#4 クローバー公爵邸にて
「着きましたよ」
馬車が止まると執事長らしき男が馬車の戸を開けてくれた。
「大変長旅でしたな。襲撃があったと聞きましたが大丈夫でしたか?」
「はい。リア様が倒されましたから」
この執事の方は西の国の執事長よりも物腰が柔らかった。何か言語化できないが、上品に感じる。これが都会ということなのか?
「なんと」
老執事は穏やかにされど大げさに喜んだ。
「流石はリア子爵ですな。さて、お疲れでしょうからお先にお部屋に招待します。旦那様も旅衣装から着替えてからでも文句は言いますまい」
こういう物腰が柔らかく、丁寧な人に会ったことがなかった。意外と私が出会う貴族は面倒くさがりで、粗雑な方が多い。上流階級に行けば行くほど、物語の王子様像と離れるものだと思っていた。
やっぱり都会だからか。
用意された部屋に連れられると広い一室を貰えた。部屋は工芸品らしき物が並び、家具は竹細工で統一され、真っ白なレース生地の調度品とマッチする。
「わあ可愛い」
「これは、旦那様の趣味で南の国を模したものなんです」
「わっ」
いつの間にか後ろにメイドが立っていたのでびっくりした。
「大変失礼いたしました。この期間世話をさせて頂くジュリと申します。もしこの部屋が気に入らなかった場合はお変えしますが」
「いえ滅相もないです。とても気に入りました」
「良かったです。旦那様は東西南北全ての国を模した部屋を誂えさせたのですよ」
「わあ、素晴らしいですね」
「と言っても各国の人にはうちの国ではないと怒られたりするのですが」
そう言うこともあるだろうけど、私は西の国にしか行ったことがないし、わからないだろう。南の国と言えば、リンゴォ氏の生まれ故郷だそうだ。いつか暇が出来たらリンゴォ氏の故郷にも行ってみたい。
「素晴らしいです。他の部屋も見せて貰うことはできますか?」
「それはお時間がある時に直ぐにでも。しかし、旦那様がお茶を共にしようと仰っていますので後からでも」
「失礼しました。どうやら初めての遠出ではしゃいでしまいました」
メイドさんは口を隠してお上品に笑った。西の国の召使いはこんなにお上品ではない。私も田舎者だと思われない様にしないと。
メイドさんにお着替えを手伝って貰って、出来るだけ急いで向かう。未だに他人に着替えを手伝われるのは慣れない。
「申し訳御座いません。遅れてしまいました」
「女性の身仕度を待てないほど狭量ではないさ」
既にリア様とクローバー公爵は席に座っていた。クローバー公爵はクローバー王と似ていたが雰囲気はまるで違った。クローバー王はガタイが良く、何処か武人らしい雰囲気があった。一方、公爵は、まるで戦いなぞ人生の一度たりとも出会ったことすらないと言った感じで、柔らかく、争いを避けそうな雰囲気さえある。
「紅茶を」
執事が引いてくれた椅子に座ると目の前のカップに紅茶を淹れてくれた。
「御気遣い感謝いたしますわ。公爵」
「ああ、そういった畏まった感じは要らないよ。適当でいいよ。家の中までそんな畏まられたら疲れちゃうよ。一カ月はここにいるんだから」
公爵は思っていたよりも礼儀作法に厳しくない方だった。試されているのではないかと思わないでもないが、疑っていたらキリがない。
「それでしたら肩の力を抜かせていただきます」
執事もそうだが、物腰柔らかな印象を受けた。肩肘張る必要は無さそうだ。
「しかし、君の顔は知らないな。君はリアとはずっと一緒にいたのかい?」
「いえ、昨年からリア様の付き人として仕えています。マリー・スプリングフィールドです」
「ふむ、女の付き人とは何を考えているんだろうか。アウルは」
ここでのアウルとはリア様のお父様のことである。
「やはり同性の方が付き人として良いのですか?」
「まあ、それが一般的だろう。君は男性の宿舎に入るつもりかい?」
「リア様が望むなら」
「ハハッ、まあそう来るだろうなと思っていたさ。だが、あまり好ましくないな」
少し笑った。
「男の子というものは基本的に獣だよ。リアでさえもね。あと男性の宿舎に行くのは止めてあげなさい。君とリアが良くとも周りの男性は嫌がるだろうから。男性には男性の付き人が、女性には女性の付き人がいるのが普通だよ。女性が着替えている部屋に男性の執事が来たら嫌だろう」
「⋯それもそうですね」
しかし、そうなるとリア様のことは一体誰がやれば良いんだ。
「リアの世話はリア自身にさせるといい。と言ってもリアの付き人代わりになりたい奴なんて沢山いるだろうから気にしないでも良いのだがね」
「それは…」
果たして本当だろうか?
リア様は西の国の屋敷では使用人に好かれていなかった。いや、むしろ嫌われていたと言うべきだろう。
「ふむ。リアは使用人に好かれていないから気にしているのかね」
「えっ、あっ」
表情に出てしまっていたのか。油断していた訳じゃないが、ボイル公爵は思ったよりも鋭い。
「人の価値とは何だと思う?」
唐突な問いに戸惑いこそしたが、すぐに答えた。
「———人徳ですか?」
「フフッ、その答えは嫌いじゃないが正解ではない」
そう言って笑ってから言った。
「魔術だよ」
公爵の言葉を信じきってしまうほど素直ではなかった。
「納得していないかね?」
「いえ、そういう訳では」
「良いんだよ。僕の意見も僕の意見で極端なものさ。僕は特に魔術を尊敬している。魔術を使いこなせる優秀な魔術師をね。貴族の価値とは魔術の巧拙にある。なのに最近の貴族と言ったら金儲けの上手さばっかり。嫌だねえ」
公爵は冗談めかして笑った。
「でも、女性は魔術の腕を下に見がちなところがある。実際の魔術の腕よりも誰かの噂を信じてしまう。そこが男と女の違いなのだろうと思うときもあるよ」
それが当たっているか、ハズレているかを判断できるほど魔術を使う人を見ていない。
「実際君はリアが戦うところなんて見ていないだろうしね。まあ、見ないに越したことはないが」
「一応見たことがありますが、それはリア様が凄いという事実以外に何かあるのですか?」
森の中での戦闘は圧巻の一言だった。
「君魔術はどれくらいできる?」
「まだ練習中の身で殆どできません」
「まあ、そういったものも中にはいる。君は女性だから許される。しかし、それは男性にとっては許されないことだ」
女性だから許されるという言葉に少し引っかからなくもない。その私の様子に気づいたのか公爵は続けた。
「君も太陽を信ずる者だったりするか」
「すいません。太陽を信ずる者とは?」
「ふむ。余計なことを言ったか? 君みたいなタイプは隠すよりも言ってしまうのが良いのだろうね。まあ、言ってしまえば女性で立志目指す輩だよ。自らが月ではなく、太陽だと宣う。月が誰によって照らされたかも忘れてな」
まあそれは良いのだと無理やり話を戻した。
「しかし男性はそうはいかない。官僚にとっては魔術ができる者が結局は上に昇る。逆に言えば魔術が出来ないものは一生上には昇れない。まあ、リア君が官僚になることはないがね。それでも重要なものさ。国王に最も必要なのは自らが先頭に立ち、魔術によって敵を討ち滅ぼせることさ」
公爵も使用人の方も穏やかな人が多いと思っていたが、意外とこの人の考えは先鋭的だ。
「だが、リア君はそういった権力の小競り合いとは無縁だ。誇るといい。喋れないことなんてさほど問題ない。彼が魔術が出来ないからと笑われることはない!」
公爵は自信満々断言しますが、それは本当なのでしょうか?
魔術によってどうにかできたことよりも、言葉によって苦労したことが多かった様に感じる。
「まあ、結局は魔術が強ければ周りから人が寄ってくる。まあ、玉石混交だろうがね」
上手く言葉にできないが、この人はこの人で何かを抱えている。最初聞いた話ではよくわからない人だと思ったが、もっとよくわからなくなってしまった。でも、この価値観が普通かを判断できるほど、私は貴族社会に慣れていなかった。
君達も長旅で疲れているだろうと下がらされた。公爵は今まで会った人とは全く別のことを考えている。それに全て賛成できるわけではないけど、一つだけ公爵に聞きたいことがあった。しかし、それはまだ今ではないと思った。
翌日朝食も一緒にすることとなった。
「おはようございます。公爵」
公爵は朝食だけは一緒に取るようにと私たちにお願いした。
「#」
朝がそこまで早いというわけでもないのに、リア様は眠そうだ。
「学園までの間にゆっくり過ごすのも構わないが、この時期を無駄にしないほうがいいぞ」
「はい、実はリンゴォ氏の紹介で倶楽部に行ってみてはどうかと言われているのです」
「彼の紹介とは言語学か何かの倶楽部かね」
「はい」
「こう見えてもね。彼を西の国に招待したのは実は私なんだ」
「そうだったんですね」
「うむ。リア君とも仲良くしていて良かった。彼もリア君の移動に伴って此方に来れば良かったのに」
「だからリンゴォ氏の代わりに私が調査することになっているんです」
「ほお。では君がリンゴォ氏の弟子というわけだな」
弟子。そんなことは思ってもみなかった。
「きっと小間使いくらいにしか思っていないですよ」
リンゴォ氏は紳士的な方なのでそんなことは思っても口に出さない方なのだが、つい恥ずかしくて言ってしまった。
「お嬢さん。謙虚なのはいいが、その事実認識は間違っている。学者という生き物はな。例えどれだけ信用しても学術研究を容易く渡したりはしない。渡す時は死ぬことを見据えてのことだ」
「いや、リンゴォ氏はピンピンとしていますよ」
「そういう意味ではない。人は本を書く。それは何故かわかるか? 情報を残す為だ。弟子に研究を残すのも変わらない。リンゴォ氏は君が研究を引き継いで昇華すると思ったから渡したのだよ。本当に小間使いにしか思っていないのならリンゴォ氏がここにいる。ここにいないということは君がそれを継いだということに違いない」
流石に言い過ぎだろうと思ったが、でもそれくらいの意気込みでも悪くないと思った。何しろリンゴォ氏には、色々教えて貰ったのだ。リンゴォ氏にどう思われようがこちらから先生と慕うのは良いだろう。
「公爵の言葉身に染みました」
「そんな賢まらなくても良いのだがね」
朝食の紅茶は青葉のようなフレッシュさを感じて美味しかった。私は初摘みの紅茶を今日初めて飲んだ。やっぱり色んな体験をしていかないと自分の知識とは言えない。
朝食を終えるとリア様と一緒に街の散策をすることにした。
「街の地理を理解したいので少し歩きましょう。しばらく歩いたら何処かで外食をしましょう。その後、倶楽部に顔を出せたらと思います」
「#」
公爵の家は高級住宅街にある。身なりの良い婦女子が1人で歩けるくらいには平和である。とは言えど、そこから1歩でも離れると1人では歩けない。女子供が1人で歩くことは奇異の目で見られる。それに誘拐や襲われたらひとたまりもない。なので、私の用事であってもリア様に付いて来て頂かなければならなかった。私の個人的な事情であっても、リア様はそういった時でも快諾して頂ける。
「中央国は治安がいいですね」
見渡せば、見回りの騎士らしき人がいた。此方に気付いたのか近づいてきた。
「おはようございます」
西の国の騎士は武骨な人ばかりのイメージがあってこんな爽やかに挨拶されるとは思わなかった。
「おはようございます」
「私は南区の駐屯騎士アレクサンダーと申します」
アレクサンダーとはこの中央国のよくある名前だ。
「失礼ですが、どなたかの客人でいらっしゃられますか」
リア様は私よりも頭一個分大きな方だが、そのリア様より大きな方だったので内心ビビりながら前に出て自己紹介した。
「はい。クローバー公爵の客人です。此方の御方は、クローバー王の息子のリア子爵です」
「これは失礼しました。お嬢さんの名前を伺っても?」
「はい、スプリングフィールズ子爵の娘のマリーです」
「いやあ、申し訳ない。これも治安維持の任務の一環でして見慣れない人がいれば、声を掛けるようにしているんです」
「いえ、そういうことでしたら」
「もしかしたら声を何回も掛けられるかもしれないですが、その時はお願いします」
「わかりました」
「しかし、リア子爵はあのリア子爵で?」
「他のリア子爵を存じ上げないですが恐らくはそのリア子爵かと」
「いやあ会えて光栄です。中央国には観光で?」
「いえ、学園に入学するので、しばらく滞在するんです」
そう言うと一瞬だけ笑顔が真顔に変わるのを見逃さなかった。
「そうか歳もまだ入学する前か。それじゃあまだこれからですね」
「ええ」
「学園楽しんで下さい」
「ありがとうございます」
「ああ、それと自分と同じような人と何度も声を掛けられると思いますが、業務の一環なので許して貰えると助かります」
「はい、ありがとうございます」
そう言って別れた。
「やっぱり有名ですね」
自分の主が有名だと少し嬉しくなってしまう。
まあ、リア様は少し目立つ人ではあるので、この調子だとまた声を掛けられてしまうだろう。そう覚悟していたのだが、言う通り沢山の騎士の方に声を掛けられた。
「つ、疲れました」
一人や二人ではなく、十人を超えると流石に音を上げたくなる。
「リア様、少し早いですが何処かお店に入っても?」
「#」
「一体どうしてこんなにも声を掛けられるのでしょうか」
キョロキョロと周りを見渡して田舎者っぽいから?
「それはお兄さんが魔術師として明らかに強そうだからだよ」
その声の方向を見ると一人の紳士がベンチに座っていました。
「盗み聞きして申し訳ないね」
「いえいえ」
「本当に目立ちたくないなら辻馬車でも使うと良いだろうね。まあ、それでも注目は浴びるだろうが」
「ありがとうございます。でも私魔術のことに疎くて、強そうってのはどう測るのですか?」
「お嬢さんはまだ魔術学園に通っていないのか。別に難しい話じゃない。少し訓練すると魔術が見える。ただそれだけだよ。そして君の隣にいる方は魔獣、いや竜が町中を散歩しているとでも思えばいいよ」
「それはパニックでも起きそうですね」
「まあ、殆どの人間は、見えないからね。と言ってもここら辺に住んでいる人は見えるんだがね」
「それは抑える方法はないんですか?」
「手汗みたいなもので出て欲しくなくても出るものさ」
「そうなのですね。ありがとうございます。それともう一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」
声を掛けられる理由はわかった。
「なんだい?」
だったらついでに聞きたいことを聞いてもいいだろう。
「ランチを探しているのですが、何かオススメなどありますか?」
「ふむ、君は学園の生徒、それもこれから入学する者と見たが合っているかな?」
「はい、合っています」
どうしてわかったかは色々と考えられるが気にしないことにした。
「であれば予算はいくらほどかな?」
「ふむ」
確かにこの身分の良さそうな方に高級レストランでも教えて貰ったとしても払える気はしない。多少多めに持ってきているので、流石に払えないことはないだろうが、食事を取って帰宅では面白くないし、正直あまり役に立たない情報だろう。そういった意味でこの御方には大変な気遣いをしてもらった。
「この街の物価が分からなければ少し予算を考えるのも難しいと思います。そして私達は学生であり、自分自身で稼いでいるわけではありません。リア様は別ですけど。そういった面も含め、学生が行きそうな食堂などはご存じないでしょうか?」
「なるほど。その判断は嫌いじゃない。実は僕も学園の生徒だったんだ。全寮制と言えど、学園の外に出る機会は少なくない。ただ、僕の美学としては、ただ安い店を教えるのは簡単で面白くない。それで一つ提案なんだが、学生にしては少し値が張るが、高いお店ではなく、君達のような身分の高い人間が行ってもおかしくない場所を紹介してあげようと思うのだが、どうかね?」
こちらの身分を明かしていないし、名乗ってもいないのに、こちらの身分がわかっている様だった。なのに媚びる訳でもない態度。ただのお節介と言った感じだ。
「それは素晴らしい提案です」
その場所を教えて頂いて感謝を述べた。
「実はよくデートの場で使ったんだ」
「え?」
「と言っても学生の頃にね。君達を見ていたら当時の記憶が思い出した。ありがとう」
「いえ、こちらこそ…」
去ってしまった紳士の背中を見ながら「デート」という言葉を考えてしまった。
「#」
リア様は当然意識していない。
旦那様は私にリア様との結婚を許してくれると言ったけど、リア様にその気があるとは余り思えない。リア様とは四六時中一緒にいる。きっとそれは学園が終わっても続くことだと容易に想像できる。それが結婚と何が違うのか想像もつかなかった。




