第28話 終わりが前提の日常とその加速2
一限目が終わり、森戸君がまた僕の机に寄ってきた。
「よっ、しゃべりかけていいか、浦賀」
「いいよ」
僕はちらりと廊下の方を見ながら言う。さっきの休み時間で噂が広まったのだろう。他のクラスの生徒まで、僕を廊下側の窓越しに見に来ている。
森戸君はその様子を見ながら、苦笑する。
「すっかり、有名人になっちまったなぁ」
「だね」
噂がもっと広まってくれることを期待しながら、僕は呟いた。
「そういやあさ」
森戸君が、僕の机に腰掛けながら聞いてくる。
「父親がソフィアだって言ってたけど、一体、どんな能力を……」
「浦賀司先輩!」
ドアの方から声がして、僕と森戸君はそちらへと視線を移した。
そこには、息を荒くして、肩を上下させている女子生徒が一名いた。教室のみんなの視線が、彼女へと集まる。
「お初にお目にかかります。私、西武鏡花っていいます。新聞部に所属しています」
彼女は、ずかずかと入ってくるなり、営業スマイルでしゃべり続ける。
「父親がソフィアだったって、本当ですか?」
「うん」
僕は即答する。これで、二人目だ、僕は冷静に彼女の様子をうかがいながら、そうカウントした。
「なら!」
彼女は、胸ポケットから、勢いよくペンを取りだした。
「取材の申し込み、します」
続けて、メモ帳も胸ポケットから取り出し、ぱらぱらとページをめくる。
「アポイントメントプリーズ」
「その英語、合ってんのか?」
森戸君がつっこむが、彼女は露骨に無視した。なんだか、森戸君は、嫌われているようだ。
「西武さん、だっけ?」
「はい、そうです」
大きめな目をぱちくり、と瞬きさせて、僕を見つめてくる。
「一年生?」
「これは、失礼。申し遅れました」
メモ帳とペンを手に持ったまま、西武さんはお辞儀をした。
「一年生の西武鏡花です。是非とも、ソフィアのことを取材させてください」
「なぜ?」
僕は、笑みを浮かべながら、そう問うた。ここまであからさまな行動はあまり想定していなかったが、わざとそうしている可能性もある。
僕は、彼女の答えに集中した。
「ぶっちゃけると……」
西武さんは、目をぱっと輝かせて言った。
「鳥使い様のため、です」
鳥使い様?
「うわぁ、噂通りだな」
森戸君が、げんなりとして、声を出す。
「噂通りとは? 鳥嫌いの森戸先輩」
「そっちも噂になってるんだ」
僕は笑いながら、森戸君の方を見る。
森戸君は、がりがりと頭をかきながら、言った。
「西武鏡花。学校新聞で、鳥使いのネタばかり書いている。様づけで、鳥使いを崇拝している鳥使い狂。結構、有名だぜ、お前」
「それは、どうも」
否定はしないということは、実際にある程度はそうなのだろう。
鳥使い狂。
なぜ。
「なぜ、そんなに鳥使いを崇拝しているの?」
「なぜって……」
「理由が分からなければ、取材されるのも嫌だよ。理由を教えてよ。わざわざ、嫌われ者の僕に接触するというリスクを冒してでも、情報がほしいんだろう? よほど、思い入れがあるんだね、西武さんはさ、鳥使いに」
「まぁ、ね」
「教えてよ、理由を」
僕が重ねると、西武さんはうーんと唸った。
「重い話にはなりますが……」
今度は、西武さんががりがりと頭をかきながら、続けた。
「私、テロリストに人質に取られたことがあったんですよ、この街で」
語られたのは、確かに重い、衝撃的な話だった。
西武さんは、窓の外の鳥を目で追いながら、言った。
「学校帰りのショッピングモールで、独りで買い物してたら、いきなり。ナイフ、突きつけられたんです。怖くて怖くて、私、何もできなかった。けどね、そのとき」
手に持っていたペンを、西武さんはぎゅっと握りしめる。
「鳥が来て、そいつを私から遠ざけて、それから爆発して助けてくれたんです」
西武さんは、懐かしさと尊敬の念をにじませながら、鳥を見つめ続ける。
「それから、鳥を操っているパナリオンのファンになりました」
クラスのみんなはかなり鳥使いのことを恐れていたが、こうやって実際に助けてもらって感謝している子もいるのだ。
鳥使いは、確かにこの街を守護している。
僕は、そいつを見つけ出して、この子や、この街の住民から、この鳥が見える景色を奪わなければならない。
西武さんがもし、本当にただのファンだとしたら、
「それで、僕からソフィアの情報を集めて、鳥使いに貢献したいってわけか」
僕のこの街に対する裏切りに、怒り狂うだろう。
「はい」
「でも、学校新聞を鳥使いが読むとは限らないよ?」
「ええ、でもですね、来月の文化祭とかで来客に配布すれば、噂が広まるかもしれないし。わずかな可能性でも、お役に立ちたいんです」
「健気だね」
「恋、してますから」
恋、か。自分が鳥使いであることを隠すためのカモフラージュかもしれないが、そうだとすれば随分な演技力だ。
「鳥使いがイケメンとは、限らないんだぜ?」
森戸君がちゃかすように言うと、西武さんは頬を膨らませた。
「分かってますよ、そんなこと。見た目じゃないんです、心が素敵なんです、この街を守ろうとしてくれている心が」
「女かも」
「だったら、レズになる」
「おいおい」
僕と森戸君が、同時につっこむ。西武さんはそれをスルーしながら、勢い込むようにちょっと鼻を膨らませて、言った。
「さあ、浦賀先輩、空いている時間を教えて……」
そう言いかけた西武さんの隣に、すっと一人の女子生徒がやってきた。僕は思わず、目を見張る。
なぜなら、その子は手に大きなカメラを持って、僕をファインダー越しから見ていたのだから。
「香苗!」
後ろから、男子生徒が追いかけてきて、彼女の肩をつかむ。
香苗と呼ばれた生徒は、それには動じず、
カシャ。
僕の写真を撮った。
そして、ファインダーから目を離して、僕を見た。
瞳が、透き通っているように見えた。
ファインダー越しで、一体、僕がどのように見えたのか。
彼女は、やや呆然としながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「きれい、だね」
ああ。
僕は本能的に思った。
その目を、僕は知っていた。理恵が僕に向けてくれていた目。
自惚れなのかもしれないが。
この子は、恋に落ちたのだ。
僕に、対して。
理由はさっぱり分からないが。
「突然、だね」
僕も呆然としながら、言う。
「名前は?」
聞かれると、彼女ははっとなったようにカメラを下ろして、顔を赤くした。
「……2のBの本条香苗」
「いきなり、ごめんね、転校生」
本条さんの肩をつかんでいた男子生徒が片手を立てて、謝ってきた。
「ぼく、2のBの十島樹っていうんだ。香苗とは同じ写真部でね」
そこで、チャイムが鳴った。
「また、次の休み時間に来るから」
十島と名乗った男子生徒は本条さんを引っ張って、教室から出て行った。
「むむ、あれは都の写真コンテストで入賞した本条先輩……。へぇ……」
意味ありげな視線で、西武さんは僕を見てから、
「アポ取りに、また来ます」
そういって、小走りに教室から出て行った。
「お前、女にモテるんだな」
森戸君は僕の顔をじろじろ見ながら、感心するように呟いた。




