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第31話  終わりが前提の日常とその加速5

 昼休みが終わり、五限目。僕は授業などそっちのけで、今日あった出来事を反芻していた。

 まだ放課後があるが、とりあえず、一日目の学校が終わろうとしている。

 僕に近づいてきたのは、西武さん、本条さん、十島君、森戸君の四人だった。

 この四人が、鳥使いか、もしくはその関係者である可能性が高い。それ以外は、その可能性は低い。

 その線引きができただけでも今日は収穫があった。

 五限目が終わった。後は、ホームルームだけだ。

 短い休み時間だが、森戸君は僕のもとへとやってきた。


「浦賀、四限目の前に言っていた面白いもの、見せてやるよ」


 スマホを僕の顔の前に持ってくる。

 その画面は、有名なネット上の匿名掲示板を表示していた。


「鳥使いに関しての書き込みな」


 森戸君が説明する。

 そこには、


『鳥使いうぜぇ……』

『まじ息苦しいっす』

『文句ばっかのおまいらはしね。鳥使い様に敬礼』

『いつも、お仕事ご苦労様です』

『いや、でもさ、さすがに顔くらい見せてほしいよね。どこのどいつか分からないやつに支配されている感じがして、こえー』

『政府が秘密裏に接触したって噂があるけど』

『どこ情報?』

『ソースは俺の友達』

『嘘に決まってんだろ。接触してたら、あんな風に野放しになってねーよ』


 ずらりと多様な意見が並んでいる。


「みんな、俺避けてるけどさ」


 森戸君は僕らを遠巻きに見ているクラスメートたちを一瞥してから言った。


「家帰ったら、こんな書き込みしてたりするんだぜ、きっと」

「やっぱり、恐れられたり、疎まれたりしてるんだな、この街の英雄も」

「まあな」


 森戸君は首を鳴らしてから、窓の外を見る。


「鳥はどんどん数を増やしているって観測結果もあるらしい。増やせば増やすほど息苦しくなるのは仕方がないだろうよ。安心ばかりが増えるだけじゃないんだから」


 上空で大量の爆弾が飛び交っていると思うと、確かに気がめいるかもしれない。


「俺みたいに、一瞬でいいから鳥いなくなってほしいって奴もいるし、英雄も大変だな」

「なぁ、森戸君。それは、どういった理由で……」


 そこまで言ったとき、教室に田崎先生が来た。

 自分の席に戻っていく森戸君の背中を見ながら、僕は思った。

 君が鳥を嫌う理由、それは一体、どういったものなんだ?

 ホームルームが終わると、僕は職員室に呼ばれた。森戸君はじゃあな、と僕に手を振った。先生についていく途中の廊下で、本条さんからあとで写真部に来てと声をかけられた。分かったと、僕は頷いた。職員室に着くと、決まり文句のように、もう慣れたか、とか、いきなりあんなこと言ってはいけないとか、二言、三言、言われた。

 僕は慣れましたし、問題ありませんと即答した。先生は、それ以上何か言ってはこなかった。

 職員室を見回すと、先生たちは無遠慮な視線でじろじろと僕を見てくるが、それぞれ黙ったままで、特別な興味を僕に抱いている様子はなかった。

 職員室から出る際、僕は写真部の部室の場所を聞いておいた。

 そのまま、足をそちらに向ける。

 写真部は、校舎の四階の空き部屋を部室としていた。


「お邪魔します」


 ノックをして返事を確認してから引き戸を開けると、目についたのは、壁のボードに留めてあるたくさんの写真だった。ボードは二つあり、向かって左側のボードには鳥の写真が多く飾られていて、右側のボードには様々なアングルから撮った電車の写真が飾られていた。


「鳥の写真が私ので、電車の写真が樹のだよ」


 部屋の隅にあるパソコンの前に座って何か作業をしていた本条さんが、立ち上がって僕へと近づいてきた。

 僕は部屋を見渡す。窓がなく、写真に囲まれたこの部屋で、本条さんは一人だった。


「十島君は?」

「樹は、クラスの女子と恋愛相談中」


 慣れた様子で、本条さんは言った。


「部活より、恋愛相談優先なんだな」


 さっき女子たちに手を振られていた十島君の様子を思い出しながら僕が苦笑すると、


「樹の生きがいだからね、恋愛相談」


 本条さんも、笑った。


「それで、僕を呼んだのは?」


 僕が聞くと、本条さんは、急に僕と二人きりなことを意識したのか、顔をさっと赤くしながら答えた。


「写真、見てもらおうと思って。私の」


 ボードに留めてある鳥の写真を指さした。そして、壁につけてある長机の上に置かれているトロフィーと隣にある写真立てへとその指を滑らせる。


「これは……」


 トロフィーには、新首都写真コンテスト高校生の部入賞と書かれていた。その隣の写真立てに収まっている写真に、僕は目を奪われた。


「西武さんが言っていた『鳥と雲』……だよね、これ」


 もくもくと発達した雲に、雲のような白い鳥の大群が真正面から飛んで向かっていく様が、躍動感そのままに、その瞬間を切り取られていた。今にも、鳥たちが動き出しそうだ。


「素敵な写真だね」


 僕は素直に言った。本条さんは、なお顔を赤らめた。


「私がどういった写真撮ってるか見たほうが、被写体になりやすいかなって思って」

「なるほどね」


 僕は写真の前で両腕を広げる。


「僕も、飛んでいけそうだよ」


 写真を見ていると、鳥たちの揃った翼の羽ばたきの音が聞こえてきそうで、どこにも行けずにもがいている僕でも、一瞬、そう思えた。


「ありがとう」


 本条さんが、嬉しそうに微笑む。


「浦賀君にそう言ってもらえてうれしいよ、それと」


 本条さんが、両手の親指と人差し指をそれぞれくっつけて、四角形を模る。


「良い写真撮り損ねちゃった」


 顔を赤らめていたときとは違い、その目はまっすぐな光を放って僕を射抜く。

 なんて、きれいなアンバランスなんだろうと思った。


「写真の前で両腕広げているところ、様になってた」


 本条さんがそう言うものだから、僕は肩をすくめて苦笑する。


「買いかぶりすぎだよ」

「ううん」

「絶対、そうだ」

「違うよ」


 本条さんの強い眼差しが僕を捉え続ける。


「君は、気づいてないだけだと、思うよ」

「悲しくて、強い目で、きれいだって?」


 そう返すと、彼女がまたバランスを崩すように表情を変えて顔を赤くする。

 僕は、思った。

 申し訳なく。

 どうしようもなく。

 思った。

 ああ、使える、と。

 お前を愛する者を裏切るがいい、相手は誰でもいい、という神の言葉を思い出す。

 新約。

 残り五日を切ったが、期限内に鳥使いを見つけさえすれば、契約を結び直すことができる。

 きれいなアンバランスの君を、僕は。

 ふと、足音が近づいてきた。


「遅れてごめん……っと、浦賀君か」


 扉を開けて、十島君が部室に入ってきた。

 僕の顔を見て、涼しげに笑う。


「ようこそ、写真部へ」

「私の写真、見てもらってたの。そのほうが、被写体になりやすいかなって思って」

「なるほどね。でも、話の途中で悪いんだけど、林田先生が呼んでるよ」

「えっ、また」

「それこそ、被写体の件で」


 申し訳なさそうに、本条さんが僕を見る。


「ごめんね、まだ、浦賀君のこと、顧問を説得できてなくて……」

「時間かかりそうだぞ」


 十島君が補足すると、本条さんはため息をついた。


「今日はこれ以上は話せなさそう。ごめんね、浦賀君」

「いやいや、お構いなく」


 本当は残念だったが、僕は平静を装って手を振った。


「写真、見せてくれてありがとう」

「うん、こっちこそ、被写体を引き受けてくれてありがとう」


 本条さんは、そう言って、部室から去って行った。


「香苗は喜んでるけど、大人たちを説得するのは、結構骨が折れるよ」


 十島君はため息混じりに言う。


「そっか、僕は、やっぱり評判悪いんだな」

「まぁね、浦賀君は良かれと思って言ったんだろうけど、ソフィア絡みはちょっとね」


 僕は、もう一度、そっかと呟いてから、視線を扉から十島君へと移した。


「そういえば」

「何?」

「恋愛相談はうまくいったの?」

「ああ」


 十島君は、微笑んだ。


「うまくいったよ」


 僕は、また、平静を装いながら情報収集を始めた。


「恋愛相談って言ってるけど、二限目の休み時間に来てた女の子たち、どう見ても十島君目当てだよね」


 その整った顔立ちを見つめる。

 十島君は、困ったように微笑みを崩した。


「そういう場合も、あるよ、確かにね」


 嫌味に聞こえないところに、僕は感心した。


「そういう場合、どうするの?」

「ん?」


 十島君は、軽く頭をかいた。


「そう希望している子たちと、付き合うよ、みんな公認の状態でね」

「付き合うんだ!」


 僕は心底驚いて、十島君をまじまじと見た。ハーレムって、本当に存在しているんだ。


「ただ、誰かが誰かの恋の邪魔をしたら、その子とは別れるようにしてる」

「ルールがあるんだ」

「そう」


 十島君は真剣な顔つきで言った。


「誰かの恋は、応援しないとね」


 もし、理恵に僕以外の好きな人ができれば。

 僕は、きっと邪魔をする。

 十島君みたいにきれいにはなれない。

 こんな僕の、どこがきれいなんだろう。

 僕はそんなことを考えながら、また、併行して別のことを考えながら、十島君に、聞いてみた。


「そんなにみんなの恋を応援することに集中していたら、十島君が自由に恋できなくなっちゃうよ」


 十島君の表情が、硬くなった。


「十島君は、好きな子はいないの?」

「いるよ」


 突然、その声は棘を帯びた。僕は、目を少し見開いて、十島君を見つめた。

 十島君は、その声は、明らかに僕を責めていた。

 十島君は、はっとなって、首を横に振った。


「冗談だ」


 さっきまでの十島君の調子に戻った。

 僕はそっかと言って笑った。


「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」


 お互いに手を振って別れた。扉が閉まる音を背中で聞きながら、僕は冷えた頭で、思考した。

 あの流れで、彼が僕を責める理由。

 見当がつく。

 西武さんではないだろう。

 僕に明らかに恋をしている人。

 その人を、十島君はきっと。

 多分。

 十島君は、本条さんが好きなんだ。

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