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第48話 運命のいたずらと前の学校の噂

<AI依存度>:

ほぼそのまま使用:3~5%

AI文をベースに改稿:7~12%

ユーザー独自の構成・設定・加筆:85~90%


基本的に自力での執筆ですが、誤字や展開の矛盾点の指摘が重なり、軽くAI利用の数値が出てます。


今回も千宥回です。影が薄くなりがちな健介ですが、ちょっとは仕事を与えることにします。


挿絵(By みてみん)

 七月だ。それももう中旬である。何事も冷めている樋(ひ)口(ぐち)健(けん)介(すけ)でも、ちょっとは心がワクワクする。あんまり外が酷暑でなければもっといいが。

 何せ、期末試験も、その結果の返却も、ひと段落したのだ。成績は、三百一人中百三十三番という、平凡なものだった。

 しかし、一つの赤点もなく乗り切ったのは、とてもいい。まあ、理系に進んで、社会科が地理一科目でよくなったのがいい。常に赤点すれすれだった歴史とおさらばできたのは大きい。というか、世界史では、一度本当に赤点を取った。これから、夏本番だ。

 さて、二年生になる直前の春休み、母・規(のり)子(こ)が数日間、春(はる)若(わか)町へ帰ってきたことがあった。数日間、春若に帰省して健介が現在姉と住むアパートに滞在したのだ。

「そろそろ受験とか考えて、塾に行ったら?」

 そういう話をされた。面倒にも思ったが、確かに、と思ったのも事実だ。

 困った時の優等生の友人頼み、ということで、同じアパートに住む朝(とも)長(なが)慎(しん)吾(ご)に相談し、一緒の塾に通うことにした。その結果、母が滞在する間に手続きを済ませ、その塾に通うことになったのだ。

 塾は夏休みもある。寧ろ夏期講習があるため、いつもより多い。まあ、そんなわけで、この夏休みもずっと休み、というわけではないが、それでも毎日学校じゃないだけでも、大きい。

 連絡を取り合っていた健介と慎吾の共通の友人である大(おお)上(うえ)茂(しげる)とも、ほぼ一緒に入塾した。さらに、その後、二年生進級時に転校してきた渡辺(わたなべ)啓(けい)太(た)郎(ろう)も遅れて入塾した。綾(あや)香(か)雄(ゆう)人(と)は別の塾に入っていたが、彼を除く「イツメン」は塾の中では四人で過ごすことが増えた。

 なお、慎吾の双子の妹、雛(ひな)灯(ひ)と、慎吾の彼女、古(こ)波(は)蔵(ぐら)茉(ま)衣(い)子(こ)も同じ塾に通うのだが、塾の中では他の女子の友人同士で過ごすことが多い。

 塾は学校から徒歩十五分、春若駅前にある。この四人組、健介と大上は高(たか)宮(みや)市春若町で生まれ育った地元民だが、慎吾は高宮市の中でも南(みなみ)町という遠く離れた町の出身だし、渡辺に至ってはこの春大阪から引っ越してきたばかりだ。

 だから、塾に行くと、慎吾と渡辺は春若栄(えい)久(きゅう)高校の同級生以外知っている人がいないのに対し、健介と大上は主に市立松(まつ)が丘(おか)学園中学校時代の同級生を中心に、別の高校にも知人がまあまあいる。


 この日は放課後に塾がある日だった。何コマか授業を受け、帰宅する時のことだった。山奥に住む大上はバスで帰宅し、他は徒歩だが、渡辺は方向が違う。

 そういうわけで、この二人と別れ、同じアパートに住む慎吾と一緒になり、そうなると、帰り道は雛灯、茉衣子といった女性陣と必然的に一緒になる。なぜかというと、この四人、全員同じアパートだからである。

「……茉衣子、お前、ほんとに一(いち)ノ瀬(せ)と仲いいんだな」

 現在、学校の二年七組の教室において健介の隣に座る一ノ瀬帆(ほ)宇(たか)は、近寄りがたい雰囲気を持つ。目が合えば、氷のような目で睨まれている気になる。本人にそのつもりがあるのかは分からないが、素でそういう雰囲気を纏っているのだ。

 しかし、茉衣子とは、中学の時にそれこそ同じ塾で仲が良かったそうで、今でも親交があるようなのだ。常に明るい茉衣子とは、まさに好対照だ。

「なんだよ、それ。帆宇とはマブだぞ、あたし」

「……意外過ぎるっていうかさ。玉(たま)井(い)にしてもそうだけど、絶対タイプ違うだろ」

 茉衣子は玉井絢(あや)那(な)と中学からの親友であり、塾も一緒だったそうなのだ。おっとり系の彼女は、茉衣子とも帆宇ともキャラは違うので、茉衣子と玉井が親友関係であるのも当初は不思議だった。しかし、その「意外性」は、帆宇ほどではないとも思う。

 ちなみに、現在、玉井は彼氏の雄人にくっついて、健介たちと別の塾に通っている。

「あの子か、センター分けの」

 慎吾が口を挟む。今、健介と別のクラスにいる慎吾は、帆宇とはほぼ面識がない。

「そっ。一緒のクラスだから仲いいの」

 雛灯も言う。確かに、雛灯は健介や帆宇、渡辺と同じクラスで、比較的席が近いが、健介や渡辺といった男性陣にはあまり心を開いていないように見える。しかし、雛灯とは最近、よく話している気がする。

 話すようになったきっかけは、一か月少々前の席替えの時に、渡辺が帆宇に絡みに行ったことだったようだが、当の渡辺や隣の席の健介とはあまり話さず、結局は一番席が遠いながらも同性の雛灯と親交を深めているようなのだ。……やっぱり、男嫌いなのか? 健介が苦笑した時だった。

「おう、健介」

 後ろから声をかけられた。

「翔(しょう)馬(ま)……」

 彼は、山(やま)口(ぐち)翔馬。健介にとっては、久(く)世(ぜ)小学校の頃の同級生である。ただ、公立の松が丘学園中にはいかず、県内で進学校として知られる月(げつ)陵(りょう)学園に行ったため、健介と同じ松(まつ)学(がく)出身の茉衣子とすら面識がない。

 元同級生ではあるものの、健介とはさほど仲がいいというわけではなかったため、先日入塾したことは知っていたが、特に話しかけもしなかった。

 ちなみに、それでも名前で呼び合うのは、久世小の同学年六十七人のうち、樋口が二名、山口が五名いたからだ。

挿絵(By みてみん)

「久々だなあ。この人たちは?」

「今の同級生だ。茉衣子(こいつ)は中学で転校してきて、あとは高校で一緒になった」

「あ、どうも、山口翔馬です」

「ああ、どうも」

「おす」

「こんばんは」

 翔馬が挨拶すると、全員が頭を下げた。

「すげえな。めっちゃ友達いるじゃん、お前。なんか、別の男友達ともわちゃわちゃしてたじゃん」

「ああ、前の俺からすると、想像つかんかった」

 もしかすると、ディスってるのかもしれないが、そうであったとしても、昔から友達が少なかった自覚はあるので、別に効かない。健介自身、まさにその通りだと思っているのだ。ただ、この無遠慮さに、特に女性陣は眉をひそめている。

「お前、月陵なのにこんな塾入るんだな」

「健介さ、月陵だからって学校の授業だけで十分とか、大間違いよ? なんだかんだで『日(にっ)進(しん)』とか『つくし』とか行くのよ」

 具体的な塾や予備校の名前を挙げつつ翔馬が答える。そして続けた。

「なあ、健介って栄久だろ? その制服さ。みんなそうなんだろ」

「そうだけど」

 春若に生まれ育って栄久の制服を知らないはずはないので、当たり前のことを聞く翔馬に、健介もちょっと怪訝な顔をする。

「てことはさ、今、綾香雄人いるん?」

 あ、そうか。健介は口が半開きになる。月陵ってことは、雄人と面識があるのか。

「いるよ。雄人。俺さ、慎吾(こいつ)とかと男四人でいるだろ、塾で。ホントは雄人と五人でつるんでるぞ。雄人は別の塾行ってるけど」

「そうなんや! 懐かしいな。いや、悪い奴じゃないけどさ、なんか色々空回ってたからさ。月陵やめたけど、元気してるん? あいつ」

「ああ、生き生きしてるよ。あいつは」

「そっかあ。何よりだな」

 健介はただ淡々と質問に答えるが、しかし、翔馬の言葉の端々にちょっとした「上から目線」が鼻について、茉衣子と雛灯はより一層眉間のしわが深くなった。慎吾も難しい顔をし始めた。

「でさ、もう一個、月陵(うちのガッコ)で噂になってることがあんだけどさ」

「……なんだよ?」

 その聞き方に、健介も一番遅く眉をひそめた。

「杠(ゆずりは)千(ち)宥(ひろ)もいるの?」

「あ……」

 健介は突然、心臓がひっくり返るような感覚になった。女性陣は眉間のしわを解くどころか、顔全体を硬直させた。慎吾は難しい顔を続ける。健介は言葉を探す。

「えーと……」

 健介は口ごもる。すると、慎吾が横から言った。

「ああ、いるけど。千宥も、マブだぜ、俺らの」

 普段、女子として千宥をちゃんづけする慎吾だが、敢えて呼び捨てにしてみせた。一応、翔馬が何も知らないという体(てい)で、男友達ということにして話したのだろう。

 妹と彼女が、急に話に参加した慎吾を心配そうに見る。

「そうなんだね。懐かしいな。杠さ、月陵(うち)でもめっちゃ優等生だったんだよ。大人しい奴でさ。口数は少なかったけど、俺らもみんな一目置いててさ。それが、なんか、ちょっとおかしくなっちゃってさ、ストレスだったんだろうな。そんで退学になった」

 この辺の経緯は、この四人は、当の千宥本人からすべて聞いている。そして、それは当時、月陵の同級生の間でも話題になったことだろう。

 それはそれとして、これはもう鈍い健介も含め、全員が憤慨した。自分たちは知っているが、そういうデリケートなことをべらべら喋るなよ。それに、千宥は、本当はそんな奴じゃない。

「だから、なんだってんだよ。あいつは本当にいい奴だよ。あいつも雄人ばりに、栄久(うち)で生き生きしてるよ」

「……何怒ってんだよ? まあ、元気ならいいよ。でもさ、もっと別のことを聞いたからさ」

「なんだよ」

 さっきまで淡々と応じていた健介も身構える。

「杠さ、女装してるってマジ?」

 ……きた。事情を熟知している健介たちは、その言い方にも少々穏やかならざる感情が湧き出るが、ただ、一旦冷静になると、そういう言い方になるのも、わからなくはない。

 健介はちらりと後ろを見る。慎吾も同じ思いらしい。頷きながらも表情を変えない。雛灯は眉間にしわを寄せていて、茉衣子に至っては、今にもキレそうだ。

 どうしよう。正直に言うのがいいのか? 言わない方がいいのか? 健介が口ごもる。

「そんな話になってるんやな。どっから聞いた話?」

 またも横から慎吾が助け舟を出した。健介はそうだ、とばかりに翔馬を見る。

「ああ、去年の秋ぐらいからちらほら聞くよ? なんか、松(まつ)小(しょう)の出身の奴らがよく言ってた気がする」

 松小とは、健介の母校の久世小の隣の松(まつ)丘(おか)小学校のことである。久世小同様、通常であれば松が丘学園中に進学する。ただし、雄人や玉井も住んでいるような高級住宅街を校区に持つため、松学ではなく、月陵や高宮大の付属校などの進学校に進む子供がかなり多い。

「なるほどなあ。わかったよ」

 慎吾がうなずく。健介、茉衣子、雛灯が慎吾の顔を見る。

「わかったって?」

 翔馬が聞く。

「雄人のやつ、松小だろ。で、栄久(うち)は松小の奴らも多い」

 慎吾はここで一瞬だけ茉衣子と雛灯に向き直る。

「玉ちゃんにしてもそうじゃん?」

 玉井も松小出身だ。慎吾は再度正面を向く。

「転校してほんとすぐに、雄人と千宥が月陵の同級生だったことが知られた。それまで千宥が月陵にいたことは知られてなかった。でも、雄人は別だ。少なくとも松小の奴らは知ってたし、あいつはその経緯(いきさつ)の割に、月陵出身(それ)を隠さねえ」

 ここで慎吾が一息つき、続ける。

「そんでもって、松小出身の連中は、ほんとに何の悪気もなく、月陵に行った元同級生に、『雄人とか千宥のこと、知ってる?』と聞く。で、そうなると、もう千宥が女子の格好してること、多分話題として避けられねえ。んでもって、月陵でも千宥の話題で持ち切り。そうなんだろ?」

「あ、うん。……多分、そういう感じだよ」

 健介たち三人は、慎吾が的確に言語化してくれたことにより、腑に落ちたようだ。慎吾の語った内容はあくまで彼の推理だが、翔馬はそれを概ね認めた。

「で、千宥は、今、月陵では何と?」

 慎吾はわかっている。自分のことを別にヤンキーだとは思っていないが、この見た目にビビる奴もいることを。月陵のお坊ちゃまだと、金髪だけでも怖がる者もいるだろう。この四人の中でも発言が理詰めなのも怖さ倍増だ。そして、分かった上で最大限に生かし、メンチを切る。金髪のヤンキーみたいな少年にそう詰められると、進学校育ちのお坊ちゃまの翔馬は動揺が隠せない。

「い、いや?! えーと、そうだな。……興味本位だよ」

 翔馬が目を泳がせる。

「あん?」

 慎吾が翔馬にすごむ。

「別に、杠は、栄久で楽しくやってるんだろ? だけど、なんていうか、どんな感じ?とかかわいくなってんの?とか、そういうのはあるし、やっぱり、俺はそこまで思ってるわけじゃないけど、その……変態なのか?っていう奴とかさ」

「はあ?」

 後ろで、茉衣子が拳を振り上げた。

「ま、茉衣子!」

 雛灯が慌てて茉衣子を後ろから宥める。

挿絵(By みてみん)

「いや、俺が言ってるんじゃないから! 本当だよ」

 激昂した茉衣子に、翔馬も慌てる。

「……あの、あんまり噂になってるから、どっから回ってきたか、ほんとに知らないんだけど、杠の写真も出回ってる。その、今の女子の姿の」

 翔馬の証言に、健介と雛灯が固まった。茉衣子が更に表に出ようとした。

「茉衣子、抑えろ。こいつが悪いんじゃねえ」

 慎吾に制され、茉衣子は舌打ちをしてその場にとどまる。

 翔馬がスマホを取り出したので、四人はそれを覗き込んだ。千宥の部分が拡大されているため、撮影状況が分からない。周囲の生徒の顔は見えないが、制服から察するに、男子生徒に囲まれているため、普段の日常風景ではなく、何らかのイベントの時に撮影した可能性が高い。

「これが、杠なんだろ。顔はマジでそのものじゃない? うちでもそういう話になってるんだ。髪型は全然違うけど、パーツはさ……」

「まあな」

 慎吾が苦虫を噛み潰したような表情で言う。既にそれとなく女装自体も認めているため、もう隠さないことにしたようだ。

「お前は誰からもらった?」

 健介が翔馬に問う。

「いや、クラスLINEで回ってきて。……うん、びっくりしたけど、かわいくて。えっと、その、ごめん。俺は別にどうって言うつもりはないんだけど、ごめん、えーと……」

 慎吾に睨まれたからなのか、茉衣子が殴り掛かろうとしたからなのか、翔馬は動揺を隠せないようだ。

「翔馬。わかった。今の、お前の千宥への気持ちを聞かせてくれ。端的に」

 健介がもう一度問う。

「あの、……元気だったらいい。あの、そっちの子。古波蔵さんだったっけ」

 数か月同じ塾にいるので、名前ぐらいは知っているらしい。

「ごめん、面白がったみたく聞こえたのは嫌だと思うけど、なんというか、ちゃんと女の子の間でもそうやって大事にしてくれてるんだなって。こうやって怒ってくれる子が、って。……うん、ほんとにごめん」

 茉衣子は、それを聞いて、ふーっと息を吐く。

「翔馬。わかった、お前、あっちだろ。もう帰れよ」

 健介は県道の奥を指さす。

「……健介は?」

「今の家は……こっちの方なんだよ。悪い。お前には今後ちょくちょく色々聞くかも」

 健介は県道を渡る地下道を指さす。

「……」

「じゃあ、気をつけろよ」

「……ああ。ごめん、じゃあ」

 四人を一瞥し、翔馬は県道を走っていった。


 健介たちは自分たちの行先であるアパート、アネックス久世を目指すべく、県道の南側の歩道と、高宮電鉄の春若栄久校下電停を結ぶ地下道をくぐる。四人以外誰もいない、ぼうっと電灯のともる地下道に、足音だけが響く。誰も何も言わない。しかし、地下道を抜け、電停の下についたところで、茉衣子が吼える。

「あー、なんだあいつ!」

「近所迷惑だよ」

 健介が慌てて言う。ただ、強くは言えない。今回は健介も、ちょっと気持ちがわかる。

挿絵(By みてみん)

「……地下道で叫んだら響くって思って」

「出たら出たで住宅街よ?」

 雛灯が苦笑する。

「まあ、茉衣子が喚くのも分からんでもないけどな、言うちゃ悪いけど、あの彼の問題って言うか、あれは月陵の連中もみんなして面白がって……いや、というか、まあ、噂にもなるよ。どうしてもな。本当に、どうしようもない問題。話題にすなっていう方がキビい」

 慎吾がコメントする。

「けどさ、千宥の話の前から、なんか、やな感じだったんだよ、あいつ」

 訴え続ける茉衣子の横で、雛灯もうんうんとうなずく。

「なんかさ、人を馬鹿にしてる感じでさ、慎吾とはまた違うタイプのやな奴!」

「俺かい」

 慎吾が苦笑する。彼氏を指して言うことではないが、茉衣子が交際前、慎吾を嫌っていた時期があるのもまた事実だ。

「俺さ、地下道を通りながら、結局何が悪かったんか?ってことを考えてたの」

 慎吾が言う。

「……で? 何が悪かったんだよ?」

 茉衣子が彼氏をにらむ。

「まあ、そもそものきっかけは雄人が栄久に転校してきたことだろうな。もしくは千宥ちゃんが栄久に来たってのもあるかもしれねえ」

「あのな」

 茉衣子が静かに抗議する。

「でも、そうじゃん。前に同じ学校だった雄人と千宥がまた同じ学校になって、千宥ちゃんならいざしらず、前に一緒だった奴らの多い雄人が来たとなりゃ、噂になるのは避けられなかったわけよ。誰が悪い? 犯人を一人挙げなければ、となれば、雄人だろ。でも、あいつだって知らんで転校してきたわけだから、別に悪くねえ。ほんとのほんとに誰が悪い?となりゃ、単純な運命のいたずらだよ」

 理路整然とした慎吾の分析に、三人はため息をつくしかない。

「あと、月陵が高宮にあることだな」

 三人は、首をかしげる。

「千宥ちゃんは今、鈴(すず)蘭(らん)さんの伝手(つて)で高宮に来て、栄久に通ってる。これはもう、栄久に来るのがほぼ運命づけられたってこった。でも、その前にいたのが、不運なことに、同じ高宮にある月陵だ。雄人も、だから月陵にいた可能性が高い。千宥ちゃんが福岡から進学校探しをしてたとして、……もし月陵が熊本とか大分にあったら、こんなことにはなってなかったろうな。結局、おやっさんとバトって高宮に逃げ延びるというイベントがあったにしても、逃げた先が、中学を過ごした場所じゃなかったら、今こんなことにはなってなかった可能性が高い。……どっちみち、運命のいたずらだよ。もう俺らじゃ、どうしようもねえ。自分で振っといてなんだけど、IF(イフ)の話をしてもしゃあねえ。まあ、あの翔馬? あいつは俺もなんか好かねえ野郎だとは思ったけど、別にあいつはこの件、悪くねえよ」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?!」

 茉衣子は涙目になってきている。

「わからん。……ちょっとほんとにわかんねえ。千宥ちゃん、雄人が転校してきた時、体調崩したんだってな。男時代の知り合いが来たって。……雄人はわかってくれたけど、あん時、千宥ちゃんが心配してたことが、今起こったんだ。まあ、千宥ちゃん自身の話だが、俺らがどうフォローしてくかは、俺らで今から考えるしかねえんだよ」

 慎吾が顔を伏せる。

「千宥には話す?」

 今度は雛灯が尋ねる。

「迷った。けど、千宥ちゃん自身にはもう伝えたがいいだろうな。まあ、今言ったが、千宥ちゃんの問題だし。でさ、あの子の性格的に、俺らが隠す方が信用失うよ。千宥ちゃん、俺らの隠し事を察するの、得意だかんな。カ(・)ム(・)のときがそうだったろ。けど、周りに話すのは慎重になったがいいな。鈴蘭さんならいいけど、二(つぐ)生(み)ちゃんはメンブレしかねねえし、美(み)佳(か)ちゃんは、何しでかすか……」

「そう? 私は、美佳は力になってくれそうだと思うけど」

 雛灯が首をかしげる。

「そりゃ、力になろうとはするよ。あんだけのことがあっても千宥ちゃんラブだから。けど、まだ俺、掴めてねえの。それがプラスにいくか、マイナスにいくか。あの子、世間知らんから、あさっての方向に突っ走りそうで」

 慎吾はまだ、千宥の許嫁である新(しん)宮(ぐう)領(りょう)美佳のことは、実はあまり信用していないようだ。

「うーん……」

 雛灯も、美佳と仲はいいつもりだが、慎吾の懸念も否定できずにただ唸るばかりだ。

「美佳は、案外大丈夫だよ。話せば分かってくれる。……たまに何するかわかんねえことあるけどさ、基本、突っ走るタイプじゃねえだろ、あたしと違って」

 茉衣子がうなずく。

 美佳はこの春、千宥を含めた誰にも告げずにアパートに押しかけたことから、既存の「チーム・アネックス」から顰(ひん)蹙(しゅく)を買っているが、特に茉衣子が一番怒っていた。そのことを全員知っているため、目を丸くしたのだ。

 そして、健介だけが碌に発言しないまま、議論が進んでいく。

「今日は遅いし、明日さ……学校は誰が聞いてるかわかんねえから、帰ってから千宥ちゃんに聞いてみよう。健介、頼む」

「えっ、俺?」

 健介が動揺する。

「お前だろ。あの翔馬はお前の友達だろ」

「……友達って程でもなかったよ、普通に同級生」

 健介は目を泳がせる。

「でも、健ちゃん以外は――私たちは三人とも他人なんだよ?」

 雛灯が兄に賛同する。

「そりゃあ、そうか。でも、俺には荷が重い」

「しっかりしろよ。お前も心配だろ? 別に、あたしらも一緒にいるけどさ、お前から話し始めんのが一番自然だろってことだよ」

 茉衣子からまで普通に正論で返された。

「まあ、……そうか。わかったよ。で、どうする? どこまで話すんだ? 雄人とかは」

 健介は一応承諾し、つい現実逃避したくて、話題を戻した。

「雄人は、普通に事情聴取してえな。まあ、悪い奴じゃねえんだけど、悪気なくベラベラ言ってる可能性もあるからな。そうでないにしても、あいつは月陵とのパイプがあるんだから、協力は求めたい」

「絢那は?」

 今度は茉衣子が聞く。

「玉ちゃんは……考えてなかった。けど、あの子もチーアネだしさ、雄人まで噛ませるんなら、言っといたほうがいいだろうな。……拗ねるぞ。まあ、ぽやっとしてるように見えて、賢いし、大丈夫だろ」

「ひとまず、今日はここまででいいかな?」

 アパートの敷地に入り、雛灯が〆に入る。

「最後に整理しとく。俺ら以外にはまず、明日、雄人と玉ちゃんに声をかけた上で、家戻ってからまず、二人に話す」

 慎吾は指を二本立てた。

「場所は……俺んちでいいかもな。千宥ちゃんとこと同じ階だし」

 全員異存はなかった。慎吾と雛灯は202号室、千宥は207号室である。

「で、そこが済んだら千宥ちゃんに話す。俺らは全員参加で、話を切り出すのは健介」

 健介は無言で渋々頷く。

「二生ちゃんはひとまず見送り、美佳ちゃんは保留、鈴蘭さんは会ったときに伝えるか、千宥ちゃんから伝えてもらうかだろう」

 慎吾は茉衣子を見る。

「玉ちゃんにはお前から連絡しといてくれ。雄人には俺から言う。……みんな、いいか?」

 慎吾の問いかけに、全員がうなずいた。そして、その日は解散となった。


 翌日、午後四時、アネックス久世202号室こと朝長家。

 家主の慎吾と雛灯、それに茉衣子、そして健介に加え、前日連絡が来て呼び出された玉井絢那と綾香雄人のカップルがいた。結局、昨夜の連絡はこの場のアポ取り程度にとどめたらしい。

「ここがひなちゃんと慎吾くんの部屋なんだ。茉衣子ちゃんちはしょっちゅう来るけど、初めて」

 玉井はワクワクしながら部屋を見回す。

「ごめんね、片付けきれなくて」

 雛灯が言う。

「ううん、絢那の部屋よりよっぽどきれいだよ」

 絢那が首を横に振る。

「どうだ、雄人はアネックス自体初めてだろ」

「う、うん。ここにみんな住んでるんだね。千宥さんとか、美佳さんもいるんでしょ。美佳さんがこんなところにいるなんて」

「美佳ちゃんは3LDKだけどな。でも、あのお嬢、ここに使用人付きで住んでるとかさ、おかしな話だぜ」

 慎吾が笑う。その後ろで健介が深呼吸する。いや、健介の「出番」は、千宥が来てからだが、今から緊張しているのだ。

「で、僕らが今日呼ばれたのはなぜなんだい?」

「千宥ちゃんとか美佳ちゃんは抜きでいいの?」

 二人が口々に疑問を呈する。

「美佳ちゃんはちょっと保留だ。でもな、まあ、千宥ちゃんのことだよ。その前に二人に確認したいことがあってな」

「……なあに?」

挿絵(By みてみん)

 玉井は一瞬固まり、首をかしげる。

「まずさ、君ら、俺らとは別の塾に行ってるじゃん。そこに月陵の子はいるのか? 特に雄人は、元同級だろ」

「いないよ。僕の知り合いの先生がやってる小さな塾だからね。小規模、小規模。栄久が僕らを含めて四人、あとは松(まつ)高(こう)と竹(ちく)陽(よう)が三、四人ずつで、野(の)間(ま)高(こう)も一人いたかな。全部で十人ちょっとだけど?」

 松が丘高校、竹陽高校、野(の)間(ま)平(だいら)高校、いずれも高宮市内の公立校だ。

「そっか。俺らんとこは月陵のがいてな……」

 ここで慎吾が健介に水を向ける。

「雄人、山口翔馬は知ってるか?」

「ああ、翔馬くんね。健介くん、知ってるの?」

 雄人は純粋にうれしそうに言った。

「久世小の同級だ。そいつから、千宥が女子の格好で生活してるって話が、月陵で回ってるって聞いてな」

 そこまで健介が話すと、玉井は顔を青くしながら息をのみ、雄人は眉をひそめた。

「雄人、お前は、月陵の誰かに、千宥の話をしたのか?」

「僕、月陵の子たちと、ほとんど連絡とらないよ。……まあ、かっこ悪い辞め方したからね。情けない話だけど」

 雄人は苦笑しつつ首を振る。

「じゃあ、千宥ちゃんのこと、雄人からは伝えてないんだな?」

 慎吾は念を押す。

「そんなこと、伝えるわけないじゃないか。僕を見損なわないでもらいたいな。僕は千宥さんが好奇の目に晒されるのは嫌だね」

「雄くん……!」

 そこまで聞いて、玉井は目を潤ませ、雄人の腕にしがみついた。

「OK、OK。お前がシ(・)ロ(・)だと分かって俺は嬉しい。でもな、お前は元月陵生として協力を求める所だったんだが、……俺が思ったより、パイプがあるわけじゃねえんだな。月陵の連中と」

 慎吾は肩を落とした。

「うん、ごめんね。でも、これから聞かれることはあるかもしれないね。僕もLINEをブロックしてるわけでもないからさ。違うよって言った方がいいの?」

「いや、もう否定まではいい。翔馬とやらにも、そうだって言ってしまった」

「なぜ?」

「写真まで出回ってたの。クラスLINEに共有されたって。……誰が流したか、わかんないけどね。顔がもう、誰がどう見ても千宥だって言われてるみたい。もう、『違うよ』と言うのも怪しまれる感じ」

「そっか」

 雛灯の説明に、雄人が肩をすくめる。

「千宥ちゃんは知ってるの?」

「これから確認する」

 玉井の質問に、待ってましたとばかりに、慎吾が指を鳴らす。すると、茉衣子が電話をかけ始めた。

「あ、もしもし、千宥? 今から慎吾んち来れねえ? ……あ? 五分待て? 全然いいけど。うんうん、はーい、待ってるぞ」

 茉衣子が電話を切り、OKサインを作る。慎吾はサムズアップで返す。そういう、二人の言葉のないやり取り。

「何の演出だよ、これ」

 健介が指鳴らしの真似をしつつ眉をひそめる。


 千宥は、五分と言いつつも三分そこそこで202号室にやって来た。

「どうしたの? 急に。……あ」

 千宥は部屋に入るなり、絶句した。招き入れた雛灯を除く五名が、シリアスな顔で車座になっている。何かあると察したようだ。

「……どうしたの? 深刻な話?」

 千宥が眉をひそめる。

「まあな。ちょっと、昨日色々あってな。……なあ、健介」

 きた。本番だ。喉が詰まりそうになる。しかし、口ごもっては、更に心配をかけると判断し、健介は意を決して切り出した。

「昨日な、山口翔馬に会ったんだ。月陵んときの同級生だろ、覚えてるか?」

「覚えてるよ。健ちゃんは……そっか、小学校が同じ?」

「久世小な。あいつ、最近俺らと同じ塾に入ってさ。その、千宥とか雄人は元気か?って話になって。仲、良かった?」

 千宥は何秒間か考えこむ。

「うーん、一年と三年で同じクラスだったけど、まあ、普通って感じ。私は寮生で、翔馬くんは自宅生だったから。……それを言ったら雄人くんもなんだけど、まあ、だから、仲いい子は仲いいけど、絡みがそんなにない子は、そんなにだからね」

「どんな奴だった?」

 茉衣子が食い気味に聞いてくる。ちょっとたじろいだが、言葉を選びつつ、千宥は続けた。

「まあ、極端に嫌な子じゃなかったけど、私はあんまり付き合いはなかったかな」

 翔馬に会ったことがない玉井を除き、全員ため息をついた。

「……翔馬くんに、何か嫌なことされた?」

 千宥の表情が少し険しくなる。

「いや、別にあからさまに嫌がらせされたとかじゃないんだ。でもさ、なんというか、千宥が栄久にいるってことを、風の噂で聞いたんだろうな。雄人も含め。それでちょっと色々聞かれたからさ」

「あー……。なるほどね」

 千宥が深くうなずいた。

「今の姿のこと、聞かれたんだ?」

 室内に緊張が走る。千宥は察したようだ。今の言葉で? それとも、何か別に思い当たることがあるのか? 六人全員が動揺した。

「まあ、そういうことになるな」

 翔馬関係の話は一旦いいと判断したのか、慎吾が話し始めた。

「千宥ちゃんのこと、月陵の連中に知られるの、ずっと怖がってただろ。雄人が転校してきた時とかさ。だから、俺ら、なんかフォローした方がいいんかなって思って」

「そっか。うん……ありがとう。でも、もう覚悟はできた。高宮にいるんだから月陵の子たちとも会うもんね?」

「つえーな、千宥ちゃん」

 慎吾が感心したように言った。

「強くないよ。ほんとに、最近まで怖がってたの。ほんとのほんとに、ついこないだまで」

「こないだ、何かあった?」

 雛灯が尋ねる。

「うん。……実は、もう、月陵の子に会った」

「えっ」

 何人か声を上げた。

「だ、誰にだい?」

「お前、いつだよ?」

 雄人と茉衣子がほぼ同時に尋ねた。

「えっとね、塩(しお)屋(や)くん」

 雄人だけがうなずく。彼以外は知らない同級生だった。

「で、茉衣子ちゃんの質問だけど、この前の土曜日、タバスマに行ったでしょ? あの時」

 先週末、期末試験が終わり、土曜日、千宥、茉衣子、玉井、そして美佳という「チーアネ」かつ二年五組の面々で、市内中部のショッピングモール、タバスマイルに行ったのである。

 茉衣子と玉井がうなずいた。

「お前さ、あん時、具合悪くなったろ? 腹壊したか何かでさ。あれ、姿がバレたからなのか?」

 茉衣子が聞く。

「厳密に言うと、違うかな?」

「お前さ、トイレから戻っても、具合悪そうにしてたじゃんか」

「まあ、お腹痛くなったけど、その後、色々重なってね。……心配かけてごめんね」

 気まずそうに言う。

「何があったの?」

 雛灯が言う。


 土曜日、タバスマイルにショッピングに来ていた、杠千宥、古波蔵茉衣子、玉井絢那、そして新宮領美佳の四人。服屋を中心に、色々な店を見て回った。

「これとか、千宥さん、似合うんじゃない?」

 ナチュラルにレディースの服を勧めてくる美佳に、複雑な感情がわく。しかし、女性として扱われていると考えると、諸々の感情を加減乗除した結果、プラスだと自分では思う。

 そんなふうに楽しく店を回っていた矢先、腹痛に見舞われた。――いつも胃腸が弱いわけでもないのだが、こんな時に限って、こうだ。千宥は自分を呪った。五階の書店にいたときだった。

「ごめん、ちょっとトイレ行く」

「……うんこか?」

 デリカシーのない茉衣子が尋ねる。

「……はいそうです」

 隠してもしょうがないので肯定はしておく。

「あたし、荷物持っとくぜ。しばらくうろついとくから、ゆっくり行ってこいよ」

「ごめんね」

「絞り出してこい」

「……いいから!」

 この辺までは、別にいつものやりとりだ。そして、千宥は、五階の多目的トイレに入る。

 この姿で男子トイレには入りにくいし入りたくない。だけど、自分の身体的な性別もわかっているつもりなので、女子トイレにも入れない。学校には校舎から遠く離れた共用トイレひとつを除き、男女別のトイレしかないので、いつも「我慢」一択だ。

 しかし、こういう場所は、性別にとらわれず使えるトイレがあるのがありがたい。

 腹痛にも波があるので、一度終わっても、第二波が来ることもままある。汚い話だが、茉衣子の言う「絞り出す」という言葉は正しい。そうして、滞在時間もかなり経つが、ようやくトイレを後にした。

 トイレのドアを開けると、五、六十代ぐらいの車椅子に乗った男性がいた。ドアが開くと、まず、目が合った。そのおじさんの恨みを込めた鋭い目つきが忘れられない。そして、明らかに舌打ちして、トイレへと消えていった。

挿絵(By みてみん)

 ……ああ、多目的トイレにもおちおち入れない。絶望感だ。なんで五体満足なお前が長々と利用してるんだ。そう言われた気がした。腹痛はひと段落したのに、気が滅入る。腹痛がぶり返してきそうだ。千宥はとぼとぼと歩きながら、書店内に戻ろうとしたところだ。

「ねえ、ちょっと」

 千宥は、一度目は自分のこととは思わず、変わらずとぼとぼと歩いた。

「杠だよな」

 明らかな名指しだったので、顔を上げた。そして、振り返ると、それが月陵学園時代の同級生、塩屋修(しゅう)平(へい)だった。一年生から二年生にかけて同じクラスだった。

「わあ、ほんとだ。女子になってる。へえ、かわいいじゃんか」

「ひ、久しぶり……。知ってるんだね。今こうなってるって」

「もう有名だぞ。誰からだったかなあ、写真も見せてもらったんだよ。でも、生で見たのは俺が初なんじゃないか? せっかく今も高宮いるんだからさ、いつか遊ぼうぜ」

「修平!」

 少し離れたところから声が聞こえた。知らない女の子。彼女だろうか? ちなみに月陵は男子校なので、必然的に他校の生徒ということになる。

「おう、ちょっと連れ待たせてるから、じゃな」

 先ほどのトイレのトラブルも冷めやらぬ中、もっと大きなことが発覚した。――月陵の中で、私のことが話題になっている。どうやら写真が出回っているらしい。

 そして、つい名前を呼ばれて振り向いてしまい他人の振りすらできなくなったため、これから、噂は本当だったということが広まるに違いない。

 どうしよう。足取りが三倍重くなりながらも、書店に戻る。雑誌コーナーに、茉衣子たち三人がいた。

「どうした、千宥、出し切ったんじゃないのか?」

「具合悪そうだよ。……ねえ、帰った方がいいんじゃない?」

「そうよ。山(やま)崎(さき)、呼ぶわよ。うちの車出してあげる」

 三人が口々に声をかける。

「い、いいってば、いいってば。大丈夫だから。でも、ちょっとだけ休ませて」

 結局、エスカレーター脇のベンチで十分ほど休憩し、なんとか平常心を取り戻したものの、それから本当に帰宅することになった。……さすがに美佳の執事・山崎による送迎は、なんとか断った。


「なんか、抱えすぎだろ、お前」

 茉衣子が眉を吊り上げつつ言う。

「トイレでもそんなことがあったんだね」

 茉衣子同様、あの場にいた玉井もつぶやく。

「あたし、千宥は女子トイレに入っていいと思うんだけどな」

 茉衣子は、常に千宥を女子として扱う。それは三月に女性化をカムアウトされる前から傾向はあったが、あれ以降、確固たるものとなった。

「そ、そうもいかないよ。体は男なんだし、茉衣子ちゃんが良くても、他は良くないから。女子トイレに入ってるのを見られたら、問題になるよ」

「知らねえだろ、てか気づかねえだろ。千宥が男だとか」

「そうも言ってられないよ。たとえば、栄久の女子とばったり出くわしたら、問題になりかねないでしょ。――それこそ、月陵の子の目も気にしなきゃならなくなった」

「何でお前が気にする必要があんだ。てか月陵のやつらは女子トイレ入らんだろ」

 茉衣子の熱血スイッチが先ほどから全開になっている。

「……いや、入口でばったり会うことはあるだろ。気悪いかもしれんけど、見られたら、それこそ『変態』扱いはされかねんだろうな」

「ぐっ」

 茉衣子は非常に腹が立って仕方がないが、慎吾の指摘も正論であることはわかる。

「茉衣子、落ち着いて。今、その話じゃなかったでしょ?」

 雛灯が宥める。

「千宥ちゃん、これからどうするの?」

 玉井も軌道修正に向けて助け舟を出す。

「土曜日にそれがあって、何日か経った。ここまでで、時間をかけて、ある程度は、気持ちに整理はつけたつもり。……完璧じゃないけどね。私が高宮で、春若で生きていくうえで、すぐ隣町にいる月陵の子たちの存在は無視できない。逃げちゃダメなんだって、やっと決心できた。……遅いんだけどね。ほんとは、雄人くんと再会してからしとくべき決心だったと思うけど」

 千宥は自嘲気味に言う。

「そんなことないさ。僕は理解してあげられたけど、月陵も百何十人かいて、何人かはわからず屋が混じってるはずさ。無理に全員と分かり合おうとしなくていい。僕とは、共通の知人が多いだろ。僕はフォローすることができるし、わからず屋にコラって言ってやることもできる。だから、遠慮はいらない」

「コラは別にいいよ。分かってくれる人だけでいいから」

 ここで千宥が初めて笑った。

「みんな、ありがとう。私はひとまず大丈夫だから。色々考えてくれてありがとう」

 千宥の言葉に、ヒートアップしていた茉衣子も含め、笑みがこぼれた。

 丸く収まったな。慎吾のやつ、やっぱすごいな。賢さはチーム・アネックスでも群を抜いている。

 ここでもう一度呼び鈴が鳴る。先ほど雛灯だったので、今度は自然と慎吾が立つ。場が何となく静かになる。

「え? ああ、いるよ。そうそう。ん? まあ、集まってるな。ああ、そう。二生ちゃんに聞いたんだ? ここにいるって。……え? いや、そういうわけじゃなくて。あの、そうじゃないのよ。あー、仲間外れとかじゃなくてさ」

 玄関先でどうも慎吾が不穏な会話をしているように聞こえる。健介が覗きに行こうとした時だった。

「あ……」

 バツの悪そうな慎吾が連れてきたのは、美佳だった。

「あら、皆さん、お揃いで。ここまで揃うこともなかなかないわ。私は呼んでいただけなかったようだけど?」

 全員の顔が引きつる。美佳が千宥の横に腰を掛ける。……全員の姿勢が自ずと整う。

「どういうことか、説明を求めますわ」

 あー、やっちゃった。健介は顔をしかめる。美佳はかなり怒っているようだ。誰だ、美佳さんを呼ばないでおこうって言った奴は。健介は、隣で正座しつつ、目を泳がせている金髪野郎を睨んだ。

挿絵(By みてみん)

【次回予告】

三者面談の季節ですね。あな憂鬱……

という感じです。お楽しみに。

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