第34話 彼氏と彼女と同級生Bと
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:0~2%
AI文をベースに改稿:3~5%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:93~97%
実はこの話、AIに一切の生成を依頼しませんでした。こちら、推敲と誤字脱字の修正、そして途中の映画のタイトルを決めてもらった程度で(その分数%をAI生成要素として拾ったか)、ほぼほぼ作者の完全オリジナルです。
作者自身の失恋経験もかなり織り込んでいるので(そして、大上よりエグイ最後を迎えた)、書いてて辛かったです。でも、筆は乗りました(笑)。
タイトルの「同級生B」、察しのいい方は分かると思いますが、元ネタは有名なあのバンドの曲です。玉ちゃんはあんまり高嶺の花ではないと思いますが。
新学期最初の週末、金曜日の昼下がり。春若栄久高校から麓へと下る坂で、樋口健介はため息をついた。新学期第一週。思えば、のっけからバタバタしていた。
杠千宥の妹、二生が入学するのは最初から知っていた。しかし、千宥の性別の話で騒ぎになるのは、もう少し落ち着いてからだと思っていた。幸い、あの時に仲良くなってくれた若杉果文……健介にとっては腐れ縁ではあるが、悪い奴ではないのは知っている。そういう子が真っ先に友達になってくれたのはありがたかった。彼女なら、味方になってくれる。
しかし、あの高宮一の人気タレント、城宮ひろここと城宏子とまで仲良くなるとは……。いや、果文と仲がいいこと自体は知っていた。けど、こうもあっさりと顔なじみになってくれるとは思いもしなかった。一応、顔は合わせたものの、どうせ千宥や古波蔵茉衣子の陰に隠れて忘れ去られているものかと思っていた。しかし、今朝、下駄箱付近で、「樋口先輩、おはようございます!」と挨拶してくれた。その横で果文が「健ちゃん、やほー」と軽い感じで手を振っていて、二生はぎこちなく会釈していたのも当然覚えているが、あの城宮ひろこが声をかけてくれたことで頭がいっぱいだった。
ここまではいい。果文と宏子は予想外ではあったが、同じ中学校の出身者同士、十分想定できる話だ。でも、まさか新宮領美佳がこちらに引っ越してくるとは思わなかった。千宥の「許嫁」で、千宥の複雑な事情を知ったうえで、それでも追いかけてきた女の子だ。千宥当人に確認したところ、二生には女性ホルモンのことは話したが、美佳にはまだ話していないと。……体のこと、もう隠せなくなるのでは?その前に千宥が心労で倒れてしまわないだろうか?千宥と美佳に関して、健介の心配は尽きないし、同じアパートに暮らす茉衣子や朝長慎吾と雛灯の兄妹もきっと同じ気持ちだろう。茉衣子と言えば、姪の紗莱が茉衣子の家に預けられたが、千宥方面のゴタゴタのせいで、すっかり霞んでしまった。そして、健介たちに事前に知らせずに転居してきたので驚きこそしたが、アパートにも新しい学校にもすっかりなじんだらしい。ゆえに、紗莱のことはあまり心配していない。別に冷たくしているわけではなく、ただ順調なのだ。……美佳と同時に転校してきた渡辺啓太郎に「ガチ恋」してしまったらしいことを除けば。
そして、今、健介の周りには、もう一つ頭の痛い問題がある。
「あー、うぜえ」
健介に代わりそのあおりをモロに食らっている朝長慎吾が声を上げた。今日は男二人での下校となった。
「どうしたんだ。茉衣子と喧嘩したか?」
「ちげーよ。大上だ、大上」
そう、健介の中学からの同級生だった大上茂は同じく同級生の玉井絢那に思いを寄せていた。しかし、玉井は昨秋から幼馴染の綾香雄人と交際していたのだ。健介たちも割と最近知ったことだったが、どうやら大上もこの春休み中にそのことを知ってしまったらしい。
「ああ、それな。大丈夫なのか?」
「こじれにこじれてるよ。まあ、大上もガン無視ではないけど、雄人には本当にそっけない感じ。いやな、俺は今回のこと、大上が悪いと思うぜ。女取られたぐらいでうじうじうじうじ……」
「……言ってやるな。お前と違ってあいつは一途だから、もうしばらくはこの世の終わりみたいな顔してるだろうよ」
健介は、どちらかといえば大上の方に近い人間として、そうフォローした。茉衣子と付き合うまで、方々でブイブイ言わせていた慎吾には、おそらく理解しがたい価値観だろう。
「わっかんねえんだよな。かわいい女の子なんて、ウチの学校だけでも何百人も転がってんのにさ。なんでそんな玉ちゃんにこだわるんだろって。……こうしてみると玉ちゃんって意外と人気なんだな」
「急にどうした」
「大上と雄人もそうだけど、これまで何回か『玉ちゃんいいな』って言ってた奴、いたんだよな」
「玉井は普通に可愛いと思うぞ」
「そうなんか。うん、なんか子供っぽくてさ。ちんこ立たんわ……」
慎吾はこう見えて好みのタイプは非常にはっきりしている。それは、明るくて、胸などしっかりとつくべき肉がついていること、ぱっちりお目目で……。健介はそこまで思い浮かべて、茉衣子と交際するのは今思えば妥当すぎるほど妥当だと考えた。
「そういや、雄人はわかってるん?」
「いんや。しかし大上があんな態度だからぷんすこしてる」
数日前、昼食を共にした時に雄人が憤慨していたのは覚えている。あれから状況は変わらずか。
「だろうな。……言わないのか?玉井に失恋したからって」
「俺が言って、どうなる?それこそ自ら修羅場こさえるようなもんだぞ」
「……それもそうかもな」
大上の奴、今もずっと玉井のこと考えてんのかな?ふとそう思い、健介はため息をついた。
思えば、中学一年生の時だった。荒木田小学校出身の大上と、松丘小学校出身の玉井が同じクラスになり、六月の席替えで隣の席になったのだ。この時既に大上は160cmをとうに超え、玉井はというと、辛うじて140cmを超えたぐらい。今や40cm以上の身長差があるこの二人は、この頃からそれだけの身長差があり、大上は玉井と話すことがあれば、明らかに見下げる角度だった。立っているときと座っているとき、当時の首の折り方の角度まで、大上の頭には刻まれている。大柄で、体も顔もゴツくて、女子に怖がられることも少なくない大上だが、玉井は分け隔てなく接してくれた。そして、それが恋心に変わるまでは、そう時間がかからなかった。
大上は小学六年生の時、好きだった女の子に思いを伝えたところ、泣かれてその場から逃げられ、挙句の果てには他の同級生にも耳が入り、女子から総スカンを食らった。荒木田小は一学年四十人前後の小さな学校であったが、その半数に嫌われたわけで、そこが孤独の始まりだった。ただ、健介の母校である久世小学校を加えた三校が交わる松が丘学園中学校に進学し、そもそも「事件」からも時間がたち、そういう「大上を嫌う」女子の空気は、大分やわらぎはした。しかし、そういう非常に苦い経験を持つ大上は、好意を打ち明けたら、今度こそ取り返しがつかなくなる。本当にそう思ったのだ。だから、隠し通した。
感情や表情が読みにくい大上ではあるが、こと玉井への好意は、周囲から見て非常に漏れ出ていた。……これは大上自身も自覚していないことではあるが。だから、中学から知っている健介も茉衣子も、そのことは非常によく認識している。高校進学以後も、慎吾に千宥、雛灯とみんな知っている。しかし、どういうわけか、玉井当人はその自覚が全くないのだ。本当に、「天然」である。そして、その玉井と秋ごろから交際している雄人もまた然りである。だからこそ、大上が彼に対し急に態度が冷たくなったことが、解せぬわけである。
その玉井と雄人は、あまりデートをしてこなかった。「騒がれるのが恥ずかしい」と考える雄人と、「出かけるよりも家で二人で過ごす方が好き」と考える玉井の思惑が一致した結果だった。それゆえ、雄人は交際を公言しなかったし、玉井もそれまで茉衣子と千宥ぐらいにしか打ち明けていなかったのだ。でも、外でしかできないイベントごとは二人でやりたいという思いがあり、三が日を避けて一月五日に初詣に出向いたところ、健介たちとばったり会った。最初はそういう意向だった二人だが、時間がたつにつれて「隠れてこそこそしないといけない」ことに疑問を持った玉井がデートを求めるようになった。それが、暖かくなったあたりのことである。
「今度の土曜日、暖かいし、映画でも見ようよ」
そうせがむ玉井に応じる形で、二人はデートをした。市内を代表するショッピングモールの一つであるタバスマイルで映画を見ることにしたのだ。話題の恋愛映画である。それが、春休みに入って間もなくのことであった。
その日、大上は部活も休みで外出する用事もなかったが、町に出ようと思った。彼の住む春若町の帰去来という山奥の集落からタバスマイルまではバスで五十分、運賃にして四百六十円。見たい映画があったのだ。好きなマンガの実写化。実写化自体は思うところはあるが、原作ファンとしては見ないわけにはいかない。「なんとか英語の追試をパスした自分へのご褒美」。そう自分に言い聞かせ、なけなしの小遣いをはたいて町へと繰り出した。
そして、意気揚々とタバスマの六階、映画館ロビーに上り、券売機でお目当ての映画のチケットを購入した。少し時間があったので、その辺の椅子に掛けて待とうとして歩き出したときに、非常に見覚えのある人影が目に入った。――玉井だった。
学校の外で見る機会はそうそうあるわけではない。いや、今年度は彼女の親友の古波蔵茉衣子のおかげで、海水浴に花火と意外と学校外のイベントをともにすることができた方ではある。だけど、水着や浴衣ではない普通の私服も……普通よりはややよそ行きに見えるが、非常に愛らしい。彼女も映画を見に来たのだろうか。一人でか?いや、古波蔵や杠あたりと一緒なのだろう。そう思うことにして、意を決して声をかけようとしたその時だった。
「絢那ちゃん、ごめんね、待った?」
そこに現れたのが雄人であった。
「あ、雄くん。ううん、大丈夫」
「ごめんね。まさか僕がトイレで待たせるとは」
「大丈夫だよ。……あ」
玉井と、最悪なタイミングで目が合った。
「わあ、大上くんだ」
玉井は無邪気にも駆け寄ってきた。雄人も後ろからにこやかについてくる。
「大上くんも映画見に来たの?『春色リフレイン』?」
「あ?いや、俺は『鋼鉄番長ギガント』をだな……」
非常に上の空に返事をした。
「『鋼鉄番長ギガント』ね。僕も機会があったら見てみたいよ」
雄人まで会話に参加してきた。二人で来たのか?聞くまでもないし、自信満々に答えられると傷つく。いや、恥ずかしそうに答えられると、もっとつらい。触れるに触れられない。
「お前も今度見るといい」
よって、そこには触れず、単純に雄人に対して返事した。相当声が上ずっているのは自分でも分かった。ここで、場内アナウンスが鳴った。この二人のお目当ての『春色リフレイン』のシアターが開場したらしい。
「そろそろ行こうか」
「うん。またね、大上くん」
「あ、ああ……」
二人が回れ右した瞬間、何とか床を踏みしめながらがっくりとうなだれた。本当は卒倒してしまいそうな気分であった。
「ねえねえ、ポップコーン食べたいな」
「僕も食べるよ。飲み物は何にしよう」
「絢那ね、ジンジャーエールがいい。雄くんは?」
「僕は……アイスコーヒーかな」
「わー、おっとなー」
二人の会話が、遠く感じた。
ここでやっと、予定していたベンチに腰掛けた。しかし、あまりにも予定外すぎる事態が起こり、もう腰が重くて仕方なかった。帰りたい。正直、映画どころではない。でも、チケットは購入してしまったし、このまま帰っては親に不審がられるし、親にどう声をかけられるかによっては、もう暴れてしまいそうだ。それから十五分ほどたち、『鋼鉄番長ギガント』の開場のアナウンスがなされた。ポップコーンまではなくともコーラぐらい買うつもりだったが、そういう気すら失せて、まっすぐ……いや、やや蛇行しながら改札へと向かった。
『鋼鉄番長ギガント』、出来としては悪くないと思う。俳優も原作のキャラクターデザインに割と似せたキャスティングやメイクがなされているし、ストーリー展開もオリジナル要素はありつつも、原作の空気を壊すようなものはなかった。一応、それぐらいは覚えているが、細かいストーリーなどは、ほとんど頭に入らなかった。もう、それどころじゃなかった。高校生料金千円ではあるが、チケットを捨てて直帰しても大差ないと思えるほどには時間を無駄にした……と言っては言い過ぎかもしれないが、三百円分ぐらいしか楽しめていない。いや、さっきのことを思い出すと、作品ごとトラウマになりかねない。その損失は三百円どころの騒ぎではない。そんな辛い時間だった。本当に帰ればよかった。
がっくりうなだれながら、下りのエスカレーターに乗る。二階まではまっすぐ降りるが、そこから館外に降りるエスカレーターは別の場所になるため、館内を移動する必要がある。途中、大手のカフェの前を通る。……一足早く映画を見始めたあの二人が、一足早く映画館を後にし、お茶していたのだ。見たくないものを見てしまった。いや、こんなもの予想できるものか。
またも大上の存在に気づき無邪気に手を振る玉井に、目も合わせず軽く手をかざし、速足で通り過ぎていく。耐えられない。
「タバスマイル川里町」の屋外のバス停に降り立つと、時刻表を見た。123番系統、久世・帰去来経由、天幕行きは七分後。頼む。あいつらが降りてくる前に来てくれ。そわそわしつつ、若干遅れて十一分後、目的の123番のバスに乗り込んだ。
なんとか、この時の大上にとっては「地獄の箱」としか言いようがないタバスマをエスケープし、次の山王駅前バス停で空席ができ、腰を掛けると、力……というか魂が抜けるような心持ちがした。そこから、帰去来バス停に着くまでのことは、正直覚えていない。いつもならバス停から五分かかる自宅までの上り坂もおそらく倍以上時間がかかったと思うが、その記憶もあんまりない。家に入り、「ただいまぐらい言いなさい」と叱る母親に「ん」と生返事すると、そのままベッドに倒れ込んだ。そして、枕に顔をうずめ、小学校以来数年ぶりぐらいに号泣したのだった。
次の日、部活を休んだ。熱が出たことにしたかったが、37.1度ほどしかなく、「悪寒がする」ともっともらしい理由を付け加えたところ、顧問の浦川先生から、
『お前が体調崩すとか、相当タチの悪いウイルスだなあ……。うつされたら厄介だから、治るまで休め』
と、やや毒がありつつも気遣いの返信が来た。お言葉に甘えて、その週の週末まで休んだが、部活に復帰したそれ以降も、正直、部活に身が入らなかった。幸い、長期休暇中は特段の活動がない将棋部の雄人と帰宅部の玉井が春休み中に登校する心配はほとんどなかった。
「大上、タイムいまいちだな。病み上がりか?」
「……そんなとこです」
先輩にも生返事するしかなかった。
正直、部活以外は部屋に閉じこもった。あまりやる気を持ってやっていない陸上部での活動であったが、それでも、普段は家の周りを走ることぐらいはしていた。けど、それもしなくなった。誰にも会わないような田舎ではあるが、もう「誰にも会いたくない」どころか「何もしたくない」だった。
家族には、何も言っていない。これまで「玉井」という名前ですらあまり親の前で口にしていない。だから、失恋しただなんてことも言いもしない。けど、あの映画に行った日に何かあったんだろう、というのは家族にも見え見えだった。「どうせ手痛く失恋したんだろう」とまさにその通りのことを思いつつ、そっとしておく。それが、大上の両親なりの優しさであった。
三月も終わりに近づき、Xデー、すなわち始業式が近づく。普通であれば、新学期を楽しみにするか、「春休みが終わってしまう」という軽い喪失感を覚えるか、そのどちらかだろう。しかし、大上にとっては、「玉井や雄人と顔を合わせる日が来る」という危機感だった。二年生になるとクラス分けで文理が分かれる。大上は理系選択であり、玉井は文系を選択したと本人から聞いた。この時点で、クラスが一緒にならないのは確定だった。あの時、大上は残念で仕方なかったが、今となってはありがたい。わからないのが雄人だ。ただ、理系っぽい印象を受ける。
そして、始まった新学期、大上の悪い予感は……当たってしまった。まず、人と顔を合わせたくなさすぎて、従前よりも一本遅い、始業ギリギリの便で学校下のバス停に降り立ち、重い足取りで坂を上る。
「大上、ギリギリだぞ。寝坊したのか?」
「いえ……」
校門に立っていた体育教師の深町にも上の空で返事し、クラス分けを見る。
……ああ!
六組、出席番号二番に綾香雄人の名前を見つけ、その六つ下、出席番号八番が大上だった。……顔を合わせられない。勘弁してくれ。
それで頭がいっぱいで、慎吾と同じクラスであることはもう気にしている余裕がなかった。とぼとぼと歩き始めた。少し経つと、玉井の親しい友人の一人である杠千宥が息を切らせて坂を上るのが見えた。大上は思わずダッシュし、足早に靴を履き替え教室へと向かった。
かなりギリギリに入ったので、教室に入った時点で、既にホームルーム三分前ぐらいであった。自分の机の位置を確認し、歩いていると、慎吾に声をかけられた。
「おう、大上、二年連続だな。健介の奴、七組だってよ」
「ああ、そうか」
もう健介も慎吾も気にしている余裕がない。そんなところだったが、あと一、二分だけでも時間をつぶしたい。そんな気持ちになった。
「雄人の奴もいるからな。健介だけが離れちまったぞ。可哀相な奴」
雄人の名前を、恐らく悪意なく口にする。俺は今、雄人と一緒になって可哀相だ!叫びたくなる衝動を必死にこらえた。
「お前の妹も理系だったろう」
必死に別の人物を引っ張り出して、話題をそらそうと考えた。
「ああ、ひなはな、健介と一緒の七組になったぞ。まあ、あいつら仲は悪くないし、いいんじゃね?それより、担任誰だと思う?妙ちゃんとかいいよな。たこ福も……まあ悪くないけどな」
「あ?ああ、そうだな」
慎吾からさらに話題を転換され、返事に窮している所でチャイムが鳴った。……さあ、時間だ。
四月、年度初めの時点では、出席番号が若い方から、前から後、そして窓側から通路側に席が組まれており、三十四人のこのクラスは、両側の二列が五人、内側の四列が六人となるように並べられている。すなわち、出席番号八番の大上は窓側から二列目の前から三番目である。そして、雄人はというと、窓側の列の前から二番目――そう、よりによって大上の斜め前の席なのである。それで、着席せずに慎吾とあの短時間だけでも雑談した。なんという運の悪さだろうか。最悪だ。
「あ、大上くん、おはよう。また同じクラスになったね。よろしく」
斜め後ろを振り向いた雄人は、自然な形で大上に話しかける。
「……ホームルーム始まるぞ」
なんとか出した言葉がそれだった。つっけんどんな物言いに雄人はたじろいだが、「うん……」と言い、前を向いた。
しかし、ホームルームは数分遅れて始まった。なぜなら、六組の担任は先ほど校門にいた深町亮太だからだ。要は、始業時刻に校門を後にして、教室に上ってくるまでにそれだけの時間がかかったわけである。深町が入室するまでの間、教室では私語がやまなかったのだが、雄人は、先ほどの大上の圧に押されて、話しかけてこなかった。自分が強面でよかったと、こんな時だけは思う。だがその分、ただただ気まずい時間が流れた。
五組や七組のように転入生が来たわけでもなければ、各々の担任である榊原妙子や伊福成芳のようにキャラ立ちしているわけでもない深町のホームルームは、遅れて始まった割にはさほど時間がかからずに終わり、すぐさま始業式に移動となった。
「大上くん、始業式いk……」
雄人が誘い文句を言い終わる前に大上はブンッと音がせんばかりの勢いで椅子を立ち、そのまま雄人に背を向けたまま歩き始めた。
「……?」
無視された雄人は眉をひそめてその姿を見送り、少し遅れて席を立った。
「おう、雄人、どうした?珍しくシリアスな顔をして」
通りがかった慎吾が声をかけた。
「ああ、慎吾くん。大上くんの様子がおかしいんだ」
「なんだ、あんなん元から変だぞ」
さっき立ち話していたばかりで、さほど違和感を感じなかった慎吾はそう笑い飛ばす。
「いや、ああ見えて、不器用だけど優しい巨人!みたいな感じじゃない、彼。だけど、さっき僕が話しかけたら『静かにしろ』みたいに言われたりとか、今も、僕のこと無視して行っちゃったんだよね」
「あー、そっか」
慎吾は、ここで何か察したらしい。
「ねえ、何だと思う?」
「あー?そうだな。……わかんね」
慎吾は知らんぷりをすることにした。
数秒考え、先ほど自分が雄人から「謎の転校生」――新宮領美佳の話を問いただされ、話を打ち切ったことを思い出す。先ほど、「話は後にしてくれ」と自ら言ったのだ。
「なあ、さっきの五組の転校生のこと、気になるだろ。聞くか?」
「え?ああ、そうだね。聞かせてよ」
雄人もそう言われたら応じるしかなかった。
翌日から新学期が本格的にスタートしたが、大上は休み時間になると席を立つ。間髪を入れず、雄人が声をかける前に。そして行く先はトイレの場合もあれば、ただ、廊下を当てもなく彷徨うかのどちらかだ。あの席にいたくない、ただそれだけ。そういう対応をされるのが分かっていて、だんだん雄人も声を掛けなくなった。昼食は、雄人は元々学食派で、よく健介や慎吾と一緒に食べる。昨年度は大上も一緒に学食を食べたり、持参した弁当を一緒に学食で食べたりだったが、ここ数日は自分の席に弁当箱を広げて、学食にも行かなくなった。こうも露骨だと、雄人も「僕を避けている」と気づかないわけがない。しかし、それを健介や慎吾に相談したが、まともな答えは返ってこず、「玉ちゃんとやってるか?」と下世話に話をそらされたり、「周囲のことも考えろ」とかよくわからない説教をされた。いったいなぜなんだろうか。雄人には意味が分からなかった。
当の大上は、元々友達が多くない。そして、今は休み時間、教室にいないのだ。なので、ますます孤立していった。慎吾とは話さないことはない。しかし、目下、「共演NG」の雄人と大上にとって六組におけるほぼ唯一の共通の友人である慎吾からすると、どちらか片方の相手しかできない。そうなると、より積極的に絡む方と話しがちになる。すなわち、慎吾は大上よりも雄人といる時間が多い。それは、社交的な雄人と独りが好きな大上の生来の性格もあるし、この状況で人と話したくない大上には猶更だった。
さて、新学期最初の金曜日の午後、「栄久高校下」のバス停。
元々春若栄久高校への通学者が多くない天幕や帰去来方面に向かうバスを、大上は一人で待っていた。そこに、健介と慎吾が通りがかった。健介は経緯を知っていて、面倒くさそうに見ていて、スルーして通り過ぎようとしたところだったが、慎吾は「面倒を断ち切る」方向に動くことにしたようで、大上に向かっていった。
「おう大上、バス待ちか」
大上の住む帰去来方面は、校門前からの直通便がない。だから彼は、いつも坂を下りてからバスを待つ。この時間に会うこと自体は、何ら珍しいことでもなく、一緒に坂を下るか、このようにばったり会った状態だと、「おう」と挨拶し合うぐらいだった。一年も同じ学校で過ごした今となっては、わざわざそう絡んでくる方が不自然ですらあった。そう考えた大上は眉をひそめた。
「見ればわかるだろ」
「わかるぜ。大変なこって」
「……何が言いたい」
「い・ろ・い・ろ、大変なこって」
「お前な」
大上は唸るように声を絞り出した。健介は額に手をやった。
「この前俺らと雄人で昼飯食っててな。『大上くんが僕のこと、無視するんだよォ。僕、カレに何かしたかなァ?』って言っててな」
慎吾は、多少誇張した雄人のものまねをして見せた。
「……何もしてない。別に」
「してなくはねえだろ」
「……何もだ。これっぽちも」
大上の語気が強まる。
「まあ、したけど、あいつが恨まれる理由なんて、ねえわな。清く正しい感じの、アレだからな」
「……」
大上は黙ってしまった。一分ほど、沈黙が流れる。
「……俺はどうしろと」
「知るかバカ」
慎吾はぴしゃりと言い放った。
「三年?四年?知らんけど、狙ってた獲物をお前が見す見す逃した、それだけだろ。お前から奪い取ったわけじゃねえのなら、恨まれる筋合いはねえよ。お前はハナからただの同級生Bだろ」
「慎吾」
容赦ない口撃にさすがに健介が制した。
「大上、こいつの基準は上級者すぎるから当てにするな。ただ、お前、隣のクラスから見てても、負のオーラ出てるぞ。やばいぐらい」
「……」
大上は慎吾から罵倒されている時点から微動だにしない。
「帰るぞ、健介。今こいつに何言っても無駄だ」
「あ、ああ……」
つかつかとアネックス久世に向けて歩き出した慎吾といまだ微動だにしない大上の両方に目をやりつつ、健介は慎吾を追いかけることにした。
「悪い、じゃあな」
週末挟んで、月曜日のことである。雄人は一緒のバスで登校した玉井と別れ、教室に入った。右後ろの席は、大上が鞄を置いた形跡はある。ただ、当人はいない。明らかに雄人を避けている。新学期に入ってからずっとそうだ。ここまで続くと、怒りがわいてくる。僕が彼に何をしたというんだ?厳密には、この週末の間に、怒る気力すらなくなってきた。彼は結局、そういう、何を考えているのか分からない人。そう思うことにし始めたところだった。
「おう、雄人」
「ああ、上野くん、おはよう」
斜め前の男子生徒が声をかけてきた。彼は松丘小学校時代の同級生である。そして、中学は雄人と別、市立の松が丘学園中学校を経て今この高校にいるという、いわば玉井と全く同じルートを歩んでいる。
「お前、いつの間に玉井と付き合ってたんだな」
「え?ああ、知ってるの?」
「タバスマで『恋人繋ぎ』してるの見たって」
「えー。見てたの?声をかけてくれたらいいのに。なんかコソコソされるの、怖いな。あの日、多分大上くんぐらいしか会わなかったけどね」
「いや、俺は見てない。目撃したのは平松だって聞いたけどな……」
上野がそうつぶやく。そして、怪訝な顔をして続けた。
「……大上、会ったのか?」
「ああ、会ったよ。僕らとは別の映画を見に来てたみたい」
「え、ああ。それで、ふーん」
上野は何か意味深な反応をした。
「それはそれは」
上野が苦笑し始めた。雄人は、急に不審に思い始めた。
「ねえねえ、大上くんがどうかした?彼、最近様子がおかしいんだけど」
「ああ、お前、マジで知らんの?」
「何をさ」
「大上、玉井に中学の時から惚れてんの」
「……え?」
雄人は固まった。
「知らねえ?大上からは何も?」
「……聞いてないね」
雄人は首をかしげながら答えた。
「ちなみに、玉井は大上については何と?」
上野の質問に雄人は少し考えこんだ。
「『優しい子だよね』って。僕もそう思ってたけど、ちょっと最近変だからさ」
「あー。なるほど。様子がおかしい、ね。まあ、愛しのあの子のラブラブデート見せつけられたら、ねえ」
上野はニヤニヤしている。
「……えー」
突然、衝撃の事実が告げられ、雄人はこめかみを掻くしかなかった。
「まあ、あいつと対決するのはしんどいかもしれんけど、がんばれ」
そう言うと、トイレに行くと言って、立ち去った。雄人は一人残された。
「……マジか」
今日もその後は結局、二人が交わることはなかった。大上は真っ先に席を外し、雄人自身がトイレなどで席を立つとなれば、大上は逆に席に座っていることが多い。ただ、雄人が戻ると席を立つ。そんな露骨な避けっぷりだ。ただ、今、その理由を知った今、雄人は前のような「怒り」「諦め」の感情とはまた変わり、ただただ困惑していた。大上くんの気持ちはわからなくもない。だけど、それで僕にそんな態度を取られても、逆恨みもいいところじゃないか。こんな気まずい思いをするのは嫌だ。だからといって絢那ちゃんと別れたり、ましてや譲るなんてありえない。でも、正直、こっちも気持ちの整理がつかない。
今日の所は、昼休みに健介や慎吾に相談することもなく、自分の中に秘めたまま、一日を過ごした。正直、この時点では玉井に打ち明けるつもりもなかった。男と男の話だ。絢那ちゃんに言ってどうなる?「正直の上に馬鹿がつく」雄人とて、わきまえているつもりだった。しかし、帰りのバスでも玉井の話に上の空だった。
「ねえ、雄くん、聞いてる?」
「え?ああ、もちろんさ」
「……絢那、何の話してた?」
「あー、それはね」
途端に口ごもる。これはまずい。
「雄くん、変だよ。何かあった?」
話を聞いていないことを怒るよりも先に、玉井が心配そうに眉をひそめた。
「いや、なんでもないさ。僕だって考え事はするんだよ」
「なんか、すっごく面倒なことに巻き込まれた顔」
うぐっ。雄人が背中を硬直させた。知り合って十三年、色々な意味でただならぬ仲。玉井に隠し事はできない。
「ここじゃ言えない話?」
栄久高校発、唐人町バスセンター行き。周囲はほとんど栄久の生徒たちである。もちろん、単純計算でその三分の一が同級生である。
「ちょっとね」
「……次の次、シャインヒルのバス停だよ。バス降りて話そ」
玉井が提案する。雄人と玉井が住むシャインヒル・ニュータウン。彼らの最寄りのバス停はシャインヒル中央であるが、玉井の提案で、ひとつ前のシャインヒル東で下車した。歩きながら話すということだ。
「どうしたの?」
バスを降りて、早速、玉井が切り出した。
「ねえ、大上くんのこと、どう思う?」
「えー?いい子だよ。絢那ね、松小だから、大上くんとは中学で知り合ったでしょ。大上くん、荒小だから。最初、おっきくて、顔も怖いから、近づきたくないなあ、とか」
ここまでは、一般的に大上が抱かれやすい第一印象そのままである。雄人は「うんうん」と相槌を打ちつつ聞いていた。
「あとね、さやちゃんって子が……あ、雄くん知らないか。あのね、さやちゃんは荒小の子で、大上くんに告白されたことがあって、すっごく怖かったんだって。だから、荒小の女の子からは、あんまり近づかない方がいいよって言われて、最初は絢那も警戒してたの」
「えっ」
雄人は耳を疑った。大上くん、そんな扱いをされてたの?さやという女の子がどんな子かは知らないが、荒木田小の同級生女子全体から「そんな扱い」をされるって、どんなフラれ方をしたのやら。
「でもね、お話したら、全然怖くなくて。でも、人見知りで口下手なのね。雄くんも知ってると思うけど。そこからは、まあ、ちょっとずつお友達もできて、樋口くんとはその時からの仲だし、絢那も茉衣子ちゃんも普通にお話しするようになったんだよ」
一点だけ衝撃的な事実がありはしたが、それ以外は本当に普通の話である。
「で、大上くんがどうしたの?」
玉井は、本当に純粋にそう聞く。
「あのね。びっくりしないでよ。もしかしたら、絢那ちゃんは本当は気づいてたのかもしれないけど」
「……なあに?」
玉井は眉をひそめた。ついに言う時が来た。雄人は震えつつも、何とか言葉を絞り出す。
「大上くん、絢那ちゃんのことが好きだったみたい……」
「えっ……」
玉井は呆然とした。
「絢那を……?」
「うん。そうみたい。僕は知らなかったんだけどね。今日、上野くんからそう聞いてね。『お前ホントに知らないの?』みたいな勢いで。……あのね。絢那ちゃんが知ってても責めるつもりはなくて、でも、これから大上くんにどう接しようかなと」
「あ、そうだね。えーと……」
玉井はうつむいてさらに首を傾げた。
「えっとね。絢那本当に知らなかった。あー、大上くん、そうなんだ……」
少しの間、両者ともに黙り込む。沈黙を切り裂いたのは、すすり泣く玉井だった。
「……絢那ちゃん?」
「えっと、うーん。わかんない。さやちゃんみたいに大上くんに好きになられたのが嫌とかじゃなくて。いい子だけど絢那には雄くんがいてね。あの、……どうしよう?!」
そのまましゃがみ込み泣き崩れてしまった。正直、雄人の方こそ泣きたい気分だった。
「ごめんね、こうやって困らせるだけだから言いたくなくて」
「うん……。ごめんね、でも、隠されるのはもっと嫌」
泣き崩れて言葉もおぼつかなかったがそこははっきりと言い切った。しばらくの間、雄人が玉井の肩を抱く。落ち着いたところで雄人が続けた。
「そっか。……映画の時らしいよ。知ったの」
「あの時。……あのね、映画の後、ドリッパーズ寄ったでしょ」
タバスマイル二階のチェーンのカフェである。
「大上くん、なんか、不機嫌そうに走っていった」
「ああ……」
雄人も覚えがある。大上が早歩きしており、玉井は「大上くん、やほー」と無邪気に手を振ったが、目も合わせず投げやりに手を振り返したのだ。あの時から彼の異変は始まっていた。
「あれね、映画の出来におこだったからだと思ったの。でも違くて、絢那たちのせいだったんだ……」
「僕らの『せい』とは言いたくない。だけど、そうなっちゃうか」
雄人は少し考えこんだ。
「あのね、雄くん、大上くんと同じクラスでしょ」
「うん」
「最近はどんな話するの?」
「それなんだよ」
雄人も少し語気が強くなる。
「え?」
「彼、僕のこと、露骨に無視するようになったんだ。……そりゃないよ。僕は彼のこといい友達だと思ってたのに」
「……そっか」
「ごめんね。これは男同士の話だと思ってたから、僕が解決するつもりだったんだけどさ」
「ううん」
玉井は首を横に振る。
「絢那も誰かに雄くんを取られたら怒るもん。それだけ絢那が好きなのは嬉しいけど、絢那は雄くんと大上くんは仲良くしてほしいな」
「うん。でも、僕にはその方法が分からないんだ」
「絢那もね、ちょっとわかんない」
ここで、雄人の家の前にたどり着いた。
「雄くん、今日はゆっくり休んで。絢那はもう帰るからね」
「あ、うん」
ここで、いつもなら誰もいない雄人の家か、雄人の母がいるなら玉井の家で過ごすのが定番だが、今日はそれをしなかった。ちょっとびっくりしたが、確かに雄人もそういうメンタリティにはならない。
「また明日ね」
「うん」
雄人はその背中を見送った。玉井はそこから数軒隣の家に住む。すぐそこだ。玉井が左に曲がり家に入るところまで見届けて雄人も家に入った。
「ただいま」
玉井絢那が帰宅し、声を張った。今日、母親の佳那はパートがない日だ。
「あーちゃんお帰り」
娘よりも小柄で、長さこそ違うが、ロングヘアを娘と同じようにおさげにしている。「母親」というにはどこか幼い印象がある佳那は、娘の顔にびっくりした。
「どしたの。目真っ赤だよ?泣いた?雄くんと喧嘩した?」
「ううん。泣いたけど、雄くんと喧嘩じゃないよ。雄くんに心配かけちゃった」
絢那がぺろりと舌を出す。
「そう?雄くんにあんまり心配かけちゃダメだよ」
「心配し合いたいもん。絢那も雄くんの心配したい」
絢那は母親に顔を背けながら言う。「最初は雄くんが絢那に心配かけたんだよ?」とまでは言わない。絢那は、今日雄人が隠し事をしようとしたことがちょっとだけ不満だった。今日はそれを自分で「見抜けた」からいいが。
階段を上がり、自室に転がり込むと、まずは制服を脱ぎ、下着姿で布団に飛び込む。疲れた。心が疲れた。大上の気持ち。まったくこれっぽっちも気づいていなかったと言えば、さすがに嘘になる。あの無骨な大上が、自分には優しくしてくれるし、助けてくれたことも一度や二度ではない。でも、「いい人」と思っていても、それは絢那から見れば「恋心」には程遠いものだったし、仮に、雄人より前に告白されて、付き合っていたか?と言われると自信はない。……完全に「ありえない」とまでは自分でも思わないが。だから、「全く気づいていない」ことにした。これは、茉衣子や他の友人に対しても徹底した。
でも、きっと雄人も同じことを考えているとは思うが、今は「雄人と付き合っている」わけで、それに気を使ってこっちの身の振り方を決めるつもりはない。でも、大事な友達ではあるのだから、自分のせいでギスギスしてほしくない。大上にも雄人と仲良くしてほしい。
「絢那って、わがままなのかな」
そうぽつりとつぶやいた。絢那はスマホを取り出した。……あんまり変なことしたら、雄くん怒るかな?ただ、絢那にとってこれだけは自信があった。絢那からお願いしたら、きっと……。
123番系統、帰去来・天幕経由、喜瀬屋ベイサイドランド行き。今日は部活がない日。そういう日によく乗るこのバス。「いつも通り」の光景であるが、大上は全然「いつも通り」ではなかった。思えば、朝長慎吾という男は、大上のような口下手で、人見知りで、女性との接し方も碌にわからないような奴とは正反対であり、自分と付き合いがあるのが不思議なほどの奴だ。それでも、不良っぽいナリなのに、賢くて、明るくて、誰とでも仲良くできて、敵を作らない男。そんな男に初めてあそこまで面罵された。おそらくは、玉井に好意を寄せていることも全部知っていたのだろう。慎吾にも健介にも、「三、四年前から」どころか「玉井が好き」すら言っていなかったはずだ。けれども、どこからか漏れていた。それがなぜだかはわからないが、もう、そんなものどうだっていい。どうせ俺は元々一匹狼なのだ。こんなJRが廃線になるような山奥でひっそり誰ともかかわらずに暮らすのがお似合いだ。そう自嘲していたところに、ポケットに入れたスマホが震えたことに気づいた。通知欄を見てギョっとした。
『たまいあやな「おつかれー!(funny)(funny)(funny)大上くん、今時間ある?ちょっと聞きたいことがあって連絡してる……」』
玉井である。括弧書きは絵文字の代替テキストだろう。そして、困ったことに、送った文章が長いらしく、全文が読めない。これを読むには、既読をつけるしかないわけだ。どうしよう。もし、今すぐ話さなければならない何かなら?意を決して、LINEのアプリを開いた。さっきの括弧書きは(>∀<)という感じの絵文字だった。早速続きを読む。
……『んだけど、今電話いい?あやなはそんな慌ててないから、大上くんのいいときでいいよー』
心臓が高鳴った。失恋した身だが、それでも自分が恋した相手からの連絡は、とてもドキドキするものだ。返事を送る。
『電話はいいけどまだバスの中。10分ぐらい待ってほしい』
すると、ほぼノータイムで『OK』のスタンプ。……これ、すぐにでも電話した方がいいやつか。というか、いったい何の話だ?大上が眉をひそめる。
嫌な予感がしたので、帰去来バス停を降りてすぐ、玉井に電話する。
「あ、もしもし?大上くん。急にごめんね」
「ああ、玉井か。大丈夫だ。今日は部活が休みで」
「うん……。あのね、今日、色々聞いちゃったの」
大上の背筋が凍る。雄人のことか?
「色々って、何をだ……?」
「色々は色々。春休みにタバスマで会った時何で急ぎ足だったかとか、雄くんに冷たい事とか……」
ああ、知られてしまった。これはだいぶ恥ずかしい。この時点で、大上は気まずくて仕方なかった。
「あと、絢那の、ことも?」
歯切れの悪い言葉に、大上は心臓が爆発しそうな感覚を覚えた。
「あのね……」
そこで玉井も黙り込んだ。多分だが、電話の前で深呼吸しているような気がする。
「あー、無理しなくていい。すまんが、俺も相当無理をしてる。でもお前までそんな目に……」
大上が言い終わる前に玉井は話を被せた。
「あのね、大事なこと。絢那ね、その、お世辞じゃなくて嬉しいの。だけど、大上くんって、なんとなくそうなのかな?と思ってたのに知らんぷりしてる間に、雄くんと再会して、その。……本当にごめん」
その言葉に、大上は慌てた。
「あ、謝るな。俺のせいだ。俺が、全部悪い」
慎吾にああまで言われた後で、今度は玉井からそれを言われると、慎吾に言われたことを、認めざるを得なかった。
「大上くんは悪くないの。でも、そうだなあ……絢那から一つだけお願いしていい?」
「な、何だ?」
バス停前に広がる春若ダムの景色。あまりこういう話をするのに似合うロケーションではないが、家の最寄りのバス停で立ったまま、元想い人からのお願いに自然と姿勢が正しくなる。
「雄くんと、仲良くしてほしい。絢那ね、大上くんのことも大事だから、雄くんと喧嘩するの、嫌だな。……ごめんね、絢那、相当わがまま言ってるのわかってる。でも、つらい」
電話口が心なしか涙声に聞こえる。……大上もつらくなってきた。玉井に相当背負わせてる。だが、大上とて現時点で「任せろ、明日から雄人とは仲良しこよしだ」と断言できるメンタルでもない。
「考えておく。……悪い。俺もまだ外で、ちょっと家帰ってじっくり考えたい」
「そっか。ごめんね、急なことで」
「俺も、すまない。……じゃあ俺は家に帰る」
そう言って、電話を切った。ふーっ、と、とても大きなため息が出る。
「マジか」
そうつぶやくと、彼の長い脚にしては小刻みにとぼとぼ歩き始めた。
翌朝。火曜日である。新学期に入って、一本遅いバスに乗っていたのを元に戻す。
栄久校下で下車し、通称「栄久坂」を上る。
「おう」
後ろから、とても聞き覚えのある声がする。慎吾だ。昨日ああまで言っておいて普通に声を掛けられるメンタルは、正直見習わなければならないと、大上は今だから思う。
「ここ最近にしては早えな」
「今まで遅かっただけだ」
「吹っ切れたか?」
慎吾がニヤリとしながら聞く。
「知るか」
昨日の仕返しとばかりに吐き捨てる。そして、続けた。
「……ただ、次誰か好きになるまで、引きずる。きっと。前がそうだったんだ」
「わかんねえ感覚だな。お前、うちの学校、何人女子がいると思ってる?」
唐突な質問に、少し首をかしげる大上。
「四、五百人か?」
「だな。三百かけるの三学年で、男女で割る二だ」
慎吾は改めて計算式を言ってみせた。
「一人に固執することなんて、ねえんだよ。もしかしたらそのうち三百人ぐらいは彼氏いるかもしんねえけどさ。あとの百ン十人はフリーだ」
慎吾の前提では、やたらと彼氏持ち率の比率が高い気がするが、大上はあえて突っ込まなかった。
「百ン十人だぞ。思いのほか転がってるのよ。俺だって雄人だって、四百五十分の一を引き当てただけだ。それだけ」
「お前らしくないざっくりした理論だな。古波蔵の思考回路がうつったか?」
茉衣子の名前を出されて思わず慎吾が噴き出した。
「まあ、なんだかんだであいつとも周波数が合ってるってことなんだろうな。こちら四二五八キロヘルツですってか」
「なんだその数字」
「俺の誕生日とあいつの誕生日だ」
慎吾が四月二日、茉衣子が五月八日生まれである。
「……ああそうかよ」
大上は投げやりに返事するしかなかった。このところの「不機嫌」ゆえでなく、そうとしか反応してやれなかった。
教室。いつもより早い到着。大上は、自分の席に足早に座る。……雄人はもう登校しており、なんなら右斜め後ろ方向をぼんやりと見ていた。そして、目が合った。
「わ、わわあ!!」
雄人もつい変な声が出た。そして、ここまでのリアクションを取った以上、こちらから無視するわけにはいかない。
「お、おはよう。元気かい?」
「……先月よりはな」
「そっか。僕もまあ、先週よりは元気、かな?」
「俺も先週はもっと元気がなかった」
「……って、何を張り合ってるんだい、僕らは」
思わず雄人が笑う。大上は、敢えて、これまでの態度は詫びたりしない。強情に思えるが、玉井の電話を受け、「誰も悪くない」というスタンスでいることにしたのと、雄人とのこれまでの関係性から、「謝って改めてしんみりした空気を作る」よりは「リセットしていつも通りの関係に最初から戻す」方がうまくいくと思ったからだ。
綾香雄人は、四年間思い続けた玉井絢那の彼氏。今日も胸の底に感じる何かを抱えながら、去年からの関係が続いていく。
【次回予告】
おこのみ対州なべや、ついにオープン。宣伝の甲斐あって、あの一家がやってくる?!
という感じです。お楽しみに。
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