#3 馬車の中の偽物達
私は次の街に向かう為に馬車に乗っていた。行きと同じ上等な馬車。だけど、いつもといくつか違うことがある。私が可愛いドレスを着ていることもそのうちの一つだ。
「お似合いですわ。お姉様」
「お姉様じゃありません」
この馬車にリア様はいない。
「お姉様カード遊びでもしませんこと?」
「良いですわね」
さっき出会ったばかりの少女二人の対面に座っている。2人はリンディとシンディ。ヴィクトリアさんの側付きである。二人は双子の様だが顔はあまり似ていない。でも、振る舞いは同じに見える。
「お二人はいいんですか? ヴィクトリアさんが別の場所に乗ってしまって」
リア様のお付として馬鹿にされる様な格好はできないと言ったらヴィクトリアさんとダーシーさんには爆笑された。リア様にも笑われるし。そりゃあまるでドレスが欲しいと言ったみたいに聞こえてしまうけど、そういつもりじゃなくて、本当にリア様のお役に立ちたい一心で⋯
「いいんですよ。ヴィクトリア様はお優しいけど厳しくもあるので息抜きみたいなものです」
旅の最初で息抜きしてどうするんだ。
「それに悪いことしているみたいで楽しいですしね」
「悪いことしているんですよ!」
釘を刺すが聞いてはいないようだ。まあ、私も同罪と言えば同罪なので、責めても説得力などありはしないのだが。
「むしろいいんですか?」
「何がですか?」
「ヴィクトリア様はああ見えて男性の心を揺さぶるのが上手な方ですから、帰ってきたらリア様が骨抜きになって帰ってくるかもしれませんよ」
「リア様が骨抜きになるのは見てみたいすらありますけど、それに私はお二人がどうなっても関係ないですよ」
これには少し嘘をついた。だって結婚相手を見繕ってきたら側室に入ることになっているのだ。ヴィクトリアさんが関係ない訳がない。しかし、2人に言う必要はあるまい。
「ヴィクトリア様は最初からリア様に惚れていますよ。いいのですか? 取られてしまいますよ」
何だか二人が煽ろうとしている気がしたので、話題を変えた。
「少し気になったのですが、リア様とヴィクトリア様はいつ出会ったのですか?」
あらあらと笑うが、違うと言っているだろう。
「とは言えどリア様がお隠れになったのは、私達がヴィクトリア様のお付きになる前の話ですし、かなり小さい時ということしか知りませんね」
リア様が行方不明になったのは、5歳と聞いている。その前に1回会っているのだ。
「でもそんなに長い期間会っていなければ、全然違う人に見えてしまいますよね」
「え?」
それが気になって、聞き返した。
「だってヴィクトリア様言ってましたものの。全然私が知っているリア様と違うって」
「男子3日会わざればってやつなのにね」
「良いなあ。リア様みたいにスラッとしている人と付き合いたい」
「えー、リア様は格好いいけど、もうちょっとガッチリした方がよくない?」
「ダーシー様みたいな?」
「そう! マリーちゃんはどっちがいい?」
「え?」
私は今まで若い女性と喋っていなかった。デイジーとはよく喋っていたけど、デイジーは勝手に喋ってくれるタイプ。今までは私がお話を聞いていれば良かったのだ。それに私の周囲の人間と言えば、リア様、リンゴォ氏といったきちんとした男性の紳士ばかり。ポンポンと話が変わる女子の会話にまるでついていけなかった。会話のテンポがまるで違う。
「恥ずかしがらなくっていいから」
「あー、いや、そうではなく」
「どっち?」
「リア様?」
「ダーシー様?」
あくまで深い意図はないと説明した上で、仲がいいのはリア様ですと答えながら、これが若い女子の会話かと慄いていた。
会話の早さに翻弄されながら、最終目的地である街の前まで辿り着いた。
「よし、通れ」
馬車のスピードが遅くなり、門の近くに来たのだとわかった。殆ど顔パスみたいなものなので気にすること等ないが、一応馬車を入れ替えているということもあるので、緊張する。先に走っているはずのリア様が通っているはずなので大丈夫だと思うが、用心に越したことはない。
私達の順番が来ると流石に緊張するのか二人とも黙った。と言ってもチラリと見られる程度だ。大丈夫のはずなのだ。
「ちょっとお待ちください」
しかし、衛兵に止められた。そんなはずない。衛兵が私達を知っているはずがない。内心冷や汗をかく。
「ふむ」
衛兵が馬車の窓から頭から順に下に見ていく。緊張感が走る。バレて国際問題にでもなったら流石のリア様と言えど収拾をつけられないだろう。
「失礼した」
ホッと思わず息が漏れる。馬車がそのまま進む。
「びっくりしましたわ」
小声で囁かれるが全くその通りだ。
「おい!」
さっきの衛兵の声が聞こえる。
「俺さっきヴィクトリア様の顔見ちゃったぜ。まじ綺麗だった」
「おい、声がデカいぞ」
衛兵の声を聞いた後、三人で笑った。
「よかったですね。綺麗ですって」
「ただの先入観です」
「顔を見るために止めるなんて、ふふっ、こっちの気も知らないで」
「ヴィクトリア様だって」
「「「アハハ」」」
笑いが止まらない様子を見ているとこっちまで笑ってしまう。笑っている理由は、この三人しか知らない秘密となった。
門を抜けて馬車が進む先は、リア様とヴィクトリア様と同じ館だ。同じ館に泊まる予定でなければこんなことできないだろう。長旅に疲れたことにして挨拶もそこそこに部屋に通してもらった。部屋についてから直ぐにメイドにリア様のお部屋を聞いてから向かった。一刻も早くこんなことを止めたかったのである。
「リア様失礼します」
誰にも見られないように、直ぐに部屋に入るとリア様が着替えている途中だった。
「あっ」
咄嗟に顔を背けたが、何をしているのだ。お前はメイドだろう。
「お手伝いしますわ」
男性の衣服は女性より着替えが簡単だ。だから直ぐに終わる。
「##」
感謝してもらった。
「どういたしまして。それでヴィクトリア様は?」
今着ている物もヴィクトリア様のものなのだ。できれば汚したくないし、早く返して貰いたい。
「ここよ」
そう言うと後ろの扉が開いた。
「まさか行き違いになるとはね。貴方のお部屋を後で教えるからついて来なさい」
「は、はい」
本来のヴィクトリア様のお部屋に着くと早速お付きの2人に荷解きさせた。
「これもいいわね」
「こっちは如何ですか?」
「こっちは少し気に入らないと言っていたものですが」
「いいわね」
「あ、あの何を」
私としてはもう服を返してもらいさえすれば十分なのだが。
「何って服をあげる話したでしょ。はい、これあげる」
「いやいやこんなには貰えないですよ」
ドレスは決して安くない。それもこんなに貰った場合、とんでもない値段になる。
「あと今着ている奴もあげる」
「いやいや」
「あんまり身長も変わらないしそこまで仕立て直さなくてもいけそうね」
「必要なら私が仕立て直ししましょうか?」
「いや、そういうことじゃなく」
馬車の交換は、少し悪いことというだけで、これは貰いすぎだ。
「私があげるって言ってるんだから貰いなさいよ」
まるで邪魔と言わんばかりにヴィクトリアさんの部屋から追い出された。結局ヴィクトリアさんの圧力に負けて全て貰ってしまった。両手いっぱいの衣服なんて一体いくらするんだ。それに鞄にそもそも入るのか。貰ったのは正直嬉しいので、文句を言えないがいくらなんでも強引すぎる。一体なんだったんだ。
それに。
「リアのお世話よろしく」
と投げやりに言われてしまった。最初はあれだけ無理を通して私にお願いをしてきたのに、まるで興味が無くなったみたいだ。もしかしてリア様に愛想をつかしたとか?
———あり得そうだ。
さっきの発言を思い出してしまう。
過去の美化された記憶のリア様と今のリア様との落差で好きじゃなくなったとか?
冷や汗が滲む。
もしかしてリア様の結婚までの道は限りなく遠いのか?
リア様一体何をしてしまったのだ。
そんな悩みを持つ私とは対照的に歓待の準備はなされた。正直に言えばエバーグリーン侯爵のお気遣いが身に染みた。ただでさえ一日中馬車に乗られ、疲れているのにも関わらず、この機会しかないと様々な要人が話しかけてきたのだ。当然気は休まらないどころか、疲れてしまった。ヴィクトリアさんから「いつだってお父様の判断のほうが正しいのね」とボヤキが聞こえたのは面白かったが、その様子を笑うこともできずその日は終わった。この街には予定より長くいることも可能だったが、馬が休ませられたことを確認すると逃げるようにこの都市から出たのだった。
中央国までの旅路は大変なものでした。野山を駆け回っているタイプの少女だったので、御屋敷の人よりは体力に自信があります。とは言えど、7日間の旅は辛いものになるだろうとは思っていました。いくら途中の街ではふかふかのベッドで寝れると言えど、野営を何度かしないといけませんし、そもそも新しい環境に入り込むというのはそれだけで疲れるものです。ただ⋯
『馬車に乗る』これだけで疲れるとは思いもしませんでした。
だって歩いたり馬に乗ったりよりは簡単で楽ですし、馬車の中だったら雨風を防げます。だと言うのに、どうしてこんなにも疲れるのでしょうか。
中央国まではあと一歩、本当にあとちょっとなのですが、非常に遠く感じます。それに飛行魔術で馬車から逃げようとするリア様を何とか宥めないといけません。
正直馬車を嫌がるリア様を最初は理解していませんでした。リア様の乗る馬車は品質が一等級なので、当然揺れは少ないし、座っている椅子も高級なもので長時間座っていてもあまり疲れなかった。しかし、7日も馬車にいれば別です。日に日にお尻と腰が痛くなり、座っているのも疲れ、リア様と話す口数も次第に減っていきました。ヴィクトリアさんと馬車を交換した日も思えば楽しい旅だったと回想すらしてしまいました。6日目に至っては、リア様に飛行魔術で一足先に着かないかと提案しそうになりました。中央国に辿り着いた時は、新天地へと着いた新鮮さよりもやっとこのお尻の痛さに開放されることの方が嬉しかったです。中央国に辿り着いた時、流石に喜びで馬車から駆け出しそうでした。
中央国に着いて最初にすることは何よりもボイル・クローバー公爵に会うことだった。ボイル侯爵の家で一か月ほど滞在させてもらうのだ。ボイル公爵の人柄と言えば、何を考えているかわからないとリンゴォ氏は評した。ボイル公爵は実はクローバー家の長男である。この地方では基本的に長男が家督を受け継ぐ。そうなると当然クローバー王となるのは、ボイル公爵なのだけれど、王になった途端にボイル公爵の弟であり、リア様のお父様であるアウル・クローバー様に禅譲してしまったのだ。西の国の実権は全て現クローバー王に渡したため、ボイル公爵は中央国に邸宅を建て、悠々自適に生活をしているそうなのだ。
領地を持たない貴族、これについて良いことなのか悪いことなのか、私には判断がつかない。権力に興味がない人であると言えるかもしれないが、責任感がない人と取ることもできるからだ。まるでどんな人か想像できない。そんな人物評のため会うのは少し緊張した。
ただ中央国に休める家があるというのは大変ありがたいことだった。学園魔術師は一ヶ月程ここにいるため、主に親戚を頼るが、それが出来ない場合は宿に住まないといけない。貧乏貴族によっては中央国に滞在するために働く者もいるそうだ。当然リア様はそんなことできないし、周りがさせないだろう。この1カ月間で悪評が広まれば今後の学園生活に影響を及ぼすかもしれない。だからこそこの1カ月間は重要な期間なのだ。




