【第六話】事の真実
ピンポーン
マンションのオートロックインターホンで純香の家を呼び出す。三回インターホンを鳴らしたけども反応はない。本当に家にいないのか、それともカメラで僕を視認して敢えて出ないのか。後者の可能性はあったけども、僕はとある所が思い浮かんだので、そこに向かう事にした。そして。その場所で純香を見つけた。
「やっぱりここにいた」
公園のブランコ。純香は昔、僕と喧嘩をした日に家に帰ってこないことがあった。その時にもここの場所にいた。
「杏香ちゃんは?」
「ん?なんか急に押しかけて来たから置いて来たけど」
「家には上げたんだ」
「ん、まぁ押し返すのもなんだしな」
「そう」
純香はそう言って目線を僕の方から地面に向けた。そして、僕にこんなことを言ってきた。
「さっきさ。抱き合ってたでしょ」
「ん?いや……」
否定することではないのだけれど、不意に言われてしまって、ついそう言いかけた。
「見てたから。さっき。見てたから」
「見てたならどういう状況だったのか分かるだろ?」
「わかんない」
どうやらその瞬間だけを見て、その場を去ったようだ。僕は事情を説明しようと純香ののことを呼んだのだけれど視線を向けてくれることはなかった。
「はー……。圭介はさ。私と杏香ちゃんってどういう関係なのか知ってるの?」
「え?関係?うーん……。昔からの遊び友達?知り合い?なんだろう」
「私のお姉ちゃん」
「え?」
「だから。私たちって香って名前に付いてるでしょ?姉妹なの」
あまりの事に声を失う。
「両親が離婚して私はお父さんのついて行ったの。杏香ちゃんはお母さんに」
「いや、でも……」
「似てなかった、でしょ?でもそれは昔のことでしょ?」
そう言われて杏香の顔を思い浮かべた。
「あ……」
「似てるでしょ?目元とか」
「でも姉妹ならなんであんなに……」
「仲が良くなかったから。だから二人バラバラになったの。なのに……」
自分の前に杏香がやって来てしまった。それもよりによって自分の前に。でも。家族になるんだし、そういう関係にはならないと思うけども。そう思って何か言おうと思ったんだけども、言葉が出て来ない。
「圭介はさ。私が圭介のこと好きだって言ったらどうする?」
分かってる。純香がそう言うことくらい。でも言われたらどうするのかを考えることを避けていた。
「そうだな……」
「考えちゃうんだ」
「そりゃ、そういう事についてちゃっちゃと答えを出す方がおかしいだろ?」
「ま、返事は別になんだって良いんだけどね。私が言葉にしたかっただけだから」
純香はそう言ってブランコから前に飛び降りてから僕の前にやってきた。
「そうそう。やってみたい事があるんだけどいい?」
「やってみたい事?」
僕がその内容を想像するより前に、純香は僕のことを抱きしめてきた。僕はさっきの杏香と同じように両手の行方を定めることは出来ずにいた。
「うーん。やっぱり抱きしめ返してはくれないかー」
「いや、いきなりだし。正直どうしたら良いのか分からん」
実際わからない。意中の女性なら抱きしめ返すんだろうけど、杏香も純香も僕の中では幼馴染というキーワードが強く出てきて恋人という認識に至ることはなかったからだ。
「あの……」
「ああ。もういっか。離れるね」
まるで何かを待っていたかのような言葉尻。僕は周囲を見まわした。杏香が居るんじゃないかと思って。しかし、周囲に人影はなく公園の中には僕と純香しか居なかった。
その後、純香には「杏香は家族になるんだから」と言って安心を投げかけたつもりだけども。その言葉を聞いた純香は、本当かなぁ、という目線を送って来たから、僕は小さく二回頷いてみせた。それをみた純香は満足したのかマンションのエントランスを潜ってエレベーターに入って行った。
「ふー……。ここで僕と純香が付き合えば杏香はおとなしくなるのかなぁ。でもそんな理由で付き合い始めるのってなんかなぁ……」
そんな事を呟きながら自宅に向かおうとしたら見知った顔を見かけた。確か今の生徒会長の東堂だ。僕が視線を送っているのを確認したのか、東堂は僕の方へ歩いてきた。向こうも僕のことを知っているのだろうか。いや、絡みはないからそんなはずは……。
「野宮くんだよね?」
「え、はい」
学校では苗字ではなく圭介と呼ばれることが殆どだったから、苗字で呼ばれて違和感と、なぜ生徒会長が僕のことを知っているのか、という思考が頭に浮かんだ。
「ああ、やっぱり。この前の奉仕活動、九木さんと一緒にやってたよね?彼女とは仲が良いのかい?」
「あ、いや、腐れ縁みたいなものでして」
「そうか。なんにしても話をしてくれることくらいは出来るかな?」
ここまで来て純香が生徒会に誘われていることを思い出したので先手を打つ事にした。
「生徒会へのお誘いであれば断るって言ってましたよ」
「はは。それは手痛い。でも。今回の話はその話じゃないんだよ」
僕はその言葉を聞いて考えた。そして一つの可能性を見出した。
「もしかして杏香のことですか?」
「おお。ご明察。笹森さんのことなんだけど。こんなところじゃなんだから駅前の喫茶店にでも行かないかい?」
確かにこの炎天下の下で話すのは、と感じたけども、長い話なのか、とも思った。
「奢るよ」
別に奢ってもらう為に来たわけじゃないけど、杏香のことと聞いて何か分かるのであれば、今回の出来事についてヒントになればと思ってついて行った。
「さて。涼しいところにも来たし、早速だけど要件を」
「杏香って知り合いなんですか?」
「いや。そういう訳じゃないんだけどね。でも色々と調べたら九木さんと姉妹、っていうことが分かってね。ああ、今日言いたいのはその事じゃないか」
東堂、これはわざと言っているのか。僕がその事実を知ったのはさっきだ。東堂は事前に調べていたにしても、そんな重要なことをこんなにさらりと言うのは違和感を感じた。
「それってどうやって調べたの?」
確認する。まさか探偵を雇ってとかじゃないだろう。何か人間関係で推察したのか、それとも……。
「生徒会の力を持ってすればそのくらいは。でも今日、野宮くんに言いたいことはそれじゃない。単刀直入に言うよ?笹森杏香が僕のバイト先に勤めているのは知ってるかな?それで生徒会の顧問になってもらいたいと思っている。そこで、書記の派閥を贔屓してもらいたくない。協力してくれないか?」
「生徒会に?ってか、杏香が生徒会の顧問になるって意味が分からないし。それも生徒会の力ってやつ?」
「それはそうだね。別に力を使ったとかそういうのではなく、学校側からの要請だね。生徒会には歴代顧問が居てね。今までの顧問が就職すると言うので、代替わり、と言う訳だよ。それで、どうだい?」
杏香も昔から勉強は出来た方かも知れないけど、生徒会に誘われるような実力者ではなかったような気がする。
「その……。杏香を生徒会顧問に誘う理由ってなんですか?杏香が生徒会顧問になったら純香が入るとか思ってるんですか?」
「いやいや。そういう訳じゃないよ。ただ、これは生徒会の仕事に関することではなく、個人的な事だよ。ずばり、笹森杏香、さんを紹介してもらえないだろうか」
まさかの色恋沙汰。そのために身辺調査をしたってことか?僕はその行為に嫌悪感を抱いた。
「別に紹介することは『物理的には』可能だけども。僕の気持ち的にはそう思える要素がない」
「姉妹だと調べたことかい?」
分かってるなら何故、話したのか。僕は小さく頷いて返事とした。
「これには理由があってね。笹森さん、向こうの高校での過去の素行については聞いているかな?」
「特に聞いてませんが。何かあったんですか?」
「そうか……。これを言うとまた怒られてしまうかも知れないけれど、理由の説明に必要なことだから聞いて欲しい。彼女、笹森杏香は向こうの高校では有名人でね。何人もの男をたぶらかしたと聞いている。それで、生徒会でも同じようなことが起きては困るからね」
「先に釘を刺したいと言うことでしょうか?」
「端的に言うと」
てっきり色恋沙汰かと思っていたから、面食らってしまった。杏香の素行。確かに社交的ではあるけども遊び人のような要素はなかったと思うけども……。
「いわゆるクラッシャーってやつだね。何かしらのグループに所属してそのグループを解散させる。別にその事をどうこう言う筋合いはないのだけれど、それを利用しようとしている人物がいる」
「書記、ですか」
「話が早い。書記の派閥に取り込まれる前に、僕の方に来て貰って、来る危機を回避したい。その為に野宮くんに協力をお願いしたい。生徒会が雑然となるのを見たくはないだろう?」
正直、それはどうでも良かった。でも杏香の素行については気になるところだ。ここでもっと話を聞いても良いけど、伝聞で得るのではなく本人から聞いた方が歪曲される事もないし、良いと思うし。
「お力になれるか分かりませんけど、どっちにしても杏香とは話をしたかった所なので、聞けるようであれば聞いてみますよ」
「そうか。ありがとう」




