第47話 私って地味なの?
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:35~40%
AI文をベースに改稿:15~20%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:40~45%
今回も自分で書くぞ!と意気込んでいましたが、結果1週間近く筆が進まず、かなり序盤からAI使い始めました。てへ。
筆者はハルうたの構想をもう20年前から練っていたため、キャラクターも大半は20年ぐらい前からいるんです。でも、果文は最近生まれたんです。そんな果文メインのエピソードです。
若杉果文は春若栄久高校一年生である。入学からもうすぐ三か月、そろそろ慣れてきたところだ。この高宮市春若町で生まれ、一度、町内での引っ越しを経験したが、十五年間ずっとこの町で育った。
会社員の父と、病院事務の母。そんな両親と別の高校の三年生の兄との四人暮らしだ。
果文。とても風変わりな名前だ。字面はさほどおかしくないし、「果」「文」ともにそれぞれの字に対する読みからは逸脱していない。しかし、「かあや」という一つの名前になったときに、「変わった」名前になるわけだ。これについて、親に「なぜこんな名前にしたの?」と聞いたことがある。どうやら、母は「果耶」、父は「文」と名付けようとしたらしく、話し合った結果、一字ずつ取った、ということのようだ。ちょっとコンプレックスに思っていた時期もあるが、響きが口になじみやすいのか、比較的、そう呼んでくれる人が多いし、今ではとても気に入っている。
そんな果文のある朝の様子である。
「行ってきます」
母親にそう告げると、傘を持って家を出た。まだ梅雨は明けない。雨がしとしとと降っている。こういう時はバスにでも乗りたくなるが、徒歩十分少々で、乗る程の距離ではない。バスで言えばたった一つか二つ先なのだ。そんな微妙過ぎる距離感だ。高宮電鉄・春若駅から徒歩二分。そういう便利な立地であるが、学校までは微妙に不便な距離だ。
この辺から徒歩通学する者はちらほらいるが、まず、高校ともなると、小学校や中学校と違い、近所の生徒たちが一堂に会するわけではない。周囲を歩く、ちらほら見受けられる同じ学校の制服の生徒も、必ずしも面識があるわけではない。むしろ、今のところは、顔を知っているか知っていないかぐらいの人たちばかりで、一緒に登校するような人たちはいない。
さて、果文は傘を持ち、水たまりに足を踏み入れそうになり顔をしかめた。しかし、そこに注意を払いながらも、ちょっとだけ物思いにふける。自分は、名前こそ変わっているものの、キャラクターとして変わっているかと言えば、自分ではそうは思っておらず、むしろ地味だと感じている。いや、目立ちたいわけではない。でも、中学からの友達も、高校で知り合った人たちも、なんだかやたらと「キャラ立ち」していると思うのだ。
最も身近かつ最も目立っているのは、親友の城宏子だろう。中学校からの同級生。小学校は別だった。彼女はタレントだ。城宮ひろこという芸名もある。ちなみに、芸能活動からプライベートを通じて、愛称は「しろこ」だ。むしろ、小学校時代から友達から呼ばれていたその愛称があったから、芸名が「城宮」になったとも聞いている。
タレントといっても、この地方都市・高宮の事務所に属し、そこを拠点に活動しているだけに、活動内容はたかが知れている。そう思っていた。実際、確かに、小学生の頃から芸能活動していて、主な活動内容はローカルCMだった。中学二年生ぐらいの時に、一度、アイドル活動みたいなこともしたことがあるが、鳴かず飛ばずで、一年足らずで解散した。でも、去年、全国ネットのドラマが高宮ロケ主体で制作されることになり、地元キャストとして、さる有名俳優の生き別れた娘の役をやったら、それで話題になったのだ。あの美少女は誰だ?と。
この時点で、東京の大手事務所からスカウトの話も何件かあったらしい。そのことは宏子自身は言わない。でも、どうしても漏れ伝わってくる。しかし、せめて高校までは生まれ育った高宮にいたい、全国での活躍はそれからでもいい、という宏子本人の強い意向により、高宮市内での進学となった。ただし、普通の公立校とかではなく、芸能活動に理解があるこの春若栄久高校にほとんど推薦みたいな形で入学した。兄が通う公立校に落ちたので滑り止めで受験した栄久に通う果文とはわけが違う。
慣れるまで仕事をセーブ、と言っていた宏子も、ちょくちょく仕事での遅刻・早退が増えた。今のところ、丸一日休んだことはあまりないが、去年の様子を見てると、それが増えるのも時間の問題だと果文は考えている。
ここで、春若栄久高校に続く坂道、通称栄久坂に差し掛かる。ふと、通りの奥を見る。果文は坂の入口である交差点を右折するが、直進してすぐそこに、別の友人が住むアパートがある。この辺は久世という町なので、なんちゃら久世、という名前だったと思うが、忘れた。――誰もいないね。行くか。果文はほぼ九十度、右を向いた。
そのアパートに住んでいる友人。それが、杠二生だ。宏子は中学からの仲だが、二生はこの高校で知り合った。とても恥ずかしがり屋で、活発な果文とはタイプが違う。知り合ったきっかけは、出席番号が前後で、入学当時、席が前後だったから。それ以上のことはない。しいて言うなら、目の前の席にいた二生が、誰とも絡まず寂しそうにそこにいたから声をかけたのだ。独りぼっちだったのは、単なる彼女の性格だけではない。この春、福岡からこの学校に来たため、知り合いがいなかったのだ。親の転勤かと思えば、そういうわけではなく、親元を離れて暮らしている。ちなみに、彼女の母親は、福岡を拠点にする、九州では有名なタレント、いせやちづるであり、ネットで調べたところによると、父親は、家電量販店「ジョウヨウ」の社長だった。果文もジョウヨウには何度か行ったことがある。それほど有名なチェーン店だ。そんな彼女がなぜ親元を離れて暮らしているのか、多くは語らない。どうやら深い事情があるらしいが、何度か聞いて、決まって言葉を濁されるため、聞かないことにしている。ただ、多分、彼女の「姉」の秘密に関わりがあると推測している。二生と同じ高校に通う、年子の「姉」――千宥は、男性である。どういうことかというと、身体は本当は男なのだが、女性として生活しているというのだ。現状、男性であることは知られていて、その上で異性装している。しかし、女性ホルモンを使っていて体も変化しつつあることは、秘密。そういうへんてこな状況だ。このことを知っているのは一部の教師を除けば、二生と、あのアパートに住む千宥の同級生――確か六名と、果文、宏子だけだ。果文自身は、二生に打ち明けられるまで、知らなかった。でも、宏子は知り合ってすぐに気づいていたそうだし、「そういう目」で見ると、明らかに男性の体としては不自然だ。二生は、せめて親しい友人とは分かち合いたくて、姉に許可をもらったうえで果文たちに話したそうだが、受け止めるには……ちょっと重いかも。
「はあ……」
そうため息をついた時だった。
「果文!果文だろ?」
後ろから声をかけられた。入学してからはよく見慣れた、そして厳密に言えば中学の時からちょくちょく見かけていた、大柄な体躯と、浅黒い肌と、猫みたいにぱっちりした目、そして八重歯。
「茉衣子ちゃん……。おはよう」
彼女は古波蔵茉衣子、「あのアパート」の住人である。隣には、その彼氏で同じく住人の朝長慎吾もいる。
「どうした?朝から辛気くせえな」
「私だって、ため息ぐらいつくんだよ?」
実は茉衣子は千宥の同級生――すなわち果文にとっては一つ先輩である。当初は「茉衣子先輩」と呼んでいたが、先月ぐらいに、ふざけて「茉衣子ちゃん」と呼んでみたら、怒られるどころか――抱きしめられた。そんなこんなで可愛がってもらっている、先輩というより「お姉ちゃん」みたいな人だ。
「果文ちゃんのそれは、ちょっと俺も珍しいなって感じよ」
「慎吾先輩まで!私のことなんだと思ってるんですか」
横から口を挟む「お姉ちゃんの彼氏」にちょっと頬を膨らませる。
「でもな、どしたんだ?話聞こか?」
「それ、下心ある時の聞き方だよ……?」
茉衣子が顔を覗き込み、果文が顔を引きつらせる。
「茉衣子ちゃんってさ、キャラ濃ゆいよね」
「まあな、よく言われるよ。人生で地味とか言われたことねえなあ……」
茉衣子が腕を組んで考える。
「茉衣子ちゃんが地味だったら、他の人、たぶん存在もしてないよ?」
果文が苦笑する。
「まあ、キャラ濃ゆいっていうか、我が強いやな」
「先輩、彼女に言うことじゃないでしょ。てか、先輩も大概キャラ濃ゆいですからね?」
果文が慎吾をにらむ。
「ああそうさ。濃ゆいよ。自覚はあんだよ。てか、チーム・アネックスはたぶん約一名を除いて、クセスゴ集団だってな」
思い出した。果文が目を見開いた。この人たちのアパート、「アネックス久世」だった。このアネックスの住人の栄久校生は、杠姉妹を含め、このように呼ばれている。
「約一名ですか。かなり濃厚なチームですね。約一名って?妹さんですか?」
慎吾の双子の妹、雛灯は、髪を染めてヤンキー然とした兄とは違い、黒髪に眼鏡の優等生タイプだ。――実際の成績は慎吾の方がいいと聞いたことがあるが。
「あー、ひな?あいつも大概変な奴だぞ。推し活でずっとブヒブヒやってる」
ちなみに、こうこき下ろす兄だが、雛灯は特に太っているわけではない。
「先輩、あんまりひな先輩の家での様子、ばらさない方がいいですよ……?」
「まあ、でも、ひなが一番一般人代表だろうな」
茉衣子がフォローする。
「健介は?」
「あ」
慎吾の指摘に、果文と茉衣子が同時に声を漏らす。樋口健介。チーム・アネックスの一人で、果文とは小学校からの仲だ。ちなみに、茉衣子と並んで果文が対等に接している先輩だ。
「あー、健ちゃんかあ。忘れてたー!」
果文が頭を抱える。
「健介は、影がうっすいのが、もはやキャラになってるからな。てか、ぶっちゃけ他にもあんだろ。めっちゃ、尖ってるだろ、あいつ」
茉衣子のコメントに、確かに、とばかりに慎吾も果文も苦笑する。
「でも、健ちゃん、結構丸くなったよ?中学の時よりは」
「まあ、それはあたしも同意だけどさ」
果文のフォローに茉衣子が深くうなずく。中学の時、茉衣子が健介に避けられていた時期があるのを果文は知っている。それを茉衣子に言ったことはないが。
「で、結局、果文ちゃんは何をそんなに悩んでたんだ?」
慎吾が話を戻す。
「え?」
「話、完全にそれただろ。キャラが濃いとか薄いとか、そこから始まったんじゃなかったか?」
「あー……」
果文は傘越しに空を見上げる。灰色一色で、当然ながら答えなど書いていない。
「別に、悩みってほどじゃないですよ。ただ、私の周りって、変な人ばっかりだなって思って。茉衣子ちゃんをはじめとして」
「おう。褒め言葉として受け取っとく」
茉衣子は胸を張る。慎吾が隣で小さく笑った。
「しろこはタレントでしょ。二生も、千宥先輩のことも込みで、なんか環境がすごいし」
「それで、自分だけ地味だって?」
慎吾に先回りされ、果文は少し唇を尖らせた。
「……まあ、そんな感じです」
「そうかあ?」
茉衣子が、改めて果文を上から下まで眺める。
「え?」
「お前、コミュ力お化けなタイプだろ、どっちかつーと」
「茉衣子ちゃんほどじゃないよ……」
「まあ、でも、二生ちゃんと初対面で打ち解けられるって、すごいと思うぞ。俺ら、アホだから、ぐいぐいいくだけ行って、引かれてるからな。パワーだけじゃない、テクがあんだよ、テクが」
慎吾が指摘する。
「そ、そんな上手くやった覚えないんですけど?」
果文が赤面する。
「まあ、それが生まれ持った才能ってやつよ。……それにさ、地味で何が悪いんだよ。二生ちゃんもしろこちゃんもいて、周りが濃いなら、一人ぐらい薄味がいた方がちょうどいいだろ」
「薄味って言わないでください!」
「でも果文ちゃん、別に薄味でもないけどな」
「どっちなんですか!」
果文が声を上げると、二人が揃って笑った。話しているうちに、坂の上に校門が見えてきた。雨の中、制服姿の生徒たちが次々と吸い込まれていく。
「じゃ、大いに悩め、若者よ。んじゃな」
「そんな年変わんないでしょ!またね」
そう言い合って、果文と茉衣子、そして慎吾は別れた。
一年二組の教室に入り、まずは自分の机に荷物を置く。そして、周囲を見回す。当初、前後の席だった二生とも、二回の席替えを経て、離れ離れになってしまった。今、二生と宏子が近い状態だ。私もあの辺に行きたかったな。そう思うが、これもまた籤運である。二生の机の方に出向いてみる。
「おはよう、二生」
「おはよう、果文ちゃん」
二生としばし談笑する。二生も、ちょっとずつ高宮での生活に慣れてきたようだ。こうして穏やかに挨拶してくれる。彼女のメンタリティは、「顔に出やすい」という特性があり、不安があると、すぐにわかるし、極端になると、「体にも出る」。入学直後、強めのストレスにさらされて、体調を崩しかけたことがあった。それは、千宥の噂が回ったことがきっかけだ。今も恐らく女性化の事実は公言されてはいないものの、女子の制服であることはもう自明であり、それを冷やかす者もそんなにはいない。これも、早くもみんなのアイドルとなった宏子の口添えも一役買っている。
「千宥先輩、いい人だったよ。美人だし、優等生で、すごいと思う」
タレントである宏子から出る「美人」はかなり覿面だったろう。気づけば、おそらく上の学年がそうであるように、千宥がああいう状態であることは「至って普通の事」になっていると思う。さて、この時点で宏子は登校していない。――今日も仕事で遅刻かな?そう思いかけた時だった。
「おはよう、果文、二生ちゃん」
「お、しろこ今日は来た!おはよう」
「おはよう、しろちゃん」
宏子は二生の斜め後ろの自分の席に腰を下ろす。
「私、ちゃんと来るようにしてるんだよ?」
先ほどの果文の発言を拾ったようだ。
「今日、ギリだからこのまま遅れるのかなと」
「遅刻はあんまりしてないんじゃないかなあ……。早退は最近ちょくちょくあるけどさ」
「今日はずっといるの?」
二生が横から声をかける。
「それがね、ちょっと午前中までになりそう。ごめんけど、またノートとかお願いしていい?」
宏子は、二生の方を向いて言った。
「うん、その、わかりにくくない?大丈夫?」
「大丈夫だよ。字が読みやすいし、よくまとまってるからね。負担じゃなければ、是非お願いしたいかも」
「う、うん。コピーとるだけだし……」
二生がはにかみながら言う。
「しろこー。たまには私を頼ってくれていいんだよ?」
ちなみに、中学時代、それをやってあげていたのは、主に果文だった。
「え?……やっぱりね、お手本がいい方がいいからさ」
宏子が目を泳がせる。二生はちょっとだけむっとしてみせたが、すぐため息をつく。まあ、学年三百人中十数位の二生と百七十位ぐらいの果文なら、どっちにお願いしたいかは自明だろう。ちなみに、宏子当人は、中間試験時点では仕事が本格再開していなかったこともあってか、七十位ぐらいだった。
ほどなくチャイムが鳴り、果文は慌てて席に戻る。担任の北御門結唯が入室する。
「はい、おはようございます。今日の小テストは国語です。漢字、社会でも手書きの機会は減っているけど、……」
二十三歳、教師二年目、そして今年度初担任。フレッシュなゆいは入学式の日、非常に緊張していたのが懐かしい。でも、今やテスト前に時折こうやってお説教を垂れる程には慣れてきたわけである。身長143cm、顔立ちも含め、正直、大人には見えない。ちょっとナメられがちだ。自分も150cmを切っていて、他人から子ども扱いされがちなので、気持ちはわかる。そして、去年は茉衣子がかなりおもちゃにしていたそうなのだが、今年は、なんとか威厳を保とうと頑張っているらしい。ただ、その一生懸命さが、逆に「かわいい」と思われがちなのが現状だ。
答案用紙が前から回ってくる。書き取り十問、読み十問。制限時間は十分。毎週のように行われている小テストだが、満点を取れなければ再試験、というほど厳しいものではない。ただし、成績にはちょっとだけ反映される。成績がいまいちな者にとっては、こういうのが意外と大事。そう、茉衣子にこの前聞いた。
「では、始めてください」
ゆいの声と同時に、教室中で紙をめくる音が重なった。果文もシャープペンシルを握り、一問目に目を落とす。
――ええと、「ケンメイに努力する」。これは簡単。
解答欄を埋め、次へ進む。三問目までは迷わず書けたが、四問目で手が止まった。読み方はわかる。意味もわかる。けれど、いざ漢字で書けと言われると、右側がどんな形だったか自信がない。
果文は少し顔を上げた。教卓の前では、ゆいが両手を後ろに組み、教室を見回している。カンニングを警戒しているというより、生徒たちが真面目に解いているか確認しているつもりなのだろう。だが、背筋を伸ばして精いっぱい厳しい顔を作っている姿は、どうにも小学生が学級委員を任された時のように見える。
――これ、本人に言ったら怒るんだろうなあ。果文は答案へ目を戻す。
ゆいは、生徒から「ゆい先生」と呼ばれている。北御門という名字が珍しいというか、長いからだ。それに対して、ゆいという名前は響きも見た目も本人によく合っていた。
問題を二つ飛ばし、先に読みへ移る。書けない漢字でも読めるものは多い。果文は読み仮名を順番に埋めていく。
――先生になって二年目ってことは、去年の春が初めてだったんだよね。去年のゆいを、果文は直接知らない。それでも茉衣子や健介から、それなりに話は聞いている。
初めて教壇に立った日は、緊張のあまり自己紹介を二度した。黒板に自分の名前を書こうとして、最初の「北」を妙に大きく書きすぎ、残りの三文字が窮屈になった。授業中に教科書を落としただけで、生徒たちから一斉に「大丈夫ですか」と心配された。さらには、廊下を歩いていたところを新入生と間違われ、別の教師から教室へ戻るよう注意されたことまであるという。どこまで本当なのかはわからない。特に茉衣子の話は、三割ぐらい盛られている可能性がある。しかし、入学式の日のゆいを見る限り、全くの作り話とも思えなかった。
新入生を前にして、名前を盛大に噛んでいた。自分の名前をかんだので、出席確認がおそるおそるすぎて五分はかかっていた。そしてホームルームの最後に、「これから一年間、よろしくお願いします」と言いながら、教卓に手をぶつけていた。
――あれからは、だいぶ先生らしくなったよね。
果文は読み問題を終え、書き取りへ戻る。先ほど飛ばした漢字をもう一度考える。部首までは思い出せるのだが、細部が怪しい。隣の生徒の答案が視界の端に入らないよう、少しだけ体を傾けた。
ゆいは小柄で、若くて、声も高い。強く叱っても迫力がない。むしろ、本人が本気で怒れば怒るほど、頬が赤くなり、目が潤み、必死さばかりが前に出る。そのため、悪意のある生徒から軽く見られやすい。もっとも、このクラスでは、今のところ露骨に反抗する者はいなかった。
ゆい自身が、一生懸命なのだ。授業の準備は丁寧で、質問すれば、わからないところをわからないまま流さない。即答できなければ、「次までに調べてきます」と言い、本当に次の授業で答える。連絡事項を忘れないよう、手の甲に小さくメモを書いていることもある。生徒が体調を崩した時は、本人以上に慌てながら、保健室までついていく。果文は、そういう人をあまり嫌いにはなれない。――まあ、かわいいって言われるのも仕方ないよね。
果文は、自分の小さな手に視線を落とした。
身長は149cm。入学して早々、中学生に間違われたことがある。家族からも、もう伸びないのではないかと言われている。それでも、ゆいと並べば六センチ高い。初めて担任の身長を聞いた時、少しだけ勝ったような気持ちになった。教師と生徒を身長で比べて喜んでいる時点で、自分も十分子どもだという話だが。
時計を見る。残り三分。――やば。ゆいのことを考えすぎた。果文は慌てて未回答の欄へ戻る。とりあえず思い出せる形を書いてみる。違っているような気がする。だが、空欄よりはましだ。教室の前では、ゆいが時計を確認した。
「残り一分です。見直しをしてください」
小柄な体から、意外によく通る声が飛んでくる。
果文は最後の一問を埋め、最初からざっと見直した。送り仮名を一つ間違えている。急いで消しゴムをかけ、書き直す。
「はい、時間です。筆記用具を置いてください」
果文がシャープペンシルを机に置くのと、ゆいの声が重なった。答案用紙が後ろから前へ回収されていく。果文は自分の答案を手放しながら、書けなかった漢字の形を頭の中で反芻した。たぶん、間違えた。教卓で答案を受け取った結唯は、枚数を数えてから満足そうにうなずく。
「では、今日も一日、気を引き締めていきましょう」
そう言って胸を張る姿を見て、果文は思う。
――やっぱり、かわいいんだよなあ。もちろん、本人には言わない。少なくとも今は。
放課後。最後のホームルームが終わる頃には、朝から降り続いていた雨も、いくらか弱くなっていた。宏子の席は、昼休みからずっと空いている。予定通り、四時間目が終わったところで早退した。机の上には何も残っておらず、朝から半日しかいなかったとは思えないほど、きれいに片付いている。一方、その斜め後ろでは、二生が今日の授業で使ったノートを鞄へ入れていた。宏子に貸す分は、帰宅してからコピーを取るらしい。
「二生、帰ろ」
果文が声をかけると、二生は顔を上げた。
「うん。ちょっと待ってね」
教科書の角をそろえ、筆箱を鞄へしまう。いつもながら、ひとつひとつの動作が丁寧だ。果文なら、とりあえず全部突っ込んで、閉まらなければ上から押さえつける。せっかく空いているので、宏子の席に座り待つ。ちょっとスマホを取り出して、通知をチェックする。そして、一、二分。
「ごめんね、お待たせ」
「ううん、行こっか」
二人は教室を出て、昇降口へ向かう。校舎の中には、部活動へ向かう生徒や、教室に残って話し込む生徒たちの声が響いていた。
外へ出ると、雨は霧雨に近くなっていた。それでも傘を差さずに歩くには、少し心もとない。
果文と二生は、それぞれ傘を開いて並んだ。
「果文ちゃん、今日、部活は?」
「今日はいいや。元々ゆるい部活だからさ。なんだか気乗りしないから帰る。ちょっとだけ迷ったけどね」
「そうなんだ」
「二生は?部活、考えてる?」
「ううん。まだ……。帰ったら、家のこともあるし」
二生はそう言って、少しだけ視線を落とした。果文も以前から聞いている通り、二生は親元を離れて暮らしている。その家庭環境のことは朝も考えていた。
親元を離れているとはいえ、一人暮らしではないのだが。従姉は去年春若に移転してきたリリーベルというお店だ。市内では比較的有名な店であり、二生も何度か行った。この春、まさかそこの身内と友人になるとは夢にも思わなかったが。その従姉は七時過ぎまで仕事をしているし、あとは姉――いや兄?の千宥と、分担だそうだ。目下、千宥は鈴蘭の店でバイトしていることもあるので、家事をする比率は、二生の方が多いという。……もしかして、部活より前に、そこでのバイトも考えてるんじゃなかろうか?ただし、これは果文の勝手な想像だ。
――また、こういうところだよね。特殊な環境。
宏子には仕事がある。二生には事情がある。そして千宥には、人に簡単には言えない秘密がある。それに比べて、自分には何があるのだろう。春若町で生まれて、春若町で育った。家族は四人。両親は共働きで、兄は二つ上で、別の学校ではあるが高校生。成績は真ん中より少し下。運動も特別できるわけではない。
朝、茉衣子たちに話した時には、冗談半分のつもりだった。けれど、一日経っても、そのことが頭の隅に残っている。
「ねえ、二生」
「なに?」
「二生から見て、私ってどんな感じ?」
二生が足を止めかけた。
「どんな感じって?」
「いや、ほら。性格とか、キャラとか」
「キャラ?」
予想通り、二生は困った顔をした。こういう抽象的な質問をすると、彼女は真面目に答えを考え込んでしまう。
「そんな深刻に考えなくていいよ。明るいとか、うるさいとか、雑とか」
「果文ちゃん、自分のこと、そんなふうに思ってるの?」
「雑はちょっと思ってる」
二生は小さく笑った。
「明るいと思うよ。それに、話しかけやすい」
「うん」
「優しいし」
「うんうん」
「あと……」
二生が言葉を探す。果文は傘を少し傾け、期待しながら続きを待った。
「一緒にいて、緊張しない」
「それ、キャラとして薄くない?」
「え?」
「ほら。しろこはタレントで、二生はお嬢様で、千宥先輩にはああいう事情があって、茉衣子ちゃんなんか、歩いてるだけで茉衣子ちゃんじゃん」
「最後、よくわからないけど……」
二生が苦笑する。
「私はさ、そういうわかりやすいの、何もないなって」
果文は水たまりを避けながら続ける。
「別に目立ちたいわけじゃないよ?でも、みんなのことを説明する時は、何か一言で言えるじゃん。しろこなら芸能人。二生なら、福岡から来た千宥先輩の妹。茉衣子ちゃんは沖縄出身で、背が高くて、声も大きくて、何でもずけずけ言う人」
「果文ちゃん、茉衣子さんの説明だけ長いね」
「濃いからね」
ずばっという果文に、二生はまた笑った。
「でも、お嬢様かあ……。私、そんなにお嬢様じゃないよ」
「お父さん、ジョウヨウの社長なんでしょ」
「それは、お父さんが社長なだけだから……」
「お母さんも芸能人だし」
「それはしろちゃんも一緒だから……?」
二生は少し反論が苦しくなってきた。
「ほら、そうやって張り合えるものがあるじゃん。私なんか、親戚にも芸能人いないもん」
二生は少し黙った。雨粒が傘を軽く叩く。坂を下る生徒たちが、二人の横を次々に追い越していく。
「でもね」
やがて、二生が口を開いた。
「私は、果文ちゃんが最初に話しかけてくれなかったら、たぶん、今もしろちゃんとこんなに話してなかったと思う」
「それは、席が近くだったからでしょ」
「席が近くでも、話しかけない人はいるよ」
「まあね」
「私、入学したばかりの頃、すごく不安だったの。お姉ちゃんのこともあったし、高宮には知ってる人がいなかったし」
二生の声が、少しだけ小さくなる。
「教室で、誰かと話したいとは思ってた。でも、何を話せばいいのかわからなくて。変なことを言ったらどうしようって、そればっかり考えてた」
「二生らしいね」
「うん。だから、果文ちゃんが普通に話しかけてくれたの、嬉しかった」
「……何て話しかけたっけ」
「『名前、何て読むの?』って」
「ああ、あったあった。もしかして、私の名前の話もした?」
果文が苦笑する。
「した」
「やっぱり!覚えてないけど分かる。名前の話をすると、大体私の名前の話になるか、私も話をするかだもん」
「変わった名前あるある?」
「だと思う。二生もよく聞かれるでしょ」
二生はこくんと頷く。果文は続ける。
「でもさ、それ、別に大したことじゃないよ」
「果文ちゃんは、そう思うんだね」
二生は傘の下で、穏やかに笑った。何となく恥ずかしくなり、前を向く。その時、後ろから足音が近づいてきた。
「……若杉か?」
聞き覚えのある声に振り返る。紺色の傘を差した樋口健介だった。
「健ちゃん!健ちゃんも今帰り?」
茉衣子と並び、こうやってナメた口が聞ける先輩の一人だ。
「まあな。二生ちゃんも一緒か」
「こんにちは、健介さん」
「ああ、おつかれさま」
健介は二人の横へ並ぶ。果文の横。ちょっと男性恐怖症気味の二生。最近では徐々に慣れてきたが、それでも隣を外してあげるのが、健介なりの優しさだ。傘が三つになると、道幅が少し狭い。
「何の話してたんだ?」
「果文ちゃんが、自分はキャラが薄いって」
「二生!」
意外にもさらりと言ってしまう二生に、果文が思わず声を上げる。
「えっ、言っちゃ駄目だった?」
思わず少し大きい声が出た果文に、二生がおろおろする。
「駄目じゃないけど、そんな即答しなくても」
健介は果文を見た。
「何だよ、キャラが薄いって」
「朝も茉衣子ちゃんたちに話したんだけどさ。私の周りって、変な人ばっかりじゃん」
「俺も入ってる?」
「入ってる……かも」
「……どこが」
健介は少し動揺しているようだ。
「……そういうのの自覚ないところ?」
首をかしげる果文に健介が顔をしかめる。
「お前に言われたくない」
「ほら。そういうところが尖ってる」
「別に尖ってねえよ」
「中学の時なんか、もっと尖ってたじゃん」
「昔の話だろ」
果文は横目で健介を見る。健介とは、小学校からの付き合いだ。もっとも、学年は違うので同じクラスだったわけではないし、いつも一緒に遊んでいたわけでもない。顔を合わせれば話す程度の時期も長かった。それでも、互いの昔を知っている。
「健ちゃんから見て、私って地味?」
「は?」
「だから、キャラ的に」
「そんなこと考えてんのか、お前」
「考えるよ。元々しろことかいたけどさ、高校に入ってから、キャラ濃ゆい友達増えすぎ……」
健介はしばらく黙って歩いた。やがて、面倒そうに口を開く。
「若杉は、コミュ力だな、やっぱりそこだろ」
「……茉衣子ちゃんにも言われたけど」
「茉衣子から見てもそうだってことは、……なんてーか、相当だな。あとはまあ、お前は昔から、誰とでも話してただろ。二生ちゃんとも秒で仲良くなったんだろ」
「……慎吾先輩とも同じこと言う」
「ああそう。……まあ、誰から見てもそうなんだろ。俺から付け加えることはあんまりない気がするけど」
健介は、言ったことがことごとく人と被って焦っているらしい。二生はくすっと笑う。健介は一生懸命言葉を探す。
「あとなあ、えーと、……人のこと見てる」
「え?」
「何かあったら、すぐ気づくだろ。知らん顔もできるのに、なんというか、お節介焼きで」
「そんなこと……」
言い返しかけて、二生がこちらを見ているのに気づく。二生は何も言わず、ただ小さくうなずいていた。
「でも、それってキャラなの?」
果文が聞くと、健介は肩をすくめた。
「知らねえよ。キャラとか、本人が決めるもんじゃねえだろ」
「あ、ちょっとそれっぽいこと言った」
「うるせえ」
「健ちゃんのくせに」
「お前、そういうところだぞ」
三人は栄久坂を下りきり、いつもの交差点へ差しかかった。右に曲がるとアネックス久世。果文の家は左なので、ここで道を分かれる。三人で立ち止まる。
果文は、道路の向こうを眺めながら考えた。しろこは芸能人。二生には複雑な家庭がある。千宥は女性として生きようとしている。茉衣子は、茉衣子である。健介も、本人が思うよりずっと面倒くさい。
では、自分は何なのだろう。明るい。話しかけやすい。誰とでも話す。人のことを見ていて、おせっかい焼き。
それは確かに、芸能人とかに比べると、説明した時のインパクトはない。けれど、他人から見たら、それもまた一つの「キャラ」らしい。自分では全くわからないけど。
「まあ、いっか」
果文がつぶやく。
「何が?」
健介が聞く。
「地味でも」
「さっきまで悩んでたのに?」
二生が不思議そうに首をかしげる。
「やっぱりさ、しろこと二生の横に、もう一人までキャラ濃かったら、うるさすぎるじゃん」
朝の慎吾のアドバイスの受け売りそのものではあるが、改めて考えて、そうだと思ったのだ。
「私、そんなに濃いかな……」
「濃い濃い。もうキャラ立ちしまくってて、賑やか」
「若杉の方が賑やかだけどな」
「健ちゃんは黙ってて」
健介をきっとひと睨みしたところで、果文のスマートフォンが震えた。傘の柄を肩で挟み、鞄から取り出す。宏子からだった。果文、宏子、二生の三人のグループがあるのだが、そちらへの連絡だった。
『撮影終わったー。今日は思ったより早かった』
続けて、もう一件届く。
『仕事も、とりあえず一段落かな~。ノートよろしく! 特につぐみちゃん!』
果文は立ち止まり、画面を見つめた。
「しろちゃんだね」
二生もスマホを取り出す。
「仕事一段落かあ。しばらくオフかな」
「よかった」
果文は親指を動かした。
『私のノートも一応見てよ』
すぐに既読がつく。
『誤字探し用?』
果文の眉がつり上がった。
『もう貸さない!』
果文は『ぷんぷん』というスタンプを添える。
『ごめんごめん。かーやのも必要だよ』
『何に』
少し間が空いた。
『学校の雰囲気を思い出すのに』
果文は、その文面をしばらく見つめた。
『なんのこっちゃ』
返事に窮して、正直にそれを伝えると、自分のスマホを見ていた二生がくすっと笑った。
「でも、珍しいなあ。しろこが仕事のことLINEでするの」
付き合いの長い果文が漏らす。
「終わったから、嬉しいんじゃない?開放感っていうのかな」
それを受けて二生もなんとなく分析してみせる。
「すごいな。人気タレントのリアルタイムが入ってくるなんて」
すっかり蚊帳の外になった健介がため息をつきつつ苦笑する。健介が何となく体を横に傾ける。
「だめっ、覗いちゃ!スケベ」
「別に覗いてねえよ」
本当に誤解である。
二生が口元を押さえて笑う。果文もつられて吹き出した。
「じゃあ、私こっちだから」
果文はスマートフォンを鞄にしまい、左手の道を指した。
「うん。また明日ね、果文ちゃん」
「おう。またな」
「健ちゃんは、覗きはダメだからね?」
「だから覗いてねえって」
健介の抗議を聞き流し、果文は二人に手を振る。二人と別れ、果文は一人で歩き出す。雨はもう、傘がなくてもいいかと思うほど弱くなっていた。
結局、自分が地味なのかどうかは、まだよくわからない。けれど、宏子や二生の隣にいる自分を、二人はちゃんと必要としているらしい。健介や茉衣子たちから見ても、自分なりの特徴はあるという。それなら、今のところは十分だ。
果文は小さな水たまりをひょいと飛び越えた。派手な肩書きなんてなくても、若杉果文は、若杉果文なのである。
【次回予告】
千宥と雄人が以前通っていた月陵学園に、ある噂があるらしいよ。
という感じです。お楽しみに。
ちょっとでもわくわくしたら、☆をつけて、ブックマーク登録をお願いします。




