表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/52

第41話  破壊と別れ、裏切りと出会い1

 僕は、バルベーロの神殿の奥、祭壇の前にいた。

 そして、絶句していた。

 あのとき、アレク=ジルファを殺した僕は、レギオン=バベルと話した後、スタジアムの中で意識をバルベーロへと飛ばした。再び、僕の国の新首都へと戻るために。

 テレポーテーションするためには、バルベーロにある神殿の祭壇の壁に刻まれている世界地図が必要になる。

 僕がバルベーロの神殿にやってくると、アイオーンたちが拍手で僕を迎えた。

 僕は、アレクの最期の呆然とした表情を思い出して、顔を伏せてアイオーンたちの間を通っていく。

 お前はメフレグの英雄になったのだよ。

 レギオン=バベルは、そう言っていた。

 分かり合えたかもしれない男を殺し、いつか殺そうと思っている側の英雄として称えられる。

 こんな醜い英雄、そういやしないだろうな。

 僕は俯きながら、そう思いながら、祭壇の前まで辿り着いた。

 だから、そのとき、僕は気づかなかった。

 アイオーンたちの数が、いつもより少ないということを。

 僕は世界地図と向き合い、地図へと意識を集中させる。地図全体が紫色に輝きだす。あとは、いつもの手順だ。

 地図上にある極東の国の、そのやや西側に位置する新首都がある場所へとさらに意識を集中させると、地図が部分的に拡大されていく。そして、新首都が拡大されて地図に映し出されたとき、僕は言葉を失った。

 一瞬、拡大する場所を間違えたと思ったが、いくつかの見たことがある景色の面影を確認して、僕は唾を飲み込む。

 咄嗟に、振り返る。

 そして、気がつく。

 アイオーンの数が、いつもより減っている。

 どこに行ったのか、考えるまでもなかった。

 僕はさらに意識を集中して、豪州にテレポーテーションする直前までいた海藤さんの家が映し出されるまで地図を拡大した。

 そして、僕は目を閉じた。頭が真っ白になるのをこらえる。

 そうか。そうだよな。

 その場にしゃがみこんでしまいたかったが、唇を噛んで、立ったまま目を開く。僕の体がゆっくりと地図に吸い込まれていき、僕の視界が徐々に切り替わり始める。やがて、目の前の景色が、完全にそれへと切り替わったとき、僕は自分の罪を目の当たりにした。

 テレポーテーションは成功した。そして、そこに広がっていたのは、帰ってきた場所は、もう後戻りできない景色を僕に晒していた。

 海藤さんの家は倒壊していた。そのがれきの上に、僕は立っていた。そして、僕は見た。

 僕の国の新首都は、破壊されていた。

 目の前の高層マンション群はその全てが倒壊していた。途中でぼきりと折れて上側が地面に落ちていた。ここから見渡す限り、ほぼ全ての建物が破壊されていた。

 僕が豪州に行ってから三十分程度の間に、きっとそれは起きたのだろう。

 僕は、背中に柔らかな感触を感じた。

 僕は、振り返らなかった。


「おかえり、雪君」


 後ろから聞こえる明菜の声は、いつもと変わらなかった。


「雪、待ってた」


 美緒さんが後ろから僕の正面に出てきた。この破壊された街にいるのに関わらず、美緒さんの服はほとんど汚れていなかった。ただ、美緒さんは、今の状況に半ば呆然としているようだった。表情にも、動揺の色が見えた。

 僕を後ろから抱きしめている明菜は、一体、どんな表情をしているのだろう。恐らく、この状況を作り出したであろう彼女は。

 上空から甲高い音がして見上げると、戦闘機が十機、僕らの上を飛んで行った。

 ほどなくして、爆発音が聞こえる。さっきの戦闘機が煙を上げて落ちていくのが見えた。

 鳥使いを殺せば、新首都は防衛機能を失う。

 簡単な引き算だった。

 そして、その隙を、メフレグ主義を信じる者たちが、見逃すはずがなかった。

 特に、メフレグの神から能力を授かったソフィアたちは、これを機に一気に攻め込む。実際、攻め込んでいる。

 それは、こうなることは、事前に明白だった。

 僕自身、それを覚悟していたはずだった。

 そうだ、鳥使いを殺すことは、新首都を陥落させるということ。

 新首都を破壊することと、同じ意味だった。

 明菜がこの状況を作り出したと思ったが、よく考えれば違う。

 僕だ。

 この状況を作り出したのは、引き金を引いたのは、この僕だ。

 明菜という銃弾を責めても仕方がなかった。

 引き金を引いてしまった僕が、この景色を、そこで渦巻く惨劇を、飲み込まなければならなかった。

 なぁ、理恵。

 君をこの手で守りたいから、僕は数多の罪のない人々を殺したよ。

 僕はそうして、ますます君に相応しくない男になった。


「明菜……」


 僕は呟いた。


「なぁに、雪君」


 明菜は明るい声で返してくる。

 僕ら三人の中で、明菜だけが、動揺せずにこの場にいる気がした。


「勝ったよ」


 僕は言った。震える声で。


「僕は、異国の地も、陥落させたよ」


 自分の罪を上塗りした。僕はまた、アレクの最期の表情を思い出した。

 ぎゅっと、僕を抱きしめてくる明菜の腕に力がこもる。


「うん、お疲れ様」


 その声にも、力がこめられる。


「さすがは、私の雪君。信じてたよ」


 体も震え出した。

 それは、自分の罪に対する動揺、恐怖、怯えが引き起こした現象だった。

 あろうことか、僕は誰かに支えてもらいたがっていた。

 自分の欲のために、理恵を守りたいがために、間接的にだが、大量殺人鬼になったこの僕は。

 そして、明菜はそれさえも包み込もうとしている。それが分かった。

 駄目だった。これ以上、明菜と一緒にいると、僕は自分がけだものであることさえも忘れてしまうかもしれなかった。

 それは、僕が僕として存在するために、決して許されないことだった。

 それに。

 僕はいつの間にかしゃべり始めていた。


「なぁ、明菜。僕らは、この一年間、一緒だったよな」

「そうだよ、雪君」

「昼休み、お弁当食べたり、どうでもいいことで笑い合ったり、喧嘩らしい喧嘩をすることなく、僕らは一緒だった」

「うん」


 明菜は、僕が最終的に言おうとしている言葉を知っているようだった。それほどに、静かで温かった。

 本当に、明菜。


「君は、良く出来た彼女だった」


 体は震えたまま。声も震えたまま。

 それでも、僕の頭は僕と理恵が生き残れる最善の方法を弾きだしていた。

 道はもう、あまり残されてはいないが。

 それでも、僕は、僕として進むしかなかった。

 だから、この背中の温もりからは。

 冷静に考える。

 そう、今、ここで、その言葉を言うことが、僕には必要だった。

 僕と理恵のためを、思うなら。

 ハルモゼールは大幅に追加された。だから、今なら。

 ハルモゼールを一本失っても、その言葉には余りあるメリットがある。


「別れよう」


 そう言った。言ってから、僕はぼんやりと、もし僕が別れようと言ったら殺しますと言っていた明菜の表情を思い出した。


「雪君……」


 僕を抱きしめるその腕には、まだ力がこもっていた。僕は次の言葉を待った。


「このタイミングで、この状況で、か弱い女の子を独りにするの?」


 恨み節の言葉だったが、ただ、声の調子はあっけらかんとしていた。

 ゆっくりと僕を抱きしめる腕が、その力を弱めて後ろに引いていく。


「雪君は……」


 僕は振り返った。

 明菜は、きれいな服のまま、きれいな表情で笑っていた。


「雪君は、どうしようもない男の子だね」


 僕は目を閉じた。


「明菜、君は」


 僕らは大量殺人鬼だ。間接的な、そして直接的な。そんな僕らの間で交わされることが許される会話ではないのに。

 だが。


「君は、きれいだね」

「あははは」


 明菜が声を出して笑った。


「振った後に、口説くつもり?」


 僕は小さく息を吐いて笑った。


「ごめん」


 そんなつもりは……、と言いかける僕の唇を、明菜の人差し指が押さえた。


「反逆のネブロが、今、アイオーンたちを引き連れて新首都を攻撃しているわ。さっきまで、私もここから攻撃をしていた」


 そう言って明菜が優しく微笑みかける。その顔が言っていた。もう、僕らの嘘は終わったのだと。きっと、その関係も。


「ここが落ちるのも、時間の問題だよ」


 僕は言った。


「ああ、分かってる」

「雪君の……手柄だよ」


 少し気遣わしげに紡がれた言葉の調子は柔らかく、僕の耳へと伝わった。決して、僕を傷つけようと意図されたものではないことが、僕には分かった。

 だが、だからこそ逆にその言葉は僕を傷つけた。覚悟をしていたつもりでも。


「ああ」


 僕は目を閉じた。


「……分かってる」

「駄目だよ、雪君。目を開けないと」


 人差し指の感触が、唇から消えた。

 僕が目を開けると、そこにはやはり壊れた街があった。振り返ると、その中で呆然としている美緒さんがいた。また振り返ると、その中で毅然としている明菜がいた。

 このコントラストに挟まれた僕は、どちらの顔もできなかった。いや、どちらの顔も許されなかったというべきだろう。

 呆然とするには僕は意図的に手を血で汚し過ぎていて、毅然とするには僕は罪悪感に飲まれ過ぎていた。

 どんな顔をしていいか分からない僕に、明菜は目を開けろと言った。

 そうだね、明菜。僕は、僕が、君と別れて生きていくには、僕が望むことをしたいのなら、きっともっと強さがいるね。いや、それを強さと呼ぶことはおこがましいかもしれない。

 他者の命を貪りながら、それに傷つきながら。

 それでも前進する禍々しさが。

 それを、君は分かっているんだな。

 今はまだ、僕にそれはないとしても。

 もう何度目かのセリフを、僕は言った。


「分かってる」


 そのときの僕は、きっと頼りなさげな笑顔を浮かべたんだろう。だが、明菜はそれを見て頷いた。

 ゆっくりと明菜が、僕の方を向いたまま、僕から離れていく。

 倒れたビルの残骸を背に、明菜はそうして、最後に僕に言った。


「ねぇ、雪君」


 彼女は、微笑んだ。それは復讐のようにきれいな微笑みだった。


「本当に、好きだよ」


 そして、明菜は僕に背を向けて、走り出して。

 やがて見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ