慈悲の瞑想
さて、急に何でこんなことを書いたのかといわれるかも知れないが、これは、【慈悲の瞑想】への伏線である。慈悲の瞑想とは、これは、一番精神病に効く瞑想法なのらしい。それは、自分を嫌っている人の幸せを祈れ。あるいは、自分が一番嫌いな人の幸せを祈れというものである。私はさっきの二人のウザ虫の幸せを祈りたいのだ。この二人も、人の子であり、当然良いことは結構している。数多くの迷える人々を救ってきているのである。一番救われるのは、五分間瞑想、あるいは、この慈悲の瞑想をするべきなのであろうが、国民の多くは瞑想なんてことを胡散臭いと思うだろう。そういう世界になってしまっている。そんな中で、この二人の一見【善人】みたいな感じのエッセイは、救われたと思うものである。だが、前にも書いたが、この時代における【善人】ほど、いかがわしいものはない。下手をすると、精神病院で薬漬けになって廃人のようになってしまうかも知れない。あるいは、ブラック企業で延々と働かされて奴隷根性で生きてゆかないといけないかも知れない。人々に馬鹿にされて生きるのを是とするような思想を持っているのが、こういう【善人】たちなのである。本当の救いとは自主自立のことだ。そして、慈悲の瞑想とは、こういうSNSに巣食う有象無象のクソどもらの幸せを祈ることに他ならない。詳しくは、『慈悲の瞑想』で検索して音声付きの動画をみながら、それぞれがそういう人たちのことを祈ってほしい。暗黒女性詩人やスネ夫も私のことを想像して祈ってほしい。効果抜群だから。暗黒女性詩人の何故か自慢げに書いている持病のアル中も治るだろう(笑)




