第45話 花火と予言1
「それで、今回の件、一体どういうことなのか、説明をしてください」
バルベーロの神殿内の広場にて。
僕はアイオーンたちに囲まれていた。目の前には、カイン、ネブロ、レギオンとバルベーロ四聖人のうち三人が揃って立っている。その四人目である僕は、かつてないほどの緊迫感の中、その場の全員の視線に刺されながら立っていた。
僕に説明を求めてきたカインは、相変わらず仮面をつけて中世的な声だ。だが、今はその正体を分かっている。
ここバルベーロは意識のみで接続できる特殊空間。自分の服装なども意識で自在に変えられる。仮面だってつけようと思えばつけることができる。だが、ソフィア同士の情報共有の場でもあるここバルベーロで仮面をつけることが許されているのは、カインだけだ。カインはいつものように赤いローブに身を包み、顔全体をすっぽりと仮面で覆っている。恐らく、あの仮面に仕掛けがあって、声を変えることができるのだろう。カインが戦場で活躍したアフリカ制圧のときも、同じような仮面をつけていた。あのときはバルベーロではなく地上だったので、神から授かったのであろう実際の仮面を装着していた。
明菜。
僕はじっとその仮面を見つめる。
もう、別に隠さなくてもいいのに。
僕は、そう思いながら、仮面をつけた元彼女と向き合っていた。
カインは、続けた。
「マリア=デル=モンフェラートを極東の新首都で殺すというあなたの任務をあなたが放棄したという見方が、我々の中で広まっています。マリア=デル=モンフェラートは確かに欧州を離れた。あとは、彼女が極東の新首都に現れたという報告が上がれば、ネブロ=マルクスが欧州に攻め入る予定でした。しかし、いつまで経っても新首都に留まっていたあなたたちからの報告がない。考えにくいことですが、マリア=デル=モンフェラートによって一瞬にして全滅した可能性もあると考え、残りのアイオーンたちを新首都に派遣しました。そこで、判明したのは、あなた以外は全滅したという驚愕の事実でした」
カインはゆっくりと人差し指を僕に向ける。
「ほとんどの者の体には、鋭利な何かによる刺し傷がありました。巨獣と戦って殺されたような跡ではなく、何か突然の予期せぬ攻撃によって、心臓を一刺しされて死んだ、というのが派遣したアイオーンたちが出した結論でした」
レギオンが大きく息を吐いた。その表情は静かな怒りに満ちていて、何かの拍子に爆発しそうだった。ネブロは、目を細めて、ただ、注意深く僕を見ている。その口元には、どこか愉快そうな笑みが浮かんでいた。
カインは、語気を強めて言った。
「彼らを殺したのは、河水雪、あなたですね?」
全員の視線がさらに強くなって、僕の体に刺さってくる。
「結局、予想外の事態にネブロを欧州に向かわせることはできませんでした。それから、マリア=デル=モンフェラートは、生きて欧州に帰還した、という情報が欧州にいるアイオーンから入りました。そして、なんと驚くべきことに」
カインは人差し指を僕に向けたまま、言った。
「彼女の傍らに、あなたがいたそうです」
僕は、ただ静かに、カインの言葉に耳を傾けていた。
「我々の推測は、こうです。あなたは、新首都で、確かにマリア=デル=モンフェラートと接触した。しかし、彼女と戦うことをせずに、その代わり仲間であったアイオーンたちを殺し、バルベーロの聖人候補でもあった紅の翼の天使をも殺し、恐らく仲間殺しの見返りに、反メフレグ側に迎え入れられた。つまり」
カインははっきりと言った。
「我々を裏切った」
「よく思い出してください、僕のやり方を」
全員が殺気立つ前に、僕は即座に言葉を返した。
「僕は、裏切ることで相手の虚を衝き、相手の力を本領発揮させずに殺すことを得意とします。つまり、」
「それで」
レギオンが口を挟んだ。
「今度は、そのやり方で、我々を裏切ったと」
「断じて違います」
僕は首を横に振った。
「マリア=デル=モンフェラートが新首都に現れたとき、僕は確信しました。このままでは、僕らは全滅すると。全滅してしまうのならば、大局的に見て戦力を最も有効に活用できる方法を考えるのがリーダーの務めです。つまり、」
僕は一呼吸置いて、言った。
「マリア=デル=モンフェラートを裏切って殺すための準備に活用するために、アイオーンたち、そして美緒には死んでもらいました」
ネブロが口笛を吹いた。レギオンが、ほぉっと声を上げる。カインは人差し指を下ろした。アイオーンたちは、黙って僕の話を聞いている。
「全滅するより、はるかに良い結果でしょう。今、僕は、アイオーンたち、美緒をマリア=デル=モンフェラートの目の前で殺したおかげで、彼女から一定の信頼を得て、彼女のそばにいる。このまま相手の信頼をもっと勝ち得ていけば、裏切って相手の全力を出させることなく、スマートに殺すことも容易でしょう」
「つまり」
カインは平坦な声で言った。
「マリア=デル=モンフェラートを殺す任務を放棄したわけではなく、むしろ任務を確実に遂行するために我々を裏切ったように見せかけて彼女の信頼を得た、と。後々、彼女を裏切って殺すために」
「その通りです」
僕は断言した。
「素晴らしい」
レギオンが声を上げた。しかし、その声は僕を称賛しているにしてはあまりに静かで、その目は暗くて冷たい光を宿していた。
「さすがは、バルベーロ四聖人の一人、メフレグの英雄。冷徹も冷徹。そこまでして、反メフレグ最後の英雄を殺そうとしているとは、恐れいった。メフレグの鏡だ」
「ネブロは、何か意見はありますか?」
カインがネブロに尋ねた。僕はどきりとする。ネブロは再び口笛を吹いて言った。
「俺は、ブラザーのやることを見届けるだけだ。何かあったとしても、俺がサポートに入ればいいだけだしな」
一番何を喋るか不安な相手が無難な答えで良かったと、僕は内心胸をなでおろした。あとは、カインがどう判断するかだ。
これまでの僕の発言は、ぎりぎり筋は通っているはずだが、カインは明菜だ。ネブロと同じく、僕の真意を知っているはず。
それが不安だが、僕には勝算があった。
明菜は、僕のことが本当に好きなようだ。
だから、僕の真意に気づきながらも、これまで僕を殺そうとはしなかったのではないか。
つまり僕に情が移って、僕を殺せなくなっている可能性がある。いや、これまで僕が無事だったことを考えれば、その可能性は高い。
レギオンは、内心は疑っているだろうが、それでも僕にはまだ利用できる価値があると思っているのか、それとも僕のことを殺すのは一筋縄ではいかないと思っているのか、ともかく僕の行動に表向きは賛同した。
ネブロは、いつも通りのスタンスで、見届けると言ってくれた。
そして、最終的な判断をするカインは僕に恋をしている。
僕はそこに賭けた。
カインは、少しの沈黙の後、僕に告げた。
「分かりました。あなたの発言を信じましょう、裏切りの子よ」
その呪われた呼び名を口にして、カインは再び人差し指を僕に向けた。
「確実に、マリア=デル=モンフェラートを殺しなさい」
僕は頭を下げた。
「仰せのままに」
僕が後ろに振り向くと、アイオーンたちが道を開けた。彼らの表情は、僕の発言に対して半信半疑といったものだった。だが、カインが判断を下したのだ。逆らうことはしないだろう。
僕がこの場を去ろうとすると、カインの声が追ってきた。
「裏切り続けるあなたに、神の加護があらんことを」
僕は目を閉じた。
明菜。
それは皮肉なのか、祈りなのか。
聞いてみたい気がしたが、僕は黙って歩き始めた。
目を覚ますと、僕は礼拝堂の中にいた。その中の長椅子の一つに座っている僕へと、祭壇の前でひざまずいていた黒い服の少女が振り返った。ステンドガラスからの光をその長い金髪が反射して、光の粒を少女がまとっているような幻想的な光景を僕に見せた。
マリア=デル=モンフェラート。
「起きたのね」
「と、いうより、報告しに行ったんだ」
僕は立ち上がって、マリアのもとへと歩いていく。
マリアも立ち上がった。
僕はマリアの隣に立って、ステンドガラスからの光を浴びた。僕には眩しすぎる光だ。顔をしかめながら言った。
「バルベーロ。この前、説明しただろう?」
マリアが目を閉じたまま、頷く。
「意識だけで接続できるソフィア専用の特殊空間……、情報共有やテレポーテーションに用いられるという」
「そう、そこに意識を飛ばして報告をしてた」
「……なんて報告を?」
「あなた方を裏切る気は毛頭ございません、任務を遂行しますって嘘をついてきたよ」
「任務?」
「うん」
僕はステンドガラスから視線を外して、マリアを見た。
「君を殺す任務」
「あなたって……蝙蝠みたいな人ね、雪」
「手厳しいな」
僕は首を横に振りながら言った。
「僕は反メフレグ側の味方だよ」
僕は強く言った。
「あれだけ、ソフィアを殺したじゃないか」
胸の中で、痛みと共に強い禍々しい感情が沸き起こる。
もう、あの裏切りから、三日が経つ。
未だに、美緒の表情を覚えている。涙を流して呆然としていた。
美緒は危険だった。僕を独占しようとするあまり、理恵に危害を加える可能性さえあった。それに、メフレグの味方をしようともしていた。
それでも。
ずっと虐げられていた少女を、ようやく解放された少女を、そして自分を慕ってくれていた少女を殺すのは非道ではないかと、まだ、説得の余地はあったのではないかと誰かにきっと言われるだろう。
僕はこう言う。
力が必要なんだと。
理恵と僕のためには、僕自身の力が、そして他者の協力が必要だった。美緒以外に僕を信じてくれていたアイオーンたちも殺した。それも、メフレグ側の戦力を削るためだけでなく力を得るため。
新約。僕を愛する者を誰でもいいから殺せば力を得られる神との契約。美緒とアイオーンたちを殺したおかげで僕は自身の力を大幅に増強し、さらにこうして目的のための心強い協力者も得ることができた。
僕が理恵に好きだと言える日のために。
最低な僕はこれから、反メフレグ側の人間として生きていく。
自分の裏切りに、心のどこかで怯えながら。
仕方がなかったんだと、心のどこかでずっと呟きながら。
僕が自殺を選ばない以上、僕は歪んだまま理恵に向かって加速を続ける。
「そうね、それは確かに私も確認したわ」
マリアが頷きながら言う。
盲目の少女だが、人並み以上に聴覚が発達していて、さらには怪物を召喚しているときはその怪物から視覚情報がリンクして彼女に伝わるのだそうだ。
僕が生贄として美緒とアイオーンたちを殺したのを確認したマリアは、僕を欧州へと連れ帰った。貴重な情報源として。
そして今。欧州軍はその僕をどう利用するか長々と会議を開いているらしい。これまで、本物のソフィアから実際の情報を得るチャンスは彼らにはなかったのだ。軍の本部は大騒ぎになったらしい。
ただ、諸手を挙げて僕を歓迎してくれるわけでもなさそうだった。当初、僕は監禁される予定だった。
当然といえば、当然かもしれない。
僕がメフレグ側からのスパイだという可能性を彼らは考えたのだ。




