第69話 今年の文化祭は大忙し(その4):鬼軍曹・玉ちゃん
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:5%
AI文をベースに改稿:10%
作者独自の構成・設定・加筆:85%
今回は全編自力執筆(微修正はあり)のつもりでしたが、ポン出し成分6%……そんな覚えはないんですが、どこから湧いてきたんでしょう?
さあ、文化祭のバンドは大盛況でした。ところでパイセン達は大丈夫なんでしょうかね。続き、いきましょう。文化祭篇は66話からスタートしています。少なくとも、文化祭当日は前回68話から続いてますので、そこから読んでくださいね。
余談ですが、陸上部の上野は、以前、雄人に大上との三角関係を指摘した子です。
楽器はまた第二体育館内に預けることになるが、撤収作業はバンドメンバーも行うことになっていた。――中尾拓真と南里妃愛華の二名が不在となっていたが。部長当人が渦中にあることから、その右腕である浦が「お騒がせしています」と頭を下げているのが印象的だった。璃早も相当居心地悪そうであった。実行委員の担当者は、苦笑するばかりであったが。
実行委員にも受験を控えていない三年生が若干名いるものの、ほとんどは二年生であるため、先輩であるあの二人が撤収作業に参加していないことを咎める者もいない。むしろ富永と咲が参加していることの方が、「そこまでやってもらってすみません」というところである。
撤収作業のうち、バンドメンバーが関係する部分が終了し、解散となったのは正午ごろである。
体育館を後にして、校舎方向に向けて歩き出した。ライブと同じ格好で歩いているため、先ほどの観客と思しき生徒や一般客から手を振られ、振り返すなど愛想を振りまく。……ただ、健介はその中でも目立たない役回りだったので、正直、「目立つ人たちの中の目立たない人」という意味では、通常運転である。
「なあなあ、お前ら、まだあと一時間ばかし時間あるだろ」
茉衣子が口を開く。
もともと午前中いっぱいはライブで潰れる予定だったため、チーアネメンバーは、それぞれのクラス(五組から七組)と漫研のシフトを、昼休み込みで、長めに空けてもらっていた。
「ああ、縁日も、割と人いるし、一時半までは休めって言われてる」
まずは慎吾。
「私も、一時過ぎにゆっくり戻ってきてって、漫研では言われてるよ」
雛灯も答える。
「そっかそっか。あたしらロリカフェ組も一時まで暇だ。健介は?」
茉衣子が上機嫌に尋ねた。
「――まあ、お前らかそれ以上には暇だよ」
いろいろな意味で戦力にカウントされておらず午後二時まで暇をもらっている、とは言いだせなかった。
「そしたらさ、そしたらさ、どっか出店で飯買って、打ち上げやんねえ? ライブの大成功を祝してさ!」
茉衣子にしては殊勝な、いや、イベント好きな茉衣子だからこその提案に、みんな機嫌が良くなる。
「うん、やろうやろう。本当に最高だったもんね」
と、千宥。
「私、こういうの、前の学校だとなかったわ。是非とも、やりましょう!」
美佳は柄になく飛び跳ねんばかりの勢いだ。
「買い出ししないとね。何買う?」
雛灯は賛成を通り越して実行に移ろうとしている。
それから、チーアネは買い出しに出かけた。焼きそば、から揚げ、たこ焼き、フライドポテト、チュロス……。それぞれの特色を生かしにくい部活は、このように普通に出店を出している場合が多い。主に運動部にそのような傾向がある。
最後、ジュースを買おうとした時だった。出店が並ぶ、一番運動場寄りの一角。
「陸上部・ジュースダービー」。なんだこれ。ただジュースを売っているだけじゃないのか……? 健介は首をかしげる。値段は、ほかの店のジュースのおよそ倍。ただ売っているわけじゃないのだろう。だとしたら、ぼったくりだ。
「おう、健介。気になるのか?」
店に立っていたのは、健介の中学時代の同級生、上野晋平だ。
「ああ、上野。なんだ、ジュースダービーって?」
「ただジュース買うだけじゃねえのよ。二杯分とってるからな。これ見てみ?」
「……?」
健介は、上野から差し出された、小テストほどの大きさの紙切れを受け取る。他のメンバーものぞき込む。
1.川原翔
2.原口麻比斗+5kg
3.大上茂+15kg
4.脇山亮弥
「なんだあ? このキロって?」
茉衣子が尋ねる。
「これさ、この四人にグラウンド百メートル走してもらうのよ。タイヤを引っ張りながら。ただ、実力差はあるから、足速えのには、タイヤのほかに重り乗っけてハンデにする。で、見事一着を的中させたらジュース三杯、二・三位は額面通り二杯、ビリは一杯だけ、というシステムだよ」
上野が説明する。
「なんか、博打にしてはぬるいな」
慎吾が素直にコメントする。
「……ほんとの博打だと実行委員会の許可が下りないだろ。でもまあ、君ら、いい時に来たよ。十分ごとにレースなんだけど、次のレース、全員二年なんだぞ」
「……大上以外知らねえ」
健介がぼやく。
「で? どうするよ」
慎吾が言う。
「脇山くん、多分速いよ。なんで重りないんだろう?」
千宥が言う。脇山は五組の生徒なので、千宥は知っているのだ。
「千宥さんが言うなら、その、脇山くん?にしたほうがいいんじゃない?」
美佳が同調する。美佳もクラスメイトのはずだが、あまり覚えていないらしい。
「あたしもワッキーがいいと思うぞ」
さすがに茉衣子は順当に知っている。
「そうかなあ。大上、ゆーて本当に鉄人だぞ」
健介が首をかしげる。
結果、バンド・チーアネは六人であるため、六杯分、すなわち三口購入し、二口を脇山に、もう一口は大上に賭けることにした。
「まいどあり。じゃあ、校庭に行っててよ。あと二分ぐらいでレースだからさ」
上野に促され、チーアネは校庭に向かう。校庭についた頃に、場内アナウンスが鳴った。
『さあ、本日第十六レース、今回は二年生部員ばかり集め、同級生対決となりましたが――』
以後、先ほどのプリントで見た、選手たちの説明だ。これをしゃべっているのが何者かは不明だが(放送部員だろうか?)、本格的な実況である。ただ、いかんせん、選手の詳細は、もう知ってしまっている。
『三番は、陸上部の何をやらせても最強、見琴山から下りてきたフィジカルエリート、大上! 196cm、115kgのマッチョ具合には注目、ということで、重りを15kgつけて走ってもらいましょう。最後四番、脇山もエースですが、エリートの麻比斗・大上が強く出るだろうと見込んでノーハンデです』
陸上部的にもここまで買っているのにノーハンデとは。健介はとたんに後悔し始める。
『それでは、そろそろ出走です』
ほどなく、審判員役の生徒が、「よーい、スタート」と発し、スタートした。
ほかにも何名か買った客がいるようで、券を握りしめていた。また、それ以外にも観客がいるようで、声援が飛ぶ。
『おっと、大上、滑り出しが重いです。ただ、動き始めると加速度がつきます。しかし、ハンデのない川原・脇山が先行します。おっと、麻比斗が苦戦しています! さあ、大上が怒涛の追い上げを見せていますが、やはりハンデが重すぎたか、脇山、一位でゴールです、二位は……川原です。大上、ハナ差ですが一歩及びませんでした。そして、大苦戦の原口麻比斗、ここでゴールです』
結果を受け、払い戻し……もとい、ジュース交換に、くだんのテントに向かう。先客の順番待ちを経て、上野が再び応対する。
「な、脇山速いだろ。大上も、もう5kg軽くしてもいいかもな」
こうして、四番が一等賞で三杯、二口分、そして三番が三等賞で二杯、計八杯ゲットしたのだった。六杯分支払ったので、勝ちではある。
いろいろ買った品々を手にしつつ、チーアネは、第一体育館へと向かった。ちなみに、先ほどのライブ会場は第二体育館である。
この酷暑の中、何か所か設けられた休憩スペースの一つである。館内には机が並べられ、座って食事したり談笑できるスペースとなっている。
「おー。ゆーて、ちょっと待ったら空きそうだぞ」
茉衣子が目を輝かせる。それから一分ほど待った時だった。
「茉衣子ー!」
会場の手前から手招きする人物があった。
「おー、侑良じゃねえか」
茉衣子が呼ばれたほうに向かったので、ほかの五人もついていく。そこには、二年五組の竹中侑良という女子生徒を中心とする八名ほどの集団がいた。
「席探してたんでしょ。私ら、もう行くから、ここ使っていいよ。バンド、めっちゃ盛りあがったってね!」
「おう、お前ら、見に来なかったのかよ」
「吹奏楽部がさあ、もろかぶりだったのよ。どうにかして、動画もらうからさ。で、ここ使ってよ」
「わりいな。お前らも、午後時間あったら見に行くぜ」
「サンキュー」
そういって、吹奏楽部の集団が出ていった。
「ねえねえ、結構話題になってるんじゃない? 私たち」
美佳は上機嫌だ。
「美佳ちゃんも、こういうの、うれしいの? 注目自体は普段から浴びてんじゃん」
「家柄とかじゃなくて、何かやって注目されたいの」
冷やかす慎吾に、美佳が頬を膨らませる。
確かに、美佳の演奏力は慎吾と比べても遜色ない――どころか、実は相当なものだったのではないかと、健介は素人ながらにらんでいる。慎吾が目立つこと自体には、美佳も言及しないが。これも果たして、本当に気にしていないのか、彼女なりに気を使っているのか?
「にしてもさあ、軽音部、めっちゃ修羅場だぞ」
「みてらんなかった」
茉衣子の蒸し返すようなコメントに、雛灯が苦笑した。
「あの、千宥の元同級の登場が熱かったな。慎吾さ、お前、あそこまで予想してたん?」
茉衣子が彼氏に水を向ける。
「んなわけあるか。あれは俺もサプライズだよ。でも、本当にいい『ざまぁ』だったわ」
「健介、慎吾」
背後から声がした。陸上部のユニフォーム姿の大上だった。
「大上、レースはいいのか?」
健介が声をかける。さっきのジュースダービーに結構出ていたらしい。
「暑さ対策で二時間半休憩だ。――一時半から、普通に売り子だがな」
陸上部は、熱中症対策で三時までダービーができないため、一時からは通常の出店としてジュースを売るそうだ。
「俺も飯を買った。……どこも空いてないし、お前らに混ざっていいか?」
表情はほぼ変わらないが、ちょっと照れがある。
「もちろん、いいよ」
千宥が返事する。
「大上さ、あたしら、ジュース二杯多くゲットしたんだ。飲まねえ?」
茉衣子が、先ほど買ったジュースを一杯差し出す。
「お前ら、それ、ウチで買ったやつだろう」
「いいじゃんか、飲め飲め。こちとらトントンになったらって思って六杯分買ったら、二杯勝ったんだ」
「……脇山に賭けたな?」
大上が見抜く。
「お前とその脇山?に賭けて、こうなった。まあ、お前、水分補給は少しでもしたほうがいいだろ」
健介が弁解したうえで、ジュースを勧める。
「いや、こっちも飲み物は陸部からもらってるが」
「遠慮しなくていいのよ?」
「あ?! いや、そういうわけじゃなくてだな」
ほとんど初絡みの美佳に声をかけられ、大上は動揺した。
その時だった。
「おーい、健ちゃん!」
前方から呼ぶ声がする。この学校で健介を「健ちゃん」と呼ぶ人物は何人かいるが、声質で分かった。
「若杉か」
若杉果文である。そして、杠二生、しろここと城宏子も一緒だ。
「お姉ちゃん。あの、みなさん、お疲れさまでした」
二生もはにかみながら言う。
「ありがとう。三人奥の方にいたの、見えたよ!」
雛灯も、三人に笑顔で礼を言う。
「先輩たち、バンドお疲れさまでした! すっごくかっこよかったです」
チーアネから見たら、当人が十分スターである、高宮一の人気タレント・城宮ひろここと宏子にそう言われ、みんな自然と顔がほころぶ。
「しろこ~! ほめてもジュースしか出ねえぞ! ほい」
もう一杯あった余りのジュースを宏子の手にねじ込む。
「あ、あの、これ……」
宏子が苦笑する。果文が、宏子の手元を見る。
「ねえ、このジュース、茉衣子ちゃんのじゃないの?」
「あたしのでもねえな。ジュースダービーで勝ったやつだかんな」
「茉衣子ちゃんたちも、あれ、やったんだ。私たち、二杯しかもらえなくて。その、大上先輩に賭けたんですけど」
果文が大上の方を向いて、苦笑する。きっと、勝ち狙いで三人で一口買ったのだろう。
「それは、すまないな」
大上が真面目な口調で頭を下げる。
「あ、いや。そんなんじゃ。一応、知ってる先輩だから丸してみたんですけど」
果文が慌てる。
「それで、人数分もらえなかったんだ」
千宥がコメントする。
「あらあ、負けちゃったのね。果文ちゃん、意外とギャンブラーなのかしら?」
美佳がくすくす笑う。
「そんなんじゃないですよー」
果文が苦笑する。
「あたしら三買って、人数分プラス二杯もらったんだ。だから、一杯、お前らに、やる!」
「ありがとうございます。いいんですか?」
宏子が言う。
「うん。面白そうだからやっただけだもんな」
「茉衣子、思い出もう一個できたな。大スターしろこちゃんに、ジュースをあげる」
横で慎吾が笑う。
「ばっか、しろこもあたしの妹だぞ、もう!」
「あはは……」
宏子が苦笑する。
「若杉はまだしも、しろこちゃんは無理がありすぎるだろ」
健介が突っ込む。
そこからしばし談笑した。大上は、一年生トリオも美佳も、ほぼ初めて会話する。一年生トリオは先日花火大会でも会っているが、ほぼ会話できていなかったからだ。なんとか、話題を振ろうとして、続かない。ただ、千宥とかがカバーしてあげる。ぎこちないが、大上なりに頑張ったのではないか。健介は思う。
そうこうしているうちに、一時が近づく。ロリカフェ組は戻る約束だ。一年生トリオもクラスに戻っての仕事らしい。大上は一時半から売り子だそうだが、ちょっと寄りたいところがある、と言って、どこかに行ってしまった。
もう一時間暇な健介と、あと三十分はいける慎吾、そして、先ほど同級生の相川から「落ち着いてるから、もう一時間ぐらいぶらぶらしていい」と連絡がきた雛灯だけが残された。
「時間、まだあるね。どっか行こうかな? 健ちゃん、どこかいいとこ、ある?」
「わからん」
健介は眉をひそめる。自分の仕事をこなすことで精いっぱいで、楽しむことまでは考えられていなかった。それができてたなら多分、朝、一時帰宅していない。
「なあ、ロリカフェ行ってみねえ? 去年もすごかったろ。華やか~でさ」
「ああ。……健ちゃん、去年行かなかったもんね?」
兄の提案を受け、当時一年七組でキャスト側だった雛灯が、当時も健介にした話を蒸し返す。
「一人で行く勇気が出なかったんだよ」
「じゃあさ、私たちと行くんだったら……?」
雛灯が冷やかすような目で健介を見る。
「時間があるから、行ってもいい」
「素直じゃないなあ」
にやにやしつつ、雛灯が音頭をとる。
「よし、ロリカフェ、行こう!」
「お前、なんでノリノリなんだよ?」
妹に首をかしげる慎吾。
「せっかくだから、今年はお客で行きたいの!」
二年五組、「ロリータカフェ 2nd season」。よりかわいく、より華やかに、をコンセプトにしていると、茉衣子に聞いたことがあるが、教室の前から中を覗いた健介には、去年との違いが判らなかった。
「お、いらっしゃいませー」
迎え入れたのは、担任の榊原妙子だった。
「はーい、チーアネバンドのギター、ギター、ベースが来てくれましたー」
バンドのパートでいじる店員役の担任である。
「妙ちゃん、見に来てないでしょ?」
慎吾が半笑いで言う。
「見に来てなくても、色々噂は入るのよん。慎吾ちゃん、すごかったみたいね」
「いやいや、俺なんかじゃまだ。中尾パイセンがすごかったけどね」
「あはははは」
この妙子の笑いが素直なものなのか、「すごかったこと」まで噂として入ってきた結果なのかは、健介には判断できなかった。
「妙ちゃん、やっぱフロアなんだ」
今度は健介が言う。
「あったりまえじゃん。ロリータなのに、あたしが回さなくて、どうする!ってことよ」
そう言って笑う妙子。
「妙ちゃーん、席に案内して!」
別の店員役の生徒の声が飛んだ。声のする方向を振り向くと、玉井絢那だった。
「あー、はいはいただいまー。……怒られちゃった」
ぺろりと舌を出す妙子。玉井は本気だ。玉井肝煎りのロリカフェ二年目。本当に回しているのが誰かは、健介にも一目瞭然だった。
「じゃ、こっちの席によろしくね。決まったら呼んでくださーい」
そう言って、バックヤードに下がる妙子であった。
そして、注文を決め、雛灯が「すみませーん」と挙手すると、紫色のロリータがこちらに向かってきた。
「いらっしゃいませ。……あら、みんな。結局うちに来たの?」
注文を取りに来たのは、美佳だった。
「美佳。どう?」
雛灯が尋ねる。
「まだ始めたばかりだけど、楽しいわよ」
「慣れた? お帰りなさいませ、ご主人様、ってやつ」
「微妙に違うわよ!」
慎吾のボケに美佳が突っ込む。
「メイドカフェだったら、身近でモノホンを見てたから、勝手がわかるんじゃない?」
「店とうちの実家とじゃ違うわよ。……さあ、注文は何になさいます?」
健介は、美佳が一瞬横目で玉井の方を見たのを見逃さなかった。玉井はちょっと難しい顔をしている。
「俺、アイスコーヒー」
「私は紅茶で」
ささっとメニューを決める双子たち。
「俺は……えーと、カフェオレ」
健介も迷いつつ決めた。
「かしこまりました」
美佳は、始めたばかりとは思えない手つきで注文を用紙に記入する。
「美佳さん、玉井、怖くない? 俺もこんな玉井、初めてでびっくりしたけど」
「気合の入り方が違うのよ、玉ちゃん。怒られちゃうから、行くわね」
健介の質問に答えると、美佳はささっと回れ右してバックヤードへ消えた。
「今日の玉ちゃんさ、妙に怖いよな。去年、あんなんだったか?」
慎吾が、去年はキャスト側だった雛灯に聞く。
「いや、ここまでじゃなかった気がするなあ……。そりゃ、言い出しっぺだから気合は入ってたけど、もうちょっと、みんな楽しも~って感じだったけどなあ」
雛灯が首をかしげる。
「玉井がこんな厳しい顔してるの、俺初めて見たぞ」
もっとも、鬼の形相、ということではなく、さすがに玉井の「素の状態」からの変化なので、見た目には聞かん坊、とか意地っ張り、といった形容が似合う。妙子や美佳の反応を見る限り、なかなか厳しさを出してきているようだ。四年半の付き合いがある健介にも、見覚えのない表情だった。その時だった。
「古賀ちゃん! ちょっと、ダメ! まだその席、片付してないよ」
「え、ごめん」
フロア担当の一人、古賀美織が玉井に指摘され、うろたえる。客もついそちらに注目する。
「先になおしてからお客さん入れないと」
ちょっと、空気が悪くなっている。これは、初来店の健介も感じたことだ。
「玉ちゃん、大丈夫かなあ。ねえ、どうにかなんないかな?」
去年を知っている雛灯が焦る。元キャストから見て、かなりよろしくないようだ。その時だった。
「へい、おまち。お前ら、来たんだな」
この張り詰めた空気を変える、能天気な、よく通る声だった。
「茉衣子」
健介がつぶやく。バンドで汗をかいて別のロリータ服に着替えたらしい茉衣子が、三人分の飲み物を運ぶ。
「健介がカフェオレか? コーヒーと紅茶は……慎吾がコーヒーで、ひなが紅茶だろ。どうせ」
確認もせず、置いていく。この三人の嗜好をよく知っているからこその適当接客である。
「茉衣子。玉ちゃん、どうしちゃったの?」
「絢那? 気合が入りすぎちゃってんだよ。あいつ、二回目だから、うまーくやりたいらしくてな」
心配そうに問いかける雛灯に、茉衣子はあくまで能天気に笑う。
「でも、よろしくねえな。客前でフロア怒ってみたり、何より、妙ちゃん含め、フロアみんながびくついてる」
慎吾が冷静に分析する。
「まあ、あいつはあいつでがんばってんだ。絢那の奴、昨日、泣きながらあたしに電話してきたんだぜ。どうしよう、緊張するってな」
茉衣子は、美佳や妙子とは違い、玉井に一番近い存在として、メンタル維持の役を買って出たようだ。ただ、茉衣子は玉井に甘いばかりで、解決になっているとはいいがたい。
「茉衣子」
「なんだ」
「いいときに、玉ちゃんをこっちに連れてきてくんね? 俺がコラって言う。まあ、玉ちゃんもチーアネだかんな。玉ちゃんはロリカフェを成功させてえんだろ。だから、俺らが助けてやる」
「なんだよ、頑張ってんじゃねえか、絢那は」
彼氏の申し出に、茉衣子は不服そうだ。
「仲間のピンチを助けてやる、お前が大事にしてるチーアネ魂を、俺がやってみる番だってことよ。玉ちゃんが空いてる時でいいぞ。俺もまだ二十分は時間あるし」
「……わかったよ」
戸惑ったような表情で、茉衣子が応じた。
「茉衣子ちゃん、そこ終わったでしょ。あっちお願い!」
「へいへい」
玉井の鬼采配は、茉衣子もあまり例外ではなかったようで、言われた方向に走っていく。
以後、十分ほど。三人は、茉衣子が運んできたコーヒーや紅茶を飲んでいた。これはあとで知ったのだが、豆と茶葉は新宮領家御用達のものを美佳の伝手でそこそこリーズナブルに仕入れたらしい。淹れるのは素人でフロアにも基本出ない男子生徒だったが、それでもおいしい。けど、文化祭にそういうのを求めているわけではないと正直思う。ただ、それもまた副次的な話であり、今は気合の入りすぎた玉井をどうするかがメインである。
「慎吾くん、どうしたの? 絢那に用って珍しいね」
後ろに難しそうな顔をした茉衣子を伴い、玉井がこちらのテーブルにやってきた。
「よう、鬼軍曹」
初手からなかなかのご挨拶である。
「鬼? 絢那のこと……?」
「うん、怖かったよ、さっき古賀ちゃん怒ってた時。俺、おしっこ漏らしそうだったもん」
「そ、そんな……。絢那がそんなことしても、慎吾くんはおしっこ漏らさないでしょ……?」
玉井は戸惑いを隠せない。
「てか、カフェでおしっことか言わないでよ」
玉井が小声で抗議するが、これ自体は、玉井の方が正論ではある。ただ、言い方に、いつもは微塵もないはずの棘がある。
「玉ちゃん。俺は玉ちゃんのこと、チーアネの大事な仲間で友達だと思ってる」
慎吾が玉井に正面を向いて言う。健介はかつて、慎吾が玉井のことを内心ないがしろにしていたことを思い出すが、何とか意識から振り払う。
「うん。絢那も、慎吾くんのこと、大事だよ? 茉衣子ちゃんの彼氏だもんね」
「おう、サンキュー。そのうえで敢えてだがな……俺は思う。たぶん、この調子でいけば、ロリカフェ第二弾は、大コケする」
「え……?」
玉井が呆然とする。
「そ、そんなこと言わないで!」
「ほら、その顔」
慎吾はすかさず玉井の顔を指さす。
「正直、玉ちゃんの鬼軍曹ぶりに、古賀ちゃんはおろか、美佳ちゃん、挙句の果てには妙ちゃんすらびくついてる。よりかわいく、より華やかになんだろ? だったら、玉ちゃんも、飛び切りの笑顔で客を迎えなよ。去年ぐらいには、リラックスして接客したら、いいと思うぞ」
慎吾は手で両頬を吊り上げる。
「ほら、スマーイル」
「……」
玉井は口をとがらせる。そして、涙を流し始めた。
「おいおい、ばかー。泣くなよー」
この反応が織り込み済みなのか予想外だったのかは定かでないが、慎吾は苦笑した。
「こっから、玉井店長の腕の見せ所よ? こういう、かわいい店長さんがかわいい店員さんを動かすお店はさ、まずは店長さんの笑顔なのよ。オーケー? ほんだら、俺は六組に戻るべ」
時刻は一時二十五分。慎吾はそう告げると、残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「ひな、俺の分払っといて。後で返すから」
「う、うん……」
さすがの雛灯も、慎吾に文句が言えなかった。お祭り男、慎吾は、「祭」の団扇をかざして、六組へと去っていった。
「玉ちゃん。ごめんけど、多分慎吾、今日は結構正しいこと言ってる。私、去年を知ってるから、今年の玉ちゃん、怖かった。いつもの玉ちゃんが、ほわ~って接客するの、私は見たいかな」
言うだけ言って去っていった兄を、雛灯がフォローする。そして、テーブルに置いてあった紙ナプキンで、玉井の涙をふいた。
「絢那、どうしたらいいのかな?」
玉井がつぶやく。
「玉井。文化祭は、あと四時間ぐらいある。今からでもまだやれる」
健介が、一生懸命言葉を探しつつコメントする。
「そうだよ。私たち、また三十分はいられるから、私が見たかった『ロリカフェ』が見たい。なんなら、もう紅茶なくなるから、私コーヒー頼む」
雛灯も援護する。玉井は、十五秒ほど黙った。
客足はやや落ち着き、今は一人の客が入ろうとしているところだった。玉井がすう、と息を吸う。
「フロアのみんな、バックヤードにひとまず集合ね。えっと……お客さん来るかもだから、妙ちゃんと茉衣子ちゃんだけ待機!」
フロアに出ていた美佳や古賀、千宥などを含む面々を裏に呼んだ。
「いらっしゃいませー。こっちどうぞ!」
入ってきた客を、茉衣子が案内する。奥の方から、ちょっと幼い声で「ごめんなさい!」と聞こえてきた。
少しすると、バックヤードからフロア担当の女子生徒が出てきた。入れ違いに、適当なタイミングで、茉衣子と妙子も入ったが、すぐに出てきた。
フロアにも余裕が出てきたところで、茉衣子、千宥、妙子がやってきた。
「おう、言ってくれたみたいじゃねえか、ひな。お前の兄貴が」
「……私の兄貴というか、あんたの彼氏でしょうが」
メンチを切る茉衣子に、雛灯がにらみ返す。雛灯のツッコミに、茉衣子は満足したように笑う。
「でも、本当に私から見ても、玉ちゃん、かなりいっぱいいっぱいだったと思うから、本当によかったよ。ねえ、先生?」
千宥が苦笑しつつ妙子に同意を求める。
「そうだねえ。まだ、あたしも生徒から学ぶところが多いなあ。ほんとはね、あたしがガツンと決めるところなのにさ」
妙子は担任として、生徒たちの間の悪い空気を変えてあげられなかったことが、本当に悔しいようだった。
「何言ってんだよお、妙ちゃん! あたしは、妙ちゃんが最高だと思うし、絢那もほんとそうだぞ!」
茉衣子が妙子を精一杯フォローし、そして、抱きしめる。
「あはははは。茉衣子ちゃん、相変わらずだなあ。あたしでも構わずぎゅーってするんだ。うん、うれしい。ありがとう。――でも、慎吾ちゃんももちろん、健ちゃんとかひなちゃんがいたから、玉ちゃんも気づけたと思うよ。チーアネっていいね」
妙子がしみじみ言う。
「玉井は今何してるの?」
「泣いてる。目が真っ赤だから、顔戻るまで休んで、って言っておいたの」
健介の質問に千宥が答えた。
「でもほら、今、谷間の時間だしさ。この後の時間、しっかりやると思うぞ。顔硬かったら、あたしが、にょーん、ってしてやる」
茉衣子は自分の顔の筋肉を引っ張り、変顔を作ってみせる。
二時が近づき、健介と雛灯がぼちぼち出ようか迷っていたところに、玉井が戦線復帰した。
「あ、ごめんね、二人とも、お騒がせしました」
「玉ちゃん、またお客増えてきたよ。よかったね、来てくれたよ」
頭を下げる玉井に、雛灯が声をかける。
「慎吾くんには、ごめんねって、言っておいてね。絢那からも後で言うけど」
「あいつ、『俺、何か言ったか?』とか言いそうだけどな」
「ありそー」
健介のコメントに、雛灯が笑う。
「玉ちゃん、私たち、ごめんけど、そろそろ行かなきゃ。最後に、お会計してくれる? ちなみに慎吾のは私が立て替える」
「うん! 絢那にやらせて」
健介は二年七組の仕事に復帰し、雛灯も漫研を担当して、のちに二年七組に合流予定だ。
文化祭は後半戦になったが、まだまだ続く。
【次回予告】
文化祭もいよいよ大詰め!
次回に続きます。お楽しみに。
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