第39話 炎の中の言葉2
「え……」
不思議なことが起こった。
僕は驚く。
体はすっぽりと炎に飲み込まれている。
しかし、全く熱くない。
僕の肉体は時を止めたかのようにハルモゼールの上で突撃体勢のまま動かず、ただ意識だけは働いていた。
死ぬ直前は全てが止まって見えるというのを聞いたことがある。
死ぬ前の特殊な現象なのだろうか。
やはり、僕は死ぬ、のか。
絶望感に飲み込まれながら意識で思う。
ああ、理恵。理恵。
僕はこんなところで終わってしまう。ただ、君を傷つけたままで。挽回することもできず、死んでしまう。
なんで。なんで、こんなことになってしまったんだ。
最後まで焦ることがなかったアレクの顔を思い浮かべる。
格が違い過ぎた。
あれだけの想いをして、本条さんを殺してまでして、ようやく新約で能力を大幅に強化したというのに。
アレク=ジルファ。
追い詰められたとはいえ、やはり、豪州の勢力図を覆したその力は、底知れないものがあった。
「雪君、勝ってね」
明菜の声が聞こえた気がした。
僕以外のソフィアは僕が死んだらどう思うだろう。いいように使い捨てることができたと思うのだろうか。
ちくしょう。
僕は意識だけで叫ぶ。
ちくしょう!
理恵……。
理恵。
理恵!
僕は君に……。
「何だ、お前は」
頭の中で声が響いた。
その声は聞き覚えのある、というよりついさっき聞いた声。
アレク=ジルファの声だった。
「今までのソフィアとは全く違う」
声がまた頭の中で響く。
僕は呆然として、その声に意識を集中させる。
「馬鹿な……、パナリオンのような思考……。この世界で生きることを願っているだと」
「……アレク=ジルファか?」
半信半疑のまま、炎の向こうにいるであろうアレクに対して意識で呼びかける。
果たして、それに呼応するかのように頭の中で声が響いた。
「……私の炎は、相手を燃やす前に相手の言い分を聞くという特殊な炎だ。炎の中で相手の記憶、思考を読み取ることができる。超高速で読み取り相手と通信するので、この炎の中では、体感時間で一分経っていても、外の世界ではコンマ一秒も経っていないことになる」
何だ、それは。
聞いたことのない能力だ。
そして。
結局、僕は死ぬ直前であることは間違いないということを悟る。
だが、アレクの声は動揺している。
「河水雪。お前は、一体、何なのだ。ソフィアでありながら、どうして、この世界で生きたいと願う? お前がこの世界で生きてしたいこととは、何だ。全てを、他のソフィアも、メフレグの神さえも裏切ってまで。救世主である少女に何を求める?」
アレクの動揺が、僕の頭の中に波打つように伝わる。
そう、それは不思議な感覚だった。
動揺した声ではない、動揺した感情そのものが、僕に伝わってくる。
そのはじめての感覚と共に、ある映像が僕には見えた。
メフレグ主義に乗っ取られた豪州の政治。
その状況で起きた豪州でのクーデター。
軍部の最高責任者だったアレク。
反メフレグ主義を掲げる。
問答無用で殺した大統領が、実はアレクに全てを譲るつもりだったことを後に知る。
激しい後悔。
そこに現れる美しい女神、つまり反メフレグの神。
契約。
その内容は、対立する相手の言い分を聞くことで能力を得るということ。
映像は、そこで途絶える。
呆然とその映像を見ていた僕は、はっとなって思考を回す。
何だ、今のは。アレク=ジルファの過去、なのか。
意図せずにアレクの過去を垣間見た僕は、思い出す。
炎の中で相手の記憶や思考を読み取り通信する、と言っていた。
ということは、その通信が一方通行でなければ、アレクからの情報を僕が得ることもできるということだろうか。
さっき見たのは、僕の思考を読み取って動揺したアレクの中に想起された記憶の断片。
精神と精神の呼応。
なんて不思議な炎なんだ。
僕はアレクの動揺に触れて、そこでその過去を見て、アレクという人物が少し分かった気がした。
悲しい人だ。とても。
だが、それだけではない。
メフレグ主義に乗っ取られた政治に対してクーデターを起こそうと決めた強い意志。
そう。
悲しいが、強い人だった。
英雄さん、僕はあなたのこと。
「答えろ、少年! お前は、一体、この世界で生きて何がしたい。その言い分を聞かずじまいでは、私はお前を燃やせない」
アレクは明らかに戸惑っている。
そりゃあ、そうだろうな。
僕はぼんやりと思う。
選択肢がなかったものの、契約する神を間違えたなんて、こんな間抜けなソフィア、他にはいないだろう。
「答えろ!」
問いただすアレクの声。
答えた後、どうなるのだろう。やはり、僕は焼け死ぬことになるのだろうか。だったらもっと攪乱してやろうか。しかし、思考を読み取られるのだから小細工が通用する状況ではない。
ならば、せめて。
僕は意を決する。
これが、僕の最期の言葉になるかもしれないから。
死の恐怖がじわりと僕の頭の中を侵食してくるのを感じながら、それでも僕は彼女を想った。
理恵。
僕はあのとき、君に贈った言葉を真っ逆さまに墜落させて君を罵倒した。あの汚い言葉の数々。
僕はね、理恵。
ただ、君の頭の中にこびりついているであろう、あの時のおぞましい言葉たち全てを粉々に打ち砕くように、強く。
そして、優しく。
アレクは、理恵に何を求めるのかと聞いた。少し違うんだ。求めるのではない。
「僕は、僕はただ」
新首都にて、鳥の群れと対峙したときに明確になったその答え。
君が僕にもう、微笑みかけてくれなくても。
僕は。
ありったけの声で叫んだ。
「ただ、理恵に好きって言いたいんだ!」
突然、体が動き出した。
意識がついていかないまま。
いつの間にか僕は炎の外に飛び出していて、そして。
僕が乗っているハルモゼールの切っ先は、豪州の英雄、アレク=ジルファの胸を背後から突き刺していた。




