【第四話】歳上の人
「そういえばさ。純香は杏香とあの後に会ったりしてるのか?駅前の本屋でバイトしてるらしいぞ」
純香は今日も僕の家に来てご飯を作っている。もう日常のようになってしまって違和感を感じることは無くなってしまった。
「会ってない。駅向こうにでも住んでるんじゃないかな」
「あ、なるほど。って、連絡してみればいいのか。純香はほとんど記憶がないんだろ?一緒に会ってみないか?」
「うーん……。いい、かな。なんか気まずいし」
この前に会った時にどちら様ですか?って聞いたことについて気にしてるのかな。僕はその程度の意識しか感じなかった。
『純香、今週末は父さんが居るから飯、作りに来なくてもいいぞ』
夏休みも半分過ぎた頃。珍しく父親が家にいることになった。いつもは休日も付き合いでゴルフとかに行ってて帰りが遅くなることが多かったが、今週末は家にいるらしい。
『そうなの?お父様の分も作ってあげようか?』
『通い妻みたいだな』
『そんなんじゃ無いわよ。この前に買った鶏肉の賞味期限が明日なのよ。唐揚げにしようと思ってたから』
ふむ。別に父さんに合わせても何かあるわけでも無いし。別にいいか。
なんて思ってた昨日の夜。
「お邪魔しまーす」
純香はソロソロとリビングに入ってきた。父さんはリビングのソファに座ってゴルフの中継を見ていたところだった。
「ああ。いらっしゃい」
父さんはテレビを消してから立ち上がって純香の方に歩いて行って歓迎の言葉をかけている。
「純香ちゃん、大きくなったなぁ。何歳だっけ?」
「父さん、純香は僕の同級生なんだから十七歳に決まってるでしょ」
「ああ、そうかそうか」
「ったく。大丈夫かよ……」
そんなやりとりがあってから昼ご飯を食べ始める。今日の昼ごはんは昨日炊いたご飯の残りで炒飯となったわけで。僕はいつも作りに来てくれることを言うべきか迷っていたんだけど、先に純香がその事を言ってしまった。
「そうなのか。世話になるね。ありがとう。でももうすぐそういうのもナシになるかも知れないぞ」
「ん?なんで?」
この時の父さんの言葉の意味が全くわからなかった。次の言葉を聞くまでは。
「笹森さんってお覚えてるか?」
「え?いや、覚えてるけどなんで?」
「今は水木って名前になってるんだけどな。再来月から圭介と同じ瀬尾の苗字になるぞ」
「ん?」
「いや。父さん、再婚することになった」
「は?え?聞いてないが⁉︎」
「だから今言ったんだって」
あまりに突然のことで言葉が頭に入ってこない。再婚?
「あのさ。再婚って誰と?」
「だから今言っただろ?水木さんとだよ。覚えてないか?杏香ちゃん」
「いや、覚えてるけど。その水木さんってこと?」
話しながら自分の中でも話の整理をつけてゆく。
「そう。だから再来月からお姉さんが出来ることになるな」
「は?え?」
正直この事の方がビックリしたかも知れない。杏香は僕よりも年上?あの杏香が?
「なんだ。知らなかったのか?杏香ちゃんは今、大学一年だから圭介よりも二歳歳上だな。あと……」
「まだなにかあるの?」
「引っ越しもするぞ」
「え?」
先に声を出したのは純香だった。そして僕の頭には転校の文字が浮かんだ。純香も同じ言葉が浮かんだのだろう。酷く狼狽している。
「ああ、転校はないぞ。というより引っ越しって言っても二軒となりだ。この家も古くなったからな。それに……。いい機会だからな」
父さんはそう言ってリビングに飾ってある家族写真に目線を移した。
「さ。僕はこの後、水木さんに会ってくるんだけど、一緒に行くかい?」
「えっと……」
僕は父さんにそう言われて純香の方を見たら小さく首を横に振られたので、「家で待っている」と返事をして父さんを見送った。
「ビックリしたな」
「うん」
「杏香が歳上だったなんてなぁ。道理で大人っぽかったわけだ。純香は今回のことどう思う?」
「え?」
「いや、だから父さんの再婚のこと」
「別にいいと思うけど……」
「けど?」
純香は何か言い淀んでいるような感じで気になったので、そのまま返事を待つ。しかし、しばらく経っても返事がないので、こちらから予想を立てることにした。
「あれか?杏香と一緒に住むことになるのが気になるのか?」
少々自意識過剰だが、思い当たることと言ったらこれくらいだ。記憶にほとんどない人物が僕の近くに居る事になる。そうなると、こうやって今まで通りに気軽に家に上がりにくいと思っているのかも知れない。
「その……。うん」
「別に……」
別に。付き合ってるわけじゃないし。そう言いかけて言葉を飲み込んだ。
正直なところ分かってるんだ。純香が僕のことをどう思ってるのかなんて。自意識過剰というのは間違いないけども。
「うーん。別に僕は再婚後も僕の家に来るのは全然構わないと思うんだけど」
「そう思う?」
「思うけど。なんか気まずい?」
「一応……。ほら、他の女子の台所に他人が入るのってアレじゃない?」
「杏香はそんなこと気にしないと思うけどなぁ」
昔の杏香。ボーイッシュなところがあって、正直なところ年下だと思ってた。学区が違ったから学年についてはよく知らなかったし。それが今はあんな風になるなんてなぁ。女の子は化けるものだ。
そして夏休みもあと三日というところで、僕と純香が家に帰ったら、そこには父さんと再婚相手の女性、そして杏香が居た。
「えっと……帰った方がいい、かな」
「いや、別にいいんじゃないのか?先に部屋に行ってなよ」
「うん」
そう言って純香は軽く会釈をしてから階段を登って行った。
「圭介くんは純香ちゃんと付き合ってるの?」
第一声がこれ。なんと答えたものか。現状の事実として互いに恋人になろうという意思表示は示したことがない。かと言って今日までの状況を鑑みるに……。
「まだ、なのかな。よく分かんないや」
「なんだ圭介、まだ純香ちゃんと付き合ってないのか」
父さんがそんなことを言ってきた。まるで付き合ってて欲しいと言わんばかりに。なんでそう思うのかは少しだけ想像がついたけども、流石に家族になる人とどうこうする気なんてない。でも杏香はそうじゃないみたいで。
「圭介くん」
「ん?」
「これからよろしくね」
「ん、ああ。よろしく。ってか、歳上だなんて思ってもみなかった」
「そう?」
「今の姿だったら納得するけど、昔の杏香はそんな感じしなかったし。それにしてもなんで純香は杏香のこと覚えてないんだろうな」
「そう言ってるの?」
「この前に会った時に、どちら様?って言われたんだろ?」
「言われてないけど。少し腰が引けた感じで久しぶりって」
「ん?そうなの?」
なんか話がチグハグだ。まぁ、この後に純香に聞けば分かることだけども。でも、一旦隠していたということは言いたくないことなのかも知れないしな……。どうしたものか。と、僕が無言で考えていたら杏香がリビングを出て階段を上がって行った。
「あ」
僕は純香とバッティングすることよりも部屋のフィギュアの事が気になってしまった。別に杏香になにを言われても、という気持ちはあったけども、正直なところ隠しておきたい気持ちがあったからだ。




