第27話 終わりが前提の日常とその加速1
「僕の父は、ソフィアでした」
ざわつく教室。隣で、田崎先生が、唖然としているのが分かる。
嘘をついた僕の狙いは、明白だった。
自分を餌にして、鳥使いをおびき出す。
ソフィアと違い、パナリオンは、情報力が乏しい。ソフィアに関する情報を欲するに違いない。ソフィアを父に持つという嘘をつけば、直接的、または間接的に近寄ってくるはずだと踏んでいた。
僕の父は、実際はメフレグにかぶれた、ただ、暴れたい欲求からテロに参加した男で、僕が神と初めて契約したときに殺している。だが、僕は本物のソフィアだ。真実味がある嘘をつけるはずだ。学校側に問い合わせられても嘘がばれないように、海藤さんとはすでに口裏を合わせている。
そうやって、嘘でおびき寄せて、それから。
「出ていけよ」
一番前に座っていた男子生徒が声高に言った。
「木田……、やめなさい」
「だって、先生」
「やめなさい」
木田と呼ばれた生徒は、仕方なしに口をつぐんだ。目だけは、僕をにらみつけてくる。ざっと見渡すと、ほとんどの生徒が同じような態度で、僕に敵意を向けていた。
「ごめんなさい」
僕は頭を下げた。
「前の学校でそれを隠していたのがばれて逆に疑われたから、今度はきちんと前もって伝えようと思ったんだ」
「わざわざ転校したんだから、言わなくて良かったんじゃねぇの」
木田君が再び口を開く。
「新しいクラスメートに隠し事はしたくなかった」
「あのさぁ」
教室の端の前の席にいた女子生徒が言った。
「この街のこと、知ってるっしょ?」
「鳥使いのこと?」
僕が言うと、その子はため息をついた。
「知ってるなら、来ないでよね。私たちまで、鳥に狙われるじゃん」
「僕はソフィアじゃないよ。ただ、父がそうなだけで」
「遺伝するって噂もあるしさ、ともかく私、あんたとは仲良くなれないわ」
賛同するように、何人かの生徒が頷く。
「浦賀……」
先生が気遣わしげにこちらを見てくる。僕は、気まずそうな表情を作ったまま、ぽつりと教壇の上に立ちながら、うまくいったことに満足する。
そうだ、そうやって、僕を避ければいい。
できれば、鳥使いにだけ、僕に近づいてほしいのだ。
「ええっと、浦賀の席は、あそこだ」
先生が指さす方へと僕は教壇から下りて向かう。教室のちょうど、真ん中。僕が座ると、周囲の生徒が机と椅子を僕から遠ざけた。
「みんな、くれぐれもよろしくな」
そう言う先生も、それ以上はフォローを入れず、どこか僕を見る目はよそよそしい。
幾つかの連絡事項を済ました後、先生は急いで教室から出て行った。
見捨てられたのだろう、恐らくは。
事前に説明を受けていた通り、一限目が始まるまでは、休み時間だ。
教室の空気は重々しく、周囲の生徒はゆっくりと席を立って、遠巻きに僕を見ながら何かを話している。
時折、
「最悪」
「まじやばい」
「迷惑」
などと、聞き取れる音量で声がするが、それでも、僕に直接危害を加えるつもりはないらしい。
僕が、噂のように遺伝によって能力を持っていたら、怖いからだろう。
我ながらいいポジションに来たものだ。
あとは、鳥使いが、この罠に引っかかってくれれば。
勝算はある。先日鳥使いがネブロを撃退したという報道でニュースは持ちきりだ。本当は、ネブロは手がかりをつかんだ後、ソフィア側の被害を抑えるために自ら退いたのだが、マスコミの目にはそうは見えていないし、ネブロも気づかれるようなへまはしなかった。鳥使いは今、油断まではいかなくても、勢いづいているはずだ。
「よっ、転校生」
考え事をしていた僕へと、直接声がかかった。
「早速、先生にも見捨てられて、大変だな」
「ああ」
僕は、その男子生徒と向き合った。
髪は短めで、肌はやや黒い。細い目で、僕を見てくる。
まぁ、あの先生、気が弱いから、と彼は付け加えながら、
「俺、森戸直哉っていうんだ、お前と同じく」
わざとらしく大きな声を出して言った。
「みんなから、避けられた存在だよ」
その生徒が強気な笑顔を周囲に向けているのを眺めながら、僕は聞いた。
「森戸君……だね。よろしく。浦賀司です」
「浦賀ね、よろしく、浦賀」
「んでさ」
「ああ」
「なんで、避けられてんの?」
自分で声を大にして言うくらいだから、理由を聞かれても動揺はしないだろう。
案の定、森戸君は苦笑しながら即答した。
「一瞬だけでも、鳥、いなくなってくんねぇかなぁって言ったから」
「森戸! お前、まだ」
さっき僕に手厳しい言葉を言った木田君が、森戸君に対して言葉を飛ばす。森戸君は片手をふらふらさせて、雑に返す。
「それ言ったら、もう誰も話しかけてこなくなった」
まっ、お前よりはましだ。
森戸君は、そう呟いた。
「なんで、そんなことを?」
僕が聞くと、森戸君は笑って言った。
「初対面で、話す内容じゃないかな。まぁ、お前はいきなり爆弾投げてきたけどさ」
「やっぱり、君も引いた?」
僕は苦笑いしながら言うと、森戸君は首を横に振った。
「俺は大丈夫だよ。遺伝するなんて、ただの噂だと思ってるし。むしろ、話し相手ができそうで、良かった」
にかっと笑う。
「みんな、鳥が怖いからさ」
森戸君が、窓の外を見やる。向こうの空を白い鳥の群れが飛んでいる。
「テロはもちろん、俺を直接いじめるってこともできない。あまり非行じみたことをすると、鳥使いにメフレグ主義者だと勘違いされて、誤爆されるかもしれないからな」
彼は笑った。
僕が他の生徒に直接危害を加えられないのには、そういった理由もあるかもしれない。
「そんなに、この街って、鳥使いに影響されてるの? 行動までも」
僕と明菜が乗ったタクシーの運転手の話を思い出す。怖い、みたいなことを言っていた気がする。
「爆弾が上空からいつでも投下準備オーケーみたいな状態で、大量にあるようなものだからさ。みんなそうだよ。俺はちょっと一線超えてしまったけどさ」
みんなが怯える中、なぜ、森戸君だけは言動を制御されないのか。
理由が気になる。
「ちなみに、浦賀は、どっから来たの?」
森戸君が、僕の顔を見ながら言った。
「旧首都」
「あそこかぁ」
森戸君は、手を叩いた。
「救世主がいるって街だよな」
予想はできたことだが、理恵の話が出てきて、僕はずきっと、胸が痛んだ。
「会ったことあるのか、救世主に」
「ないよ」
僕は首を横に振って、嘘をついた。
「見に行かないのか?」
「嫌いなんだよ、そういうミーハー的なの」
「へぇ……」
森戸君はぼんやりと呟いた後、再び窓の外を見た。
「なぁ、浦賀」
「ん?」
「旧首都ってさ、青空見えるか?」
森戸君が、そこまで言った後、チャイムが鳴った。




