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第51話  二人2

「よくやった、我が子よ」


 突然、僕らの目の前に、大きな十字の光が出現した。

 見覚えがある。これは、まさか。

 僕はぎりっと奥歯を噛み締めて眩しさに目を細めながらその光を凝視した。

 そして、そこからスーツに身を包んだ紳士が現れるのを見た。

 ここで、このタイミングで。

 顕現だと……!


「救世主が世界を滅ぼし、これでメフレグは成る」


 メフレグの神は、沈痛な面持ちでそう言った。

 教会の扉が開いて明菜とネブロが入ってきた。

 僕らのそばまで来て、二人とも神の前でひざまずく。


「皆、ご苦労だった」


 神はそれぞれの顔を一つ一つ見ていきながら言った。


「なぁ……」


 僕は理恵を抱きしめながら言った。


「あんた……、一体、何がしたかったんだ……?」


 一度、言葉にすると、後はもう止まらなかった。


「自分で誕生させておいて、それなのに、こんなふうに、めちゃくちゃにして終わらせるなんて……。何なんだよ、あんた……。なぁ、何なんだよ、一体さぁ!!」


 僕がそう叫ぶのと同時に、メフレグの神の隣に、もう一つの大きな十字の光が出現した。

 炸裂するその光に、僕は顔をしかめる。

 するとそこから、息をのむほど美しい白い衣を着た女の人が現れた。

 理恵が呆然と呟く。


「神……様……」

「え……?」


 僕も声を漏らす。

 まさか、反メフレグの神?

 同時に、顕現した、だと。

 僕は唖然としてその女の人を、女神を見つめる。

 そうだ、確か、アレク=ジルファの記憶にあった反メフレグの神と同じ顔をしている。

 間違いない。

 二人の神が、同時に顕現したのだ。


「ようやく、あなたの姿を見ることができました」


 女神は、ぽろぽろと涙をこぼしながらメフレグの神に言った。


「どうして……こんなことを? 私たち二人で創造した世界を……」


 僕と同じ問いを、神が神にぶつけた。

 メフレグの神は、苦しそうに言葉を出した。


「無、だ」


 反メフレグの女神がはっと息をのむ。

 何だ、無、とは。


「私のほうで抑え込んでいた無が、どうしようもないほどに力を増してこの世界を飲み込もうとしていた。奴らがまず行ったのは、私とお前の分断だった。だから、私は独りで判断するしかなかった。そして、私は自分の手で、世界を滅ぼそうとした。それが、無がこの世界を支配しない代わりに、望んでいたことだからだ。だが、我が子たちが私に抵抗しようとするのを見て、無は思いついてしまったのだ。我が子たちにこの世界を滅ぼさせたらもっと面白いのではないかと」


 全く話についていけない。何だ、何の話をしている?


「無の思いつきに、私は従うしかなかった。そうでなければ、無が直接降り立って、命という命を蹂躙するのが目に見えていた。私は子供たちにこの世界を滅ぼす力を与えた。そこに、お前が立ちはだかった」

「そういう……ことだったのね」


 女神は呆然と呟いた。


「お前が抑え込んでいた無は、それほど勢いを得ていなかったのだろう。お前は、お前でこの世界を守ろうとして、この世界を守る力を子供たちに与えた。結果、メフレグと反メフレグの間で、戦争が起きた」

「こんな……こんなことって……」


 女神は俯いて唇を噛む。


「意図的に情報を遮断されていたんだ、お前の行動は仕方がなかった。今はもう、全てがメフレグに染まり、無による分断が解かれて、こうやってお前と会話することができるようになったんだ。久しぶりにお前の顔が見られて良かった」


 メフレグの神が、慰めるように、慈しむように言う。

 反メフレグの女神はその言葉に顔を上げて一瞬笑みを浮かべたが、また俯いて言った。


「私は……、私は直接手を出せないかつ子供たちにほとんど連携をさせないという条件で子供たちに力を与える、という内容で無と契約していた。不利な条件だけど、その代わり一人一人に大きな力を与えてメフレグに対抗しようと考えていた。でも、全ては無の手のひらの上で踊っていたってことね」

「そうだ、無は子供たちの殺し合いを楽しんでいた。ただ、最後は世界が子供たちによって滅ぶことを望んでいたので、最終的にはソフィアが勝つように、パナリオンには連携できないという大きな制限を課していた。さらにお前は私に関する情報を入手できないのに、私はお前の行動に関する情報を無から得ていた。そんな不利な状況でも、お前はパナリオン単体に与える力をソフィアより大きくして対抗を図った。特に、ここにいる救世主の力は強大だった。私は、それを利用することにしたのだ。この、」


 神は僕を指さした。


「河水雪の裏切りによって」


 僕はそれに対して、呆然と呟くしかなかった。


「何の……何の話をしているんだよ、一体……?」


 さっきから話に出てくる、無、とは何なのだ。


「お前たちに分かるように話そう」


 メフレグの神は、僕らのほうを見て、言った。


「この世界の成り立ちに関しては、お前たちはある程度知っているはずだ。この世界の原始の姿は、高いエネルギーを持った無数の泡の集まりだった。泡は、生まれてもすぐ別の泡と溶け合い、消え、また泡としてはじき出されては別の泡と溶け合い、泡の一つ一つが独自の輪郭を持つことはなく、ゆえに原始の世界では何も誕生することがなかった。言わば、無の世界だ。だが、あるとき、二つの泡が互いに示し合わせて大きくなって一つの泡となり、その合体した輪郭を維持したまま膨らんでこの宇宙をその中に誕生させた。その二つの泡が、メフレグの神と言われている私と、反メフレグの神と言われている彼女だ」


 メフレグの神は、反メフレグの女神を一瞥して、それから続ける。


「だが、我々が有の世界を創造してしばらくすると、今まで独自の輪郭を持たずに圧倒的なエネルギーを向ける先を知らなかった残りの無数の泡たちが、つまりは無そのものが、意思を持って輪郭を持ち始めた。それは、我々が創造した有の世界への嫉妬と破壊衝動という輪郭だ。残りの泡たち、つまり無は、我々がこの宇宙を創造できたことに激しく嫉妬してめちゃくちゃにしようとしたのだ。無は、度々、我々の世界に、我々を軽く凌ぐその圧倒的なエネルギーを破壊のエネルギーとして叩きつけようとしてきた。それを私と彼女が何とか、今まで防いできた。だが、防ぎきることができず、結果、その破壊衝動に満ちた無のエネルギーがこの世界に入り込んで、伝染病のウイルスとなったり、人々を駆り立てる憎しみそのものになって戦争を引き起こしたりした。常に、この有の世界は無の世界に侵略され続けてきた」


 語られる神々の事情に呆然としながら、腕の中にいる理恵を強く抱きしめた。

 神と初めて契約したときに見たこの宇宙誕生のビジョン。無数の泡の中にあった二つの泡がくっついてこの宇宙を誕生させたと。

 その二つの泡が、それぞれメフレグの神と反メフレグの神であるということまでは僕も読めていた。

 しかし、僕は理解していなかった。

 宇宙を誕生させた二つの泡以外の、残った無数の泡たちはどうなったのかということ。

 その膨大なエネルギーを保有した残りの泡たちにも意思が芽生えるという可能性。

 そして、その意思が、この世界への悪意だとすれば。

 それが、無の脅威。

 段々と先が読めてきた。

 もしかしたら、僕らは、本当に絶望と隣り合わせで生きてきたのではないだろうか。

 そして。

 その圧倒的な絶望は、こうして形となって現れて。


「そして、2025年頃から、私のほうで抑え込んでいた無が、今まで以上にこの世界を痛めつけて破壊しようとする強固な意志を持って巨大な流れを持ち、一気にこの世界を蹂躙しようとした。私は必死になって防ごうとしたものの、膨大な無のエネルギーがこの世界に漏れて、人々の細胞を変異させる新種のがんの原因となったり、または人々の心に乗り移って残虐な事件を引き起こす原因となったりした」


 僕は唖然とする。

 新種のがんの原因が、そんな宇宙以上の規模の流れからくるものだったなんて、想像もしなかった。

 それに、その無のエネルギーとやらが、近年増加していた残虐な事件が起きる原因にもなっていただなんて。


「やはり……、そうだったのね。だから弟は残虐な殺され方をしたんだわ。どうすることもできない絶望がこの世には存在するとあのとき直観したの」

「俺の両親も、むごい殺され方をした。あのときに、この世界は狂い始めていることを悟ったのさ」


 明菜とネブロが、それぞれの過去を打ち明ける。

 二人とも、そんな過去を背負っているから、メフレグを信じるようになったのか。

 そういえば、レギオンも言っていた。

 息子がむごたらしく殺されたって。

 この世界は、生まれたときから、ずっと、無という病を抱えて続いてきたのだ。


「とうとう2030年、私では全く抑えられないほどに無のエネルギーが大きくなろうとしていた。無は、この世界の一人一人を凄惨な方法で虐待しようと考えていた。それは想像を絶するような痛みを与える虐待だった。生きながら何度も何度も死の苦痛を味わうような。だから、私はそれが実行される前に無に言ったのだ。私の手で、この世界を終わらせるから、手を出さないでくれ、と。まだ、私ならましな殺し方ができると思って、そう提案したのだ。無は、この世界を望んで生んだ者がこの世界を終わらせるという一種の悲劇に興味を示し、それを承諾した。だが、我が子たちは、私に抵抗した。無は、さらにそれにも興味を示して、こう提案してきた。お前の子供たちにこの世界を滅ぼさせろと。だから、私はこの世界の破壊こそが救済だというメフレグを信じる子供たちに力を与え始めた」


 それが、ソフィア誕生の理由だったというのか。

 神は続けた。


「また、そのとき、無は私と、隣にいる反メフレグの神、彼女との連携を完全に分断していた。だから、彼女からすれば、私が呼びかけに応じずに急にこの世界を破壊しようとしてきたと思っただろう。そして、彼女は彼女で、自らの罪を悔いていて力を悪用する可能性が低い子供たちに力を与えて世界を守護しようとした」


 それが、パナリオン誕生の理由。


「無は、子供たちの殺し合いにさらなる興味を示した。自分たちが妬んでいた有の世界が、大規模な殺し合いで滅びるということに、強烈な喜びを見出したのだろう。だが、私はそれでもそのほうが子供たちの苦痛が少なくすむと判断した。無から凄惨な虐待を受けるより、殺し合いで滅んだほうが苦痛が少ないと。だから、私はメフレグと反メフレグの戦いを許容した。そして、メフレグが勝つように、お前たちソフィアに力を与え続けた。パナリオンは、無との契約によってパナリオン同士が連携できないというハンデを負っていたので、その点を利用して、戦いを有利に進め、救世主が世界を滅ぼすという最も無が好む皮肉で悲劇的な最期へと到達した」


 理恵が、呆然とした表情で、メフレグの神を見ている。

 僕は力が抜けそうになるのを必死にこらえながら、二人の神を見続けた。


「この真実を明かせるようになったのも、雪が反メフレグ最後の切り札であるマリア=デル=モンフェラートを殺し、救世主がこの世界が滅ぼすことを確定させたからだ。それまでは、無が望んでいる殺し合いを子供たちにさせなければならないため、打ち明けることができなかった」

「……無とは、それほどまで……」


 僕は震える声で言った。


「ああ、絶大にして凶悪だ。有の世界を創造することができなかった奴らは、皮肉なことに有の世界を破壊するために、ある意味、無から有へと変わったのだ。それを予期せずにこの世界を望んで生み出してしまった我々にも責任はある。結果的には、我々は間違って世界を生み出してしまった。本当はもっと豊かな世界を創造するはずだったのだ。それが、このようなことになって、本当にすまなかった」


 神が謝る。

 だが、それを責める気は、起きなかった。

 この世界を滅ぼそうとしたメフレグの神が実は豊かな世界を望んでいて、しかし予期せぬ無の侵略によってやむを得ず今回に至るまでの行いをしてきたと分かった今、僕の中の神への憎しみは急速に萎んでいった。

 本当はこの世界を愛していたメフレグの神の事情。

 そして、全員が沈黙する。

 外では、大雨が降っている音がする。

 大洪水で、世界が滅ぶことは確定している。

 つまりは、理恵は神に守護されて、大洪水が世界を完全に滅ぼす瞬間まで立ち会うのだろう。

 僕や、明菜や、ネブロは、どうなるのだろう。


「救世主が世界を滅ぼすということを達成するため、私と反メフレグの神である彼女は、そこにいる救世主を世界の最期まで生かそうと思う」


 やっぱり。僕は頷いたが、理恵はえっと驚きの声を漏らした。


「ネブロ、明菜、雪、お前たちはどうする? いや、どうしたい? 最期まで見届けたいのなら、私と彼女で守護するが」

「いや、俺は人々と同じ死に方がしたいんだよ、ファーザー」


 ネブロは明るい声で言った。


「ようやくやってきたこの世界の救済。俺の盾が導いたこの結末を結果として大勢の人々に強制するわけだ。そんな俺がファーザーとマザーに保護されて高みの見物というわけにはいかねぇからな。人々が逃げられないように船などを壊してから、やることをやって俺はこの大洪水に飲まれて死のうと思う」

「私も、同じ意見です」


 明菜は、微笑んで言った。


「この結末を完璧なものにするために、できる限りのことをして、地上で世界の終わりを見届けてから、私は人々と同じ死に方で死にたい」


 二人とも、覚悟決めた清々しい言葉と表情だった。

 メフレグの神は、頷いてから、僕を見た。


「雪、お前はどうする?」

「僕は……」


 僕は、理恵と一緒にいたい。最期まで。

 だが、結果的に、明菜やネブロと同じくメフレグを遂行した僕には、そんな時間は許されない気がした。

 それに。

 今まで裏切ってきた人たちの顔が思い浮かぶ。

 赤井先輩。

 本条さん。

 アイオーンたち。

 美緒。

 マリア。


「僕は……」

「何躊躇ってるんだよ、ブラザー」


 立ち上がったネブロに背中を叩かれた。


「最期まで、お前の生き方を貫き通せよ」


 ネブロがにかっと笑った。


「禍々しいくらいに一途だったお前の生き方、ここでも貫けって。本当は、俺がこの手で救ってやりたかったんだが、お前は自力でここまで辿り着いたんだ。禍々しくも、純粋にな。大したもんだと思うぜ、それが正しいのかどうかは分からないがな」


 ネブロの顔を呆然と見る。ネブロは大きく頷いた。


「雪君」


 明菜が僕を呼ぶ。


「私は今でも雪君が好きよ」


 明菜は、微笑んで続けた。


「どこまでも一途で、だからこそ、禍々しいはずなのに信じられないくらい、私のものにできないくらいきれいだった雪君。その雪君には、最期に幸せになってほしいの」


 明菜も、ネブロと同じように大きく頷いて言った。


「雪君、行ってらっしゃい」

明日、最後の1エピソードを投稿します。よろしくお願いいたします。

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