第29話 終わりが前提の日常とその加速3
二時限目の休み時間になった。
すぐに、さっきの二人はやって来た。先に来ていた森戸君と西武さんと一緒に、僕の机を囲む。
「写真部、なんだよ、ぼくたち」
来てすぐに、改めて十島樹と名乗った男子生徒が、事情を説明した。
「香苗は、新しい被写体を探していて」
「本条香苗です。さっきは、ごめん」
十島君の隣にいた本条さんは、頭を下げた。
「びっくりさせちゃったね」
「まぁ、ちょっとね」
僕は苦笑いしながら、二人の様子を観察する。
十島君は、顔だちが整っていて、どこかの俳優みたいな顔をしていた。髪もきれいにセットされていて、僕のなんちゃってパーマとは全然違う。笑顔も愛嬌がある。
本条さんは、奥二重が印象的で、意思の強そうな顔つきをしていた。きれいな長い黒髪が、背中まで流れている。
名前は、さっき他の生徒から聞いたと補足しながら、
「浦賀君」
本条さんが真剣な目で、僕の顔を覗き込んできた。
「私の写真の、被写体になってくれない?」
「おお」
森戸君が驚いたように声を上げる。その隣で、
「ええ、鳥を撮るのやめるんですか?」
西武さんが悲鳴のような声を上げた。
十島君は、心配そうに本条さんを見ている。
「鳥の写真、撮ってたんだ」
僕が聞くと、本条さんはこくりと頷いた。
「すごいんですよ、本条先輩の鳥の写真は。雲と雲のような鳥の群れを一枚に収めた写真は見事で、私見惚れちゃいました」
きらきらと、尊敬の眼差しで、西武さんが本条さんを見つめる。
「『雲と鳥』、ね? ありがとう。取材してくれたのも、西武ちゃんだったね」
「もちろんです、同じ、鳥ラブ同士、当然の行いです。でも」
西武さんは、しょんぼりとうなだれた。
「鳥、撮るのやめたちゃうんですね」
「やめるわけではないけど、次のコンテストは、他の被写体をメインにしようと思ってたの」
本条さんはきっぱりと言う。
「樹は、相変わらず、電車みたいだけど」
「ははは」
十島君が、爽やかに笑う。
それを見てから、本条さんは再び僕を見つめた。
「浦賀君、君が良いの」
「どうして?」
僕は両手を上げて、お手上げのポーズをした。
「光栄だけど、こんな僕のどこが良い?」
本心で思った。彼女が鳥使いで、僕に近づくための口実だろうか。
ただ、さっきのファインダーを離したときの透明な瞳に、嘘はないように思えた。
言い換えれば。
どうして、僕なんかに恋をしたのかと、僕は問うていたのだ。
彼女は、あからさまに顔を赤くして、それから呟いた。
「きれい、だから」
「こんな根暗のどこが?」
さらに、問いを重ねる。
「その目」
じっと、本条さんが僕の目を覗き込む。
「悲しくて、強い目だと思った」
僕は、ぽかんとした。
僕は、そんな目なんてしていない。
僕は、自分の望みのために、この街を裏切る。
絶望を降らせる。
自殺という選択肢を選べないままに。
理恵と共に生きながらえていたいだけの僕は、多くの命を食らうことになる。
けだものだ、ただの。
それなのに、見る限り、彼女は嘘をついていないように思える。
「十島くーん」
声がするほうを見ると、廊下から、数人の女子が十島君に手を振っていた。
十島君が、笑顔で応える。
見ていて、絵になる光景だった。
「やばい転校生なんてほっといて、また恋愛相談に乗ってよー」
ひどい言われようだと内心苦笑しながら、呼ばれている十島君を見る。爽やかな笑顔を崩さないまま、十島君は言った。
「今、ちょっと話せないんだよ、また次の時間にそっち行く」
「えー」
「ごめんって」
片手を立てて、十島君が謝ると、
「かわいいー」
女子たちがうっとりとした表情を浮かべてから、去っていく。
「樹、私のことはいいのよ」
「いやいや、同じ部員として、幼馴染として、気になるよ」
十島君は首を横に振る。
「恋愛相談の王子様」
森戸君がにやにやしながら十島君に言う。
「あだ名通りだな、十島」
「からかうのはやめてくれよ」
十島君が、苦笑いする。
「それで、どうなの、浦賀君」
本条さんが真剣な目で、僕を捉える。
「受けてくれる?」
本条さんの顔は、緊張していて、顔面が紅潮している。
鳥使い候補が、自分に対して恋に落ちた。
それが、これからどのように事態を転ばしていくのか。
僕はどこか冷静に思考しながら、首を縦に振った。
「いいよ、僕でよければ」
ぱっと、彼女の顔に、笑顔が咲いた。嬉しそうに目を細める。
「ありがとう、浦賀君」
隣の十島君も、よりいっそう爽やかな笑みを浮かべて、僕に言った。
「引き受けてくれて、感謝するよ、浦賀君」
「で、浦賀先輩、私の頼みも聞いてくれるんですよね?」
西武さんが、語気を強めに言う。
「ああ、取材ね、取材。いいよ」
「いつ、時間空いています?」
「昼休み、とか。職員室に呼ばれなければ」
「呼ばれねぇよ、田崎先生、放任主義だから」
森戸君が右手でスマホをいじりながら、左手を顔の前で振る。僕はそっかぁと応えてから、続ける。
「放課後は、さすがに呼ばれるかもしれないから、そこは空けておきたい」
「分かりました。昼休みですね。今日はパン持ってきてますし、昼ごはん食べながら取材といきましょうか。念のために、スマホの番号とか交換しませんか?」
スカートのポケットからスマホを取り出す西武さんを見て、僕は苦笑した。
「ごめん、スマホ、今、壊れてて、修理に出してるんだよね」
本当は、警察の追跡を逃れるため、自分の部屋に置いてきた。
「代えのスマホは?」
西武さんが意外そうに眉をひそめて聞いてくる。
「もらってない」
「転校初日にそれって、お前、友達作る気ないだろう」
森戸君が面白そうに笑う。
「では、昼休み、迎えに来ますよ。この教室にいてくださいよ?」
西武さんが、仕方なく言う。僕は頷いた。
「何の取材?」
本条さんが、西武さんと僕を交互に見て、聞く。
「ソフィアに関する取材」
「私も同行していいかな。ちょっと、それ、気になるんだ」
本条さんが、右手を上げた。
「被写体だったこの街の鳥たちが、何と戦っているのか、知りたい。きっと、写真にも反映されると思うから」
「そこまで関わると、本当に香苗、クラスから浮いちゃうぞー」
十島君が忠告するが、本条さんは首を横に振った。
「大丈夫」
「言ったら聞かないからなぁ」
十島君が、やれやれとため息をついた。
「ぼくも、同行していいかな? 香苗が色々と心配だから」
十島君は、本条さんとは違い、僕と関わることを警戒しているようだった。
「俺もいいかな?」
「なんで、森戸君もなんだよ?」
僕が苦笑すると、
「俺もソフィアのこと気になるし、お前、面白いから」
即答してきた。
こちらとしては、鳥使い候補四人と話ができるなら、願ったり叶ったりだ。
「全員、いいよ」
僕は、頷きながら言った。
「僕は、心広いからね」
はいはいと森戸君が言うのと同時に、チャイムが鳴った。
三限目が終わり、休み時間になったが、四限目が移動教室だったので、森戸君以外と接触するチャンスはなかった。廊下を歩いていると、森戸君があとでスマホで面白いものを見せてやると言っていた。
四限目が終わり、昼休みになった。僕と森戸君が急いで、教室に戻ると、すでに西武さんと本条さんと十島君は、待ってくれていた。
昼ごはん用のパンを持って廊下に出ると、西武さんがにこりと笑って言った。
「屋上に行きましょう」




