【第九話】一線
「ねぇ、最近なんだけど圭介なんか変わった?」
不意に純香に聞かれた。髪型も変わってないし服装もいつもの制服だし。何を感じ取って変わったと言っているのかを考える。以前から変わったことといえば杏香と付き合い始めたという事か。別に内緒にしている訳ではないのだけれど、言い出すタイミングがなくて二週間が経過している。
「別に変わったところってあるのか?」
「うーん。なんか隠し事しているでしょ」
女の勘は恐ろしい。でも隠している訳でもないし。とか思ったけども純香の僕への気持ちを考えたらと思うと言い出し難い。
「ふーん。そんなに言い難いことなんだ。アレでしょ。杏香と何かあったんでしょ」
そのものズバリではないけれど、当たらずとも遠からず。ここは彼氏、彼女ごっこをしているとでも答えれば良いのか。僕の思考が頭の中で飛び回っている。
「杏香と親が再婚するまでの間の三ヶ月カップルプレイをすることになった」
なんだプレイって。変態か。
「なにそれ。近親相姦願望でもあるの?」
「いや、そういうのは特には」
純香は冗談で言ったと思うのに、真面目に答えてしまった。
「どうせ杏香の方からでしょ」
「いや、まぁ……」
「んで?」
「いや……」
「ふぅーん。分かった。放課後ちょっと顔貸して」
そう言って純香は自分の席に戻って行った。バレたのだろうか。午後の授業はそんなことを考えていたらあっという間に過ぎ去ってしまった。そして、今日最後の授業が終わると同時に純香が僕のところへやってきた。どう答えるのかまだ答えは出ていない。
「さて。ちょっと話をするから場所、変えて良いかしら?」
「良いけど……」
まぁ、何があったのかを話すにしてもクラスメイトに聞かれたくはないし。しかし、なんて言えば良いのか。まだぐるぐるしている。そんな思考が半分飛んだ状態で純香の後を歩いてゆく。
「あれ?」
「ここで良いかな」
「どこか教室にでも行くのかと思った」
行き着いた先は校舎の屋上に続く階段の上。屋上は鍵が掛かってるからこんなところに来ても仕方がないと思うのだけど……。
「でもここなら誰にも聞かれないでしょ。それで?杏香と何があったの?もしかしてキスでもした?」
一気に心臓が跳ねる。そして生唾を飲み込んでしまった。
「呆れた。もう……、あんた達なんでそういう……。どうするの?家族になるんでしょ?良いの?」
「いや、これは杏香の方から……」
「はぁ⁉︎それで、はいどうぞ、って差し出したの⁉︎」
「そういう訳じゃないんだけど……。その……なんて言うかなぁ……」
「はぁ……。どうせ杏香のことだから圭介を逃げられないようにしてとかそう言うのでしょ?それで?今後はどうするの?まさかギリギリまで付き合うとか?」
純香的にはやっぱりこの関係はナシのようだ。でもまぁ、普通に考えたら、ねぇ。
「純香はどうしたら良いと思う?」
「それを私に聞くの?」
純香は少しおとなしめな声でそう言ってきた。迂闊だった。純香が僕のことをどう思っているのかなんて前から分かっていたのに。
「いや。やっぱりダメだよな。うん。はっきりしておこう」
「そんな簡単にやれるなら最初から拒否出来たんじゃないの?出来なかったからこんなことになってるんじゃないの?」
と、詰め寄られてしまった。
「純香、顔が近い」
「杏香とはゼロ距離だったんでしょ?」
「いや。そういう……」
「違わないでしょ。もう……」
そう言って純香は一歩後ろに下がって両肘を手で抱えた。そして僕から視線を逸らして小さく何かを呟いている。なんて呟いているのかは、なんとなく想像がつく。いや、想像がついてしまうがために反応に困る。
「はぁ……。もうあんた達がどうこうするのは止めないけども、最後の一線は超えちゃダメだからね」
「最後の一線って。流石にそれは」
「絶対にないって言い切れる?杏香にそういう雰囲気に持ち込まれても?断れる?」
「う……」
「ほら。まぁ、そうなったらとにかく逃げる事。分かった?」
「うん。まぁ。そうするしかないと思うし」
「はい!それじゃお話はおしまい!あと二ヶ月ちょっとあるんでしょ?精々楽しんでおきなさい」
反対するのか賛成するのかどっちなんだ……。とにかく、杏香の誘導には乗らないようにしなければ。杏香のことだから本当にやりかねない。
その日、家に帰ると当たり前のようにリビングには杏香が座っていた。夕方の報道ワイドショーを見ている。
「あ、おかえりー。ってか、世の人たちは芸能人の色恋事情なんて興味があるのかね」
「クラスの同級生が誰と付き合ってるのか、みたいなノリなんじゃないの?ってか、なんで家にいるの?」
「お父さんに鍵貰ったから」
もうお父さんって呼んでるのか。いや、父親の事だから「お父さん」なんて呼ばれてしまって舞い上がって鍵を渡したんだな。多分。
「そうだ。圭介は何か食べてきた?」
「いや、買い食いはしてないけども」
「あ、そうか。高校生が帰りに買い食いなんてあまりしないか」
「大学生はするのか?」
「場合による。私のようにこの後、バイトがあるとかだと何かをつまむ」
そう言って手に持ったスナック菓子を見せてきた。
「不健康だな。ってか、バイト何時からよ」
「えっと。十九時?閉店の二十二時迄かな」
時刻は十七時半。確かにまだ時間はある。というか二十二時まで仕事なら先に晩御飯を食べるべきではないのか。
「何か作ったら食べる?」
「え?いいの?作ってくれるの?嬉しい!」
両手を重ねて頬に当ててそんなことを言う。少々やりすぎの反応だけど、目を見たら嬉しいのは本当らしい。
「冷凍ご飯とレトルトのハヤシソースがある。そして賞味期限が迫った卵がある。さて。何が出来るでしょうか?当てたら作ってあげる」
単純に作るのもつまらないしクイズにしてみた。
「ハヤシライスにゆで卵を半分に切って乗せる!いや、違う。卵はサラダに乗せる!」
「ふむ……」
サラダのことは考えてなかったな。よしキャベツのみじん切りにツナ缶を開けて乗せよう。
「半分正解、かな。多分もっと喜ぶものだよ」
「じゃあ、私は二階に行ってる。そのほうが出来たときにびっくり出来るから。あ、お人形には触らないから安心して」
「人形って……」
まぁ、一般人にはフィギュアというよりお人形なんだろうな。とか思いながらも、触らないことを条件に自分の部屋で待っているように伝えた。
「杏香ー。出来たぞー。……。杏香ー」
リビングから顔を出して呼んだけども部屋を出てくる気配がない。
「まさか寝てるのかな」
僕はそう言って階段を上がって部屋のドアを開けた。
「ねぇ、ここにあるこれ、何が入ってるの?」
そう言って杏香が指差したものはフィギュアが持っている大筒の大砲。スマホのゲームで大砲を振り回す怪力の女の子のフィギュアだ。ってか、なんでこの中にモノが入るって知ってるんだ。
「何も入ってないよ」
「あ、やっぱり入れられるんだ」
「入るけども何も入れてないよ。ってか、よく分かったね」
「ほら、ここに隙間があったから」
よく見ると大砲の蓋の部分に確かに隙間がある。取れそうだったので、手に取って閉め直した。
「ん?なんだ?」
「なんでもない。結構簡単に持ち上げるんだなって思って。止められてないの?地震とか来たら大変じゃない?」
「うーん。それは考えているんだけどね。今度クリアミュージアムジェルを買いに行こうかと思ってる。ユザワヤで売ってるかな」
「なにそれ」
「ああ、博物館とかの展示物を固定するジェル。綺麗に剥がれるからフィギュアにも最適ってネットで見た」
「ふぅん。そんなのあるんだ。で?晩ご飯は?」
「って、そうだよ。それで呼んでも来ないから」
「あ、そうだったんだ。ごめんなさい」
「別に謝らなくても良いけど」
僕はそう言って先に部屋を出て行った。杏香も続いて来たのでそのまま階段を降りてダイニングに向かう。
「どうよ」
「わぁ。美味しそう!これってなんていうの?オムライスにハヤシソース」
「そう、合体してオムハヤシだ。そしてライスはバターライスだ。ケチャップライスは認めない」
「でた。オムライスソース戦争だ」
「異論は認めない」
「分かってるって。作ってもらったんだから文句は言いません」
そう言って杏香は席について箸を両手で挟んで、いただきます、と言って食べ始めた。「サラダからなんだな」
「ん?なんとなく。いただきますって箸を持っちゃったから」
「そうか」
僕はスプーンをオムハヤシに突っ込んで食べ始めた。
「なんだ?」
「ううん。なんでもない。毒でも入ってたらって」
「お前な……」
「冗談だって。こっちもいただきます……」
杏香はそう言ってから黙々とオムハヤシを口に運んでいる。
「杏香はさ。純香が生徒会に入るってなったらどうするの?」
「んー。そうねぇ。応援しちゃおうかな。でも入らないって言ってるんでしょ?」
「そうだけど。なんとなくね」
「そうだ。店長が言ってたんだけど、最近屋上に誰か入ってるんじゃないかって職員会議で話題になってるって」
「屋上?高校の?」
「そう。鍵掛かってるんじゃないの?」
「掛かってると思うよ。この前に行った時も掛かってた」
「んー……。やっぱりそうか」
「何が?」
「純香とそこに行ったんでしょ」
ついドキッとしてしまった。そもそも今の会話でなんでそんなことが分かるのか。
「い、いや。鍵がかかってるのは……」
「普通そんなこと確認しに行かないでしょ。だから連れられて行ったか、待ち合わせしたのか。なんにしてもそんなところに一人で用事もないのに行かないでしょ」
「いや……」
「それで?言ったの?」
「何を?」
「私たちの関係」
私たちの関係。付き合ってる、ということまでなのか、キスをしてしまったということまでなのか。どこを指しているんだ?
「まぁ、いつかは分かることだし」
「言ったんだ」
「言ったというよりバレたって感じかな。女の子ってなんでそういう事に鋭いんだ?」
「圭介が分かり易いんでしょ。勘が鋭いって言ってもなんでもかんでも分からないわよ。でも私も純香も圭介のことに関してはなんとなく分かるんじゃないかな」
なんだか自分が子供の頃から変わってないとでもいうのだろうか、とか思ってしまった。
「そろそろ時間じゃないのか」
「あ。本当だ。もう行かないと。ご飯、おいしかったよ。ありがとう」
「どういたしまして。洗い物はやっておくから」
「そう?それじゃお言葉に甘えて」
杏香はそう言ってから立ち上がってリビングに置いてあった鞄を持って玄関に向かった。僕もそれに続いて玄関に行く。
「なんかカップルっていうよりも夫婦みたいね」
「見送るのが逆な気がする」
「私の方がお姉さんだから養ってあげようか?」
「紐ってやつか」
「そう。それ。ニートになったら考えてあげる」
「なりたくないな」
「あ、もう行かなきゃ。それじゃ、行ってくる」
そう言って玄関ドアが開かれて生ぬるい風と入れ替えに杏香は出て行った。




