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第42話  破壊と別れ、裏切りと出会い2

 遠くの方で爆発音が聞こえた。

 残されたのは、僕と美緒さん、二人だった。


「雪……、あの人、何者だったの?」


 美緒さんは、戸惑いながら呟いた。


「雪が消えてから、すぐに家に大勢の警官が来たの。雪が通っていた学校から雪がソフィアだっていう通報があったって。その瞬間に、あの人、突然力を使い始めて。警官なんてみんな真っ二つ。それからこの家も切り裂いて、近くのマンションも全部切り裂いて。すごかったよ。怖いのは、何で切っているのか見えないところだよね。見えない刃っていう感じでさ」

「明菜は……」


 新首都に来てから、僕は気づき始めていた。明菜が確実に眠っていない時間帯にバルベーロに行くと、決まってあの仮面の人物の姿はなかった。逆に、確実に眠っている時間帯にバルベーロに行くと、決まってあの仮面の人物はいた。それが何度も確認できていたので、偶然ではなく必然なのだと気づいた。


「明菜は、現時点で最強のソフィアだよ、きっとね」


 次に会うときは、仮面をつけているのだろうか。


「でも、良かった」


 美緒さんはにこりと笑う。この子は父親を殺してからというもの、急に感情を取り戻したかのように、表情が豊かになって、よく喋るようになった。


「だって、あの人、邪魔だったもん」


 僕は面食らって美緒さんを見つめる。


「美緒さん……?」

「美緒、でいいよ。私も雪って呼んでるし」

「じゃあ、美緒。それはどういう意味?」

「私はね」


 美緒は目を大きく見開いて、僕を見た。


「雪には、私だけ、見ていてほしいの」


 父親を殺した美緒に初めて見つめられたときに感じた危険性。虐げられていた彼女は、父親を殺したそのときに再度この世に生まれたようなものだ。そのときに見た僕という存在を、自分の感情の向かう先に設定してしまっている。そんな気がした。

 それは本能的であるがゆえに、強く、無意識的に脅迫めいていて、僕はそんな少女の瞳を見て、思った。

 純粋に、歪んでいると。

 そして、また、冷静に考えるのだ。

 理恵と共に生きていく上で、障害になりはしないかと。

 いや、そもそも彼女は。


「美緒は、自分がソフィアになった自覚はあるのか?」


 廃墟と化した街の様子を見る。


「この世界は、間違って生み出された」


 神のその一言から始まった悲劇の延長線上に、この廃墟と化した街の姿はある。メフレグ主義では、この世界を破壊して人々の魂を解放することこそが、神の望みとされる。器物破損も、殺人も、自殺も、善行だ。このように街を廃墟に変えるのも、神の意思に沿った極めて大きな一つの善行とされる。


「分かんない」


 少女は首を横に振って言った。


「でもね、私、お父さんを殺す力を手に入れたとき、大きな神殿に行ったの。そこで、神様からこの世界を破壊するために協力してほしいと言われた。私がお父さんにされていたことよりももっとひどいことを世界中の人々が味わうことになるって。そうなる前に、この世界を破壊しなければならないって」

「もっとひどい……こと?」


 何だ、それは。神はそれを食い止めるために、世界を破壊しようとしているというのか。いや、そもそも神ならば、そのもっとひどいこととやらを、世界を破壊しないで阻止できはしないのか。

 かつて旧首都で出会った元医者のソフィアのことを思い出す。男は新種のがんで人々が苦しむ前に、楽に殺してあげることが救済だと語っていた。それと似たような思考なのか。

 ちなみに、あの新種のがんは、理恵のゴスペルでさえも治すことはできなかった。そのときは、聖書に新種のがんの記載がないために、ゴスペルが無効になったと考えていたけど、もしも、そうでないとしたら。

 新種のがんが、理恵でも、神でさえも治せない病気なのだとしたら。

 もっとひどいこととはがんになって苦しむことを指しているのだろうか。


「がんって、診断されたんだ、半年前に。それも今流行りの新種のがんでな。転移するスピードがとてつもなくて、手術では追いつかなかった。今や、親父の体中がんだらけだ。毎日、痛い痛いって苦しんでいる。親父の様子を見ているとさ、メフレグの神が言っていたことも、あながち分からなくもないんだよ」


 森戸君の言葉を思い出す。がんになった父親のためにこの新首都で青空を求めていた彼は、メフレグに共感すら覚えていた。やはり、それほど苦痛を与えるのだろう、新種のがんは。

 メフレグの神は、人類全体ががんで苦しんで死ぬ前に世界を終わらそうとしているのか。それが慈悲だと。

 だが、ならばなぜ反メフレグの神が現れて、パナリオンが出現したんだ。反メフレグの神には、一体どんな思惑があるのだろう。

 それに、だ。やはり、世界を創造して人々を能力者にしてしまうような絶大な力を持つ存在が、新種のがんを治せないというのが納得いかない。さらに、人類には相談なく独断で世界を滅ぼそうというのも、やはり納得がいかない。僕のようにまだがんになっていなくて生きていたいという人が、少なからずいるはずなのに。

 きっと怪訝な表情をしてしまったのだろう。そんな僕を見ながら、美緒は言った。


「私は、神様の言っていることは本当だと思う。神様の言葉を聞いて、あの泡のビジョンを見たとき、本能的に思ったの。ああ、何かとんでもないことが世界で起きようとしているんだって。その前に、みんな死んでしまったほうがいいんだって」

「じゃあ、美緒。君も、世界を破壊することに賛成だと」

「……うん。まだ戦ったことないからどこまで私が役に立つか分からないけど」


 ああ、そうかこの子も。

 理恵の敵に回るというのなら。


「もちろん、雪もだよね? 雪は、この街を、豪州を滅ぼすきっかけを作ったんだから」


 その大きな黒い瞳に見つめられて、僕は笑った。できるだけ、自然に。


「ああ、もちろんだよ」


 嘘つきは嫌いだと言っていた美緒の言葉が、脳裏をよぎった。

 それでも、僕は。

 理恵に会いにいくまで、好きと言うまで、この裏切りをやめはしない。

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