第70話 今年の文化祭は大忙し(その5):長い祭の終わりと因縁の一応の決着
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文化祭、今回まで続きます。二年七組の出し物は、私だと到底考えもつかないようなものをAIに提案されたので、「お前から始めた物語だろうが」とばかりに、書いてもらいました。途中でサラが遊びに来るまではほとんどポン出しに近いですが、そこからは逆に概ね自力で書いてます。
午後二時を少し回った頃、健介はようやく自分の教室に戻ってきた。
途中、二年七組から出てくる、女子高生三人組とすれ違った。このジャンパースカート型の制服は、たぶん、高宮大学病院の近所にある女子高のものだ。お嬢様学校のイメージはあるが、この三人に限って言えば、こういう「映え」が好きそうなギャルっぽくも見えた。
廊下に掲げられた『映えが撮れる写真館』という看板をくぐると、そこには普段の二年七組とは似ても似つかない光景が広がっていた。
窓際には色とりどりの風船が飾られ、教室の奥には花柄の布を背景にした撮影スペースが設けられている。机を寄せて作った受付には、ハートや星の形をした小道具が並べられ、教室のあちこちから女子生徒たちの楽しそうな声が響いていた。朝七時、健介が教室を後にした時とは、同じ場所とは思えなかった。普段、俺は本当にこの教室で勉強しているのか……? 健介は苦笑するしかなかった。
「……すごいな、これ」
「あっ、樋口! 戻ってきた?」
声をかけてきたのは、今回の企画を中心になって進めてきた木下心澄だった。
「ああ、悪い。遅くなった」
「大丈夫、大丈夫! ライブお疲れさま! 結構盛り上がってたんだって?」
贔屓目ながら盛り上がったとは思う。ただ、自分が一番貢献していないという思いもあって、健介には素直に喜べなかった。
「まあ、な……」
木下はそんな健介の思いも知らず、満足げにうなずいた。
「うん、うん。よきよき。そしたらさ、早速こっち手伝ってもらえる? ちょうど人手が足りなくなってきたところなの」
そう言って、健介の返事を待つこともなく、木下は撮影スペースへと案内した。
「ここでお客さんのスマホを預かって写真を撮ってもらいたいんだけど、できる?」
「写真? まあ、撮るだけなら……」
「ただ撮るんじゃなくて、かわいく撮ってあげてね!」
……それが問題なのだが。健介はため息をつく。
普段撮るのは風景や集合写真、メモ代わりのものばかりだ。女子の言う「かわいく撮る」は、よくわからない。
「構図とかは私たちが教えるから! とりあえずよろしくね!」
そう言い残して、木下は受付の方へと駆けていった。
「……大丈夫かな、これ」
「大丈夫じゃないと思う」
突然、背後から冷静な声が飛んできた。振り返ると、撮影用の小道具を整理していた一ノ瀬帆宇が、こちらを見ていた。
「あ、一ノ瀬。いたのか」
「ずっといたけど」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
相変わらず、容赦がない。
「一ノ瀬は何やってるんだ?」
「小道具の管理。あと、背景の調整とか」
「へえ。なんか詳しそうだな」
「別に。言われたことをやってるだけ」
あまり健介の方を見ずにそう答えると、帆宇は傾いていた花飾りを直した。
「……でも、少なくとも樋口よりは向いてると思う」
「それは否定しないけどさ」
帆宇は別に得意げな顔をするでもなく、また黙々と作業に戻った。
こうして見ると、華やかな写真館の中で、彼女だけ妙に空気が違う。もっとも、自分も他人のことは言えないのだろうが。
「おっ、健介! お前も今戻ってきたんか!」
今度は入口の方から、やたらと元気のいい声が聞こえてきた。
「ナベ。お前も戻ったのか」
「せや! いやー、戻ってきたら、なんやえらいことになっとるなあ!」
渡辺啓太郎は、教室をぐるりと見回して、感心したように声を上げた。
「こんなん、別世界やないか! 俺らの教室、こんな、かわいーくなってたんか!」
「お前、途中まで設営やってたんじゃないのか?」
渡辺は、途中帰宅した健介の少し後に登校したと聞いている。
「途中抜けしてん。ライブあったし。しかし、改めて見たら、なかなかのもんやで! ほな、俺もひとつ撮ってもらおかな!」
「渡辺!」
木下の声が飛んできた。
「撮ってもらうのはあと! 渡辺には呼び込みをやってもらうから! あんたの話術でお客を引っ張ってきてもらうのよ」
「えっ、俺もやるん!? 俺そんな話術ないて」
「当たり前でしょ! 七組なんだから! いいから、うちのクラスで一番しゃべれんの、あんたなんだから」
渡辺は木下に連行されていった。
「……あいつ、午前中も司会やってたのにな」
「でも適任だと思う。まだ喋り足りないんじゃない? 渡辺なら、五時まで漫談続けられそう」
帆宇が淡々と言った。彼女がここまで話を盛るのは珍しいが、しかし、そんな帆宇からそういうコメントが飛ぶと、なんとなく、渡辺ならやってのけそうな気がしてきた。
最初の客は女子生徒二人だった。木下がポーズを指示し、健介が撮る。
「樋口、もうちょっと下から。あと、頭の上が空きすぎ!」
木下が隣でスマホの角度を調整した。撮り直した画面を見て、二人も嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます!」
スマホを返し、客を見送った健介は息をついた。
「……難しいな、これ」
「まあ、慣れだよ、慣れ! 次もよろしくね!」
どうやら、まだまだ解放してもらえそうにない。
一方、受付に回された渡辺はというと、持ち前の調子のよさを存分に発揮していた。
「いらっしゃいませー! 二年七組、映え写真館へようこそ! ここでは誰でもモデル気分になれまっせー!」
……なんだ、その呼び込みは。
「背景も小道具も、うちの女子が気合い入れて作りましてな! 写真の出来栄えは保証しまっせ!」
「ナベ、そこまで保証しちゃって大丈夫かよ?」
「客の反応見てる限り、実際ええ感じなんちゃう? 知らんけど」
健介の心配に対し、あっけらかんとして言う渡辺。
「にしても、お前さ、よくそんな言葉が次々出てくるな」
健介が感心する。
「午前中から喋りっぱなしやしな! 口だけは絶好調や!」
「でも、お前自身は写真とか興味あるのか?」
「ん? いや、全然」
即答だった。
「……ないのかよ」
「せや! せやけど、お客に楽しんでもらうんは別の話やろ?」
渡辺は何でもないことのように答えると、また廊下に向き直った。
「はいはい、写真館、まだまだやっとりますー!」
しばらくして、今度は男子生徒を交えた三人組がやってきた。
「じゃあ、こちらに並んでください!」
健介が撮影を担当することになったのだが、真ん中に立った男子生徒がどうにもぎこちない。多分だが、一年生だと思う。
「ほら、もっと笑ってよ!」
「いや、笑ってるって!」
「全然笑ってないじゃん!」
両脇の女子生徒に言われ、男子生徒はますます困った顔になった。……なんだか、自分を見ているようで居心地が悪い。
「えーと……普通にしててもらっていいですよ」
「普通にって言われてもなあ……」
困り果てたところに、また渡辺がやってきた。
「なんや、えらい緊張しとるやん! もっとリラックスせな!」
「いや、だから……」
「ほな、こういうときは、とっておきの一発ギャグでも――」
「ナベ、やめとけ」
健介が止めに入る。健介にはわかる。渡辺は笑いを取ろうとすると、スベる。一発ギャグなんて、最悪だ。この男はギャグではなく「平場オンリー」の男である。
「なんでや! まだ何も言うてへんやろ!」
「言う前からわかる」
「お前までそんな、一ノ瀬さんみたいなこと言わんでええやん!」
「私は関係ない」
そのやり取りに、三人組が思わず吹き出した。
「あっ、今!」
木下が声を上げた。
「樋口、撮って!」
反射的にシャッターを押す。画面には、三人が自然に笑っている姿が収まっていた。
「ほら、いいじゃん!」
木下がスマホを覗き込む。
「あ、ほんとだ!」
「これ、めっちゃいい!」
「さっきより全然自然じゃん!」
三人は口々に喜んだ。……何が功を奏するかわからないものである。
「なんや、俺のおかげやん!」
渡辺が得意げに胸を張る。
「結果論で言えば」
帆宇が即座に返した。
「なんや、それ!」
「少なくとも、一発ギャグは必要なかったと思う」
「健介も一ノ瀬さんも、なんでギャグさせたくないねん」
教室の一角に、また笑い声が上がった。
それからしばらくして、ようやく客足が落ち着き始めた頃だった。
「……あ、みんな。お疲れさま」
入口から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、雛灯が立っていた。
「ひなちゃん。漫研、終わったのか?」
「うん。ひとまず私のシフトは終わった。遅くなってごめんね」
雛灯はまだ魔法少女のコスプレである。
「おっ、朝長さん、戻ってきたんか! バンド、よかったなあ」
「渡辺くんもお疲れさま。MC、よかったよ」
「おおきに! いやー、そう言うてもらえると嬉しいわあ!」
「ちょっと長かったけどね」
「そこは言わんといて!」
健介が横で笑っていると、木下が雛灯に駆け寄ってきた。
「あっ、ひな! お疲れさま! 漫研どうだった?」
「ああ、みすみん。結構お客さん来てたよ。こっちも繁盛してるみたいだね」
「そうなの! もう大忙し!」
木下は嬉しそうに答えた。
「それにしても、その衣装すごいね! せっかくだから、そのままでいてよ!」
「えっ、このまま?」
「うん! 写真館なんだし、ちょうどいいじゃん!」
「……そうかなあ」
雛灯は少し困ったように笑った。
「それより、私、何したらいい?」
「あ、じゃあ、小道具の片付けを手伝ってくれる? 一ノ瀬さんがやってくれてるから」
「うん、わかった」
木下に促された雛灯が帆宇の方へ向かう。
「帆宇、何か手伝う?」
「うん。じゃあ、この辺の飾りをまとめてもらえる?」
「うん。……あ、これ、結構かわいいね」
「そう?」
「うん。写真に使うんでしょ?」
「そう。私は使わなかったけど」
「あはは、私も使い方わかんないかも」
二人はそんな会話を交わしながら、散らばっていた小道具を整理し始めた。
木下たちは楽しそうに客のポーズを決めている。一方こちらは、不慣れな撮影係、喋りっぱなしの受付、黙々と働く裏方にコスプレ姿。健介は三人を見回した。
「……なんか、俺らだけ浮いてないか?」
思わず呟くと、近くにいた帆宇が顔を上げた。
「今さら?」
「……だよな」
「でも、別にいいんじゃない?」
「え?」
「仕事はしてるんだから」
帆宇はそれだけ言うと、また手元の作業に戻った。
……確かに、そうなのかもしれない。
「ねえねえ、ちょっといい?」
そこへ木下が声をかけてきた。
「せっかくだから、あんたたちも一枚撮らない?」
「えっ、俺ら?」
健介が聞き返す。
「そう! まだ自分たちの写真、撮ってないでしょ?」
「いや、別に俺は……」
「ええやん! せっかくやし、撮ろうや!」
渡辺が真っ先に賛成した。
「ほら、健介! お前も来いや!」
「お前、こういうときだけ積極的だな……」
雛灯も、帆宇も、あまり乗り気には見えなかった。しかし、木下はお構いなしである。
「はいはい、四人ともこっち! もうすぐ終わっちゃうんだから!」
結局、四人は撮影スペースに並ばされることになった。健介、渡辺、帆宇も、普段と変わらない制服。その中で雛灯だけが、漫研のコスプレ衣装を着ている。
「……なんか、すごい組み合わせだな」
健介が呟いた。
「ほんまやな。何の集まりかわからへんで」
「同じクラスでしょ」
帆宇が冷静に指摘する。
「いや、そらそうやけど!」
木下はスマホを構えながら、四人を眺めた。
「うーん……なんか、みんな硬いなあ。もうちょっと楽しそうにできない?」
「そう言われても……」
「ほら、ハート作るとか!」
「……誰と?」
帆宇の一言に、健介も思わず頷く。渡辺がすかさず両手でハートを作ってみせた。
「こうやろ! ほら、みんなも!」
「いや、お前一人でやってろよ」
「なんでやねん!」
そんなやり取りを見て、雛灯がくすくす笑い始めた。
「……なんか、いつも通りだね」
「それ、褒めてるのか?」
「うん。たぶん」
「はい、じゃあ、そのまま!」
不意に木下の声が響いた。
カシャッ。
「……あっ、撮っちゃった」
雛灯が声を上げる。
「うん! こっちの方がいい!」
木下は満足そうに画面を見せた。そこには、呆れたような顔の健介、両手でハートを作ったままの渡辺、相変わらず表情の薄い帆宇、そして笑っている雛灯が写っていた。
「……なんだこれ」
健介は思わず苦笑した。
「めっちゃええやん! 俺、決まっとるやろ!」
「一人だけね」
帆宇が呟く。
「でも、いい写真だと思うよ」
雛灯が画面を覗き込みながら言った。木下も大きく頷いた。
「でしょ? こういう自然なのもいいんだよ!」
そう言われると、確かに悪くはない。もっとも、『映えが撮れる写真館』という企画の趣旨に合っているかどうかは、甚だ疑問ではあったが。
「じゃあ、これ、クラスのグループにも送っとくね!」
「……えっ」
健介は思わず顔を上げた。
「いや、ちょっと待って。それは……」
「えー、なんで? いい写真じゃん!」
木下は不思議そうな顔をした。
「そういう問題じゃなくて……」
隣では渡辺が、「早う送ってや!」と嬉しそうに騒いでいる。帆宇は我関せずといった表情で、雛灯は何がおかしいのか、まだ笑っていた。
……結局、今日もこうなるのか。健介は小さくため息をついた。
後片付けが始まる十五分ほど前のことだった。
「あ、いた! 啓ちゃーん!」
健介と雛灯、そして呼ばれている渡辺にとっては、とても聞きなれた声がした。渡辺を「啓ちゃん」と呼ぶ人物は極端に限られる。渡辺の顔が引きつる。茉衣子の姪、古波蔵紗莱である。ちなみに、なぜかロリータファッションである。
「サラちゃん。来てたんだ! わあ、かわいい」
「茉衣子んとこに行ったのか?」
「わあ、ひなちゃん、健ちゃん! うん、ひなちゃんも、かわいいで。あんなあ、茉衣子ちゃんのクラスに行ったら、お友達の妙ちゃんって子に、かわいいかわいい言われて、これ着せてくれてん」
周囲にいた人たちが噴き出す。茉衣子の「友達」ねえ。
「その妙ちゃんのお古やから、あげる言われて、もろてきてん!」
嬉しそうに飛び跳ねながら説明するサラ。ちなみに、妙子が152㎝、サラが146㎝、ともに標準体型。なるほど、さほどブカブカ感はない。健介は冷静に分析する。
「サラちゃん、妙ちゃんってね、茉衣子のクラスの先生なんだよ?」
雛灯が笑いながら説明する。
「そうなん? みんな妙ちゃん妙ちゃん言うから、同級のお友達て思たわ」
「妙ちゃんは、そういう特別な生き物なんだよ」
健介がため息をつきつつ解説する。
そこまで話したところで、帆宇が声を発した。
「樋口、この子は?」
「茉衣子の姪っ子だよ」
「ああ……。ハーフの姪っ子がいるって、確かに。この子か……」
帆宇も、話としては、茉衣子本人から聞いたことがあったらしい。
「お姉ちゃんも、茉衣子ちゃんのお友達? こんにちは」
自分の話をしていると気づき、帆宇に駆け寄り頭を下げる。
「こんにちは」
「古波蔵紗莱です。お姉ちゃんは?」
「一ノ瀬帆宇」
「かっこいい名前やね。……ねえ、ところで啓ちゃんはなにしてんの?」
渡辺はあえてサラに背を向けていた。帆宇と話していると思って気を抜いていたら、急に呼ばれてびくっとする。
「渡辺も知り合い?」
「うん、啓ちゃんはサラの彼氏」
「ふーん」
批判も含め、特に感想を表に出さず、淡々と両者を目で追う。
「ちゃうわ。不特定多数いてるところで誤解される発言やめなさい」
渡辺は必死に言う。
「じゃあ、今度二人っきりでデートしよ」
「そういうことちゃうねん!」
「不特定多数」を切り取られ、そう切り返されたようで、渡辺は地団駄を踏む。この絡み、健介は個人的に非常にかわいそうだと思う。周りを見ると、周囲の生徒がひそひそと話をしていた。――しゃあない、助けてやるか。
「サラちゃん、ここに来たら、映える写真を撮らないとなんだよ。今せっかく、映える服着てるんだから、撮ったら?」
「わあ、撮る! 健ちゃん、撮ってくれる?」
サラはスマホを取り出し、健介に渡す。――今時の小学生はスマホ持ってるんだな。健介は苦笑する。
「樋口も入ったら? ひなも。そこ仲よさそうだから、私が撮る」
今度は帆宇まで名乗り出る。しかも、さりげなく、「みんなで撮ろう」と仕向けていて、渡辺は内心ほっとしたようだった。
「えー、サラ、啓ちゃんと二人で撮りたい」
「渡辺とツーショットを撮ってから、四人で撮ればいい」
帆宇の提案に、渡辺は何か言いたそうだったが、それ以上何も言わなかった。
そして、帆宇の提案通り、サラと渡辺のツーショット、そして健介と雛灯も含めた四人での撮影の後、帆宇はサラにスマホを返却しようとした。
「……あ」
画面を見て帆宇が漏らす。
「どしたん?」
「茉衣子から電話。出たほうがいい」
「ああ、そうなん。ありがと」
帆宇からスマホを返却されたサラがそのまま電話に出る。
「……あ、茉衣子ちゃん? 啓ちゃんとこおるよ」
結局、電話内容は、祖父の泰造と先に帰宅するように、という指示だったらしく、サラは泰造の待つ二年五組へと戻っていった。
「はあ、しんど」
渡辺にとっての、とてつもなく長い五分間が終わった。
文化祭は特段の閉会イベントもなく、午後五時から撤収作業に入る。代休込みの連休が明けた最初の登校日も、二時限目までは片付けだ。今日は大道具や大きなごみを処分し、残り二時間で教室に戻せる状態にすれば帰宅できる。
ただし六時には、人気投票による最優秀イベント賞が放送で発表される。クラス部門と部活その他部門があり、受賞団体には賞品が贈られる。
五時、雛灯は漫研の撤収に出かけた。いまだコスプレであるため、着替えの必要もあり、妥当ではあろう。
撤収作業をしながら、雑談にもそれなりに花が咲く。
「渡辺、あの子、彼女?」
帆宇が、さっきの話を蒸し返すように淡々と尋ねる。
「ちゃうわ、言うてるだけやねん。なんかわからへんけど、惚れられてもうてんねん。……一ノ瀬さん、こういう時な、どうしたらええんかなあ? 年齢的によろしくない――まあ、はっきり言うて、ガキンチョに惚れられた時よ」
「数年、何とかやり過ごしたらいいと思う」
「といいますと?」
「五、六歳差でしょ。あの子がもうちょっと大きくなったら、全然普通のカップルだと思う」
「何、茉衣子みたいなこと言うてんねん!」
「茉衣子も言ったんだ」
確かに、茉衣子はサラに同趣旨の入れ知恵をしていたそうだ。
「『普通になる』ちゃうねん。今、この状態から知ってるからあかんねん。こんな毛も生えてへんようなガキ」
「この年なら生えてると思うけど」
「……そうなん?」
自ら下世話な方向に話を持っていき、帆宇からあまりに冷静に実態を指摘される。なんだこれ。健介は顔を引きつらせるしかなかった。
しばらく片付けしていると、放送のチャイムが鳴った。
『生徒の皆さん、今日は本当にお疲れさまでした。文化祭実行委員長の――』
お、きたか。そろそろ発表の時間だ。実行委員長は一分ほど、ねぎらいの言葉をかけた。
『たぶん、みんな疲れてると思うので、早速ですが、最優秀イベント賞の発表ですね。まずは部活その他部門から行きましょう。部活その他部門は――演劇部の「開演五分前!」でした。これね、部長の七種くんの脚本らしいんですよ。それを皆さんで作り上げて、演った。すごいと思います。どうもおめでとうございます』
校舎のいたるところから、拍手が聞こえる。二年七組に演劇部はいないので、特に歓声はなかった。
『次は、クラス部門ですね』
実行委員長のトークに、校舎中がしんとなったような気がした。
「いよいよやな」
沈黙を破るかのように渡辺が言う。
『今年はですね、まあ、今年「も」になっちゃうのか』
あーあ。健介は実行委員長の言葉で察してしまった。
『二年五組、ロリータカフェ 2nd seasonでした』
この七組から少し離れた教室から、黄色い歓声が上がった。玉井は、感無量だろうな。今頃、大泣きしているに違いない。玉井のやつ、これから慎吾のいるアネックスには足を向けて寝られないのではなかろうか? 健介はニヤッと笑った。
『これは、去年、一年生の時からの二年連続ですね。僕も行ったんですけど、今年もかわいかったです。ぶっちゃけ、僕も票を入れました。でも、委員長の一存じゃないので、みんなが良かった、と思ったからだと思います。担任の榊原妙子先生は今年も店員さんをやってくれましたし、終盤で、「外国人?の女の子がお茶を持ってきてくれたのがかわいかった」という意見もありました。関係者の方に聞いたら、クラスの、ある生徒の親戚の子だそうですけどね』
サラは、どうやら、思ったよりロリカフェにかかわっていたらしい。ただ着せられただけではなかったようだ。
『演劇部と二の五にはですね、賞状と、春若煎餅を、まあ不足がない程度にお贈りいたします。皆さん、それ以外も大変すばらしかったです。撤収作業、頑張ってください』
最後になぜかチャイムまで鳴らしたうえで、実行委員長の放送が終わった。
バンドメンバーは、第二体育館の控室に預けていた楽器を七時までに回収するように通告されていた。チーアネは、五組のロリカフェの撤収が遅れているのと、そもそも五組の三名は自分用の楽器を持ち込んでいないため、ギターとベースを担当した三名が六時半頃に楽器の回収に向かった。
「とりあえず、お前んちに返したらいいんだろ?」
健介のベースは、慎吾と雛灯の父、大輔から拝借したものである。厳密には雛灯のギターも大輔のものだが。
「ああ、親父はあげてもいいと言ってたがな」
「いい。多分弾かねえ」
健介がため息をつく。
ケースを持ち、いったん自分たちの教室に帰ろうとした時だった。ふと、軽音部の面々が目に入った。部活のTシャツに着替えている。
もう、関係ない。三名ともに特に目を合わせずに去ろうと判断し、彼らから少し離れたところを通り過ぎようとした時だった。
「ちょっと、顔貸せ」
中尾拓真が慎吾に声をかけた。
「何すか」
慎吾はぶっきらぼうに返事する。
「慎吾……」
さすがに妹も心配そうにしている。
「お前ら、帰ってろ。まあ、なんとかなんだろ」
慎吾はそう言い残すと、ギターケースを背負い直し、中尾についていった。
「で? 何すか? 喧嘩ですか?」
体育館裏に来た慎吾は、中尾より先に切り出した。
「……そんな元気ねえよ。見りゃわかんだろ」
中尾はため息をついた。
「ひめかパイセンはどうしたんすか? あれから見ないけど」
ライブ後の撤収作業の時点で、妃愛華の姿を見なくなった。もっとも、この時は中尾も消えていたのだが。
「帰ったよ。具合悪いだのトイレで吐いただの言って」
「逃げやがったな」
慎吾がピシャリといったが、中尾は反論しない。
「で、俺を呼んだのは何で?」
「だから。……前にひめかをアレしたん、あいつが帰ったから、お前に聞くしかないだろ」
「あ、そうすか」
慎吾はそっけなく返事する。まあ、こっちもいろいろ言いたいことはあるわけだ。せっかくなので、こちらから仕掛けてみる。
「でよ、先輩。前から気になってたことがあるんすけど」
「何だよ」
「ひめかパイセンのビッチぶり、二年半一緒にいて、知らなかったんすか? 俺も、あの時まで知らんかったけど」
「……」
中尾は言葉を探すように黙り込む。
「俺の彼女、ひめかっちと同中っすけど、めっちゃ有名人だったってよ」
「わかってる。わかってるって」
追い打ちをかけるように茉衣子の証言を引っ張り出す慎吾に、中尾が食い気味に制止する。
「一年の半ばから付き合って、年明けから知れ渡りだしたけど、それぐらいからは、松学の連中から、ひめかはやめといたほうがいいって、だいぶ言われたよ」
「寝取られるぞって?」
「そうまではっきり言われてないけど、噂レベルでは、追って色々聞いたよ」
「噂ではねえ。でも、先輩は、実際に目にしたわけではなかったから、知らんぷりしてたんだ」
「知らんぷり……まあ、そんなもんかもな」
多少、言い方に引っかかりはしたらしいが、否定はしなかった。
「で、俺と寝たとき、こいつあかんわ、とはならなかったん?」
中尾は再度黙り込む。
「あいつを信じたかったのかもな。あの時点で一年つきあってた彼女だったからな」
「そんで、俺を悪者にしたわけだ。もしくは、今でもあれは俺のせいって思ってる?」
「わからん。もう何もかもわからん」
苦虫をかみつぶしたような顔で中尾が答える。
「これは、他からの情報もあるけど、俺以降も、男色々とっかえひっかえ食い荒らしてたらしいっすよ。あくまで本命は、先輩と、塩屋くん? あの彼の少なくとも二股みたいだったけどね」
「……」
中尾は黙り込む。ちなみに、ほかの男とも関係を持っていたという話の情報元が、中尾の直属の後輩である古川璃早だということは、さすがに伏せておいた。
「俺、もう先輩にどう思われてもいいけど、めっちゃ言い寄られた結果、『ひめかボーイズ』に仲間入りしちゃった、ってのは、今、このタイミングであんたにはっきり言わせて?」
「もういい。もういいよ。沢山だ」
中尾は動揺しながら制止した。
「お前、今『死体蹴り』して楽しいのかよ」
「呼び出したん、お前じゃん。お前が始めた物語だろ」
「……」
慎吾の反論に、思わず中尾は黙った。後輩からお前呼ばわりされているのに、咎めることもできなかった。
「あとさ、あん時お前さ、一方的にぶん殴って話も聞こうとしなかっただろ。真相を伝えるのは、殴る元気もない今だって、そりゃ思うよなあ?」
「……」
「LINEもらったのよ。用事があるから来いって。来たらおっぱい開けて待ってたのよ。んでもって、そっから色々あって、気付いたらお前にぶん殴られたわけよ、すんげえ掻い摘んで言うと」
「……」
「これが真相だよ。俺は言いたいこと言ったから帰るね。ほんとはお前のこと殴り返してやりてえけど、すでに効いてるみたいだから、勘弁しといたるわ。まあ、呼び出したのは、あんときのことを聞きたかったからだそうだからさ、もう目的は果たせただろ。じゃあな」
中尾は、慎吾がギターケースを担いでその場を去るまで、口を開かなかった。
その後、慎吾は帰宅するまで、チーアネの誰とも会わなかった。翌朝、健介が茉衣子に聞くと、雛灯によれば八時前、ひどく疲れた顔で帰宅したらしい。中尾との話は大きなトラブルもなく終わり、玉井の件も含めて疲れが出た、としか話さなかったという。茉衣子の連絡にも、すでに寝ていたのか返事がなかったそうだ。
また、慎吾は雛灯と南町に帰省することになっているというが、朝十時現在、慎吾は起床すらしていないようだった。
ただ、慎吾も連休の間、誰ともコンタクトを取らなかったかというとそうでもなかった。この日の夕方、茉衣子がLINEで、「改めて打ち上げしようぜ!」と提案したところ、普通に会話に参加していた。「くえ~ぶ~かなべやだな。MCにも来てもらうか?」とか、いつも通りのノリに見えた。ただ、健介は「あの後どうなった?」と、どうしても聞けなかった。
連休明けの朝、健介は一人で学校へ向かっていた。ちょうどアネックス久世の敷地を出た頃だった。
「よっ」
後ろから思いっきり背中を叩かれた。
「慎吾」
「おう、辛気臭え顔してんな、相変わらず」
話として聞いた、あの日の夜のことなどなかったかのように言ってくる。
「俺が溌剌と歩いてたことあるか?」
「ねえな」
「おい」
健介のツッコミに満足そうに笑う。
学校までの十分弱の上り坂、「あの後」のことを思うと、文化祭の話も出しかねる状態だった。結局は慎吾から「ロリカフェのみんながかわいかった」とか「漫研の相川の漫画がかなり評判だったらしい」と切り出したため、それには応じたが、慎吾もバンドの話題は出してこないため、健介も黙っておくことにした。
そして、校門についた時だった。
「おはよう、慎吾くん」
後ろから女の子の声がした。
「おう、璃早ちゃん」
軽音部の古川璃早だった。当日、舞台袖で少し話したぐらいだったが、健介も会釈する。
「こないだ、よかったよ。すっごく」
「璃早ちゃんとこも、一年生、うまかったな」
「期待のルーキーたちよ。三年も引退だしね、これで」
健介はびくっとした。
「どう? そのへん、璃早ちゃん的には」
「うん? まあ、色々あってね。――最後の最後に、やっちゃってくれて、ほんと、バカみたい」
璃早はため息をついた。あの騒動、軽音部的にもただ事ではないらしい。
「でもまあ、無事引退までたどり着いたわけじゃんね、よかったじゃん」
「いや、なんか、ひめか先輩、退部みたい。あの日、もうグル抜けしてた」
健介は、自分が聞いていていい話なのか、とそわそわし始めた。
「あー、あれだな。いろいろ言ってやりてえけど、いいや。中尾は?」
「わかんない、もしかすると……だよ?」
健介は、当日舞台袖で、璃早が慎吾を呼び戻そうとしていたことを思い出した。まだ諦めてないのだろうか。
「そっか。ふーん。……あ、浦じゃん」
前方に、軽音部で璃早の同級生・浦葉介がいた。慎吾が「よっ」というような仕草をすると、気まずそうに歩き去っていった。璃早はそれを見て、ため息をついた。
「な、見ての通り、無理だよ。やっぱりあいつは中尾チルドレンだかんな。俺が濡れ衣だとわかったとて、それを差し引いても、文化祭後に中尾のバカをお前呼ばわりしてコテンパンに言い負かしたアタオカなぞ、一緒にいたくねえだろうよ」
「そこまで言っちゃったんだ……」
璃早は顔をひきつらせた。
「すまんね、カッコいい先輩に喧嘩売って」
「……ううん、私が言えない分、言ってくれたと思うことにする」
「あんがとよ」
慎吾は満足そうに笑った。
「まあ、俺なんかおらんでも、お宅は大丈夫だから。じゃあな。行くぞ、健介」
「お、おう」
健介は戸惑いつつも、璃早に会釈だけして去った。
「ま、これでいいんだよ。これで万事解決だよ」
その場を去った慎吾は、晴れやかな顔で健介に言った。
「そうか?」
「でも、来年、浦が喧嘩売ってきたら、お前にはベースを担当してもらう」
「勘弁してくれよ」
健介は顔をしかめつつも半笑いで言った。
こうして、長かった文化祭は幕を閉じたが、チーム・アネックスも軽音部も、騒がしい日常には、まだまだ終わりが見えそうになかった。
【次回予告】
文化祭、ほんとに打ち上げやります!
という感じです。お楽しみに。
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