第152話 身内の存在
よく晴れたある日の午後、アンジュは護衛のキュリバトとメリンダを連れて王城の庭園を散歩していた。子育てや妃教育の合間の気分転換だ。
手入れの行き届いた花々や豊かな葉をまとう木々は目に優しく、香りもいい。侍女たちに必ず使用するようにと渡された日傘を放り出して、思いっきり太陽光を浴びたい気分だ。
仕事中の庭師たちに挨拶をしながらのんびりと散策していると、いつぞや薔薇について語り合った庭師を見つけた。また仕事の邪魔をしてはいけないと思っていたのに、やはり話し込んでしまった。
充分にリフレッシュして自室に戻ると、ソファに座る王妃がレイディックを抱っこしている姿が目に飛び込んできた。「ひゃあ!」と叫びそうになったが、なんとか飲み込むことができた。
「おかえりなさい、アンジュ」
「お越しになるとは存じ上げず、申し訳ございません!」
四人の侍女たちも知らなかったような表情をしている。この侍女たちは、客人として王城に滞在中に世話をしてくれていた者たちだ。妃になると同時に正式な侍女となった。
「先触れせず来たのですから、気にしないでちょうだい。それにこの子を存分に可愛がることができたわ」
どうやらレイディックに会いに来たようだ。だからといって部屋の主である自分が出迎えなくていいわけではない。などと考えていると、王妃はレイディックを乳母のマリーニに預け、「こちらへ」と隣りに座るよう言われた。
「失礼します・・・」
おずおずと横に腰をおろした。すると王妃はテーブルに置いてあった封筒を手にした。
「今日はアンジュに見てもらいたいものがあって」
「えっ、レイディックの顔を見にいらしたのでは・・・?」
「もちろんそれもありますが」
と言われ、その封筒を手渡された。
差出人は誰だろうか。手紙をくれるのはユアーミラくらいで、遊学に関することだろうか。だがいつもとは違う封筒であり、彼女からの手紙をわざわざ王妃が持ってくるはずもない。
おそるおそる中身を取り出すと、一枚の便箋に少し癖はあるが丁寧な文字が埋まっていた。だが最初の一文に目を疑った。
“敬愛なる我が君主、親愛なる我が友、レイン国王陛下へ”と綴られていたのだ。
「こ、この手紙、陛下宛ですが・・・」
「よいのです」
王妃は国王からこの手紙を自分に見せるよう頼まれたのだろうが、なんだか他人の手紙を盗み見るようで複雑だ。隣りで優雅に紅茶を飲む王妃は、読み終えるまで帰らないだろう。気が引けつつも手紙に目を落とした。
国家機密や王侯貴族の世に出回ってはいけない噂話でも書かれていたらどうしよう。などと不安に思いながら読み終えたが、そんな内容は一文も見当たらなかった。当たり前だが、そんなことが書かれた手紙を自分に見せるわけがない。
内容のほとんどが国王への挨拶や近況――“いまの生活にだいぶ慣れてきました”とか“特に問題はありません”という報告だったが、最後に“アンジュ王太子妃殿下にお会いしたい”と綴られていた。
差出人は、エルゼルド・ラプラナという人物だ。
「ラプラナって、母の・・・」
「ええ。エルゼルドは現ラプラナ公爵で、あなたの母親・アーメイアの兄です」
両親とも身内について語ったことがない、と記憶している。遺された手紙を読むまで、母が公爵家の娘であることも知らなかったくらいだ。
母はワッグラ村出身の父と王都で出会い、交際を始めた。だがそれが母の両親にバレてしまい、身分の違いを反対されて駆け落ちしたのだ。
「私には伯父がいたのですね」
どうして自分のことを知っているのだろう。国民への結婚発表の際、身分は平民だと公表したはずだ。記憶にはないが幼い頃に会ったことがあるのか。それとも国王や王妃が公爵に知らせたのか。
「陛下は、ラプラナ公爵に会うか否かはアンジュに委ねると仰せです」
両親が亡くなり、天涯孤独だと思っていた。そこに血縁者から会いたいと連絡があったのだ。どんな意図があるのかわからないが――
「私は公爵にお会いしたいです」




