第19話 樋口健介と古波蔵茉衣子
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:5~10%
AI文をベースに改稿:15~25%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:65~80%
この「ハルワカのうた」、作者のブログで掲載していたものを、大幅に加筆修正して「なろう」で再公開しています。ただし、このエピソードは「なろう」掲載にあたり書き下ろしたものです。
そして、途中、茉衣子が健介の家を訪れるシーンのみアイデアに煮詰まってAIに書いてもらい、その次のシーンもアイデア出しはお願いしましたが、ほとんどが私が自力で書いたものです。こうやって、自分で書けるだけ書けたらと思っています。よろしくお願いします。
余談ですが、茉衣子の筆跡、私のリアル筆跡とほぼ合致という設定です。
樋口健介は松が丘学園中学校の出身だ。いかにも私立っぽい名前だが、市立だ。高宮市春若町の南半分を校区としており、高宮大学松が丘キャンパスに隣接する地区にあるため、この校名となったわけである。
健介の母校である久世小学校と、大学やそれに隣接するニュータウン群を多く校区に含む松丘小学校、それに山間部の荒木田小学校の三校出身の生徒たちが通学しており、今も同じ春若栄久高校に通う玉井絢那は松丘小、大上茂は荒木田小の出身である。
二年生になり、この三人は前年度の一年五組に続き、同じクラスになった。
大上とは一年生の時の仲だ。大柄で、強面で、この頃既に175cmほどあり、群を抜いて大きかった。それゆえ怖がられることもあったようだが、健介とは、互いに陰キャで友達が少ない者同士、なんらかのシンパシーめいたものを感じ、つるむようになっていた。対して玉井とはあまり話してこなかった。強いて言うなら健介は、大上がこの玉井に惚れているらしいことをうっすら察している程度だった。
始業式、初めて教室に入ると、座席指定があった。ちょうど男女十五人ずつの三十人学級で、五人×六列の座席指定となっていた。おおよそ名前順だが、完全にそうなっていない。ただ、名前を見て、男女の列が交互に配置されているらしいことには気づいた。健介は左から三列目、男子の中央の列の最後尾だった。一番後ろなのはとてもいい。しかし、左隣の席に書かれた名前を見て、健介は首を傾げた。
古波蔵。
なんだこの名前は?こんな奴、うちの学校にいたかな。というか、なんで読むんだ?座席配置から察するに、女子だろう。
女子かあ。可愛い子ならいいんだけどな。でも、いや、でも期待しすぎると大体裏切られるものだ。健介は努めて考えないようにしながらも、どこか期待してしまってもいた。
最初のホームルームだ。去年、別のクラスの担任をしていた、田中先生という三十歳ぐらいの女性教諭だ。そして、その横をついてくる女子生徒がいた。ああ、この子が古波蔵か。
田中先生はごく普通の体格だが、この古波蔵は彼女よりもざっくり五、六センチは大きい。160cmはゆうにあるだろう。そして、ガタイも良さそうだ。太ってるわけではない。でも、すらりとしているというよりも、どことなくどっしりしている感じがある。この線の太いシルエットにややミスマッチしているようにも思えるツインテールと、何よりも焼けた肌が印象的だった。
号令を済ませ、担任が自己紹介をすると、そこで初めて隣の少女について言及した。
「この春から、この学校に転校生がやってきました。このクラスに来ることになったので、まずは、自己紹介お願いね」
田中は古波蔵にそう促すと、後ろを向き、独特の丸っこく強い筆跡で「古波蔵茉衣子」とルビ付きで書いた。ちなみに、「蔵」を書いている途中でチョークを一本折った。
「古波蔵茉衣子です!沖縄から来ました。こっちに来るのは初めてで、まだ寒いのにびっくりしたけど、よろしくお願いします!」
「古波蔵さんはその列の一番後ろの席ね」
担任がそう促すと、「はい」と返事して、健介の隣にやってきた。……近くで見るとより一層デカいな。今でこそ171cmある健介だが、この当時は人生で唯一、クラスの男子の中でも小柄な方だった時期で、153cmほどしかなかった。今はかろうじて茉衣子の身長を追い抜かしたが、この当時の健介から見た茉衣子は、かなり大きい。
他の諸々の連絡は始業式後にすることになったらしく、ホームルームは出欠をとったところまでで終わりとなった。早速隣の健介に声をかけてきた。
「古波蔵茉衣子さ。よろしく」
健介は少したじろいだ。両隣ともに男子で、どういう基準でこちら側に声をかけたかはわからないが、まあ、二択を引き当てたものと解釈することにした。
「ああ、樋口健介です。沖縄なんだね」
「うん、沖縄さ、内地に住むのは初めてだからよ。よろしく」
「ないち?」
「沖縄から見た本土のことさ」
「あ、ああ、そういうことね。よろしく」
この時にはこれぐらいしか会話がなかったが、始業式に向かおうと席を立とうとすると、思いがけない人物が健介の前を通過した。
「茉衣子ちゃーん」
「お、絢那。おんなじクラスさ」
玉井絢那?なぜこの転校生が玉井と仲が良さそうなのか。
「玉井、知り合いなのか?」
あまり普段から話をする相手ではなかったが、意を決して聞いてみた。
「あ、うん。絢那ね、おじいちゃんがマンション持ってるの。そんで、茉衣子ちゃん、おじいちゃんのマンションに引っ越してきたんだ。絢那とはおととい仲良くなったの」
微妙に情報量が多くて、覚えきれなかったが、要はこっちで知り合ったということらしいと健介は解釈した。
「へ、へえ」
健介は頬をひきつらせた。
「絢那、始業式遅れるさ」
「うん、いこいこ」
頭一つ分は身長差がありそうな凸凹女子コンビはそのまま嵐のように教室を後にした。健介はぼーっと座ったままである。
思えば、こんなに見た目もタイプも違いそうな二人だったため、いくら入学前にそういう接点があったにせよ、そう長続きする関係ではないと健介は当時思っていた。しかし、この二人は、それから二年後、現在から見ると一年前から杠千宥も加わり非常に盤石の仲だ。こいつら、一度でも目立った喧嘩、したことあったっけ。……いや、この前のクリスマス会で少々バトったことはあったか。ただ、そこを除いて何かあったかは、後述するが健介自身が茉衣子らと疎遠だった時期があり、定かではない。
「健介」
大上が健介の席に近寄る。
「あ!?ああ、大上か。どうしたんだ」
思わず健介は声が裏返る。自分が座った状態だと、立ち姿の大上は、村人を踏み殺さんとする巨人のように見える。
「玉井と何を話してた?」
ああ。健介は苦笑する。こいつ、玉井と喋ってたので嫉妬してるんだ。
「玉井が、って言うか、あの転校生、もう玉井と友達なんだって。俺は気になって聞いただけだよ。お前が聞けばよかったのに」
「俺がお前の席だったら、聞いてた」
こういう文句をつけられても、健介にはどうしようもない。
「無茶言うなよ。名前順なんだから。お前の席、ちょっと離れてんだろ」
「まあ、なんでもいい。始業式に行くぞ」
「ああ、そうだな」
健介はおもむろに立ち上がる。
「あの転校生の苗字、何だっけ?」
「忘れた」
「こは……いや、こば?まあ、沖縄ってすごい名前の人、多いよな」
他愛もない話をしながら、健介と大上は始業式開始の比較的ギリギリに体育館へと滑り込んだ。
始業式が終わると、隣に古波蔵茉衣子も戻ってきた。ちなみに、反対隣の男子はまだ戻ってきていない。そして、早速しゃべりかけられた。
「えっと、健介、だったっけ?」
「ああ、そうだけど」
急に下の名前で呼ばれてびっくりしたが、間違いではないため応じた。あとで知ったが、沖縄県民はあまり苗字で呼び合う習慣がないらしい。今時の学生だと、ちょっと個人差はあるらしいのだが、少なくともこの茉衣子は当初からゼロ距離だった。で、こいつの名前は。健介が思い出そうとする。だが、思い出せない。
「えっと、こば……」
もう違う。
「古波蔵だよ、古波蔵茉衣子」
「ああ、すごい苗字だよね」
「いや、沖縄でもそんなに多くないさ。いろんな苗字がいてよ。新垣、東風平、阿波根、仲村渠なんてのもいたさ」
「すごい名前居るんだな……」
健介は聞いてびっくりした。中には漢字が浮かばないものもある。さすがに極端だと思いたかったが。
「でも、こっち来て名簿見たら全然違うな。樋口って名前も初めて見たさ」
「そうなんだ」
樋口は高宮県だとまあまあ多い苗字で、健介も中学の時に同じ苗字の同級生がいたほどである。
「その、古波蔵さんって、沖縄のどの辺にいたの?」
「那覇さ。那覇っていうか、首里っていうあたりなんだけど、聞いたことあるか?」
聞き覚えはある。
「ああ、首里城の首里?」
「そうそう、それさ」
自分の地元が知られていて、茉衣子は嬉しそうだった。
その後、ホームルームがあり、放課後、茉衣子は玉井と一目散に下校した。
「じゃあな、健介」
「またね、樋口くん」
「おう」
この時点で、あまり悪い気はしなかったと思う。かなり大柄で色黒だが、顔は整っている。急に名前で来られたのは……戸惑ったが、悪い気はしない。俺も名前で呼んでいいのかな?そう思ったりもした。
その答え合わせはわずか一日後に来た。
「おう、健介。おはよう」
「ああ、おはよう。えーと……」
早速苗字を忘れたのだった。どうも、こっちじゃまず見かけない名前だし、いかんせん漢字が複雑なのだ。下の名前なら、字面はともかく「まいこ」というのは覚えたのだが。
「こはがきさん」
何故そう呼んだか自分でもびっくりだが、今思えば、前日に聞いた沖縄らしい苗字の一例として聞いた「新垣」と混じったのだろう。
「古波蔵だよ、こ・は・ぐ・ら。覚えられないなら、茉衣子でいいさ」
同種の事例は今後、茉衣子はこの高宮で数多く経験することになる。そういうこともあり、茉衣子は自分のことを名前呼びするように推奨してきた。それは、近頃だと綾香雄人に求めたのは、覚えている読者もいるかもしれない。
「お、おう、茉衣子」
「うん、名前は覚えやすいさ。こっちも漢字はよく間違われるけど」
以後、茉衣子は何かと健介に絡むようになる。反対隣の梶原という男子生徒はやや休みがちだったのもあったのかもしれない。
もちろん、誰とでも仲良くなれる茉衣子は、他のクラスメイトとも話す。それは大上だってそうだった。茉衣子は健介を通じて大上とも話すようになったし、玉井は既に茉衣子の親友だ。そうなると、健介と大上も玉井との接点ができる。正直、健介にとって玉井はあまり波長が合う話相手ではなかったため一歩引いた立場だったが、大上は実に嬉しそうだった。何回か、四人で遊びに行ったことだってある。その時の交友関係は、高校に入ってからも新しい仲間も増えた上で、海水浴、花火大会と続いた。
冒頭で言及した通り、健介・玉井・大上はみな別々の小学校出身である。よって、住んでいる場所もバラバラなのだが、健介と茉衣子は実は家が近い。茉衣子の家は言うまでもなく、久世三丁目にあるアネックス久世だった。当時の健介は知らなかったが。中学校から、斜面に造成されたみどり坂ニュータウンの坂を下り、県道と突き当たったところで左に曲がり、県道と路面電車の下をくぐる地下道を通り、春若栄久校下電停から二分である。健介は当時、久世一丁目に住んでいた。どの辺かというと、県道や路面電車からみて「こちら側」、すなわち地下道を渡らずにいるあたりだ。厳密には県道との突き当りの交差点を右に曲がるため、みどり坂入口交差点で茉衣子と別の道になる。
四月当初の席が近く、なおかつ帰り道までかなり被るため、茉衣子はよく健介についてきた。それゆえ、
「健介、お前、茉衣子と付き合ってんのか?」
とよく聞かれた。
「違うよ、あいつ、なんかついてくるんだ」
と、聞かれるたびにほとんどそう答えていた。別に俺は好きじゃない、という意思表示だった。でも、茉衣子がどうだったのか、健介は知らなかった。
それどころか、夏ぐらいから、茉衣子は家までついてくるようになった。
「なあ、健介。今日暇?」
「まあ、時間はあるけど」
「じゃあさ、遊ぼうぜ。茉衣子と」
茉衣子も当時、自分のことを名前で呼んでいたのだ。これも、沖縄の文化的なものだと後から知ったのだが、本土の人間からすれば、「茉衣子のキャラに合わない」とか「いい年して」とか思われそうなものだが、家とかではなく土地柄として身についたものだった。なお、今の「あたし」という一人称は、高宮に来て定着した。
「遊ぶってどこに。この暑い中」
「んー、茉衣子んちか、健介んち?」
「わざわざお前んとこまでいくのかよ」
「じゃあ、健介んちさ」
あんまり、女の子を家に呼ぶことがないので、正直、気乗りはしない。いや、人によってはかなり喜ぶしドキドキすることではあるのだろうが……この時点で既に、茉衣子をそういう目で見られなくなってきた。こう、グイグイ来る子には気が引けてしまう。そういう陰キャの性というのが出てき始めたところなのだ。ただ、断る理由もないし、誰かに言うつもりもないが、それが知られたら、男子には「もったいない」とか要らぬおせっかい発言をされ、茉衣子が言いふらそうものなら、女子には「茉衣子を邪険にした」などあらぬ誹りを受けそうだ。この時点で、健介の損得勘定は、「ひとまず家に入れる」結論に至ったのだ。姉がいると面倒くさいので、バイトか遊びに行っていることだけは願った。
結果から言うと、姉はいなかった。姉さえいないのなら、共働きの樋口家、この時間は普通、誰もいない。玄関を開けた瞬間、健介は胸を撫で下ろした。靴がない。リビングにも人の気配がない。
「おー」
後ろから茉衣子がひょいと顔を出す。
「なんか、親近感。普通に自分ちみたいさ」
茉衣子は気にした様子もなく靴を脱ぐと、上がり込んだ。
「おじゃまします」
ひとまず、居間など、他の家族がよく出入りするスペースに誰か女の子がいた形跡を残したくなくて、健介は茉衣子を自室に通した。……それはそれでドキドキするし、何か変なものがなければいいが。ただ、母や姉がずかずか入ってくることもあるので、見た目に何かわかるようなものは置かないようにしている。だから大丈夫。健介は自分に言い聞かせる。それはそれとして、暑い。ひとまず健介はエアコンをつけた。
茉衣子は早速ベッドに腰を下ろした。
「ここが健介の部屋か」
今付けたエアコンが頑張って冷気を送っている。
「涼しい~。生き返るさ」
「去年エアコン買い換えて、そこは良くなったよ」
「沖縄より暑い気がするさ」
「んなわけないだろ」
「あるさ。沖縄はあんまし気温上がらんさ」
そう言いながら、テーブルの上の漫画を手に取る。
「これ読んでいい?」
「別に」
「お、これアニメになったやつさ。去年見た」
……アニメになったの二年半ぐらい前だけどなあ。健介は首をかしげる。ただ、沖縄で放送されたのはそうだったのだろう。茉衣子は一巻を開く。健介のベッドで胡坐をかきながら黙々と読み進めている。三十分すると、二巻を取り出して読んだ。
何しに来たんだ、こいつ。健介は向かいの椅子に座りながら思う。女子が家に来る。普通ならもう少し何かあるのではないか。会話をするとか。せめてゲームをするとかしてくれないと、こっちもただ手持ち無沙汰なだけだ。しかし茉衣子は完全に漫画に集中していた。
「なあ」
「なんだ?」
「お前、これ読みに来ただけか?」
「うん。暇だから来たけど、これ面白いから」
即答だった。健介はなんとも言えない気持ちになった。まあ、最初から「暇だから遊ぼう」という話ではあった。けど、こいつが自分の暇つぶしを解消するばかりで、自分にとってはただただ邪魔だ。茉衣子がいなければ、今頃こいつが胡坐をかいているベッドでゴロゴロしていたはずなのだ。まあ、今、茉衣子がいるにしても、少なくとも、自分が期待していた展開ではない。いや、期待していたわけではないのだが。
茉衣子の目を気にしながらスマホでも触りながら時間をつぶすのが関の山だ。
「健介」
「なんだよ」
「次の巻」
「自分で取れ」
「遠い」
「三歩だろ」
結局、取ってやった。茉衣子は礼もそこそこに三巻を読み始める。
健介は天井を見上げた。女子が家に来るというのは、もっとこう、何か特別なものだと思っていた。しかし現実は、漫画喫茶代わりに使われているだけだった。
茉衣子とてずっと暇人でもないので、別に毎日のように健介の家に足繫く通っていたわけではない。少なくとも、玉井と遊ぶ時間は健介といる時間よりは断然多いと思われる。そして、なにも茉衣子の友達も決して健介や玉井だけではないため、彼女は彼女なりに「忙しい」。でも、「相手」単位で見ると、玉井がダントツ、次も圧倒的に健介、あとその他、という感じであった。
携帯ゲーム機でバトルでもしないかと誘ったが、どうもそんなに裕福な家の育ちではないらしく、持っていないと言われた。妥協案として、健介の家にあるテレビゲームはよくした。
その間にも、健介の中の「異性としての茉衣子」はどんどん評価が下がっていった。
近年でできた新語で、「蛙化現象」という言葉がある。これは「蛙の王子様」という童話に由来する言葉であるが、その由来からはちょっと外れている。というのも蛙化現象はよく知られた意味として、「恋仲になった相手に興ざめしたり嫌悪感を抱いたりする」ことを言うが、元々の「蛙の王子様」は「恋仲でもないのにそのようなふるまいを要求される」ことで嫌悪感を抱くのだ。似ているようで違う。そして、茉衣子はどちらかというと後者の「元々の童話」の方に近い。当初、「もし『そうなったら』、その時だ」とちょっぴり考えていた健介は、時間を経るにつれて「やっぱりこいつをそういう目で見られない」と思うようになった。しかし、茉衣子は、逆にちょっとずつ「女」を出すようになった。健介の記憶では、茉衣子が「あたし」という一人称を覚えたのもこの時期だった。
高宮に来た時点で決してショートヘアではなかったが、髪を長く伸ばすようになってきた。そして、いつもずっとツインテールだったのが、バリエーションを増やそうとしており、それ自体は今思えばとてもいいことだと思うのだが、新しい結び方を覚えると、
「どうだ?健介」
と決まって聞くのだ。健介は健介で「あー」とか「うん」とかしか言わないし、良くても感情のこもってない声で「いいんじゃね?」としか言わなかった。同じことを、ほんの三か月前の朝長慎吾がしようものなら、ぷんぷん怒っていたところであるが、この当時の茉衣子は動じなかった。
そして、気づけば家に来る頻度も増えた。初めて家に訪れた直後、夏休みに入ったこともあり、そう高頻度ではなかった。しかし、八月の登校日と、九月、二学期に入ってからは当初はおよそ月二回、そのうち毎週近い頻度で来るようになっていた。ちなみに、この時期のある日、たまたま仕事休みだった健介の母親にも挨拶している。
遊びに来ても、漫画を読んだりすることもありはするが、そのような当初のような健介そっちのけでくつろぐことは格段に減り、基本的にはゲームしたり、話したり、健介に構ってほしそうにすることが増えた。
「なあ、健介。ここ、どうやったらうまくできる?」
仕方なく健介が茉衣子からコントローラーを受け取り教えていると、後ろから覗き込むように近寄る。……背中に何か当たる感覚は、今でも忘れはしない。あれ、果たして無意識なのか、わざと押し当てていたのか。……正直、茉衣子ならどちらでもあり得るため、今でもその真意は健介にはわからない。まったくドキドキしないと言っては嘘になるが、正直、「そういう目で見られない」相手にそれをされるのは、しんどかった。
そして、これはアネックスに来た初期にもあったことだが、やたらと一緒に下校したがった。健介も友達が多い方ではないし、帰り道が同じ友人となるとなおさらだが、それをいいことに毎日のように帰りたがった。
「今日は一人で帰る」
「なんでだよー。あたしと帰ろうぜ」
いつもこの調子だ。今日は一人で考え事しながら帰りたくても、茉衣子が彼女のペースで割り込んでくる。で、そこから何割かの確率で家にまで上がりこむのが常だった。二年生もしばらくたつと、高校受験に向けて塾に行きはじめるものだが、健介は茉衣子の動向を伺い、玉井と同じ塾に入ったのを見計らって、彼女と違う塾に入った。
「いい加減、受験のことを考えなさい」
そう叱る母親をはぐらかすのは、骨が折れた。
三年生になっても、基本的には変わりなかった。いや、心なしか、茉衣子はさらに行動がエスカレートしたようにも思えた。この年、また茉衣子と同じクラスになったが、大上や玉井と離れたのも一因だろうと思う。
「なあ、あたし、またおっぱいでかくなったんだぞ」
「だからどうした」
「その反応はねえだろ。お前、ちんちんあんのかよ」
「……」
あるけど、俺の理性が、お前で立ったら負けと言っている。何回か、そう言ってやろうかと思った。だけど、茉衣子にそんなストレートな反論をすると、逆に下品な部分だけ拾われて面倒なことになるのはわかりきっていた。
「つれねえなあ。でさ、お前、好きな子とかいねえのかよ?」
何故かよく聞かれたことだ。俺にお前以外の女の子がよりついてるの、見たことあったか?とも思ったが、この反論はもっと高確率で曲解されると判断したため、絶対に言わなかった。
「いねえよ」
「ふーん、どんな子がタイプなん?」
また、この質問だ。
「俺に過干渉してこない、おしとやかな子」
この受け答えも何度かやりすぎて、行間に「お前じゃない誰かだよ」というアピールをしているのに、それも冗談だとみなすようになっていたようだ。
「まーたそんなこと。なあ、六月、中総体だろ。お前、どこの応援行くか決めたのか?」
中学校総合体育大会。県内の中学校が各学校対抗で各種目ごとに大会を開く。六月に高宮市大会があり、その結果を踏まえて秋ごろに優秀校が県大会に出るわけだが、この高宮市大会は、運動部に入っていない生徒も任意の種目の応援をしなければならないのだ。任意とはいえ、種目の偏りが大きくならないよう、アンケートを行い振り分ける形だ。
「決めてねえよ」
どこでもいいが、せっかくなら大上が出場する陸上部でも行こうかと思っていた。
「なあ、水泳にしようぜ」
「……しない」
茉衣子が誘ったおかげで、簡単に候補から外れた。
「なんだよ、冷てえなあ」
「俺はだいたいこんなもんだろ」
「あたしが誘ってんのに」
そのセリフにカチンときた。思い過ごしかもしれないが、よくある「陽キャの陰キャに対するお節介」、別の言葉で言えば「上から目線」のように聞こえたのだ。健介はこういうのには敏感だ。
「お前の誘いに乗る義理はない」
「えー。決めてないならいいじゃんか。やっぱどこかお目当てあるんだろ」
「ねえよ」
健介は苛立ちながら言う。
「なあ、一個あげるならどこだ?あたしも水泳にするかもあんまり決めてないから、健介が行きたいところにする」
お目当ては強いて言うなら陸上だが、正直、「茉衣子がいないどこか」だ。
「……なら答えない」
「なんで」
「お前と一緒に行きたくないから」
「……は?」
「いっつもさあ……」
ここで一度口ごもったが、発言の隙を与えると厄介だと感じ、そこから先はほぼ一気にまくし立てた。
「いつもべたべた。こっちの迷惑も考えないで。だから塾まで別にしたのに、そこ以外は全部付きまとうぐらいの勢いで来てさ。俺、志望校落ちたら、お前のせいだからな」
茉衣子は絶句していた。言いたいこと、言ってやった。全部じゃないけど、とりあえずぶつけられる言葉はぶつけた。
みどり坂の中腹、健介はまだ茫然としている茉衣子を置いて、帰り道を駆け下りた。
「健介!」
そう叫ぶ声が聞こえた気がしなくもないが、健介は振り向かず、家まで全力ダッシュした。
これが、樋口健介が、中学校時代に古波蔵茉衣子と交わした最後の会話だった。
茉衣子は積極的に「健介といる時間を増やす」ことで距離を縮めようとした。しかし、健介は「生活圏に入ってこられる」「一人の時間を削られる」ことが苦手で、茉衣子のアピールは全部逆効果になった。そして、この時、ついに爆発したのだ。
同じクラスながら、一言も言葉を交わさない。翌日、茉衣子は懲りずに声をかけようとしたが、全部無視した。
そして、志望校の話もひとつもしなかったし、お互い、公立高校に落ちたことも全く話さなかったし、同じ春若栄久高校に進んだことも、あとで人づてに聞いた。そして、健介は大いに絶望した。
春若栄久高校に入学すると、健介は四組、茉衣子は七組で、別々のクラスになった。これには当時の健介はほっとした。
大上とは一年ぶりに同じクラスになった。茉衣子と玉井もそうなったことは、大上づてに聞いた。南町という遠くの町からやってきて知り合いのいない朝長慎吾となんとなく仲良くなった。健介や大上とは違う、いかにもな「ウェイ」だったが、悪い奴ではないと判断し、受け入れた。茉衣子と玉井が、その双子の妹である雛灯や、杠千宥と仲良くなったことは、この時点では知らなかった。
廊下ですれ違っても挨拶すらしない、そんな関係。中学三年生の大半の時期と同じ。その続き。そのはずだった。
しかし、この入学の直前から動いていた、両親の単身赴任に伴う「家探し」。ほとんど姉の有希乃が独断で提案して、特段の異存がない健介や両親が反対することもなく決めた「アネックス久世」。健介はこの当時、「ふーん」としか感じていなかった。
それは、茉衣子がそこに住んでいることを知らなかったからである。あれだけ樋口家に押しかけていた茉衣子だったが、逆はなかったのだ。茉衣子はいつでも呼ぶつもりだったようだが、健介の方が拒否したのだ。結局、県道の向こうにあり、玉井の祖父が大家をやっている、という情報はあれど、住所もアパート名すらも知らなかった、というわけである。逆に知っていたら、「そこだけはやめてくれ」と懇願するか、それでも有希乃の強権で突っぱねられるかのどちらかであったろうが、そういうルート分岐すらなかったため、引っ越し初日にまさかの再会を果たしたわけである。……それがこの「ハルワカのうた」第一話の出来事である。
そこから先のことは、これまで読んでいただけた読者も多かろうと思うが、当初、やはり健介は非常に苦々しく思っていた。相変わらず、人との距離感を知らなくて、デリカシーがなくて、下品で、声が大きくて。大きなものから些細なことまで、悪口はいくらでも見つかる。でも、そこに、玉井ともまた違う介在者がいたのは大きかった。杠千宥。聖人君子を絵にかいたような美少女……いや美少年で、健介が一日にして軽く「失恋」した人。男だと分かってからも、茉衣子にも健介にも優しくしてくれた。この千宥がいい具合に緩衝材になった気がする。
千宥というフィルターを通して見る茉衣子は、またちょっと違ったのだと思う。良くも悪くも人との距離感が近くて、相手に土足で踏み込んでくるところはあるけど、とても友達思いで、情に厚くて、そして、友達を喜ばせて自分も楽しむために、色々なことをしてくれる。それは千宥がいたから、だけではなく、単純に茉衣子自身も大人になったのかもしれない。だから、実のところ、「チーム・アネックス」ができてから、ほんの一か月で、茉衣子のことも友達として受け入れられるようになっていた。今思えばそんな気がする。海水浴、花火、クリスマス会、初詣。……クリスマス会の主催は玉井だが、それ以外は茉衣子が企画したし、こういうイベント以外でも一緒に過ごす時間は増えたし、それが楽しいと思えるようになった。
正直、今日、ふとした時に中学時代のことを思い出すまでは、かつて茉衣子が大嫌いだったこと、忘れていた。今は、むしろ――。
健介はふと我に返る。ただ、健介はここで改めて自分の気持ちに蓋をしたわけでもない。ここで急に突っ走ることもないと思う。だから、前にしていたように、遊ぼう。午後八時。健介は茉衣子にLINEする。
『今、暇?』
ほんの三分ほどで返信が来る。『ひまー』というスタンプだった。ゲームに誘ってみた。高校に入ってからゲーム機を買ってもらったらしく、健介がかつて誘って断ったソフトを買ったらしいのだ。隣人同士の何がいいかというと、通信対戦が壁越しでできるのだ。
『ちょっと三分だけ待ってくれ。おしっこ』
この辺の羞恥心のなさは相変わらずだ。健介もこれは苦笑するしかない。
まあ、いいじゃないか。ゆっくりやっていこうじゃないか。
【次回予告】
健介のゆっくりとした決意、答えは出るんでしょうか。そして、そろそろ長かった高校一年生も終わりが見えてきてますね。
という感じです。お楽しみに。
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