったらしく彼女は首を横に振った。
「さて、他に中級に上がりたいものはいるか?」
他の生徒を見ずとも、その言葉に誰も声を上げなかったのだけはわかった。痛みでのたうち回る生徒を見る。あれは痛そうだ。魔術のまの字もわからない人間だが、せめて第一術式の盾だけは完璧に習得してみせると心に誓った。
「さて、もしかしたらまだリア君が上級にいるということも納得出来ない生徒がいるかもしれない」
いや、そんなことはないだろう。
先程の生徒の一件で他の生徒はそんなことを思う余裕などなさそうだ。どちらかと言えば先生がそういう風に授業を進めたいのだろう。
「リア氏前へ来て頂けないだろうか?」
その口調の違いにその場の生徒の誰もが驚いた。この学園の教師は生徒に対して敬語は使わない。それが王公貴族であったとしてもだ。学園内の平等という言葉をそのままにするように、そのルールは生徒と先生の差を記していた。しかし、今先生は敬語を使った。それが明確なルール違反ではなく、建前のルールだとしてもそれは驚くべきことだ。
「君達の目の前にいるのは今世紀最高の魔術師の1人、リア・クローバーだ。本来ならば私が教えるという立場にいるのも烏滸がましい。学園に彼の授業の免除を頼んだんだが、断られてしまった。第一術式の盾をお願いできますか?」
サラッと衝撃的な事実が飛んできた。
と言っても私にとってはリア様の盾は見慣れたもので、むしろこれが普通という感覚すらした。
「見なさい。これが本来の第一術式の盾です」
リア様の盾は透明で歪みない球体だ。完璧すぎて形容することもない。
「さて真剣を出してください」
補助の先生にお願いすると先生は剣を持った。先生が鞘から剣を抜くと太陽が反射する。
先程の木剣を見た人は防げるか疑問に思うだろう。
「それではいきます」
先生が剣を振り抜くと信じられない光景が待っていた。剣が負けて折れ曲がった。
「これが第一術式の硬さです」
そこに拍手はなく、誰もが息を呑んだ。
「君達はやれ第三術式まで覚えたとか、第五術式まで覚えたと言いますが、まずリア様レベルまで魔術の質を上げるのが必要です。上級は真剣が防げるレベル。中級は木剣が防げるレベル。そして下級は木剣すら防げないレベルです。みんな素晴らしいお手本であるリア様に拍手」
遂にリア様と言ってしまったよ。しかし、拍手はまばらというかみんな素直に拍手が出来ない雰囲気があった。
うーん。もっとリア様は凄くて褒めて貰うべきなんだけどな。と無意識に思っていたことに気付く。でも、この雰囲気で拍手すらし辛いのはわかる。このクラスで一番なのは、やっぱりリア様だ。私も早くそれに釣り合う人にならないといけない。




