第145話 誕生
「かわいいなぁ。あ、いま少し手が動いたね」
「ふふ、レイフォナーとクランツが生まれたときを思い出しますね」
「懐かしいねぇ」
国王はぐっすり寝ている赤ん坊を腕に抱き、隣の王妃はフワフワな髪を撫でている。
広間には、目尻が下がりっぱなしのこの二人の他にアンジュとレイフォナー、クランツも集まっている。最近は午後のお茶の時間に、こうして顔を合わせる時間が増えた。
「本当に隠居しちゃおうかなぁ。孫の顔を一日中眺めていたい」
「父上。そんなことを言われるのなら抱っこさせませんよ」
「ははっ、冗談だ」
と言った国王は、赤ん坊の抱っこをレイフォナーに譲った。
レイフォナーのプロポーズを受けたアンジュは、正式に妃として迎え入れられた。
すぐにメアソーグ国民に二人の婚姻と、第一子の誕生が間近であること、さらにレイフォナーの立太子が発表され、国中がお祭り騒ぎで祝福した。
本来なら結婚式や新婚旅行が行われるところだが、いつクランツが現れるかわからないため見送られることになった。国外への旅行が慣例だが、もし戦闘にでもなれば甚大な被害を招くおそれがある。他国にそんな迷惑はかけられない。
そんな発表からほどなくして、王太子妃となったアンジュは出産の時を迎えた。
経験したことのない痛みと息苦しさを長時間耐え続け、あまりの苦痛に汗と涙が止まらない。
我が子の元気な泣き声が聞こえてきても、医師たちが話しかけてきても、反応できないほどに頭が働かなかった。
しばらくして落ち着きを取り戻し、産着に包まれた我が子を抱いてようやく実感した。十月をともに過ごし、闇空間に向かったときには勇気づけてもらい、この子がいなかったらレイフォナーと夫婦にはなっていなかったかもしれない。我が子への感謝に、再び涙があふれてしまった。
「いつも私を助けてくれて・・・生まれてきてくれて、ありがとう」
そう口にしたとき、出産の報告を受けたレイフォナーが駆け込んできた。ベッドに腰を下ろして我が子を覗き込むと、感動で瞳を潤ませていた。
「お疲れさま、アンジュ・・・すごく嬉しい」
「レイフォナー殿下もお疲れさまでした。抱っこしてあげてください」
おそるおそる手を伸ばしたレイフォナーにも疲労感がにじんでいる。アンジュの陣痛が始まり、ずっとソワソワして一睡もできなかったのだ。
レイフォナーはそのときと同じように、ぎこちない手つきで我が子を抱いている。母の茶褐色の瞳と父の金の髪を受け継いだその子はレイディックと名付けられ、息子を優しく見つめるレイフォナーの瞳は、アンジュや仲間たちに見せるそれとは違う父親の眼差しだ。
「兄上!僕も抱っこしたいです!」
「落とすなよ?」
「落としません!」
レイディックを抱っこしたクランツは、これまで縁のなかった赤ん坊に目をキラキラさせている。穏やかな寝顔に、絹のようななめらかな頬、丸まった小さな手はどれも愛らしい。
「ふふ、かわいい!僕の甥っ子!」
クランツは寝ているレイディックに、はやく一緒に遊びたいね、どんな夢を見てるの?などと小声でずっと話しかけている。それを微笑ましく見ていたレイフォナーは、あることを思い出し王妃に視線を移した。
「母上。例の部屋の準備はいかがですか?」
「心配無用です。今日中に完成しますよ」
レイフォナーは、例の部屋とは?と不思議そうにしているアンジュに気づいた。
「近々バッジャキラから客人を迎えるだろう?」
「あっ!!そうでした・・・」
アンジュは出産前にその話を聞いてはいたが、育児真っ只中であるためすっかり忘れていた。




