第36話 青と赤4
朝、ごねる美緒さんをなだめて明菜に任して、僕は、学校の屋上にいた。
これから始まるのは、醜い少年の生き残りをかけた戦い。自分の願いに傾いたこの心こそが、弱さなのではないかとどこかで思いながらも、僕はやはり生に飢えていた。
理恵、君と共に生きる生に。
しかし、ただ、一つ、これだけは思ってもいいのではないか。
僕の望みは、そんなに許されないものだったのだろうか。
「お待たせ」
来た。僕は屋上の真ん中で二人を迎えた。
十島君は爽やかな笑顔を張り付けて、本条さんは緊張した面持ちで、僕の前に立った。
鳥が羽ばたいて飛んでいる。
僕は口を開いた。
「来てくれて、ありがとう」
「恋愛相談って言ってたね」
「そう」
「どうして、ぼくだけでなく、香苗まで?」
「それはね」
僕は本条さんを見て、微笑んだ。そうして、僕は嘘をつく。
「本条さん、僕は君が好きだからだ」
本条さんが目を見開いて、僕を凝視した。十島君の顔が歪みそうになるが、笑顔だけは何とか保っている。
「恋愛相談経験が豊富な十島君には、僕の告白を見守っていてほしかったんだ」
「……」
十島君は黙って俯いた。
このまま顔が真っ赤になった本条さんの答えを待ちさえすれば、それで僕の告白は成功するだろう。昨日、答えに近いものは聞いたのだから。だが、僕は告白を成功させたいわけではなかった。
本条さんは深呼吸してから、意志の強い目を僕に向けて口を開いた。
「……私も、浦賀君のこと、好き。うらがく……」
「でもね」
僕は本条さんの言葉を遮った。本条さんが傷ついたように目を細める。
僕は、そして、言った。
「ハルモゼール」
十三本の光の剣が、僕の背後に出現した。
本条さんと十島君が目をむく。
「僕は、ソフィアなんだ」
愕然として立ちすくむ二人を前に、僕は頭を最大限に回転させる。
ここで、正体を明かした狙いは二つ。
一つ目は、十島君が鳥使いであることを確認すること。もし、彼が鳥使いでないならば、鳥たちが飛び交う中で堂々とソフィアだと告げてその力を見せた僕はわずか数秒で跡形もなく消し飛ぶだろう。しかし、僕の読みでは十島君が鳥使いだ。そうであるなら、他者の恋を応援するという彼の契約内容を彼は履行しなければならないため、つまり、本条さんの恋を応援しなければならないため、彼は本条さんの恋愛対象である僕を殺せない。十島君が知りうる範囲での恋、という限定条件はつくのだろうが、わざわざ目の前で告白して、本条さんの答えを聞かせたのだ。知らないとは言わせない。
二つ目の狙いは、メフレグの神と契約して新約を結び、僕の能力を向上させること。本条さんに僕の正体を見せつけて、好きだと言ったのに裏切った。新約の条件である鳥使いを一週間以内に見つけることには成功しているはずだから、これで契約は新しくなり、僕を愛する者なら誰でもいいから裏切れば能力は上がるはずだ。本条さんを裏切った僕は、新しい力を得ることになる。
正直、読みを外している可能性もある。もしも、十島君が鳥使いでなかったら。嫌な仮説が頭をもたげて、鼓動を速くさせ、冷や汗をかかせる。が、時間がない僕にはこれが精いっぱいの賭けだった。
さぁ、来い。
十島君が鳥使いであるなら、僕は鳥から攻撃をされないはずだ。本条さんの恋を盾に、僕は能力向上を待った。
しかし、数秒経っても、何の変化も訪れない。僕は焦った。ソフィアだと見せつけただけでは、能力アップのための裏切りに入らないというのだろうか。それとも……。
不意に、風を感じた。
見上げると、群れの中の鳥の一羽が僕目がけて急降下してきた。
僕は、戦慄した。
ハルモゼールの一本でそいつを串刺しにしたまま、その一本を地面に突き刺した。まだ動けるのか、鳥が串刺しになったままでも翼を羽ばたかせてこちらに向かって飛ぼうとしている。
その様子を見ながら、全身が恐怖で震えるのが分かった。
僕に、攻撃してきた?
読みを外した?
十島君が鳥使いではなかった?
咄嗟に、十島君を見ると、彼は勝ち誇った顔をして、言った。
「そうか、まさか、君自身がソフィアだったとはね」
その様子を見ると、僕の読みは間違ってはいないように感じる。それなのに、なぜ? 契約内容が違うのか?
「でも、甘いね」
十島君は空を見上げた。
「鳥使いが、ぼくだけだと思ったのか?」
しまった。
僕は唇を噛んだ。
そういうことか。
読みを外したのではなく、読みが甘かったのだ。
もう一人以上、いるというのだ。鳥使いが。
パナリオン同士が連携して戦うという例がなかったため、同じ能力を持つ者が複数いて連携しているという可能性を完全に見落としていた。
頭上の鳥たちの群れが、どんどん膨らんでいく。屋上の周囲にいた鳥たちが集まってきているのだ。
僕の頭上に、塊のようになったそれが、僕を押しつぶすように接近してきて。
今さら、他の鳥使いを探す余裕などなかった。
「あああああ!」
僕はその群れに吠えた。突き刺していた一本は突き刺した鳥の翼を切り落としてから僕のそばへと戻し、全ハルモゼールを最大速度で動かして、障壁のように僕の周りにまとう。
計算してみても、千羽を超えようとするこの鳥の数では十三本は少なすぎる。でも、死ねない。
理恵の優しい言葉に、優しい手に触れるまで。
いいや、それよりも。
そこまで考えて、僕は苦笑する。
ああ、何だ。
ただ、同じ世界で息ができたら、だけではない。僕は、さらにもう一つのことをこの世界に望んでいた。
理恵!
心の中で叫んで、襲いかかろうとする鳥たちと対峙した。
「嫌いだ!」
突然。
本条さんの声が、その場に響き渡った。
僕も十島君も、唖然としてそちらを見る。
本条さんは力強く目をつむって、俯いていた。
そして。
ばさっと、頭上の群れの中にいた一羽が僕と、本条さん、十島君の間に落ちた。
僕は驚愕した。
死んでいる。
一羽、鳥が死んだ。
十島君の顔が一気に青ざめた。
僕は、呆然と本条さんを見た。
「嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ!」
本条さんが荒い息と共にその言葉を吐き出すと、鳥が一羽、また、一羽と落ちてくる。
一瞬、思考停止した僕の頭は、再び回転を始めた。
どういうことだ?
何が起こっている?
落ち着け。
物事をありのままに捉えろ。
本条さんが、嫌いだ、と口にすれば、鳥が死んでいっている。
つまり、本条さんは鳥と何らかの関係がある?
さらに考察すると、鳥を死なせているということは、本条さんが鳥を操る能力に関して何かの契約違反をしている?
つまり。
本条さんも、鳥使いだということか。
鼓動が高鳴る。
十島君は、完全に血の気を失っている。あの様子からして、さらにもう一人鳥使いがいるという可能性は低い。
本条さんの契約内容は何だ?
言葉が関係していることは間違いなさそうだ。
そこで、はっとなる。
そうだ。昨日、本条さんは僕に嘘をついた。
「違うよ」
「ううん、違わない」
すぐに修正はしたものの、僕が好きではないという嘘をついていた。そして、昨日、鳥は二羽死んだ。
あれは、連日十島君が契約内容に違反したからではなく、二人がほぼ同時に契約違反したから、二羽死んだのだ。
ああ、そうか。
嘘をつかない、という契約内容か。
嘘をつかずに喋り続ければ、操れる鳥がどんどん増えていく。そんなところだろう。
さあ、どうする?




