#2 エバーグリーン家の歓待
中央国までの道のりは、大きな都市を二つ回りながら一週間かけて向かっていく。二つの都市を経由してもこの経路だけでは、西の国の都市全てを回り切れない。三つの大きな都市に向かって西の国中の学園魔術師が集合し、大蛇の如く列を為して都市に向かう。と言っても御付きの人やこの時期に合わせて向かう商人が大半で実際の学園魔術師は100人にも届かないらしい。魔獣が襲来する以上のトラブルは発生する事もなく、無事街に着いた。あんなトラブルは滅多にないらしい。子爵以下であれば、街の宿に泊まり、親元がいる貴族はその屋敷に泊めて貰う。当然リア様の親は、この国で一番偉い人なので、客人としてこの都市の一番偉い人の御屋敷に招待される。
エバーグリーン家、それが西の国において、実質的に二番目に偉い家である。クローバー王の家は、武骨で機能的というイメージであった。戦争を考えた城という感じに設計されている。
しかし、一方でこの屋敷は華美で風流さを追求していた。均整が取れた立派な庭。圧倒されるような建築様式。そして高価な調度品の数々。お城と街の大きさはクローバー城の方が大きいが、クローバー城よりも豪華に見える。
「はっは、みすぼらしい屋敷で申し訳ないね」
「いえいえ、そのようなことは」
思ってもいないでしょう。あなたは。
エバーグリーン侯爵はわざわざ出迎えに来てくれた。つまり、この先にいるのは、ヴィクトリア様なのであろう。
先日の新年の挨拶でも一番目立っていたのが、彼らだ。勿論階級がクローバー王に準ずるのもあるが、それだけではない。見た目が何よりも華やかなのだ。侯爵は若々しく、ヴィクトリア様は大人びて見える。親娘が揃うと年の離れた婚約者同士にすら見えなくもない。
婚約者。その言葉がどうしても頭をチラつく。いやここまで大きな家なのだ。リア様からすれば決して悪い話ではない。むしろ西の国の一番目と二番目がくっつくのだ。むしろ良い話と言っても過言ではない。私はこれを応援すべきなのだ。そう考えると私のするべきは、お二人の仲を保つことなのであろう。
「お待ちしていましたわ。リア様、それにマリーさんも」
「この度はこの様な歓待感謝します。リア様に代わり私が感謝を述べさせて頂きます」
「いや、こちらこそリア君が泊まってくれるなんて名誉なことだ」
エバーグリーン侯爵と話しているとヴィクトリアさんとリア様は、待ち惚けを食らったかのようにボーっと立っていた。
「ふむ。うちの娘に爪の垢を煎じて飲ませたいところだね。どうだい? 追加でお給金を払うからうちの娘の家庭教師にならないかい?」
「お父様!」
「いえいえ、そのようなことは」
「ハハハ、冗談さ。まあ、本気で受け取ってくれても構わないがね」
それは、冗談と言わないのです。
「しかし、リア君。私は無駄が嫌いでね。君も初めての長旅で疲れているのだろう。こういった時に、過度な歓待を受けるのは、疲れてしまう。もちろん必要ならそういった用意もできるがどうする?」
「お父様! エバーグリーン家がその様な失礼をするべきではないですわ」
ここで言う失礼な対応というのは客人を饗さないことだろう。
「#」
リア様が一言発するとヴィクトリアさんが静かになった。
「#€##」
「今なんと?」
エバーグリーン侯爵は私に尋ねた。
「お気遣い感謝しますと」
正直言えばリア様がどちらが良いと言ったかはわからない。でも、リア様はこちらを選んだ気がしたのだ。
「もっとパーっとパーティーを開いた方が楽しいですわ」
「こら、決めたことを軽々とひっくり返そうとしない」
エバーグリーン侯爵がヴィクトリアさんを嗜めると落ち込んだように俯いた。
しかし、リア様がそう言ったのもあるけど、初めての長旅で疲れていたのもある。もしかして私がしたい方を選んでしまったのではないかとすら思ってしまう。
「では、軽い食事と寝室を用意させよう。だが、明日は軽い食事会に参加してもらおうかな」
そう言うとヴィクトリアさんが顔をあげて笑顔を見せた。
「でしたら中央国でしか食べれない料理を振る舞いましょう」
これから中央国に行くのにそれを振る舞って貰ってもという感じがするが、彼女にとっての「美味しい料理」とはその様なものなのだ。私にとってのウサギの丸焼きの様なものだ。
「それは、明日にしてもらいなさい」
エバーグリーン公爵は穏やかに笑いながらヴィクトリア嬢を窘めた。
メイドに客室に連れていって貰うと直ぐに眠気が来た。
「いけない。日記を書かないと」
日記を書くのは習慣になっていた。今日の天気に。初めての長旅、エバーグリーン領の様子。一通り書くと月が高い位置にあることに気付いた。
「いけない蝋燭を使いすぎたかも」
客人に置いてあるのは、蜜蝋なのかとても良い匂いがする。この様な高価な消耗品は執事長やメイド長が管理していて非常に厳しいのだ。
「気にし過ぎかな?」
まるで子爵令嬢を装っているが1年以上前は、城壁の外の人、半年前はしがないメイドだったのだ。
「お母さん喜んでくれるかな」
メイドの時はデイジーがいたから、1人の夜を余り過ごす時間は無かった。でも、こうして子爵令嬢になってからは1人で過ごすことが増えた。
そんな時にはどうしても感傷的になってしまう。
「生きていくのに必死な時は、親なんて夢にすら出てこなかったのにね」
なかなかに現金だと思う。
コンコン
窓を叩く音がした。ここは2階なので叩くものなどいる筈は無いのだが、一つだけ心当たりがある。目元を袖で拭うと窓を開けた。春の冷たい風が入り込む。
「゜=###」
リア様の不思議な声色がスッと入ってくる。
「はい、そうですね」
気づけば笑っていることに気付く。
「もう夜ですよ。馬鹿なことやってないで寝てください」
「#」
さっきまで寂しがっていたくせに、そんな気持ちが何処か行ってしまった。
「明日も早いんですから」
リア様は旅が楽しくて仕方がないんだろうか?
そうだといいな。
「#〜#」
手を降って窓から消えた。少しだけ気になって窓を覗き込むが、既にいない。魔術の残滓が月の光を吸収して少しだけ光る。魔術の残滓がなければ存在すら疑っていたかもしれない。しばらくして残滓が消えるのを観察すると窓を閉めた。リア様が言った言葉を日記に書く。それは文字ですらない、音もあっているかわからない記号だった。でも、書くのだ。
朝食を取ったあと、荷物の整理をしていると侯爵に呼ばれた。
「紹介するよ。ダーシー君だ。君たちの同級生になる。彼は僕の妻の親戚でね。よくヴィクトリアの遊び相手にもなってもらっている」
「侯爵、ご丁寧にどうもありがとうございます。こちら、リア・クローバー子爵。そして、私はマリー・スプリングフィールドです」
紹介された男の子を見るとリア様よりも少し背が低いが、ガタイがよく、栗毛の短髪が活発な印象を与える。
「君が噂に聞くリア子爵か。会えて光栄だよ」
手を差し出されるとリア様も握手に応じる。今更だが、リア様と同年代の男子というものを初めて見たかもしれない。お城でも同じくらいの年の男の子はいたが、接する機会などなかった。リア様は少し天然な方なので基本的に異性として参考にならないのだ。エバーグリーン侯爵は後は若い人でとばかりにその場から去ると少し誰が話すか一瞬の間があった。
「##」
リア様が喋り出したのだが、当然誰もわからない。
「・・・・・・」
言葉にこそ出さないが、リア様の発する声にびっくりしたようだった。
「ダーシー様は、何処に住まれている方なのですか?」
微妙な雰囲気になるのも嫌なので、少しだけ話を変えた。
「うん? エバーグリーン領の東のほうとでも言えばよいのかな? エバーグリーン家とは、母方の親戚でね。さほど、離れてもいないから、昔はよく連れられたものだよ」
「それでよく虐められたものですわ」
話すタイミングを探していたヴィクトリアさんがついに話に入ってきた。
「なっ、変な風評を流すな。むしろ君の方がお転婆娘という感じだっただろう。僕は君に振り回されたといっても過言ではないよ」
「変なことをリア様の前で言わないでください。私は、小さい時から清楚な淑女でしたから」
今更それは無理があるような気がしないでもないが、突っ込むのは野暮というものだろう。
「お二人は仲がいいんですね」
「「よくない!」」
リア様と二人で笑うと二人して訝しげに見られた。
「お二人はどの様な関係なのですか?」
どの様な関係ですか?
「私はリア様の通訳や周りのお世話などを担当しておりますが」
「そういうことじゃなくて、もっとあるでしょ」
もっととは? ヴィクトリアさんの言っていることはいまいちわからない。関係性と言えばメイドと主人の関係性ではあったが、それを言うべきでもないし。と困っているとダーシーさんが助け船を出してくれた。
「ヴィクトリア嬢。あまり少女を虐めるのは感心しないぞ」
「ち、違いますわ。ただ、聞いてみただけで。適当なこと言わないでください」
チラリとヴィクトリア嬢がリア様を見たことに気付いた。
しかし、リア様は優しく笑うだけで特に何も言わなかった。
「あっ、そうだ」
「リア様の次の馬車に乗せてくださりませんか?」
貴族らしい無茶苦茶な我儘だと思った。リア様も多少は我儘を通す方ではあるけど、意外と我儘はあまり人を困らせるものではなかった。
「馬鹿を言うんじゃないよ。君の馬車はどうする? 空の馬車を運ぶ気じゃないだろうね」
ダーシーさんがまともな人で助かる。
「そうですけど、なにか?」
「そうですけどじゃないよ。君ね。乗るのは君だけじゃないんだよ。御者や君の御付きの人も乗るわけだし、城壁に入る時は形式とは言っても、兵士に見られるんだ。それに出迎えてくれる先の主人だって準備があるんだよ」
流石に反論できないのか、黙った。しかし、しばらくすると笑顔を取り戻した。
「それだったら代わりの誰かを乗せればいいじゃない」
「なるほど影武者ですか。どうせ相手は此方の顔などわからないから交換してしまえば良いという訳かですね」
我儘の通し方が賢いというか、我儘を言い慣れてるというか。
「それで誰がやるのですか?」
まあ、御付きの人間にやらせるのだろうがと思っているとダーシーさんからも意外な顔をされてしまった。
「そりゃあ君以外いないだろう」
え?
「い、嫌ですよ」
「そんなこと言わないで、一生のお願いだから」
そうやって一生のお願いを何度も使っているんでしょう。あなたは。
「嫌ですよ」
「交換条件にしない?」
「いえ、交渉の余地はありません」
リア様みたいに誤魔化されてお願いされては困る。こういう人たちはなんだかんだ最終的には許してしまう怖さがあるのだ。
「私が持っているドレスをいくつか譲るわ」
「それは⋯」
交渉の余地はないと言っているのに。
「正直貴方のドレス古臭いわよ」
「ヴィクトリア。失礼だよ」
「貴方にはわからないでしょうけど、女の子なら直ぐに分かるのよ」
ドレスが古臭いのは事実だ。
「まるでお母様が若い頃に着ていた頃のドレスよ」
「うっ」
図星だ。これはリア様の母君が若い頃に着ていたドレスで、今の流行とは程遠い。
「ふふっ、私にはわかるわ」
やっぱり正体がバレた?
言葉と振る舞いこそリンゴォ氏に教えてもらって、貴族の末端のふりをしているが、本当は城壁の外の人。言葉さえまともな発音であれば貴人として振る舞えるとリンゴォ氏に言われて、それを信じてきたが、彼女の様な本物の貴族にはバレてしまう。
ゴクリと生唾を飲んだ。
「貴方は相当箱入りに育てられたのでしょ」
「———」
いえ、城壁〈ハコ〉の外育ちです。
「もはや完璧とも言える中央国訛り、リア様以外の男性に慣れていなさそうな雰囲気。そしてその古臭いドレスは閉鎖的な環境にいたからこそ、流行を知らないのでしょ」
「ふむ」
ダーシーさんも流石にその推論はおかしいと思ったのか、口を出した。
「君にしてはまともな判断だ」
ダーシーさんまでおかしかった。
「そうでしょう。そうでしょう。それでドレスを譲ったあげるけどどうする?」
いやいや、駄目でしょう。
そう思い、ヴィクトリアさんのドレスを見ると可愛らしく美しいドレスがどうしても目に入る。一方、私のドレスはババ臭く、年季を感じさせられる。
ハッ、いけない。変なことを考えるな。
「そもそも私ではなく、リア様が決めるべきかと」
そう言うと二人の視線がリア様に向かう。リア様は首を横に振った。
駄目ということだ。
よかったような、よくなかったような複雑な気持ちになる。いや、これはよかったことなのだ。
しかし、リア様はいきなり私を指差した。
「#%##」
これって私に決めろと言っていないか?
「ねえ、これは自分じゃなくて貴方が決めろと言っている様に思えるのだけれど」
ああ、何でこんな時にリア様の言葉がわかるのだ。また、二人の視線が此方に戻ってきた。
「わ、私は———」




