第40話 炎の中の言葉3
アレクはゆっくりと顔をこちらへと向け、呆然と僕を見ていた。
「お前の望みを否定するには……、それはあまりに素朴で……」
アレクの目から光が消えていく。
「ああ……、この世界は……もう……」
僕も呆然としながらハルモゼールを消した。
僕が着地するのと、アレクが地面に崩れ落ちるのは同時だった。
周囲を見回すと、天まで巻き上がっていた炎の渦が、全て消えていた。あの、巨大な炎の壁も。
アレク=ジルファは死んだ。
僕は足元にあるアレクの死体へと視線を落とした。
何が起こったのか。
僕は燃えなかった。生き残った。
アレクの炎は特殊な炎だった。燃やす燃やさないの選択ができたのかもしれない。
だとすれば。
僕は生き残ったというよりは、生かされたということになるのだろうか。いや、少し違うか。
彼は僕の望みと対峙して、それを否定できなかった。アレク自身がそれに対して向ける答えを持ち合わせていなかった。
消極的な理由だろう。
殺さなかったのではなく、殺せなかったのだ。僕を、あの英雄は。
アレクは、僕の望みは素朴だと言っていた。
僕は、多くのことを望んでいると思っていた。
理恵に好きって言うこと。
多分に、欲張りだろう。こんな世界でユダが救世主に告白するだなんて。
ただ、僕は心のどこかで確かに。
そんなに許されないものなのだろうかとは思っていた。僕の望みは、そんなに許されないものなのか。
僕がユダでなければ、理恵が救世主でなければ、そもそもメフレグが広まらなければ。
そもそも。
こんな世界でなければ。
アレクには、僕の叫びはどんな風に響いたのだろう。
僕は悲しくなって、目を閉じた。
アレクの最期の呆然とした表情が、脳裏に焼き付いている。火傷のように、きっとそれは心に痕を残すだろう。
この世界は、僕らは……。
しかし、悼む時間は長くは続かなかった。
スタジアムの外から爆発音が聞こえた。
それは凄まじい勢いで続けざまに聞こえてくる。それに混じって聞こえる怒号と悲鳴。
僕はまさかと思って目を見開いた瞬間、上空からも爆発音が聞こえた。
スタジアムの周囲を旋回していたヘリが、炎を上げて落ちていく。
アレクは言っていた。自分が負ければ豪州はメフレグに屈すると。
まさか。
「おお、偉大な神よ!」
僕がいるスタジアムのフィールドの出入り口から男が一人入ってきて、こちらにやってくる。
銀髪をなびかせ、鋭い瞳で僕を見据えながら、その男は皺の入った顔に笑みを湛えて言った。
「アフリカ制圧で逃げ回り、救世主を殺せなかった裏切りの坊やがここまでやるとは」
「この音はまさか……」
僕は久々に見たその男を見ながら、言った。
「スタジアムを包囲していた豪州軍に攻撃をしかけているのですか?」
「その通り。さっき落としたヘリはお前たちの戦いをライブ中継していた。お前が勝ったのを確認したので、約束通り、豪州を滅ぼさせてもらう」
爆発音が、響き続ける。
「アレクは、自分が負ければ豪州は屈すると言っただけでは……」
「メフレグに屈するとは、こういうことだ」
男は優雅な笑みを湛えたまま、空を仰ぐ。
「これでこの世界は、また一歩神の御許へ近づく」
そう言ってから、ゆっくりと顔をこちらへと向ける。
「一つ気になったのだが」
男は笑みを消して言った。僕は、静かに男を見る。
「どうやってあの炎を突破した。確かに飲み込まれたかのように見えたのだが」
僕は少し間をおいてから答えた。
「アレクの炎は特殊な炎で、燃やす燃やさないの選択ができるようでした。炎に飲まれたとき、僕はメフレグの正しさをアレクに叫び訴えました。すると、燃えずに炎を抜けて彼を串刺しにすることができました」
「そうか、そうか」
男はまた笑みを浮かべたが、それはさきほどとは違い貼り付けたような笑みで、そしてその目は鋭い眼光を放っていた。
「アレクはメフレグの正しさに負けた、というべきだろうな。それも含めてご苦労だった、裏切りの坊や」
爆発音がやんだ。包囲していた豪州軍の数がどれくらいのものだったのかは分からないが、それにしても、もう。
「もう終わったのか……」
「ああ、私一人で十分だった」
「一人で……」
僕はぞっとなる。自らの分身を数多に作り出して敵を襲うというその能力。その強さ。
「ああ」
男は目を閉じて言った。
「我々は大勢でありますゆえに」
レギオン=バベル。バルベーロ四聖人の一人にして、最もメフレグの神に忠実な男。
「いずれにせよ、祝福しよう」
レギオンは言った。
「お前は自分の国の首都を陥落させ、豪州をも陥落させた。結果は出した。救世主を殺さなかったと聞いた時はメフレグを裏切った可能性を考え、カインにお前の暗殺を打診しようとしたが、それはやめだ。お前は使える。メフレグ主義にとって、大きな戦力になる」
自分が行ったことの大きさに、今さらながら押し潰されそうになる。その結果を出すために、自分の国の街を、異国の地を。
僕は。
「お前は」
レギオンは笑う。冷たい光を目に湛えて。
「お前はメフレグの英雄になったのだよ、河水雪」
僕は、醜い。




