第144話 プロポーズ
まさかそんな話をされるとは思っていなかったアンジュは、混乱して言葉が出なかった。
レイフォナーはラハリルとの結婚が決まっている。それに複数の妃を持たない考えだったのに、気が変わったのだろうか。
などとアンジュが考えていると、レイフォナーはそれを察した。
「ラハリルとの結婚は、破談になったよ」
「破談!?」
「父上から、無事に帰還した私たちへのご褒美だ。光剣を返す必要もない」
一体メアソーグ国王とバッジャキラ国王の間でどのようなやりとりがあったのか。と呆然としているアンジュに、レイフォナーは「その話は帰ってから」と言って話を続けた。
「以前先ほどの食堂で、私はアンジュを守ると誓った。実際は逆に守られてばかりで情けないが、あのときの誓いは忘れていない」
アンジュもそのときのことを覚えている。無人島から戻り、今日のように変装して食堂で食事をしていると、レイフォナーが「身命を賭して君を守る」と言ってくれたのだ。
「アンジュ、愛してる。二百年前の私たちと御祖を前に改めて、私はこの命尽きるまで君を守ると誓う。もちろん、お腹の子も」
アンジュは涙で視界が滲み、レイフォナーの顔がよく見えなかった。その分、静寂なこの空間に響き渡るレイフォナーの声は、はっきりと耳に届いた。
いつかこの人の隣に立てたら、とアンジュなりに努力はしてきた。様々な分野の書物を読み、魔法や剣術、体術の稽古にも励んだ。だがどれも中途半端な状況で、まだまだ自分に自信が持てないでいる。
「私は子どもの存在を隠していました。その・・・処罰は?」
「そんなのないよ。私の子を宿してくれたのに、なぜ罰を与える必要がある?」
と言ったレイフォナーだったが、実は少し前にそのことが問題になっていた。
レイフォナーが転移させられた件について報告会が行われたあと、アンジュとクランツとフィー、バラックとキュリバトは退出した。大臣たちからアンジュ、バラック、キュリバトへの処罰が必要だと声が挙がっており、残った者たちで話し合いが続いていた。
「子ができたことを知っていたら、私はアンジュとラハリルどちらも妃にせざるを得なかっただろう。アンジュたちの行動は、複数の妃を持たないという私の考えを尊重したが故のこと。罰が必要ならば、そう行動させてしまった私に与えるがよい」
気まずくなった大臣たちは、国王に意見を仰いだ。
「光魔法使いアンジュ、大魔法士バラック、上級火魔法士キュリバト。魔力を持つ彼らは国にとって有益な存在だ。罰ではなく恩赦を与え、貢献させる手もある。レイフォナーとアンジュが結婚に至らなかった場合、各々に罰を与えては?」
国王はあえて利益優先、という考えを示した。
アンジュが子の存在を隠していたのは悪事を働くためではなく、レイフォナーとのすれ違いが原因であると知っている。無駄なこの議論を早々に終結させるためには、誰もが納得しやすい有益性を説くことが手っ取り早い。
その結果。全員が処罰なしとなったのだが、レイフォナーはアンジュにその話は伏せることにした。このプロポーズが、処罰回避のためだと思われたくないからだ。
「私にはとても・・・王妃殿下のような素質はありません」
「母のような妃を目指す必要はない。アンジュなりの妃でいいんだよ」
アンジュは、妃になったら自分には何ができるのだろう、と考え込み黙ってしまった。
「私の傍にいてほしい。アンジュを他の男に渡したくないし、アンジュがいてくれたら私はなんでもできる気がする。まあ、妃になったら最低限の公務はやってもらうが、これから学んでも遅くはない」
「そんな未熟者が妃でよいのでしょうか・・・」
「アンジュが未熟だとは思わないが、うちは母上だけでなく侍女たちも優秀だ。困ったときは彼女たちを頼ればいい。それに・・・」
立ち上がったレイフォナーは、二百年前の自分たちの石板に手を載せた。
「アンジュは妃を経験済みだろう?」
二百年前、ワッグラ村出身のアンジュは第一王子・レイフォナーに見初められて妃となった。その二人の生まれ変わりであるアンジュとレイフォナーには、当時の記憶は一切ないが。
アンジュは石板に刻まれている“アンジュ”の文字を指で撫で、心のなかで問いかけた。
(二百年前の私はレイフォナー殿下に嫁ぐとき、いまの私のようにいっぱい悩んだの?私、妃になってもいいのかな?)
当然ながら、石板から返事はなかった。
返事があったとしても己で答えを出さなければ意味がない。自問自答の末、アンジュはレイフォナーに向き直った。
「私は・・・妃が務まるような器ではありません。田舎者で教養もないし、美人じゃないし、レイフォナー殿下の評判を落としてしまうかも。でも・・・!」
アンジュは大きく深呼吸した。
「レイフォナー殿下を愛しています。お傍にいたいです!生まれてくる子の成長を、あなたと一緒に見守りたい!」
アンジュのその言葉と瞳には覚悟が宿っており、レイフォナーはそれをしっかりと受け取った。
「アンジュはきっと、民に愛される妃になるよ」
「そうなれるよう、私を導いていただけますか?」
「もちろんだ。いかなるときも君を愛し、支えよう」
これまで何度もすれ違い、離れ離れになった。それでも完全に距離を置くことはできず、協力していくつもの危機を乗り越えてきた。顔を合わせても触れ合っても、互いの立場や状況から気持ちを抑え込んできたが、やっと想いが通じ合った。
レイフォナーはアンジュの頬を両手で包み、親指で涙を拭った。そして改めて問いかけた。
「アンジュ、私の妃になってくれるか?」
「はいっ!」
二百年前の自分たちや先祖が見守るなか、永久の愛を誓った二人はキスを交わした。
3章完結。次回から最終章が始まります。




