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第47話  花火と予言3

 それから、しばらくして軍から迎えが来て、僕はマリアと共に欧州軍本部に行くことになった。

 そして、一室に呼ばれた僕は、ロバートさんから今回の僕の処遇を言い渡された。


「つまりは、マリアと同格扱いをする……と?」


 僕は予想以上の結果に高揚しながら言った。


「ああ、そうだ。欧州軍の第二の切り札として君を使うことにするよ。君からの情報かつ君の戦闘能力に大きな期待を我々は寄せている。君を持ち上げるのに反対するメンバーもいたが、やはり感情に流されている局面ではないという結論に達した」


 ロバートさんは冷徹な光をその青い目に宿しながら言った。


「さて、早速だが、ソフィアに関する情報を開示してもらいたい」


 そして、僕は自分の知っている限りのソフィアに関する情報を伝えた。契約によって力を得ていること、契約を更新してさらに力を強化できること、バルベーロのこと、バルベーロ四聖人それぞれの名前と能力のこと、アイオーンたちのこと。

 ロバートさん含め軍幹部たちは身を乗り出して僕の話を聞いていた。


「そういうことか……。特殊な空間に意識を接続させて情報共有していたのか」

「だから、戦闘で連携してくるのに、インターネット上に互いにコンタクトを取った形跡がほとんどなかったわけだ」

「しかも、テレポーテーションだと……。これでは、空港などを閉鎖したところで、簡単に海外からテレポーテーションされて攻め込まれてしまう」

「ネブロ=マルクスが一番厄介かもしれんな……。米国を滅ぼした最強の盾、か」


 皆、口々に驚愕の声を漏らしていた。


「……素晴らしい。期待以上に価値のある情報だ」


 ロバートさんは、小刻みに頷きながら僕を見た。


「それで、さらに踏み込んで聞こう。君は今の局面をどうすれば打開できると思う?」


 僕はやや俯いて考えてから、言葉を投げた。


「やはり、バルベーロ四聖人の残りの三人を殺すことが最優先かと思われます。彼らの戦力は、個々で一国の軍事力を優に凌ぐかもしれません」

「だが、どうやって居場所を割り出す? テレポーテーションで逃げ回られたら、いつまでたっても殺せないぞ」

「警戒しながら待つ、しかないかと」

「……と、言うと?」

「僕は、メフレグ側からマリアを殺す任務を与えられています。もちろん、そんな任務を僕は果たすつもりはありません。ですが、表向きは、僕はメフレグを裏切っていない体を装っていて、奴らは半信半疑ながらも僕がその任務を遂行すると判断しています。ですから、しばらくは欧州には小競り合いもしかけてこないでしょう。ただし、長い期間僕がアクションを起こさないと、奴らは僕がメフレグを裏切ったという可能性を考え始めるでしょう。そして、やがて戦争をしかけてくる。そのとき、欧州最大の戦力マリア=デル=モンフェラートのみならず、僕までも相手にしなければならないと奴らは判断し、そのために確実にバルベーロ四聖人を一人以上戦力として欧州に投入してくるはずです。それをまず、確実に撃破します」

「……ふむ」


 ロバートさんは軽く頷く。


「そして、それを撃破されたら、奴らはすぐに第二陣を、恐らくは残りの聖人を投入してくるはずです。それも撃破できたなら、恐らく今の勢力図はひっくり返ると思います」

「……撃破、できそうかね? 我々ももちろん戦うが、どうしても君たち二人に頼ってしまうことになると思われる」

「それには、マリアとの連携が必要不可欠になるでしょう。マリアとの共同生活でお互いの呼吸を合わせておくこと、お互いの情報を密に共有することができれば、撃破できる可能性も上がってくると思います」

「……なるほど、君の意見は分かった」


 ロバートさんは、ふぅと息を吐いてから僕へと手を差し伸べた。


「それでは、メフレグに動きが出るかこちらから何か要請するまでは、マリアとの共同生活を続けてくれ。生活に必要な物資は、こちらから定期的にあの教会に届ける」


 僕もロバートさんに手を差し伸べて、握手をした。

 これならマリアのそばにい続けることができ、メフレグ側にいつかマリアを殺すために今は一緒に暮らしているというアピールもできる。そうすれば、カインたちはしばらくは僕のことを信じて僕がマリアを殺すことを待つだろう。

 そんな気は毛頭ないのだが。

 ベストな状況に持ち込めたようにも思うが、懸念が一つある。もし、メフレグ側が僕がメフレグを裏切ったと判断した場合、僕に対する有効な人質として理恵を捕縛する、もしくはもっとシンプルに殺す可能性がある。だが、ではメフレグを裏切らないでマリアを殺してしまうと、結局、この世界に残る能力の高いパナリオンは理恵だけとなる。僕は言葉でメフレグ側にとっての理恵を殺す優先順位を下げさせたが、残るのが理恵だけとなると優先順位などは関係なく、メフレグ側は全戦力を投入して、もちろんバルベーロ四聖人も投入して理恵を殺そうとする。そうなれば理恵の命の危機だ。

 つまり、メフレグを裏切っても裏切らなくても、理恵に危険が及ぶ可能性がある。

 まだ危険が及ぶ可能性が少ないのは、メフレグを裏切った場合だ。メフレグを裏切った場合は、メフレグ側を滅ぼせる可能性があり、もしそれが達成されれば理恵は安全となる。だが、メフレグを裏切らなかった場合は、マリアを殺せば必ず理恵が狙われることになる。この、必ず狙われる、という点に注目すれば、やはりメフレグを裏切ったほうが、理恵と僕にとってメリットがあることになる。

 まるで、綱渡りのようだ。

 僕は、軍幹部たちに拍手をされながら、心のどこかで冷や汗をかいていた。


 そして、僕とマリアの共同生活は本格的に始まった。

 僕らは、主に自分の能力や戦闘での互いの経験を話し合った。マリアは、僕の国の新首都に来るときに乗っていた空の怪物ジズ、海の怪物リヴァイアサン、地の怪物ベヒモスを召喚することができる。召喚する怪物の大きさは、状況に応じて調整することができるらしい。召喚の持続時間は、マリアが反メフレグの神への信者を増やせば増やすほど、長くなるらしい。マリアが戦場で活躍し、その姿を見た人々は少女に神の輝きを見て、欧州に住む反メフレグの信者はその数を大幅に伸ばした。さらには理恵とは違い、信者を増やすためかマリアはメディアへ積極的に露出していた時期があり、欧州だけでなく世界中の反メフレグ勢力の希望の花になった。結果、マリアの召喚持続時間もかなり伸びたようだ。一か月は召喚を持続できるとのこと。ただし、召喚持続時間を過ぎると、それから二十四時間は召喚できなくなるらしい。


「召喚持続時間は、まだたくさん残っているから、そこはそんなに心配しないでいいの」


 マリアは明るい声で話していた。

 対して、僕の能力も説明した。遠隔操作できる光の剣を召喚できること、自分を愛する者を誰でもいいから裏切れば能力が向上すること、それを逆手にとってメフレグ側に一泡吹かせてやったこと。


「それにしてもメフレグの神は、悪趣味ね」


 マリアは顔をしかめて言った。


「自分を愛する者を誰でもいいから裏切ればいいって……」

「大概、メフレグの神との契約内容は悪趣味なものが多いよ。僕は裏切り、他には自分の患者を見殺すなどもある」

「その契約内容に従わなければいけないなんて、ひどいわ」

「まぁ、メフレグではそれらの行いも善行とされることがほとんどだからね。メフレグの神にとっては、悪趣味にはならないんだろうさ」


 僕がそう言うと、やっぱりメフレグは敵ね、とマリアは呟いた。

 共同生活が本格的に開始してから、一週間が経った頃。

 教会の中で、戦闘に関する様々な議論をマリアと行っていると、小さな音ではあるが、遠くの方から破裂音が鳴ったのを確かに僕の耳は捉えた。一度ではなく、続けて何度も鳴っている。

 マリアは落ち着いていたが、僕は何事かと思って外に出て、音のする方角の空を見て、驚いた。


「花火……」


 そう、色とりどりの花火が、夜空を飾っていた。

 マリアも杖をつきながら外に出てきた。


「マリア……花火……」

「ええ、毎年、この時期になると、向こうにある街でお祭りがあって、花火が上がるの」

「そうなんだ」


 花火なんて、一体、いつぶりに見たのだろう。メフレグが世界中に蔓延してからというもの、僕の国ではお目にかかることがなかった。欧州は反メフレグが盛り返しているから、花火をするような余力があるのだろう。

 メフレグの神が地上に現れる前ならば、何度か理恵と二人で花火を見に行ったことがあった。


「すごいね、花火。きれいだね」


 ふと、特に印象が強いあのときの記憶が、蘇った。

 中学生の頃、僕は相変わらずあの虐待を続ける家にいた。ただ、その頃から、僕の肉体的な力が強くなり始めていたので、母親はそれを警戒して、暴言だけになった。父親は頻度は減ったものの、何か気に入らないことが外であると家の中で僕を蹴り飛ばしたりしていた。


「いいこ、いいこ」


 小学生のとき、理恵に触れてもらってから、僕は自分の家の異常さに気づき、それに耐え続けることができる心のよりどころを得ていた。

 それは、理恵、だった。


「また、殴られたの?」


 親は目立つところに攻撃するようなことはしなかった。いつも、決まって服で隠れるようなところを殴って、蹴った。

 殴られ、蹴られたことを外で言うと、親からもっとひどいことをされると思い、僕はそれをひた隠していた。

 それなのに、理恵にはいつも見抜かれていた。


「いいこ、いいこ」


 そんなとき、理恵は僕の頭をなでてくれた。


「雪は、優しい子だよ。そんな雪を殴ってくる親が悪いのよ」


 理恵はそう言ってくれた。何度か、理恵が虐待のことを大人たちに打ち明けようとしてくれたこともあったが、そうすると、今度は理恵やその家族が僕の親に何かされそうで僕はそれを断った。


「大丈夫」


 僕は理恵の目を見て言った。

 

 君が、そばにいてくれれば。


 中学生になっても、理恵は僕のそばにい続けてくれた。

 思春期に入ったクラスメートたちからからかわれることもあったが、それを受け流して、僕らは互いの居場所であり続けた。

 そして、中学生になってから初めての夏。


「雪、花火を見に行こう」


 そう言って微笑んだ理恵は、どこか大人びて見えたのを覚えている。

 近所の大きな川で打ち上げられる花火は、本当に美しかった。

 隣の理恵は、いつもと違ってお化粧をしていて、やっぱりどこか大人びて見えて、僕は胸がどきどきしたのを覚えている。

 そして、それが何なのかを、僕はどこかで分かっていた。

 花火が上がり、夜空を飾り、震わせる。

 街の一瞬一瞬が花火の光で切り取られていくような。

 まるで、花火の光で街が写真を撮られているような。

 僕と理恵のこの時間も、切り取って永遠に保存しておいてほしい。

 心の中で、強くそう思った。


「ねぇ、雪」


 理恵が僕を見つめる。


「すごいね、花火。きれいだね」


 僕は昨日蹴飛ばされた腹部に少し痛みを感じながらも、微笑んだ。


「ああ」


 花火も、理恵も、街も。

 とても、きれいだ。

 きっと、あのとき、僕の理恵に対する気持ちに、恋愛感情が加わったのだろう。


 そんなことを思い出してから、僕は我に返ってとても悲しくなった。

 いや、ぞっとした。

 花火は遠くの空から僕のことも照らしている。

 照らされた僕は、どんな姿でその光に切り取られるのだろう。

 理恵のことを自分の手で守りたくて。

 理恵に好きって言いたくて。

 僕は裏切った。

 多くの人を。

 殺した。

 自分の国で、そして異国の地で。

 崖の上には、花火に照らされる大量殺人鬼になった僕がいた。

 その事実を、僕はどうしようもできなかった。

 ただ。

 花火に照らされてきれいだった、君のことを想った。

 それしか、僕にはなかった。

 そう、何もかも、それしかなかった。

 理恵。

 僕は、今でも君のことを。

 一際大きな花火が上がった。

 目が見えないであろうマリアに、僕と花火の景色がどう感じられたのだろう。

 振り返ると、マリアは泣いていた。


「雪……」


 マリアは言った。


「なんだか、とても悲しいわ」


 僕は戸惑った。戸惑って、それから、本条さんの言葉を思い出した。


「背中も、悲しそうなんだね」

「君ってさ」


 目が見えなくても、マリアは何かを感じたのだろうか。


「雪……」


 か細く呼ぶから、僕はマリアへと近づいた。

 目の前まで歩いてから止まって、微笑んだ。


「いるよ、ここに」


 不意に、マリアが僕へと手を伸ばしてきた。そして、僕の頬に触れた。


「泣かないのね」


 マリアは泣きながらそう言った。


「泣かないよ」


 僕は笑ってそう言った。

 自分の欲のために数多の人を裏切り、殺した今の僕に、泣く資格などなかった。

 マリアの指が僕の唇に触れた。


「マリア……?」


 僕が声を出すと、マリアが一歩近づいてきて。

 そして、僕の唇に自分の唇を押し当てた。

 遠くの方で、花火が上がった。

 唇を唇に押し当てたまま、マリアは言った。


「ごめんなさい」


 マリアは続けた。


「でもね、どうしても、こうしてあげたかった。私が、そばにいるよって、分かってもらいたかった」


 僕は呆然としながら、唇を離した。そして、何を言うべきか、どう言うべきか、思考を巡らせて。

 一番、率直な一言を伝えた。


「ありがとう」

 

 その言葉を切り取ろうとするかのように、また、花火が上がった。

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