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第32話  終わりが前提の日常とその加速6

 海藤さんの家に帰ると、明菜が僕を迎え入れた。


「暇だったよー」


 ぶぅっと膨れる明菜に、靴を脱ぎながら僕は言った。


「ごめんよ」


 靴を脱ぎきって、明菜の前に立つ。

 明菜はそっと頭を僕の胸に預けてきた。


「そういえば、さ」


 明菜がその状態で、心配そうな声を出した。


「鳥が一羽死んだって」

「え?」


 僕は頭が沸騰しそうになるのを抑えながら、聞き返した。


「鳥が、死んだ?」

「一羽だけだけどね、さっきニュースでやってた。人気の少ない路地裏で発見されたって」

「いつ?」


 僕は明菜を体から引き離して、急いでリビングに向かいながら、聞く。

 明菜が追いかけてくる。


「さっきだよ。ほんの数分前」

「数分前に、死んだの?」


 リモコンで、テレビの電源を入れる。


「それが、人気が少ない場所だったから、死んだとこを見た人はいないって。発見された時には死体だったらしいよ」


 いつ死んだか分かれば、決定的だったのに。

 僕は内心舌打ちをしながら、ニュース番組を見る。

 明菜が言った通りのことを、ニュースキャスターたちは繰り返し説明していた。


「はじめてのことですよね」

「鳥使いに、一体何があったんでしょう」

「他の鳥たちは、今のところ、通常通りの動きを続けているようです」

「政府は、死体を丁重に保管し、分析する予定だとしています」

「海外メディアも、このニュースを取り上げて、憂いています」


 そんなコメントが行き交う画面を見つめながら、僕はゆっくりと拳を握りしめた。

 効いている。

 鳥使いも、反メフレグの神と契約して、力を得ているはず。その契約内容に対して、鳥使いがほんの一瞬だけかもしれないが、違反をした。すぐに修正はしたのだろうが、その影響で鳥が一羽死んだ。

 いる。あの四人の中に。

 その可能性は、かなり高くなった。

 ソフィアの情報をタダで教える僕という破格の餌におびき寄せられて、鳥使いの行動が乱れたのだ。それ以外の可能性も考えられることは考えられるが、今日僕が転校し、今日鳥が死んだという事実は、両者の関係性を強く示唆していると思われる。

 パナリオンは道徳の奴隷だと言っていたネブロの言葉を思い出す。

 僕が知っている限り、ソフィアとは真逆で、パナリオンは道徳的善行を反メフレグの神との契約内容にする。

 僕の頭の中に、一つの仮説ができた。

 もしかしたら……。

 

 しばらく明菜と一緒にニュースを見ていたが、新しい情報は入ってこなかった。そうしていると、海藤さんが、美緒さんと一緒に帰ってきた。


「鳥が一羽死んだそうですよ!」


 興奮した声で、海藤さんは言った。


「知っています」


 僕は冷静な声で返した。


「どういうことです、何か、ご存じなのでしょう?」


 そう、海藤さんや美緒さん、そして明菜には、僕はパナリオンだと嘘をついているのだ。僕は話が矛盾しないように気をつけながら話す。


「機密事項です。それに、鳥はまだたくさんいます。この街の状態は、根本的に何も変わっていません」

「それでも、鳥は国によって科学的に分析されます。これは、科学の大いなる躍進につながりますよ!」

「そんなに嬉しいんですか?」


 僕は、冷ややかに言った。


「鳥が死んだのが」


 本来、この街を守っている鳥が初めて一羽死んだのだから、他の感情が出てきてもいいはずだ。僕はパナリオンだという設定で今彼と接しているので、これくらいは言わないと不自然だ。


「し、失敬」


 海藤さんは慌てたように額の汗を拭った。


「そうだ」


 海藤さんが話題を変えた。


「今日も、美緒に薬を打ったのですが、駄目でした。致死量の十パーセントまで量を増やしたのに」


 僕は、美緒さんを見ると、美緒さんは何かを否定するように父親の腕にしがみつき、呟いた。


「愛されている、私、愛されている」

「何とか、アドバイスを頂けませんかね。もう、旅の疲れも癒えたでしょう」


 焦れたような声を出す海藤さんを一瞥してから、僕は美緒さんと向き合う。


「美緒さん、覚えていないか?」


 僕はそれらしい情報を与える。


「宇宙創世の秘密を」

「何ですか、それは!」


 海藤さんが僕に詰め寄る。

 僕はそれを無視して、美緒さんを見続ける。


「泡から始まった世界。覚えていない?」


 美緒さんは、ゆっくりと首を横に振った。

 僕が契約時に見たビジョンは、ソフィア共通で見るらしい。しかし、それを覚えていないということは、恐らく、父殺しの契約を履行しなかったので、力と一緒に記憶も神に消されたのだろう。


「もっと詳しく教えてください!」


 鞄からメモを取り出してきた海藤さんに僕は首を横に振った。


「すいませんが、今は話せません。そして、理由は分かりませんが、美緒さんは当時の力だけでなく記憶もかなり失っていると思われます」


 理由は知っているが、僕はそれを言わない。


「時間がかかりそうです。僕もそれなりに今後のことを考えておきます」

「是非、是非!」


 海藤さんは僕に頭を下げて、美緒さんにも頭を下げさせた。

 その美緒さんに近づいて、その耳元で僕は囁いた。


「本当に、君は愛されているの?」


 美緒さんが小さく震えるのが分かった。

 カインは恐らく、美緒さんの覚醒を促すことも計算の内に入れて、僕をこの家に送り込んだはず。

 僕はカインに踊らされたいわけではないが、それでも、その言葉を口にした。

 それは、同じく親に虐げられていた者からの、ささやかなアドバイスだった。


「今、何を?」


 海藤さんが不思議そうに聞く。


「何も、ただ」


 この男には罰が必要だろう。しかし、殺すことが正しいかは分からないし、僕に彼女を助ける余裕はない。だから、現時点で明白なのは。


「ちょっとした、こつを教えたんですよ」


 この男を君が殺さなければ、君は生き残れない。

 

 今日あった出来事を明菜に話せる範囲で話しながら夕飯を食べて、シャワーを浴びて、寝室に行く。

 明菜は先にベッドに入って、寝ていた。僕は、ぼんやりとその寝顔を見ながら考える。

 もしも、僕が鳥使いを残りの時間で見つけ出すことができれば、神との契約は結び直されることになる。

 僕を愛する者を裏切る、もし究極的に、殺してしまえば、それ以上の裏切りはできないので、そのときに得た能力は桁違いのものになるだろう。

 僕は理恵を殺したくないから、理恵にそんなことはできないが。

 しかし、理恵以外でも良いと言われれば、僕はどうするのだろう。

 明菜が僕を愛しているならば、僕は自分の望みのためにずっと付き添ってくれている明菜を殺せるだろうか。自惚れでなく、本条さんが僕のことを愛しているならば、僕は本条さんが計り知れない僕の願いのために、本条さんを殺せるだろうか。

 究極的にして、もっとも効率が良い裏切り。

 殺なくして、僕は生き残れるだろうか。

 そして。


「僕は……」


 頭を抱える。

 そんなことまでして、僕は生き残っていいのだろうか。

 でも、このまま理恵と同じ世界で息を吸えるのなら。

 そして、そうだ。

 できれば、できればでいいのだ。

 会いに行けるのならば。

 そこで、僕は。


「なぁ、明菜」


 僕は寝ている明菜に話しかける。


「僕は、化け物だよ」

『雪』


 ふと、カインの呼び声が頭の中でこだました。


『河水雪』


 この前は神、今日はカインか。

 一体、何の用なのか。

 ふと、明菜を見た。どんな夢を見ているのか、静かに息をしている。

 そういえば、明菜は全然寝返り打たないな。

 僕は、湧いてきた思考を振り切るように、首を横に振った。

 そして、ベッドに入って、意識をバルベーロへと飛ばした。


 バルベーロの神殿の奥にある祭壇の前で、カインは僕を待っていた。


「裏切りの子よ」


 カインの平坦な声。僕は、応える。


「何でしょう」

「今の任務と併行して、別の任務を与えます」


 僕は凝然として、カインを見た。


「さらに任務を与えるのですか、僕に」

「上を見てください」


 呆然としながら、上を見ると、前回と同じように、映像が映し出された。

 そこには、パソコンの画面があった。その画面には、男の顔が大きく映っていた。

 知っている、この髭を生やした男を。

 豪州最強のパナリオン、アレク=ジルファ。


「全ソフィアに告ぐ」


 男は、威厳に満ちた太い声を出して語り始めた。


「お前たちは、私をおびき出そうと何度も市民を巻き込んでは犠牲者を出し続けてきた。私はその度に、それを上回る報復を、お前たちに対して行ってきた。しかし今回のテロに関して、私は、市民の死を悼むと共に、もはや怒りを抑えることができない。私は、もはや、逃げも隠れもしない」


 アレクは、人差し指をゆっくりと持ち上げて正面をさした。


「一騎打ちを申し込む。お前たちが私に勝てば豪州はお前たちに屈服するが、私が勝てばお前たちは豪州に手を出さないことを約束してもらおう」


 僕は唖然とした。一騎打ちだと。ルールを破ることを平気で行うソフィアに対して。

 成り立つのか、そんなこと。


「場所は、ここ豪州最大のスタジアムの中、時間は今から四十八時間以内ならいつでもいい。これは、卑劣なお前たちにとってチャンスだ。スタジアムの中には私以外いないことを約束しよう。ただし」


 アレクは、言葉を切ってから、語気を強めて言った。


「もし、複数のソフィアが来た場合、私の合図により、スタジアムを包囲している豪州の軍隊と私が連携して、お前たちを殲滅する」


 アレクは獰猛な笑みを浮かべた。


「さぁ、待っているぞ、私を殺したくて仕方がないソフィア共。これ以上、市民に犠牲は出させない。精々、選りすぐりの戦士を選ぶがいい。心配しなくても、お前たちに正義があるならば、私の炎をいともたやすく突破するだろう。だが、そんなことは起きないと確信している。私は負けない」


 獰猛な笑みのまま、彼は言った。


「ソフィアに死を」


 映像は、そこで止まった。


「これが、ついさきほど全世界に配信された動画です」


 カインが言う。

 僕は半ば呆然としながら呟いた。


「自分の居場所をさらけ出して、リスクの高い賭けまでして……。我々が約束を守るかも分からないのに。アレク=ジルファは、一体、なぜこんなことを……」

「今から三時間前、豪州の都市部で大規模な戦闘を行いました」


 カインの冷たい声が響く。

 僕はぎりっと奥歯を噛みしめて、カインを見た。


「軍部の施設ではなく、都市部で、ですか?」

「ええ、そうです。市民を盾にしながら確実に、パナリオンを含め、豪州軍の戦力を削りました」


 僕は顔を伏せた。


「まるで、メフレグかぶれのテロリストみたいではないですか」


 カインの声が、また、響く。


「心配せずとも、出来る限り苦しまないように殺すことは徹底しましたよ。市民に対しても、軍に対しても、パナリオンに対しても。そこが、我ら死の伝道者たるソフィアとテロリストの違いです」

「アレクは、追い詰められたということでしょうか?」


 僕は顔を上げて聞いた。暗殺を防ぐため、軍と協同して居場所を隠し続けていたアレクが今、たった一人でスタジアムの中にいる。


「そうです。豪州のパナリオン、そして軍は、都市部でほぼ壊滅的な打撃を被りました。アレクは討ち取れませんでしたが、結果、引きずり出すことはできた。ただ、それでも彼は自信を持っているし、その実力はある。複数で攻めても、苦戦を強いられるでしょう」

「そして、豪州は世界中に、我々の卑劣さを宣伝することもできるでしょうね。一騎打ちさえも、複数で攻めてきたと。一騎打ちに応じず誰も行かなかったとしても、それはそれで臆したとして、アレクを中心とした豪州側の団結力と士気を上げさせることになる」

「その通り、政治的な駆け引きもこの一騎打ちには含まれています」

「それで、僕にどうしろ、と」


 ネブロとでも組ませて、卑怯にもスタジアムに奇襲をかけるのだろうか。


「単騎で、行ってください」


 僕は、耳を疑った。


「え?」

「一騎打ちに応じます。相手も、予想外のはず」

「僕は、まだ新約を結んでいない状態です。確か、一騎打ちは四十八時間以内だと……」

「四十八時間以内に、新約を結べばいいのです」


 カインは、平然と言い放つ。


「スタジアムへの移動には、このバルベーロのテレポーテーション機能を使えばいいでしょう。使い方は、分かりますね」

「僕に、死ね、と」


 僕は目を閉じて苦笑しながら言った。

 僕は、救世主を、理恵を殺さずにいる。それで他のソフィアから疑われているのも、分かる。

 使い捨てられようと、している?


「いいえ」


 カインの声は、変わらず、冷たい。


「勝て、と言っているのです」


 逃げ場はなかった。ここで任務を放棄すれば、本当に裏切り者として、僕以外のソフィアに殺されてしまう。

 鳥使いを見つけ出し、新約を結んで能力を強化する。そして、できれば殺さずに、鳥使いを何らかの方法で無力化する。

 そう思い描いた僕の直近の計画は、修正せざるをえない。

 時間がない。残り四日以上あったはずが、期限は二日を切ってしまった。

 だから、不透明な部分を、究極的で確実な方法で代替するしかない。

 鳥使いを殺さずにではなく、殺して無力化する。

 残り二日足らず。

 今現状でやり方が分からないのならば、きっとできないだろうから。

 僕がしたおぞましい選択は、ただ、僕が生き残って願いを叶えたいがためのもの。

 僕の口からは、他者の血が滴っている。

 いつだって、そうだ。

 ただ、僕は理恵と共に生きたいだけなのに。

 僕は小さく笑う。

 なのに、なんて、言い訳がましくて自分を許せなくなりそうだ。

 ネブロが言っていた。僕は誰よりも自分自身のスレイブだと。

 ああ、そうだ。

 結局、僕の中にあるのはきれいさでもなく、弱さでもない。

 おぞましく強い、願望だ。


「仰せのままに」


 僕は頭を下げてから踵を返した。

 いつのまにか後ろにいたネブロと、目が合った。

 僕が黙って横を通り過ぎると、ネブロの声がそっと僕の耳を打った。


「キル アンド サヴァイヴ、ブラザー」



 目が覚めてベッドの上にいることを確認してから、僕は手を天井に伸ばして呟いた。

 殺し、そして、生き残る。


「なぁ、そうだろう?」

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