第43話 破壊と別れ、裏切りと出会い3
物音がしたと思って右斜め前を見ると、倒壊したマンションを誰かが飛び越えてくるのが見えた。
その姿。両腕に真っ赤な逆三角形の盾を装備し、青い長髪を揺らす。こちらに近づいてくる。
ああ、そうか。
一瞬、短い期間だが新首都で一緒に時を過ごした森戸君や西武さんの顔が頭の中に浮かんだ。
もう、終わってしまったのか。
きっと森戸君も西武さんも無事ではない。
死んでしまったとすれば、僕が殺したようなものだろう。
「よぉ、ブラザー。カインの言っていた通り、ここにいたんだな」
陰鬱とした感情が胸の中で渦巻いている僕とは対照的な清々しい笑顔で、僕らの前まで来たネブロは右手を上げた。
「ネブロ……」
僕はじっと彼を見つめる。服は血による汚れや焦げた跡などがあるが、それでも戦争をしてきたにしてはきれいだった。
「大体、終わったぜ」
ネブロは、上げた右手を裏返して中指を立てた。
「ファック、完了だ」
こいつは、この世界で僕の本性を理解している数少ない人間だ。嘘は通用しない。しかし、美緒がそばにいるので、あからさまに本音を言うわけにもいかない。
僕は黙ってネブロを見つめた。
ネブロは、愉快そうに言葉を続ける。
「真ん中でド派手に暴れて、敵を集めて、一斉に攻撃するように誘った。俺は一度この街で鳥使いに撃退されたことになっているから、敵も俺の能力を甘くみていてな。警察と軍隊が一緒になって俺を攻撃しようとした。だが、その直前に、俺のオーロイアエールによってカウンターされて全員死んだよ。その後、軍隊は残り少ない戦力を絞り出して戦闘機まで出してきたが、結局この盾の前に敗れたぜ」
ネブロの無敗の盾、オーロイアエール。相手の攻撃を先読みし、攻撃が開始される前にカウンターを食らわせる圧倒的な防御能力を持つ。
バルベーロ四聖人の一人に、選ばれるだけはある。
「しかし、上出来じゃねぇか、ブラザー」
ネブロは右手の中指を曲げて、今度は僕に向けて親指を立てた。
「俺のキラーパスで、見事にゴールを決めて、豪州ではアレクをキルしたそうじゃねぇか。知らなかったぜ、お前がそんなに……」
そこまで聞いて、僕は黙って力なく笑った。
ネブロはその僕の表情を見て、一瞬固まってから、小さく息を吐いた。
「いつでもお前は苦しげだねぇ」
飽きねぇ、飽きねぇ。
そう呟くネブロは、どこか楽しそうでもあった。
「んで、ようこそ、メフレグへ。小さなレディ」
ネブロが親指を引っ込めて右手を美緒へと差し出す。
握手を求めているようだ。
美緒は少し動揺しながらも、その右手を右手で握った。
「期待してるぜ」
ネブロがにかっと笑った。美緒は小さく頷く。
「んで、早速お前たち二人にミッションだ」
ネブロは右手を美緒の右手から離して、言った。
「このまま新首都にステイしろ」
「この新首都に、留まる……?」
意外な任務内容だった。これだけ破壊された街に、何が残っているというのか。
「首都は陥落したが、地方にはほとんど戦力は残っていないにしてもまだいくつかこの国の防衛拠点がある。それに、だ。最大の残存勢力である欧州がある。そこで、カインは、作戦を考えた。今頃、世界中にある動画が配信されているはずだ」
「ある動画……?」
「ああ、この国の新首都を、メフレグの拠点にするという宣言動画だ」
「なんで、わざわざそんなことを……」
「おびき寄せるためだよ、奴を」
「奴……?」
「マリア=デル=モンフェラート」
その名を、僕は知っていた。
伝説の怪物を召喚するという、欧州最強のパナリオン。豪州のアレク=ジルファと並んで脅威だと、よくカインが言っていた。
「残された反メフレグの最大勢力である欧州は、効率的にメフレグ勢力を殲滅する方法を模索しているはずだ。そこに、その情報が入れば、無視しようにも無視できないだろう。さらに、カインは餌をまいたんだ。それはな、ブラザー」
ネブロが人差し指を僕に向けた。
「お前がその拠点をまとめあげるリーダーだと宣言したことだ」
僕は目を細めた。そういうことか。
「今、欧州はアレクがお前にキルされた映像を目の当たりにして、震撼しているところだろう。そのお前が、この国の新首都に確実にいると知ったら、罠だとしても何らかの手段で攻撃をしたいと思うはず。だが、アレクをキルした男だ。半端な攻撃では通用しないと思うだろう。核攻撃という手もあるが、米国が核で自爆したことを知っているとすれば、核を使うのは躊躇うはずだ」
「核で自爆というのも、やはり……」
「ああ、俺のカウンターが決まったんだよ」
恐ろしい男だ。核でさえも、その盾によって己の刃に変えるか。
「それに万が一生き残っている住民がいることも考慮すると、広範囲を巻き込む核、という手段はほとんど考えられない。ならば、もっとも現実的な方法は、欧州最強の戦力であるマリアを投入してピンポイントでリーダーであるお前を殺すしかないはずだぜ」
僕は、そこまで聞いて、明菜と別れたときに思い描いていたある道へと思いを馳せた。
ああ、そうだな。僕にとっても、確かに、それくらいしか、もう残されていないだろう。
「ともかく、ブラザー。お前が確実にこの新首都にいることがキーだ。そうでなければ、おびき寄せることはできねぇ」
「お前はどうするんだ、ネブロ」
僕が聞くと、ネブロはべっと舌を出した。
「俺はバルベーロで待機しておいて、マリアがこの国の新首都に現れたら、マリアがいない欧州にテレポーテーションして、欧州を滅ぼす。だから、マリアがここに現れたらすぐに、バルベーロに報告をよこせよ。レギオンは、アレクがいなくなった豪州を今、滅ぼしている最中だ。カインは指示役としてバルベーロでずっと状況を見ていることになっている」
僕はぞっとする。もう、世界はメフレグによって染まりゆこうとしている。
僕はその動揺を隠しながら、ネブロに聞いた。
「つまり僕と美緒の二人だけで、マリア=デル=モンフェラートをやれ、と」
美緒が不安げにえっと声を漏らす。
「ノン、ノン」
ネブロは右の人差し指を立てて左右に振った。
「そろそろ、来るはずだぜ」
ネブロがやってきた方角から、物音がした。
そちらを見やると、次から次へと倒壊したマンションを飛び越えてやってくる者たちがいた。
老若男女、様々な顔ぶれ。人数にして、百四名。
「このアイオーンたちが、お前の指示で動く」
僕はどうやら名実ともに、リーダー格になってしまったようだ。自分の部下となる者たちの顔をざっと眺めて、内心でため息をつき、そしてある計算を頭の中で始めた。
「頼んだぜ、ブラザー」
ネブロが僕に近づいてきて、がっと肩を組んだ。
そして、僕にだけ聞こえるような小さな声で囁いた。
「ブラザー、お前が救世主のことしか考えていなくても、結果的にお前の行動は今、メフレグに傾いている。カインも、レギオンも、お前の実績を認めている。その真意がどうであったとしてもな」
ネブロが声を低くする。
「だから、ブラザー。いや、メフレグのヒーロー。お前の悲劇は、きっとまだまだ続くぜ」
ネブロが大きく僕にウインクした。
「どうしようもなくなったら、そのときは俺がこの手で楽にしてやるよ」
そう、こいつはこいつでそう考えているのだ。それが、悪意なのか、それとも誠意なのか、僕には判断つかない。
いや、ネブロなら聞けばこう言うのだろう。
フレンドシップ、友情だと。
僕は苦笑して、小さく囁いた。
「やってみせろよ、ブラザー」
ネブロは満足げに笑って、僕から離れた。
そして、背中を向けて走って去っていく。単独でも安定してバルベーロに接続でき、テレポーテーションできる場所を探しに行くのだろう。壊れたこの街なら、いくつもそういったスポットが見つかるだろう。恐らくは、さっき別れた明菜もその一つを探しに行ったのだろう。




