【第五話】睨み合い
「わ。すごい」
「あー。そのな……」
僕がドアを開ける前に杏香が先に入って行ってしまった。まぁ、先に僕が入ったとしてフィギュアを仕舞う事なんて出来ないわけだけども。こうなったらもう仕方ない。聞かれたことには全部答えるだけだ。と、思っていたのに次に聞いた言葉は僕に、ではなかった。
「純香ちゃん、もう圭介くんにご飯、作りに来なくてもいいよ」
「え……」
先に声を出したのは僕だった。杏香がそんなことを言うとは思っていなかった。なんでそんな事を言うのかも分からなかった。
「ほら、今までは作りに来てくれてたんでしょ?今日もそのつもりで買い物、してきたんでしょ?」
床に置かれた買い物品。カレーの予定だったから人参やらが袋から透けて見えている。「杏香。なんでそんなことを言うんだよ」
可能性を考えていなかった訳ではない。だけれど、ここまでストレートに言うとは思ってなかった。杏香はなんで純香を遠ざけようとするのか。なぜ純香は杏香の事を知らないふりをしたのか。このやりとりに答えはあるのだろうか。
「圭介はどう思う?」
不意に純香に聞かれる。その目は強めの意志を感じた。判断を僕に委ねて、その回答に従うという事だろうか。考える。一番の良策は二人が仲良く受け入れるということ。しかし、この空気はそれを許さない。
「まぁ、なんだ。とりあえず今日のカレーは一緒に作ろうか」
橋渡しのつもりだった。
「なんで?」
強めの口調で杏香に言われた。まるで純香には帰れと言わんばかりの。ここで僕が純香に今日のところは一旦引き下がって、と言うのは簡単だ。しかし、その言葉を口に出してしまったら純香は僕の家に来る口実が無くなってしまう。
「いや、むしろなんで杏香はそんなに純香のことを遠ざけるんだ?」
こういう時は素直に疑問を投げることだ。勝手に思い込みで行動するのが一番良くない。
「それは言えない」
「なんだよそれ」
不満を口に出してから、それが責める口調であったと感じたが一度出した言葉は引っ込めることは出来ない。
「圭介は純香ちゃんに来てもらいたいの?」
「来てもらいたい、というより二人が仲良くしてもらえると助かるんだが」
「家の外ではそのつもりだけれど」
どうやら杏香は家に純香を上げる事が気に入らないようだ。理由は分からないけども。なんにしても、このままの空気は振り払いたい。何か良い案はないのか……。
と、その時、一階から杏香を父さんが呼ぶ声がした。
「杏香、呼んでるぞ」
「分かってる。それじゃ行ってくる。純香ちゃんはどうするのか考えて」
そう言い残して杏香は部屋を出て行った。
「純香、どうするんだ?」
「だから、それは圭介が考えて」
「うーん……。僕は一緒にカレーを作って欲しいんだけど……」
会話が途切れる。純香も一緒に作るという選択肢を用意していないようだった。
「まいったな……」
そう呟いた時に僕も父さんに呼ばれた。純香からは「行ってこれば」と言われたけどもここで間を開けたら多分、純香は家に帰ってしまう。そうしたら今までのような感じで家に来ることも無くなってしまうような気がした。
「純香も一緒に来て」
純香は少し考えていたけども、床に置いた食材を手に取って僕の方に歩いてきた。僕は一緒に降りるのかと思ってドアの方に身体を向けようとしたら、純香は僕に食材の入った袋を押し付けてきた。
「これ」
「ん?ああ」
そして僕がそれを受け取ったと同時に純香は僕の横をすり抜けて一人玄関に向かって行ってしまった。僕はそれを止めることは出来ず後ろから見ることしか出来なかった。純香の涙を見てしまって。
今日は夏休み最終日。純香には昨日から連絡を入れてるんだけど一向に返事は帰ってこない。
「うーん……。純香の家に行くかな……」
そう呟いて玄関で靴を履いていたらインターホンが鳴ったので、そのままドアを開けた。「圭介!」
胸に飛び込んできたのは杏香だった。家に来るのは分かる。だけれどこうして抱きつかれるのは予想外で両手を何処に向けたら良いのか分からずに宙を切ってしまった。
「なになに。どうしたの」
「ん。なんでもない。家に入ろう?」
「なんだよ。今から純香の家に行こうと思ってたんだけど……」
「多分だけど純香ちゃんは家にいないと思うよ」
「え?なんで?」
「女の勘」
そこまで話していたところで玄関ドアはゆっくりと閉まり切って玄関には杏香と僕の二人きり。玄関は入ってきた熱波とリビングから漏れ出る涼しい空気が入り混じって生ぬるい。僕はここで純香の家に行かないと二度と純香が僕の家に来ることは無いような気がして、女の勘とやらを押し切って家を出ることにした。杏香も一緒に、とか一瞬思ったけども、あのやりとりがあったばかりだ。無理難題だろう。
「それじゃ、杏香は家で待ってて」
「分かった。居なかったら帰ってくるんでしょ?」
「そうだな。それじゃ、行ってくる」
僕はそう言って玄関ドアを開けて灼熱の空気を感じながら純香の家を目指した。




