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第34話  青と赤2

 五限目が終わり、ホームルームが終わると、森戸君は父親の様子が気になるからと足早に教室を去って行った。

 残った僕は、教室で少し時間を潰してから昨日と同じく、あの場所へ向かうことにした。

 写真部の部室の中には、人の気配がした。僕が扉を開けると、ちょうど鳥の写真が貼られているボードの前に立っていた本条さんが振り返った。


「呼ばれていないのに、ごめん。写真見たくて来ちゃった」


 僕が申し訳なさそうに言うと、本条さんは嬉しそうに笑った。


「大歓迎だよ」

「十島君は?」


 いない彼を探して、僕は顔を左右へと向ける。


「相変わらず」

「そっか」

「でも、もうすぐ来ると思う」


 本条さんはそう言ってから、ボードに貼られている一枚の写真を指さした。昨日、なかった写真。そして、昨日撮った、僕も知っている写真。


「見て」


 僕はそう言われる前から、まじまじとその写真を見つめていた。そこには、僕がいたからだ。

 学校の制服を着た一人の少年が、物憂げな表情をしながら、空へと手を伸ばしている。その空で飛び交う鳥たちは、少年の行く手を阻むように、あるいは、進むべき方角を示すかのように少年の頭上で羽ばたいている。

 どちらにも取れるようなその写真は、少年の不安定な心を表現しているようにも思えた。


「少年と翼ってタイトルにしようかと思って」


 見入っている僕を見ながら、本条さんが少し気恥ずかしそうに言う。


「……すごい」


 僕は心底感心して言った。


「自分じゃないみたいに、きれいだ」

「そんなことない」


 僕は横に視線をずらすと、本条さんと目が合った。

 さっと赤くなるその頬と意志の強そうなその目は、やはりアンバランスに映った。


「君が、あるがままにきれいなんだよ」


 僕には、それが分からない。

 写真は嘘をつかないと誰かが言っていた。

 だが、その僕自身が、今、こんなにも嘘にまみれている。

 そして、多くの血に染まろうとしている。

 僕は化け物だという確信だけは、僕の中にある。

 そんな僕をきれいだという本条さんが悲しくて、僕は微笑んだ。

 本条さんが息を呑む。それから何かに見とれるように、その目がゆっくりと細められる。

 だんだんと、本条さんの顔が近づいてきて。

 つと、足音が外から聞こえた。


「本条さん」


 ぴたりと、本条さんの動きが止まる。


「……何」


 顔を真っ赤にした本条さんを見ながら、僕は近づいてくる足音が部室の前で止まったのを確認する。


「好きな人、いる?」


 本条さんの顔は、耳まで真っ赤になった。


「いる、よ」


 僕のおぞましい計算が、くるくると回る。

 部室の外にいる誰かが僕らの話に聞き入っている気配を感じる。

 僕は続ける。

 くるくると、さっきの甘い感覚が落ちていくのが感じる。口の中に、血の味が広がったような気がした。

 本条さん、君の恋は使える。


「それって、僕のこと?」


 僕はただ静かに問うた。

 外の誰かが息を呑むのが聞こえた。

 本条さんは口を少し開いて呆然としてから、勢いよく首を横に振る。


「違うよ」

「……そう」


 僕が微笑むと、本条さんはまた首を激しく横に振った。


「ううん、違わない」

「遅れてごめん」


 十島君が部室に入ってきた。本条さんが飛び退って僕から離れる。


「やあ、十島君」


 僕が微笑むと、十島君が強い眼差しを投げつけてきた。しかし、それもほんの一瞬で、すぐに彼は、はっとなって呆然とした。それからぎこちなく言った。


「あ、お邪魔だったかな。ぼくは出ていようか?」


 本条さんは顔を赤くしたまま、何も答えない。

 僕は大丈夫と言って、ゆっくりと移動する。


「十島君」


 彼が撮った電車の写真が幾つも貼られたボードの前に立ち、僕はそれを一枚一枚眺めていく。


「あ、ああ、何だい?」


 十島君が冷静さを取り戻そうとしているような声で、僕の背中に問いかける。


「電車の写真ばかりだけど、好きなの? 電車」

「ああ、そうだよ」


 桜吹雪の中駆け抜けようとしている電車の写真に目が留まった。電車の青い光沢のある肌と対照的な淡い桜色の花びらが写真のあちこちを彩っていて、とても美しかった。

 どこにも、僕から何かを奪うものなどない。この写真にも、この写真を撮った彼にも。

 でも、僕は、奪おうとしている。

 メフレグの神とその主義者以外の誰からも僕は生存を支持されないのかもしれない。口の中の血の味が、さらに濃くなった気がした。


「地を這う物が昔から好きでね。車も好きだけど、電車が一番好きかな。一番、地を這ってるってイメージがするんだよ。樹っていう名前通りの趣味だろう? 地に根付き、地にある物にしか興味がない。鳥が象徴のこの街では、浮いているかもしれないけどね」

「なるほどね」


 でも、樹は鳥たちを休める存在にもなれる。

 十島樹。君が、きっとそうなんだ。

 誰かの恋を応援しなければと、自分の恋を押しのけて善行を積み続ける君が。


「明日の朝八時に」


 僕は言った。


「学校の屋上に来てくれないかな」


 ゆっくりと振り返って、微笑んだ。


「二人に、恋愛相談があるんだ」

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