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第44話  破壊と別れ、裏切りと出会い4

 ネブロがいなくなってから、僕は僕の指示を待っているアイオーンたちに言った。


「比較的、破壊活動が進んだ地域はどこですか?」


 僕が聞くと、中年女性のアイオーンが答えた。


「ここか、中心街です」


 やはり、明菜が攻撃をしたこの場所と、ネブロが暴れたという中心街が候補か。

 そして、冷静に思考を回す。

 僕がマリア=デル=モンフェラートなら、僕をいつ殺そうとするか。

 それは、僕が疲弊しているとき。

 つまり、アレクと戦った直後が一番望ましい。

 時間はそんなに残されていないように思われた。


「ここで、待ちましょう、敵が現れるのを。ここなら特に破壊されていて目立つし、倒れたビルの上にでも僕がいれば、向こうが僕を視認するでしょう」

「はっ」


 アイオーンたちが声を揃えて返事をする。

 僕はそして一際大きな倒れたビルの上で待機することにした。

 僕一人だけそこに待機して、アイオーンたちはそのビルの周辺に配置することにした。

 そう思っていたのだが、美緒がどうしても僕から離れようとしなかったので、美緒だけ僕の隣に置いておくことにした。


「なんだかね、気持ちはすごい静かなの」


 美緒は僕の隣で言った。


「なんでだろうね、初めての戦いなのに。あの泡のビジョンを思い出すと、不思議と心は落ち着くの。お父さんを殺したときも、そうだった。すごく頭の中は冷静で……」

「僕も、そうだったよ」


 僕は空を見上げながら、言った。


「あれは、きっとこの世界が創造されたときの映像なんだと思う。この世界の理が、全て詰まった情報だったのかもしれない。それを見せられると、本能的に色々なことを悟った感じがして、冷静になれるんだ」


 それでも、僕は今、自分の罪に恐怖している。大きすぎる、僕の罪は。僕が鳥使いとアレクを殺したことで、確実に世界の崩壊は加速した。レギオンにより豪州は滅び、このままだとネブロによってきっと欧州も滅びることになる。

 そして、マリア=デル=モンフェラートが、この新首都で殺されれば、世界は完全にメフレグに染まる。

 だから。

 いや、だからこそ、か。

 僕はぼんやりと思った。

 僕は禍々しく生きる。生き残る。

 たとえ……。

 大きな音が東の空から聞こえてきた。そちらに視線を向けると、回転翼の輸送機が何台もこちらに向かってやってくるのが見えた。マリア=デル=モンフェラートではない。恐らくは、この国の残存勢力だろう。

 僕たちの位置は、アイオーンの一人がバルベーロに接続してカインに伝えてくれた。そして、その情報を世界中に流すように依頼もしておいた。

 きっとその情報の真偽を確認しにきたのだろう。そして、情報が正しければ、殲滅するように戦力を投入してきた。

 全ての輸送機が、僕のいる場所からかなり離れた、ビルの残骸などが比較的少ない場所に着陸した。当然、輸送機からは戦闘員が次々と降りてくる。ざっと百二十名程度だ。


「戦闘開始!」


 僕は大声で指示を出した。

 ビルの周辺に配置していたアイオーンたちが一斉に動いた。

 各自、散開を始めた敵戦闘員にそれぞれ向かっていく。


「私も行くね。雪の役に立ってみせるから、見ててね」


 そう言って、美緒は紅の翼を出して、羽ばたいて浮かび上がり、アイオーンたちに続いて敵戦闘員へと飛んでいく。

 それからは、怒号と銃声がその場に響き渡った。

 戦闘開始から十数分が経っただろうか。

 銃声は完全に止んだ。

 倒れたビルの上から、僕は一部始終を見ていた。

 敵は、いや、この国を守ろうとしたこの国の兵士たちは、僕の指示によって動いたアイオーンたちによって全滅した。こちら側の損害は、一名の負傷者だけだった。しかも、軽度の負傷だ。

 それは圧倒的な勝利だった。美緒も戦果を上げていた。二人をその羽で仕留めていた。

 しかし。

 アイオーンたちが勝利の雄たけびを上げる時間はなかった。


「ああ……」


 僕は西の空を見て、声を漏らした。

 何かが物凄い速度でやってくる。

 それがいよいよ近づいてきたとき、僕はそのときが来たのだと思った。

 圧倒的だった。

 その翼は空を背負うかのように羽ばたき、その体は丘が浮かんでいるかのように巨大だ。焦げ茶色の体毛で肌を覆い、大きなくちばしを開いて大気を鳴き声で震わせる。

 その姿、まさしく伝説の空の怪物。

 その背に乗る黒い服を着た少女マリア=デル=モンフェラートは、現れたそのときから完全に戦場を支配していた。

 欧州の英雄にして、反メフレグ最後の砦。

 即座に動いたアイオーンが五名いた。最も怪物と距離が近かった者たちだ。彼らは怪物ではなく、それに乗っているマリアを狙って動こうとしていた。

 だが、怪物が巨大な翼を大きく羽ばたかせる。

 すると、大きなビル並みの規模の竜巻が発生して、次から次へと向かおうとしていたアイオーンたちを巻き上げていった。

 十秒程度経って竜巻が消えた後に、がれきとともに巻き上げられたアイオーンたちが地面に叩きつけられていった。

 マリア=デル=モンフェラートの様子を見ると、彼女はただ目を閉じたまま、微動だにせずに怪物の頭の上に立っていた。確か、事前情報では、盲目だったはずだ。

 その彼女を、その強さを目視したとき、僕は恐怖よりも歓喜を覚えた。

 そして、その歓喜に、僕は自分が本当におぞましい存在であると気づかされる。

 だが、僕は、それでも。

 隣には誰もいないはずなのに、声がする。

 幾つもの声。

 理恵。

 赤井先輩。

 本条さん。

 その声が、僕に言葉を伝えるのだ。


「私たちを裏切っておいて、今さら怯えるの?」


「ハルモゼール」


 僕はそう呟いてハルモゼールを一本出現させる。そのハルモゼールに乗る。そして、宙を駆ける。

 全速力で前へ。マリア=デル=モンフェラートへと。

 前方にいるアイオーンたちが僕の接近に気づいて歓声を上げる。

 そう、今の僕はアイオーンたちのリーダー。メフレグの英雄。


「雪!」


 美緒が、紅の翼を広げて、僕のもとへと飛んでくる。

 僕は怪物の目の前の地面に着地する。

 怪物が、大きな鳴き声を上げる。分かる。僕を警戒している。

 紅の翼の天使が、僕のそばへと飛んできて僕へと手を伸ばす。

 怪物に乗っているマリア=デル=モンフェラートの脅威を目の当たりにして、怖かったのだろう。

 とても安堵したように、美緒は僕へと手を伸ばす。

 僕は、そうして微笑んだ。

 これが、恐らく僕の。


 僕の最後の裏切りになるだろう。


 残りのハルモゼールを全て頭上に展開。

 目標、この場にいるアイオーンたち、そして……。

 君を裏切る。

 それが、僕のメフレグ。

 まずは、一本を僕へと手を伸ばしてきた美緒の胸へと刺す。

 美緒は、えっと小さく声を漏らして、そのまま僕の足元へと落ちた。

 一瞬、戦場の時が止まる。

 歓声を上げていたアイオーンたちが絶句した。

 そして、僕は光の剣の雨を降らせた。

 一斉に、ハルモゼールをアイオーンたちの体に突き刺した。

 味方からの予想外の攻撃に、彼らは避けることすらできなかった。

 残っていたアイオーン九十九名が、僕によって全滅。

 足元で転がっていた美緒が、血を吐きながら僕を見上げた。


「雪……、どうして?」


 僕は視線を美緒に落として言った。


「僕は嘘つきだから」


 君は理恵が守ろうとしていたこの世界を破壊しようとするソフィアだ。それに君は、個人的な理由からきっと理恵に危害を加えようとする。それが予想できた。さらに、そう、君を、いや僕を信頼していたアイオーンたちと君を殺せば。

 あのとき、神は言っていた。


「お前を愛する者を裏切るがいい、その対象を拡張し、制限を取り払おう。もはや」


 そう。


「相手は誰でもいい」


 それが、新約。

 僕は何の契約違反もしていない。ただ、契約内容に従ったのみ。


「なぁ、そうだろう?」


 美緒が涙をこぼしながら、力尽きた。

 僕がそう呟くと、あの声が聞こえた。


『お前に力を授けよう』


 そして、その数を聞いたとき、僕は唇を歪めた。

 なぁ、神よ。今、どんな気分だ。僕はあなたとの契約通りの行いをした。そして、それはあなたに多大な被害をもたらした。そして、僕は、あなたを裏切った僕は、さらにあなたの喉元に刃を突き立てられるほどの力を手に入れた。

 アイオーンの数も大幅に減らした。

 これなら、僕は全ソフィアと戦える。

 なぁ、神よ。

 今、どんな気分だ?

 また、泣いているのか?

 僕は大声で言う。


「マリア=デル=モンフェラート!」


 そして、これが、僕の最大の狙い。もう、これしか僕には道が残されていなかった。

 このタイミングで、メフレグを裏切って、反メフレグ側につく。

 この、欧州最強と対峙したとき、このタイミングしかなかった。

 美緒とアイオーンたちを生贄にして。

 僕と理恵の二人の未来のために。

 僕は恭しくお辞儀をした。


「僕は、河水雪と申します。ずっと、ソフィアたちに脅されて無理やり働かされていました。だから、こうやってこいつらを裏切れるチャンスを、ずっとうかがっていたんです。ようやくこの時が来ました」


 巨大な怪物が唸り声を上げる。マリアは何も言わない。

 僕は顔を上げて、マリアに微笑んだ。


「僕は、あなたたち反メフレグの味方であり、最後の希望です」


 僕は、僕は。

 醜いだけではすまない。

 ただ、ただ、僕は。僕の魂は。

 禍々しかった。

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