第35話 未来の常連もしくは彼女?
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:20〜25%
AI文をベースに改稿:45〜50%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:30%前後
思いのほかAI利用率が高いですね。
さて、今回は渡辺×サラ回がメインですね。
美佳の「人の名前を覚えるのがとんでもなく苦手」という設定ですが、これは「お嬢様キャラは人の名前を覚えるのが苦手」という作者の偏見に基づきます。
しかし、ターゲットもあずかり知らぬところでゲームが進んでいくこの感じ、まさにあの番組のよう……。
四月下旬のある日のことだった。
「なあ、健介。今日、学食行かへん?」
渡辺啓太郎がそう誘ってきたのだ。隣の席の樋口健介は渡辺の方を振り向く。
「珍しいな。ナベ、いつも弁当だろ」
「俺のおかんも忙しいねん。店オープンしたばっかでな。『今日、もう弁当なしや』言うてきてん」
「ああ、お好み焼きの」
渡辺の家は、商店街でお好み焼き屋を営んでいる。母方の祖父母が営んでいた定食屋を引き継いだそうだ。
「せや。……健介、店の場所知ってんねやろ。全然食いにこーへんやんけ」
「……いや、姉貴と二人だとなかなかそういう話にもならなくて」
「姉ちゃんと二人なんか。ここの先輩か?」
「先輩は先輩だけど、もう社会人。二十三歳」
「へえ、すご……。でも、それやったらあんまり飯作らへんのちゃう?」
「意外とそうでもなくてな。食事作るのも当番制で」
「へえ、すごいやんか。俺飯なんか作ったことないで」
「……まあ、そのうち行くから」
「行かへん奴の言い方やんか。……まあええわ。飯食うで」
そう言うと渡辺は席を立った。健介もそれに合わせて立った。
学食は既に人でごった返していた。四時間目の、カモネギこと鴨川先生の数学の授業が長引いた上に、渡辺と色々無駄話をしていたからだ。そして、そうなると、食事を手に入れるまで、もう何分かかかりそうである。
「俺、学食初めて来たけど、こんな人多いもんなんか」
「まあ、出遅れたからな。文句はカモネギに言うんだな」
「あれはあかん。授業押すし。それにイヤミやな、あのおっさん」
その後も、鴨川の悪口や、その他他愛もない話をしつつ、お目当ての食事を購入し、空席を探す。
ほどなく、見知った顔に出会った。
「おう、健介、遅かったじゃねえか」
朝長慎吾である。綾香雄人に、それに大上茂もいる。全員が二年六組の生徒だ。雄人と大上は、少し前まで色々あって、周囲(主に健介や慎吾)にも迷惑をかけたものだったが、その後、お互い色々落ち着いたらしい。
「カモネギのせいだよ。水曜の四時間目はダメだな」
「それは死亡フラグしかないな」
大上が鼻を鳴らす。
「健介くん、僕らもうすぐ食べ終わっちゃうよ。早めに食べてからどこうか?」
雄人がいつになく気の利いたことを言い出す。
「いや、いい。どっかあるだろ。じゃあ」
健介は歩き去った。
「すまんな、ほな」
まだこの三人とさほど親しいわけでもない渡辺も、一応一声だけかけて健介について行く。
「あのでっかいの、何センチあるん?」
「……大上か。二メートル近いぞ。196センチだったかな」
新学期当初、健介らと食事を共にしなかった時期のある大上だが、今となっては渡辺からも、慎吾や雄人と等しく「健介のイツメン」と認識されている。ただ、食事を共にするわけでもなくクラスが異なるため、まだお互い顔を知っている程度である。渡辺はまだ彼らの名前すら覚えていない。
「健介!」
右奥から声が飛ぶ。人込みでもよく通る声質と声量。古波蔵茉衣子が手を振っていた。
「啓太郎もいるじゃんか。お前ら二人か?」
この渡辺啓太郎、実は茉衣子の旧友である。それは、渡辺が親の仕事で沖縄に在住した時分のたった一年半の間のクラスメイト。それが、約十年の時を経て、大阪でも沖縄でもなく、ここ九州は高宮で再会した。そんな数奇なめぐりあわせである。茉衣子と杠千宥、玉井絢那、新宮領美佳、それに朝長雛灯もいる。
「ああ、カモネギの授業が押して空席難民だ」
「あはは、ひなちゃんから聞いたよ。災難だね」
玉井が笑う。
「健ちゃん、私たちのとこ、来る?二席空いてるよ?」
千宥が指で「二」を示しながらにこやかに空席を勧める。
「悪いな。こいつもいるけど、いいか?」
「いいよ。渡辺くんだよね?同じクラスだけど、分かる?」
雛灯が声をかける。雛灯は健介と渡辺の二年七組のクラスメイトだ。ちなみに、それ以外の四人は二年五組である。
「あー。分かるで。えーと、アサナガさんやったかなあ」
「……トモナガ、ね」
関西出身の渡辺に、朝長は難読かもしれない。もっとも、高宮県では非常にメジャーな苗字なのだが。
長方形のテーブル。片面、手前から奥に美佳、千宥、茉衣子、もう片面は同じく雛灯、玉井の順番。側面、椅子が二つ置かれた一角、雛灯側に健介、隣に渡辺が座る。
「あら、あなた」
美佳が隣の渡辺に声をかけた。
「編入試験でご一緒した……」
「ああ、あの時の」
渡辺もすぐに気づいた。そう、今年の一月、たった二人だけの編入試験を受験した、いわば戦友のようなもの。しかし、顔も名前も知らず、言葉を交わさないまま、転入から半月も経っていたのだ。
「あー、啓太郎、言ってたよな。美佳と一緒に受験したって」
真向かいに座る茉衣子がニヤニヤしながら渡辺に言う。
「渡辺言います。大阪から来てん」
「私は新宮領美佳と申します。私は東京ですの」
「東京か!シティガールやなあ。にしても、えンらい苗字やなあ。すご。俺なんかド平凡で」
「そうでもないわ。未だにあまり苗字を覚えてもらえないですもの。名前をよく聞き返されて。ねえ、千宥さん」
「うん、そうだね」
全面同意の「杠」さん。
「美佳、あたしも、覚えてもらえねえ!」
「……茉衣子、苗字なんだった?」
美佳が苦笑しつつ首をかしげる。
「古波蔵だよ!お前も人の名前覚えねえよな!」
「ええやないか。こいつは茉衣子さえ覚えとけば、どうとでもなんねん。新宮リョウさんやったかなあ。まあ頑張って覚えるわ」
渡辺は「新宮」「領」を区切って呼んでみせた。
「ちょっと、そこをフルネームみたいに言わないで!新宮領までで苗字なんだから」
名前いじりをされた美佳が頬を膨らませた。そして、続けた。
「私も美佳さえ覚えておけばどうとでもなるわ。苗字、長いでしょう?」
「お、それでええの?美佳さんな。覚えたわ」
「ありがとう。渡辺くん」
「お、俺のも覚えたな。おおきに」
名前を呼んでもらえた渡辺はちょっとだけ照れる。無理もない、と健介は思う。むしろ初対面でここまで美佳と饒舌に喋れる人は珍しい。慎吾ですら緊張する相手に、茉衣子以外の人物がガンガン切り込めたことに健介は非常にびっくりしている。
「啓太郎、多分、こいつ明日にはお前の名前忘れてるぞ」
「も、もう、茉衣子!」
美佳は赤面した。
「美佳がこっちにきて、ひそかに競争してたもんねえ」
雛灯が笑いながら言う。
「競争?何をしてたの……?」
美佳は知らされていないらしく眉をひそめた。
「千宥と二生を除くチームアネックスで、誰が美佳に早く名前を覚えてもらえるか。名前を教えてあげて、次の日ちゃんと正しく呼んでもらえたら勝ち抜け。一番遅かった人が早かった人にジュースおごる」
「そんな『水曜日のダウンタウン』みたいなゲームしよったんかいな」
雛灯のルール説明に渡辺がつっこみ、千宥や健介が噴き出す。
「何よそれ……!結果はどうだったかしら、自分で覚えてないわ……」
美佳が体を縮こませた。
「確か、慎吾くん、茉衣子ちゃん、玉ちゃん、健ちゃん、ひなちゃんじゃなかった?」
千宥が笑う。
「そう、私と健ちゃんのデッドヒートの末……」
「妹が兄貴にジュースをおごるという絶妙にしょうもない結末」
茉衣子が笑い飛ばした。
「なんやそれ!……慎吾ってあのパツキンか?兄貴て?」
渡辺がなんとなくの記憶で尋ねた。
「双子なんだよ。慎吾とひなちゃん」
健介が説明した。
「ああ、そうだったわ。ひなが変わった名前だったから、ずっと覚えられなくて……。慎吾くんはあまり間違えようがなかったわ」
美佳が苦笑いした。
「健介も相当覚えやすそうやけどな」
「俺はずっとケイスケと覚え間違えられてた」
当事者から証言が入った。
「そういや、渡辺くんって、茉衣子ちゃんと昔のお友達なんだよね。沖縄で知り合ったの?」
一瞬話が途切れたところで、千宥が尋ねた。
「ああ、せや。俺のおとん、転勤族やってん。俺が幼稚園の年長の時から小一の途中まで沖縄の那覇におった。そんときに茉衣子と一緒やった」
「十年前かあ。すごいね!」
玉井が目を丸くする。
「よく覚えてるわね」
人の名前を覚えるのが極端に苦手な美佳は、信じられないように渡辺を見た。
「いや、俺はそんな覚えてへんかった。名前聞いただけで気づいたんは茉衣子の方やねん」
「あら……。さすが茉衣子ね」
「あたし、それだけは得意なんだ」
ラーメンをすすりつつ茉衣子が言う。
「今はめっちゃ大阪~って感じだけど。あの時はナントカさ~とかめんそーれとか言ってたの?」
雛灯が笑う。
「めんそーれ言わへんわ。けど関西帰ってから、多少沖縄弁うつっとったかもしれへん。よう覚えてへんけど」
「それからはずっと大阪なの?」
玉井が興味を持った。
「奈良とかちょこまかあったけど、一年だけ栃木行ったの以外はずっと関西やで。この何年かは堺におった」
「堺ってどこ?」
「堺知らへんか。政令指定都市やねんけどなあ。地理で習わへんの?めっちゃ古墳あるで」
「絢那、社会苦手~」
玉井がぺろりと舌を出す。
「なんで、高宮に来たの?転勤?」
今度は千宥が尋ねた。
「いや、おとんが急に脱サラしてお好み焼き屋始める言い出したんや。おかんがこっちの出身でな。うちのおじいがやってた商店街の対州亭ってメシ屋を魔改造してお好み焼き屋にしたんや」
「あー、対州亭!なくなったんだ」
地元民の玉井は知っているらしい。
「ああ、おじいが年やからゆーて、おとんにぶん投げてん。お前店やりたかったんやろ、って」
「そうなんだー。結構おいしかったよ。なくなったんだー」
玉井は少し残念そうだ。
「おおきに。でもおとんのお好み焼き屋も多分うまいで。知らんけど」
「あ、生『知らんけど』!」
今度は玉井が急にキャッキャと喜び始めた。
「何やねん、生知らんけどて。こんなもん普通やろ」
「なんか、関西人と言えば『知らんけど』だよな」
「俺もそういうイメージあるわ」
「私も」
茉衣子、健介、美佳が口々に感想を漏らす。
「まあええわ。ほんまに二十日にオープンしたばかりやから、みんな来てや。わざわざこっちまで移住してきてツブれるのは辛いねん」
「宣伝かよ」
茉衣子が突っ込む。
「宣伝や。悪いか!」
「いいんじゃね?知らんけど」
茉衣子がニヤリとする。
「お前なあ」
数日後の火曜日、午後七時。商店街の一角にある「おこのみ・対州なべや」は、まだ開店したばかりの慌ただしさを残していた。もともと定食屋だった店を改装したためか、外観にはどこか古い食堂の名残がある。新しい暖簾には大きく「おこのみ・対州なべや」と染め抜かれているが、その横の壁には、前の店の名残なのか、うっすらと「対州亭」の文字の跡が残っていた。店内では、鉄板の熱とソースの匂いが混ざっている。油のはねる音、ヘラが鉄板に当たる音、客の話し声。新規開店の物珍しさもあるのだろう。平日の夜にしては、席はそこそこ埋まっていた。
「三番テーブル、豚玉二つとミックス一つ!」
奥から店のおかみの声が飛ぶ。
「はいはい、今行く!」
そう返事をしたのは、制服ではなく店のユニフォームである黒いTシャツに前掛けをつけた、この店の主人の息子、渡辺啓太郎だった。とはいえ、手つきはまったく慣れていない。注文を取るにも、伝票を見るにも、いちいち一拍遅れる。客の前では愛想よく笑っているが、厨房の方を向いた瞬間、露骨に顔が引きつる。
「啓太郎、四番さん水まだやで!」
「分かっとる!」
「分かってへんから言うてんねん!」
「すんません!」
完全に店員だった。本人が望んだかどうかはともかく、開店直後の人手不足に、店の息子が駆り出されるのは当然と言えば当然だった。そのとき、店の引き戸が開いた。
「いらっしゃいませー!」
反射的に声を出してから、渡辺は入口を見た。そして、一瞬固まった。
「……あ」
暖簾をくぐって入ってきたのは、古波蔵茉衣子だった。
その後ろに、がっしりした体格の、色の浅黒い、長い白髪を後ろで束ねた初老の男が続く。……こいつ、茉衣子のおじいか?そう思ったが、ふと思い出した。白髪増えてるけど、こいつ茉衣子のおとんや。なんやねん、このロン毛。茉衣子と同じように日に焼け、茉衣子より少し背の高くガタイのいい古波蔵泰造の横から、茉衣子や泰造と比べると小柄な小学生くらいの女の子が顔を出した。古波蔵紗莱、茉衣子の二番目の兄の娘だった。叔母や祖父とは対照的な、イギリスの血が入った透き通るような白い肌に、青のような緑のような瞳が目につく。
「おー、啓太郎。ほんとに働いてんじゃん」
茉衣子が開口一番、にやにやしながら言った。
「働いとるわけちゃう。手伝わされとんねん」
「ただでやらされてんの?」
「いや、給料もろてる、一応」
「働いてんじゃねえか」
茉衣子が笑う横で、渡辺は少しだけ姿勢を正した。茉衣子だけならともかく、後ろには泰造がいる。
「……おとんか?お前の」
「ああ、そうだぞ。あたしの父ちゃん。宮川で沖縄料理店やってるから、お前の商売敵だな」
「『俺の』やない。ていうか宮川ってあっちの方やろ?別に客層もかぶらへんし。……あ、渡辺啓太郎です。昔那覇におって……」
ここで急に泰造に向き直った。
「ああ、君がねえ。茉衣子から聞いとるさ。こんなとこでまた会うとはねえ」
「ほんま、びっくりです。……えーと」
サラは店内を見回してから、渡辺がこちらに目を向けていることに気づくと、嬉しそうににっと笑った。
「こんばんは」
落ち着いた声だった。
「……こんばんは」
渡辺の返事は、普段より少し硬かった。
「よ、よう来たな。お好み焼き好きか?」
「うん、めっちゃ好き。啓ちゃんも好き?」
「俺はぶっちゃけ普通やな。おとんが店やるほど好きなだけでな」
「えー、なんでなん。おいしいやん」
渡辺とサラの様子を見ていた茉衣子の口元が一瞬だけ面白そうに歪む。
「三人、いけるか?」
「いけるいける。ちょい待って。えーと……」
渡辺は店内を見回す。ちょうど奥の四人掛けが空いたところだった。前の客が立ったばかりで、まだ皿が残っている。
「そこ片づけるから、ちょっと待ってて」
「おう」
茉衣子が短く返した。
渡辺は改めて泰造を見た。茉衣子の父親だということは聞いていたが、実物を見ると妙に圧がある。娘もかなり「線が太い」感じがするので、きっとこの存在感はこの父親から遺伝したのだろう。怖いというより、独特な存在感がある。
「啓太郎」
厨房の方から、また母親の声が飛んだ。
「片づけるなら早よしなさい!」
「分かっとるて!」
渡辺は慌てて奥の席へ向かい、皿を下げ、テーブルを拭いた。その動きがどこか危なっかしい。布巾を持ち替える手つきも、盆に皿を乗せる角度も、まだ店員というより、家で手伝いを命じられた高校生だった。サラは、渡辺に駆け寄った。
「啓ちゃん、まだ慣れてへんの?」
渡辺が振り返る。
「慣れてへんわい。先週オープンしたばっかやぞ」
「サラ、手伝ったろか?」
「ええわ。お客は座っときなはれ」
サラは少しだけ笑った。その笑い方は、茉衣子ほど派手ではない。けれど、目元だけが柔らかくなる。渡辺は、なぜか一瞬だけ言葉に詰まった。
「……まあ、座って。水持ってくるわ」
三人が席につく。泰造が奥、茉衣子が手前、そしてサラはその隣の通路側、渡辺が水を置きやすい位置に座った。
「メニューはこちらです」
渡辺は、少しだけよそ行きの声で言った。
「なんで急に店員ぶってんだよ」
茉衣子が笑う。
「店員やからや」
「さっきまで手伝わされてる高校生だったじゃん」
「これでも金もろてるからな!」
渡辺は左手で「金ポーズ」を作る。
「へいへい」
茉衣子はにやにやしている。サラがメニューを開いた。
「おすすめは何かある?」
「おすすめ?」
渡辺は少し考えた。
「豚玉。あとミックス。たぶん」
「たぶん?」
「俺、別に全部食うてへんから」
「ここの子やのに?」
サラが半目になる。
「手伝わされてるだけやからな」
「全部一通り食べるわけちゃうの?」
「俺、言うほどお好み焼き食べへんで」
それを聞いてサラが少し笑った。泰造がメニューをにらめっこしている。
「お好み焼きかあ。俺もめったに食べんからねえ。何にしようかね。迷うさ」
「父ちゃん、豚玉食ったら?あたしはミックスにする」
「ああ、じゃあそうしようかね。サラは何食べるね?好きなのにしなさい」
「んーとなー。ねえねえ啓ちゃん、他に何かある?」
「他にもトッピングとかしたらええんちゃう?俺は温玉とか好きやで」
渡辺の提案に「それや!」とばかりに指をさす。
「あ、サラ玉子好き。じゃあそれにする」
「温玉な。豚玉に温玉でええ?」
「うん」
「ほな、豚玉温玉。お父さんは豚玉で、茉衣子はミックス」
「おう」
茉衣子が短く頷く。
「飲み物は?」
「水でいい」
茉衣子が即答する。
「お父さん、ビールとかどうです?おとんに言うたら百円ぐらい安くできまっせ」
「すまんねえ。今日は車で来たさ」
「ああ、それはあかん」
「啓太郎、父ちゃんにあんま酒すすめんなよ。酔ったらめんどくせえんだから」
茉衣子が制した。
「もう一週間やけど、酔っ払いは慣れたわ。お父さん、今度は歩いてきましょ」
眼鏡の奥の目に¥マークが浮かんでいるかのようだ。さすが、大阪の商人の血が騒ぐらしい。
「やめろ、引きずって帰るの、誰だと思ってんだ」
「引きずらなくていいさ、俺は自分で帰る」
「……よく言うぜ」
茉衣子はテーブルに頬杖をつく。
「お前のおとんもおもろいな。んじゃ、行くわ」
渡辺は伝票に書き込むと、厨房に戻っていった。
「三番、豚玉二つ、片方温玉。ミックス一つ!」
「五番や!」
母親の声が即座に飛ぶ。
「あ、五番!」
「さっきも間違えたやろ!」
「テーブル番号ややこしいねん!」
「覚えなさい!」
客席のあちこちから小さく笑いが起こる。渡辺は恥ずかしそうに顔をしかめながら、今度は別のテーブルへ水を運んでいった。サラは、その背中をじっと見ていた。
「サラ」
泰造が声をかける。
「何?」
「メニュー閉じなさい。邪魔なるさ」
「あ、うん」
サラは素直にメニューを閉じた。それでも視線は、時々通路の向こうへ行く。黒いユニフォームで、あちこちに呼ばれながら動いている渡辺の方へ。茉衣子は、それに気づいていた。気づいていたが、最初は何も言わなかった。
しばらくして、お好み焼きが運ばれてきた。焼き場で焼き上げたものを、店員が各テーブルの鉄板へ運んでくる方式らしい。目の前で自分たちが焼く店ではないが、鉄板に置かれたお好み焼きからは、ソースの匂いが強く立ちのぼっている。
「お待たせしました。豚玉、豚玉温玉、ミックスです」
運んできたのは、渡辺ではなく、別のアルバイトらしい大学生くらいの男だった。茉衣子は少し意外そうに顔を上げる。
「啓太郎じゃないんすね」
「今、向こうの片づけ入ってます」
バイトが答える。
「あいつ、忙しそっすね」
「開店したばっかなんで。啓ちゃん、かなり駆り出されてますよ」
「へえ」
アルバイトが去ると、泰造は箸を取った。
「さて、じゃあ食べようね」
「いただきます」
「いただきまーす」
サラは、自分の豚玉温玉を嬉しそうに眺めた。丸くのった温玉を箸でそっと崩すと、黄身がとろりとソースの上へ流れる。
「おいしそう」
「熱いから気をつけろよ」
茉衣子が言う。
「分かってる」
サラは小さく切った一口を、ふうふうと冷ましてから口に運んだ。少しだけ目が大きくなる。
「おいしい」
「ほんとか?」
茉衣子も自分のミックスを切り分ける。
「うん。サラ、これ好き」
「よかったな」
泰造が言う。
「父ちゃんは?」
今度は茉衣子から問う。
「うん。うまいさ。ソースも悪くないねえ」
「父ちゃんが言うと、なんか審査っぽい」
「飲食だからねえ。仕事柄どうしても見てしまうさ」
「商売敵?」
茉衣子がニヤリとして聞く。
「違うさ。これはこれ、うちはうち」
泰造はそう言いながら、もう一口食べた。表情はあまり大きく変わらないが、箸の進み方は悪くない。
「父ちゃん、結構好きな感じか?」
茉衣子が言う。
「めったに食べんだけで、嫌いとは言ってないさ」
「サラもまた来たい」
「まだ食べてる途中だろ」
茉衣子が笑う。
「でも、また来たい」
「早いな」
茉衣子が笑う。サラはもう一度通路の方を見た。ちょうど渡辺が皿を下げながら通りかかったところだった。
「啓ちゃん」
サラが声をかける。渡辺は盆を持ったまま振り返った。
「ん?」
「おいしい」
「お、おう。そらよかった」
何を言われるのかと構えていた渡辺だったが、拍子抜けしたように返事した。
「また来る」
「気に入るの早ない?」
「おいしいから」
「なら、毎度あり」
渡辺は少し照れくさそうに笑った。
「啓太郎、皿!」
厨房から母親の声が飛ぶ。
「分かっとる!」
「返事より手ぇ動かし!」
「はいはい!」
渡辺はまた慌ただしく奥へ消えていった。サラは、その背中を見送ってから、何事もなかったように食事に戻る。だが、茉衣子の目は完全に面白がっていた。
「サラ」
「何?」
「啓太郎、気に入った?」
「うん」
「早っ」
「お好み焼き、おいしいし」
「お好み焼きがか?気に入ったの」
「啓ちゃんも」
「ほう」
茉衣子はにやりと笑った。泰造は水を飲みながら、何も言わない。ただ、無言のままサラを少し見た。
「サラ、啓太郎にナンパされたんだったか?」
「ナンパちゃうよ。サラが地図見てたら迷子になった思たんか、英語で声かけてきてん」
「あはは。英語なのか。お前、あたしらとおんなじ血が入ってるとは思えねえ見た目だもんな、エヴァ姉の血、めっちゃ濃ゆいじゃん」
エヴァとは、英国スコットランド出身のサラの母である。
「にしても、見知らぬ外人の女の子に人助けでも声かける啓太郎ってチャレンジャーだよな。で、あいつ、お前になんて話しかけたん?」
茉衣子がニヤニヤしている。サラは少し考えこんだ。
「……忘れた。サラ、英語わからへん」
食事は、そのまま穏やかに進んだ。泰造は途中で焼きそばを追加した。
「父ちゃん、めっちゃ食うじゃん。いい年してさ。今年六十五だろ」
「いくつになってもうまいもんはうまいさ」
娘の指摘に泰造は堂々と反論する。そのやりとりに、注文を取りに来たくだんの大学生バイトが苦笑する。
「お兄さん、あたしも焼きそば!サラも食うか?」
「ううん、サラそんな食べられへん」
「あたしの、ちょっとやるよ」
午後八時を過ぎるころには、店内の客足も少し落ち着いてきた。開店直後の慌ただしさはまだ残っているものの、満席だったテーブルには空きが出始め、厨房から飛ぶ声も少し減っていた。サラは自分のお好み焼きをきれいに食べきり、最後に鉄板皿の端に残ったソースを見て少し名残惜しそうにしていた。
渡辺は空いた皿を下げ、テーブルを拭き、ようやく一息ついた。その瞬間を見計らったように、母親が声をかける。
「啓太郎、もう上がってええで」
「え、ほんま?」
「今日はもう大丈夫や。宿題あるんやろ」
「宿題はまあ、あるような、ないような」
「あるやろ。学生なんやから」
「はいはい」
「あと、古波蔵さんとこ、ちゃんと挨拶してから上がり」
「分かっとるて」
渡辺は母親に言われるがまま、ふらっと茉衣子たちのもとに向かった。
「お疲れ、啓太郎」
茉衣子が手を上げる。
「ほんま疲れたわ。どっかのギャルとハーフJSのせいでな」
渡辺がチクリ。
「思ったより働いてたな」
「思ったよりってなんや。俺は金もろたら、ちゃんと働く男やで」
「テーブル番号、二回間違えてたけどな」
茉衣子がチクリと言う。
「あれは配置が悪い」
「店のせいにすんな。お前んちだろうが」
茉衣子に正論で殴られ、渡辺が苦笑する。すると、サラが自分の座る座席の横をぽんぽんと叩いた。
「啓ちゃん、ここ座って。お話しよ」
「いや、俺、片づけとかあんねんけど」
とっさにごまかした。
「上がっていいって言われたんでしょ」
「聞いてたんか」
「聞こえた」
「耳ええなあ」
渡辺は少し迷ったが、茉衣子が隣でニヤニヤ笑っているので、余計に座りづらかった。
「いや、俺がここ座るんもなんか変やろ」
「何が変なん?」
サラが首を傾げる。
「客席やし。もう店員じゃないやん」
「まあ、そうやけど」
「じゃあ座れる」
「どんな理屈やねんな」
サラは、もう一度椅子を叩いた。
「啓ちゃん、座って」
「……ほな、ちょっとだけな」
渡辺は、サラの隣に腰を下ろした。茉衣子の口元が、これ以上ないほどにやけている。
「何笑てんねん」
「いやあ、啓太郎、モテるなあと思って」
「やめろ。相手小学生やぞ」
「小学生にモテて悪いことあんのか?」
「いや、そういう言い方すな」
渡辺は顔をしかめる。
「サラ、啓太郎のこと好きか?」
茉衣子がわざとらしく斜めからサラに顔を向ける。
「うん」
「即答すな!」
渡辺が思わず声を上げる。サラは平然としていた。
「好きやで。面白いし、お好み焼きおいしいし」
「二つ目は俺関係ないやろ」
「啓ちゃんのお店やん」
「俺の店ちゃう。おとんの店や」
「でも啓ちゃんも働いてる」
「手伝ってるだけや」
「給料もらってるんやろ」
「それは、その……バイトや。あっこうろついてる兄ちゃん姉ちゃんと一緒や」
渡辺とサラのやり取りに茉衣子は腹を抱えて笑っている。
「啓太郎、負けてんぞ」
「何にやねん」
「小六女子の押しに」
「押してへん。普通に喋ってるだけや」
「普通に喋ってて押してんぞ」
「そうなんか?」
渡辺が固まる。
「そうだぞ」
茉衣子は強くうなずく。
「じゃあ、もうちょっと押す」
サラが声を上げる。
「押す宣言すな」
泰造が水を飲みながら、ぼそりと言った。
「サラは昔から、気に入ったものにはまっすぐ行くさ」
「……お父さん、煽らんといてくださいよ」
渡辺が泰造に嘆く。
「悪いことはしてないさ」
「いや、してへんかもしれんですけど……」
「啓太郎が困ってるだけだろ」
茉衣子が言う。
「困るやろ、普通」
「なんで?」
サラが聞く。
「なんでって……年が違うし」
「何歳だ?」
茉衣子がニヤニヤしながらわざとらしく尋ねる。
「十六や。……って同いやろ、お前」
「サラは十一」
「ほら」
茉衣子が指をさす。
「何が『ほら』やねん」
「五つやん」
今度はサラが言う。
「五つ『も』や」
「大人になったらあんまり変わらんって、茉衣子ちゃん言うてた」
「茉衣子ぉ!」
渡辺が奥の席を見る。
「一般論だよ、一般論。うちも、死んだ母ちゃん、父ちゃんの七つ下だったしな」
茉衣子は悪びれもせずに言った。
「ほら」
サラも叔母のコメントに得意げだ。
「あんまそんなこと、小学生に吹き込むなや」
「サラが聞いたから言っただけだよ」
「しょうもない言い訳すな」
サラはじっと渡辺を見上げた。
「啓ちゃん、彼女おる?」
「おらん!」
渡辺は反射的に答えてから、すぐに額を押さえた。
「いや、なんで俺こんな正直に答えてんねん」
「おらんのや」
「そこ拾わんでええ」
「じゃあ、予約しといていい?」
サラはニヤニヤしている。
「何を?」
「彼女」
「できません!」
渡辺は即答した。
「なんで?」
「なんでも何も、小学生は小学生らしくしときなさい」
「啓ちゃん、パパみたいなこと言う」
「お前のお父ちゃんが正しいと思うで、それは」
「サラ、ちゃんと小学生してるよ」
「どこがやねん」
「ランドセル背負ってる」
「物理的な話ちゃうねん」
関西人の漫才のような言い合いに、茉衣子はついに机に突っ伏した。
「だめだ、面白すぎる」
「お前、助ける気ないやろ」
渡辺は一旦茉衣子を向き、顔をしかめる。
「ない」
「即答すな」
そのとき、厨房の方から渡辺の母、恭子が顔を出した。
「啓太郎、何騒いでんの」
「あ、いや、別に」
「あら、茉衣子ちゃん。ほんま、大きくなったねえ」
恭子も茉衣子のことは覚えているらしい。
「こんにちはー」
茉衣子が手を振る。
「こんばんは、やろ」
「こんな大きなるんやね。昔はこーんな小っちゃかったのに」
高さ五十センチあたりを手のひらで示すお約束のやりとりである。
「あはは、あたしは昔から啓太郎よりデカかったすよ」
「今は俺のが大きいわい」
「お前何センチだ?」
「167や」
「あたしと一緒じゃねえか」
「うそ!」
渡辺がびっくりしていると、恭子の目が、サラの方へ向いた。
「あら、かわいい子やねえ」
サラはすっと背筋を伸ばした。
「こんばんは。古波蔵紗莱です」
「サラちゃん?まあ、きれいなお名前やねえ。おばちゃん外国の子やとばかり」
「イギリスのハーフですよ。英語しゃべられへんけど」
「そうなん。可愛いからよし。関西の子?」
恭子も方言で気づいたようである。
「はい、神戸です」
「あら、道理でおしゃれやて思ったわ。啓太郎とも仲いいのね」
「はい。こっちきてすぐ知り合って。茉衣子ちゃんのお友達やゆーて」
恭子は満足げにうなずく。
「うんうん。お好み焼きおいしい?」
「めっちゃおいしかったです。また来てもいい?」
「うんうん。いつでもおいで。おばちゃん待ってるわ。啓太郎も」
「俺はどっちでもええ。……ったあ」
渡辺は恭子から肩をどつかれた。
「ごめんなあ。この兄ちゃん意地悪いねん」
「ううん、啓ちゃん優しいですよ?」
サラはにっこりと笑う。
「俺なんもしてへんで」
「水くれた」
「店員なら全員やるわ」
「おすすめ教えてくれた」
「食うたことあるメニュー言うただけや」
「ここに座ってくれた」
「……お前、ないなら無理せんでええて」
渡辺は顔をしかめる。恭子はサラを見てにこにこと笑っていた。
「啓太郎、ええやないの。こんなかわいい子に懐かれて」
「懐かれてって、犬猫ちゃうんやから」
「失礼やろ。サラちゃんに」
「俺が言うたんちゃう!」
「ええ子そうやし。お母さん、こういう子好きやわ」
「おかんまで何言うてんねん」
渡辺はもう本当に頭痛がしてくるような心持ちだ。
「啓ちゃんのママ、いい人」
「サラちゃんもいい子やねえ」
「もう仲良くなってる……」
渡辺は完全に逃げ場を失った。そこへ、今度は厨房の奥から父、信司の声がした。
「啓太郎、何や、彼女か?」
「ちゃうわ!」
渡辺の声が店内に響いた。近くの客がまた笑う。茉衣子は笑い過ぎて涙目になっていた。
「啓太郎、声でけえよ」
「……おとんが煽るからあかんねん」
「でもなあ、別に付き合ってねえからって、否定が早すぎるのも傷つくよなあ、サラ」
またも茉衣子が煽り始めた。
「うん。ちょっと傷ついた」
サラが真顔で言う。
「嘘つけ。全然傷ついてへん顔やろ」
「少し傷ついた」
「少しかい」
こいつ、結構笑いのセンスあるなあ。末恐ろしい小学生やで。渡辺は少し悔しくなってきた。
「だから、あとで埋め合わせして」
サラ媚びるように首を傾けてみせた。
「何を要求する気や」
「また来てもいい?」
「それは客として来たらええやろ、普通に」
「啓ちゃんがいる日に」
「俺、毎日いるわけちゃうで」
「じゃあ、いる日教えて」
「……不定期や。店忙しい日」
答えに窮したが、嘘は言っていない。
「大丈夫。サラちゃん来た時はおばちゃん啓太郎呼んでやるから」
「余計なことすな」
恭子がそう言うと、サラの表情が明るくなる。
「じゃあ、毎日来る」
「なんでそうなんねん」
渡辺が叫ぶ。泰造はその様子を、少し呆れたように、けれど楽しそうに見ていた。
「啓太郎くん」
「はい」
「サラはしつこいからねえ」
「それ、本人の前で言うんすか、孫でしょ」
この一家、ほんま、なんやねん。渡辺は疲れが増してきた。
「本人も知ってるさ」
「サラ、しつこくない」
祖父のコメントにサラは口をとがらせる。
「しつこいよ」
茉衣子が言う。
「茉衣子ちゃんほどじゃないもん」
「それは否定できねえな」
茉衣子は頭を掻く。サラは、そこで少しだけ椅子から身を乗り出した。
「啓ちゃん」
「今度は何や」
「サラ、また来るから、覚えといて」
「覚えるも何も、そんだけ言われたら忘れへんわ」
「ほんと?」
「ほんま」
こっちは当分お前がいつ来るかビクビクすんねん、とまでは言わなかった。そろそろ会話終わるかな、渡辺がそう考え一息つこうとした時だった。
「なあ啓ちゃん」
「なんやねん」
「うちのこと、サラって呼んで」
「いや、今も呼んでるやろ」
「ちゃんと」
「ちゃんと?」
「サラってちゃんと呼んで」
「……サラ」
渡辺は少し困ったように呼んだ。サラは満足そうに笑った。
「うん」
「何の確認やねん」
「覚えてもらえた確認」
「美佳さんみたいなゲーム始まってもうてるやん。てか名前覚えてへんわけちゃうねんけど」
渡辺が茉衣子に言う。
「美佳ちゃんなんかしたん?」
サラはゲームのことは知らないようで首をかしげる。
「……あとで茉衣子に聞いとけ」
渡辺がため息をついていると、茉衣子がにやにやしながら言った。
「啓太郎、強敵だろ、サラ」
「強敵てなんやねん。……でも強いわ」
「だろ」
「お前が育てたみたいに言うな」
「姪だからな」
「関係あるかい」
その夜、渡辺は、店の手伝いよりも、上がった後の方がよほど疲れた気がした。相手は小学生で、しかも茉衣子の姪で、泰造の孫で、親にはなぜか気に入られている。かわすにもかわしきれず、強く拒むにも相手が悪い。サラは、帰り際にも店の入口で振り返った。
「啓ちゃん、またね」
「お、おう。またな」
「明日も来るで」
「そんな来んでええ!」
サラは嬉しそうに笑って、泰造の後について店を出る。茉衣子は立ち止まって振り返り、渡辺へ親指を立てた。
「よかったな、啓太郎」
「何がや!」
「未来の常連ができたじゃん」
「常連は今なったらよろしいがな」
「……じゃあ未来の彼女」
「やめろ!」
渡辺がそうツッコむと、茉衣子は笑って手を振りながら暖簾をくぐった。店の外に三人の姿が消えたあと、渡辺はしばらく入口を見ていた。それから、深く息を吐く。
「……なんやねん、あいつら」
渡辺が店内に戻ると、厨房から恭子が顔を出した。
「かわいい子やったねえ」
「おかんまでやめてくれ」
「また来てくれるとええね」
「まあ、頼まんでも来るやろ」
「ええやん。常連さんは大事にしなさい」
「常連っていうか……」
渡辺は、言いかけてやめた。
客。茉衣子の姪。小学生。この前知り合ったばかりの子。そのどれでもあるはずなのに、どうにもその言葉だけでは片づかない。
「啓太郎」
恭子が言う。
「何」
「顔、赤いで」
「鉄板の熱や!」
「はいはい」
恭子は笑って厨房へ戻っていった。渡辺はもう一度、入口の暖簾を見た。
「……もうしばらく忙しくなりそうやな」
そうつぶやいたが、声は少しだけ、笑っていた。
【次回予告】
ゴールデンウィーク、休日のまどろみの中、千宥に最大のピンチ発生!?
という感じです。お楽しみに。
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