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第46話  花火と予言2

 僕は欧州に来てからすぐに軍の本部へとマリアに連れていかれた。


「僕がスパイだという可能性は皆無です」


 欧州軍の本部のある一室で、僕は欧州軍の司令官にそう断言した。

 司令官であるロバートさんは、短く刈り上げた茶髪に手を当てながら、その青い瞳を僕に向けた。司令官以外にも、軍のお偉いさん方が同席しており、僕は彼らの鋭い視線にさらされながらはっきりとそう告げたのだ。


「なぜ、そうだと言い切れる?」


 そう問うてくるロバートさんの声は低く力強く、思慮深さが感じられた。


「残念ながら」


 僕は言った。


「今、圧倒的に反メフレグ勢力は劣勢です。あと、一押し。欧州さえ陥落すれば、完全に世界はメフレグ主義に飲まれることになります」

「それは……」


 ロバートさんは、皮肉な笑みを浮かべた。


「君にも、その責任があるだろう。豪州の英雄を殺した少年よ」

「脅されていたので、どうしようもなかったのです」

「それで? その発言が真実だと、君がスパイでないとどうして言い切れる?」

「スパイを放つ必要がメフレグ側にはないからです」


 僕は語気を強めて言った。


「はっきり言ってしまうと、今のマリアさんを含めた欧州軍の戦力では、勢いづいていたメフレグ勢力を抑え込むのは不可能だったでしょう。それどころか、ソフィアたちが攻め込んでくれば、恐らく一夜で欧州は滅んでいたでしょう」

「それほどまで……」


 ロバートさんや他の同席者たちが唸る。


「ええ、それほどまでに今のソフィアたちの力は強力です。つまり、メフレグには、スパイを放つ必要がないのです。仲間殺しという犠牲を払ってそんな小細工をせずとも、力で簡単に欧州を滅ぼせたからです。僕が」


 僕はその青い目をまっすぐ見つめて言った。


「僕が、裏切らなければ」


 ロバートさんは小さく息を吐いてから笑った。


「ずいぶんと恩着せがましいが、確かに筋を通っているな。あとは……」


 ロバートさんは冷たい光を目に宿して言った。


「こちらの気持ちの問題かもしれんな」


 その声も冷たく部屋に響いた。


「君らソフィアたちに同胞を殺され続けた我々だ。そう簡単に、はい、そうですかと君を仲間に迎え入れることはできそうにない」

「そのお気持ちは重々承知しています。ただし、一つだけ言っておきます」


 僕は自分の胸に手を当てて、僕を囲んでいる軍のお偉い方全員に言った。


「僕という戦力を活用しない限り、反メフレグ勢力に未来はありません。そして、僕はお役に立てる自信と、その覚悟があります」

「……これについては、別に会議を開いて、そこで決定する。それまで、君の身柄は軍が拘束する」

「それは、お断りします」


 大人しく拘束されていては、身の危険を感じる。まぁ、いざとなればハルモゼールを使って抵抗および脱走することができるだろうが、それでは目的を果たせない。

 あくまで、対等以上の関係で協力者がほしいのだ。

 ここは、主導権が握られてはいけない場面だ。


「君に拒否権があると思うのか?」


 ロバートさんが手を組んで僕を軽くにらみつける。


「拘束されるのは怖いです。身の安全と自由を保証していただかなければあなた方の味方にはなれません」

「……あくまで対等だと言いたいのだな。では、どうする? 高級ホテルの一室にでも泊まるのか?」

「私が責任をもって、監視するわ」


 ずっと部屋の隅で立ちながら黙って話を聞いていたマリアが、口を開いた。


「彼を使えると判断したのは、私だから。私のそばに置いておくことにする」

「それは……危険では? 君は我が欧州の切り札なのだ。何かがあってからでは……」

「大丈夫、むしろ彼が万が一我々を裏切ったときに彼を抑え込めるのは私くらいしかいないと思うわ。全体のバランスを考えると、私の近くに置いておくのは、間違った選択ではないと思うの」


 それを聞いて、ロバートさんは天井を仰いて目を閉じた。

 

 結局、僕はマリアが住んでいる教会で生活することになった。高い崖の上にある教会で、周囲からは廃墟として認識されており、誰も寄りつかない場所なのだそうだ。しかも、周囲といってもそれはかなり離れた街のことであり、近隣の街自体はメフレグと反メフレグの戦闘で荒廃して人が住めない土地になっている。そのため、この教会はかなり孤立しており、欧州の切り札であるマリア=デル=モンフェラートが身を隠すにはぴったりな場所だった。

 マリアは目が見えないが、一度小さなサイズの怪物を召喚してその目からの視覚情報を受け取り、教会内部の構造や物の配置は完璧に把握して記憶したらしく、介護をほとんど必要としない。定期的に、軍から食料などがこの教会に持ち込まれ、そのときに軍の関係者が掃除などをしていく以外は、杖をつきながら自分一人で生活していた。

 そこに、僕がやってきたわけだ。


 僕は長く息を吐いて、再びステンガラスを見上げる。


「ようやくだよ、ようやくメフレグから解放されるんだ」

「雪は……、ずっとソフィアたちに脅されていたって言ってたわね」


 マリアは、落ち着いた表情で聞いてくる。

 僕は、その表情を一瞥してから、ステンドガラスに再び視線を固定して、言う。


「ああ、裏切れば殺すって言われた」


 そうやって、僕は嘘をつく。理恵とのことは、まだ話していない。あの欧州軍の司令官たちの態度からすると、理恵のことを話すと理恵を人質にして僕に言うことを聞かせようとしてくるかもしれないからだ。お互いに信頼関係をきちんと結ぶまでは理恵に対する想いを打ち明けることはできない。

 ただ、メフレグの、特にソフィアに関しての情報は、マリアに聞かれる度にきちんと答えている。マリアには、今よりももっと強くなってもらわねばならないのだ。

 そう、僕は。


「僕と君たちで、奴らを滅ぼそう。今の強化された力を有する僕が君たちと組めば、そう簡単には殺されないはずなんだ」


 僕は、メフレグを殲滅するつもりでいる。

 あの、忌々しいメフレグの神さえも殺して。

 そうすれば、僕は理恵に自由に会いに行けるだろう。


「そのために、反メフレグの君たちにじゃんじゃん情報を流すよ」

「助かるわ」


 マリアは、目を閉じたまま、ゆっくりと微笑んだ。


「会議、早く終わるといいな」


 どうなるかは不安ではあるが、はじめにきっぱりと主導権を握られることを拒んだので、手強いと思われてひどい扱いにはならないはずだ。

 対等以上になると期待している。

 そして、僕の待遇が決まったら。


「早急に君たちに提案したいことがあるんだ」


 そう、一石二鳥でもあるそれを僕は望んでいた。


「極東の救世主と手を組んでほしい」


 理恵と僕が親密だったこと、今も僕が理恵のことを好きだということは欧州軍には今は伝えない。ただ、理恵と協力関係は早めに結んでほしい。理恵とマリアが組んで、僕もそこに加わればかなりの戦力になると思うのだ。僕が欧州軍との信頼関係を結ぶまでは僕の理恵に対する想いは伏せておかなければならないため、そこをどう立ち回るか工夫が必要ではあるが。


「それは……無理ね」


 存外、即座に答えが返ってきた。

 マリアは複雑な表情を浮かべて、続けた。


「契約上、直接他のパナリオンと手を組むことはできないわ」


 それを聞いて、僕は長く疑問だったことを口にした。


「君たちパナリオンは、どうして、連携しようとしないの? パナリオン同士が連携しているのを、僕はほとんど見たことがない」


 唯一例外があるとすれば、鳥使いだった本条さんと十島君だ。それでも、二人より多く連携は組んでいなかったので、やはりパナリオンは単独か少数のグループでしか存在していないと推測できる。

 それはバルベーロですぐにつながれるソフィアに比べて、非常に不利だと思うのだ。

 一体、なぜ。


「そういう契約なのよ、少なくとも、私は。他のパナリオンと手を組まないようにと言われたわ」

「誰に?」

「反メフレグの神に、よ」

「どうして? それって、不利だと思わない?」

「神の真意は分からないわ。ただ、何か深い事情があるのでしょう」


 分からない。わざわざ自分の部下とも言える能力者を、孤立させて戦わせるなんて。一体、どこにメリットがあるのだ。


「ただ、パナリオンでない一般の人たちとは手を組んでいいの。だから、私は軍に身を寄せているわ」

「そうか……、いや、それでもパナリオン同士で連携できないのはかなり痛いと思うよ」

「……神のみぞ知る、わ。その理由はね。ただ……」


 マリアは唇の片端を吊り上げて言った。


「ソフィアと手を組んではいけないとは言われていないの」


 僕も唇の片端を吊り上げて言った。


「なるほど、ね」


 神も想定外の反撃を、始めよう。

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