【第二十三話】記憶
十一月十四日。
文化祭は心配していたことも起きずに無事に終わった。ただ、後夜祭のトップバッター、一年生の新宿くんが純香に告白してきた時はビックリした。純香は断りを入れていたけども、好きな人が他にいる、なんて言うものだから皆が僕の方を見てきて困ってしまった。
「圭介」
「なんだ?」
皆が去った後、純香が戻ってきて僕に声を掛けてきた。
「笹森さんの事なんだけど……」
「分かってる。僕がしっかりしないと。杏香になんて言われるか分からん」
「あのね?あの日、井の頭公園で私、笹森さんに先に会ってたの」
「だろうな。先に探しに行ってたからな。何か言われたのか?」
「うん」
「そうか」
「内容、聞かないの?」
「大体分かる」
「以心伝心ってやつだ」
「置き手紙あったしな」
「そうなんだ」
純香が言いたいことは分かる。言葉にしないと納得が出来ない、そう言いたいのだろう。だからこそ、僕は言葉に出したくなかった。
三年後
僕は家に戻って、杏香に貰ったフィギュアを眺める。
「箱から出して飾るかな」
そう呟いてから紙袋から出して箱の封を切る。
「あれ?」
切られている。箱のシールがカッターで切られていた。
「まさか……」
箱からフィギュアを取り出して箱の底を見る。あった。やっぱりあった。
『見つけてくれたんだ。もしかしたら開けるのが勿体無いとか言って開けてくれないかと思ってたんだけど。あとアレだ。置き手紙は無理やり読ませるところに置いていたから読んでくれたよね。粗方書いてあった通りなんだけど、今回はちょっと昔話。圭介が私と遊んでくれている時にした約束って覚えてる?って、プレゼントのことも忘れてた位だから覚えてないかな。正解は当ててね、っていうのはちょっと可哀想だから教えてあげる。えっとね、純香を幸せにしてあげて、ってやつかな。あの子、昔から不器用だから。お姉ちゃんがしっかりしないとね。それでね?私と圭介が恋人同士になったじゃない?期間限定だけど。アレって純香はなんか言ってた?今度会ったら教えてね。あと。圭介は多分だけど私のことを気にして純香を幸せにするとか考えられないとか言いそうだから先に言うけど、純香を幸せに出来なかったら許さないからね。これは約束だよ。と、まぁ、言いたい事はたくさんあるんだけど、文字にすると書くのが大変ね。なのでそろそろ締め括ります。たくさん遊んでくれてありがとう』
「なんだよこれ……。遺書かよ……」
僕は今にも崩れそうな足を堪えて机に置いてあったスマホを手に取った。
「純香か?行くぞ」
「え?でも……」
「もう三年も経ったんだ」
「うーん。圭介がそう言うのならついて行くけど……。本当に大丈夫なの?」
「多分な」
「あの時みたいになったら私、困るからね?」
「分かってる。それじゃ十三時に駅前で」
「うん。分かった」
揺られる。車窓を流れる緑多い景色と、線路を走る電車の子気味良い音が僕の気持ちを落ち着けてくれた。
「次はー……」
車掌の声が耳に入って徐々に現実に引き戻されてゆく。
「そろそろ到着するな。駅前からはバスだっけ?」
「時刻表見てからの方が良いかな。一時間に一本あるかどうかだし。タクシーならいると思うし」
「そうか」
そして駅に降り立ってバスの時刻表を見る。行ったばかりのようで次のバスまで一時間半ある。べらぼうに遠い場所でもないから歩いて行こうかとも思ったけども、純香の靴を見てやめた。
「タクシーで行こうか」
「うん」
駅舎に戻ってタクシー会社専用の電話機を手に取って迎えにきて欲しいと伝える。程なくしてタクシーが駅前にやって来た。
「あの。笹森、って分かりますか?」
「ああ、笹森さんのところね。あいよ」
この小さな集落では苗字を言うだけで通じるらしい。以前来た時は全部純香がやってくれたから自分で言うのが新鮮な気分になる。
「お兄さんは笹森さんとこに何か用事かい?」
「ええ。まぁ。会いたい人がいるんで」
「そうかい。まぁ、そんな顔しなさんな」
ミラーに映った自分の顔を見たのか、そんなことを言ってきた。
「いえ、すみません」
それからは会話もなく、田舎道をタクシーは走る。そして目的地に到着して代金を支払って。
「到着したな」
「圭介は何も言わないでよ?」
「分かってる」
純香は電話を入れてから先に家に入って行った。秋の山からは少しだけ肌寒い風が吹いてくる。
「圭介ーっ。入っていいってーっ」
家の奥から純香の声がしたので玄関を潜って靴を脱ぐ。そしてスリッパに足を入れて軋む廊下を歩いて突き当たりの部屋を目指す。
「あれ?」
部屋の中を見たけども誰もいない。
「純香?」
「縁側ーっ」
僕は声のした方に向かって歩く。そしてそこには見知った後ろ姿があった。
「初めまして野宮と申します」
「ええ。初めまして。純香さんから聞きましたわ。遠いところからようこそ」
そう言って再び縁側の外に目を移して行った。
「圭介、ちょっとこっちに来て」
「うん。やっぱりダメか」
「私のことは大丈夫なんだけどね……」
「まぁ、やるようにやってみるさ」
僕は再び声を掛ける。
「もうここには慣れましたか?」
「ええ。空気も綺麗ですし、皆さん優しくしてくれますから。そうだ。野宮さんって東京から来られたんですよね?昔、私も東京に居たんですよ」
「東京のどのあたりに?」
「吉祥寺ってご存知かしら?そこの本屋さんで働いてました」
「吉祥寺なら知ってますよ。高校が近くだったので」
徐々に近づいてゆく。いきなり隣に行くのはダメだ。
「そうなんですか。もしかしたらすれ違ってたかも知れませんね」
「そうですね。世の中広そうに見えて狭いですからね」
少々の沈黙が流れる。
「野宮さんは生徒会、されていたんですよね?」
「え?」
「純香さんから聞きました。なんでも生徒会会長代行をされていたって」
「そうなんですよ。結構大変だったんですよ。でも生徒会には顧問が居て。随分と助けて貰いました」
「まぁ、顧問ですか。なんか偉い人みたいですね。どんな方がされていたんですか?」
ここまで会話して現実を見せつけられた。一縷の望みを持ってここまで来たけども、やはりそんな簡単には……。
「その顧問、あなたに似ているんですよね。とっても」
「私にですか?でも私が顧問なんてやってたら生徒会、大変なことになってたと思いますよ」
「そんなことないと思いますよ。だって……」
「圭介……!」
そこまで行ったところで純香が小声で僕の言葉を遮った。
「そうだな」
僕は純香に返事をしてから話を続けた。
「それでは、今日はありがとうございました」
「ええ。お話できて楽しかったわ」
僕たちは家を出て田んぼのあぜ道を歩いていた。
「うーん。やっぱりダメだったな」
「随分と現実を受け入れてるじゃない」
「三年も経ったんだ。否が応でも受け入れるさ。でもさ、昔よりは穏やかだっただろ?」
「圭介が取り乱したりしなかったらこっちまで来なくても良かったのにね」
「いや、それは悪かったと思ってる」
「……。圭介はさ、このままの状況が続いたらどうするの?待つの?」
「いや、今年でおしまいかな。それに約束もしたしな」
「え⁉︎いつ⁉︎」
「ああ、会話をしたんじゃなくて手紙だな」
「そういうこと……。でも約束って何?」
「年が明けたら教えてあげるよ」
そこまで言って山に沈む夕陽を眺める。会話が途切れると音がしない。そんな静寂を纏って僕たちは目的の家に到着した。
「あー、いらっしゃい。杏香ちゃん、なんか言ってたかね?」
「いえ」
「そうかい。まー、ゆっくりしていくといいよ。お風呂は沸いてるから入っておいで」
こちらに来てその名前を聞いた途端、現実が牙を向いてくる。
「圭介」
「分かってる。大丈夫だよ」
大丈夫。そう言ったものの予想通りの現実を突きつけられて心が動揺を隠せない。
「明日、もう一度行ってみようか」
「うーん……。でもさっきの様子なら大丈夫かな。行こっか」
お風呂に入って夕飯をご馳走になってから炬燵に入った。田舎の十一月はもう寒い。
「純香はさ、いつも杏香と何の話をしてるんだ?」
「昔話以外かな」
「そうか。だからさっき止めてきたのか。先生に何か言われてるのか?」
「大きなショックを与えると悪化する可能性があるって」
「そうなんだ。でも僕に会っても大丈夫だったな」
「事前に写真見せてるから」
「そうか。それを見た上であの反応か」
現実。杏香が僕のことを忘れているという現実。あの後、無事に手術は成功したものの記憶障害が起きてしまった。最初は記憶の混乱程度に思っていたんだけど、僕との記憶だけすっぽりと抜け落ちているようだった。僕はその現実が受け入れることが出来なくて取り乱してしまって。杏香もそれに違和感を感じたのか混乱してしまって。病院の先生からしばらく会わないで欲しいと言われていた。僕も現実を突きつけられるよりは、その方が良いと思って暮らしてきた。でも。あの手紙を見てしまって気持ちを止めることは出来なかった。
「杏香さん、いらっしゃいますか?」
「ええ。今日は出掛けてるわよ。なんでも東京に行くとかで……。止めたんだけどね」
杏香が東京に。抜け落ちているのは僕の記憶だけだから不自由なく東京には行けるだろう。でも、何をしに行ったのか。
「純香、追いかけてもいいか?」
「ダメって言っても追いかけるんでしょ?行き先の検討ってついてるの?」
「正直分からん。でも……」
「行くんでしょ?いいよ。それじゃ早く準備しようか」
僕と純香は数日こちらにいる予定だったのだが、今回のことがあって早々に帰宅することになった。
自宅に戻ると僕の母親でもある杏香の母親が待っていた。
「あら?向こうに行ってたんじゃないの?」
「いえ。なんか杏香が東京に行ってるって聞きまして。こちらには来てますか?って、流石にそれはないですよね……」
僕の記憶が抜け落ちてるんだ。僕の家に来るなんてことはない。だとしたら。以前住んでいたアパートだろうか。あそこは杏香が戻ってくるのでまだ借りたままになっている。「母さん、アパートの鍵ってある?」
「あるけど、杏香はそこに行くって?」
「予想、かな。他に行くところって正直思いつかなくて」
そして、僕と純香はアパートに向かったが、予想通りそこには杏香は居なかった。そればかりか、その日を境に杏香は姿を消してしまった。警察に届け出も出したのだけれど、行方は分からず。病院にも顔を出していないとのことで、正直手詰まりだった。
「あー……」
「笹森さんのこと考えてる?」
「そろそろ、その笹森さんってのやめた方がいいんじゃなの?もう野宮になってるんだし」
純香は僕の父親と杏香の母親が結婚してからも杏香のことを笹森さんと呼んでいる。理由は何となく分かるんだけど、流石にもう三年も経ってるんだし杏香も大丈夫かな、と思うし。
「大丈夫だと思う?笹森さん、野宮の苗字になるって受け入れてくれると思う?」
「どうだろうな。まだその話ってしてないんだっけ?」
「一応してるんだけど、翌日には忘れてるみたいで……」
記憶が受け入れないのだろうか。僕に関わることは一切。
「それにしてもどこに行ったんだろうな」
「ねえ、圭介と笹森さんが小さい時に別れた場所っていつ、どこ?」
「なんで?」
「なんか気になって。もしかしたら……」
「その日に来るかも知れないってやつか?でも僕に関しての記憶がないんだろ?」
「一応。行ってみようよ」
三月二十四日
杏香が消えてから、もう半年近い。以前、純香が言っていた通りの場所に来るとしたら、四日後の井の頭公園。僕は半分諦めながらもその日を待った。
三月二十七日
いよいよ明日だ。っと、その前に僕は行こうと思っていた場所がある。時期こそ違えど、杏香とは大きなイベントがあった場所だ。気持ちの整理も兼ねて行ってみることにする。
「あれ?」
「ああ!久しぶり!」
「なんで新宿先輩がこんなところに?」
「えー。聞いてないの?」
「誰に、何をですか?」
「何って。笹森さんから。今日ここに来るはずだから、って。それで待ってたの」
「ええ⁉︎」
僕は簡単に今までの経緯を話した。
「そんな事になってたんだ。でも昨日会った時にはそんな事全然なかったよ?というより顧問のことも忘れてるって感じだったの?その事については聞いてないけど、私のことを覚えていたから生徒会に顔を出していたのは覚えてるんじゃないの?」
「かも知れませんね。純香のことは覚えてましたから、その影響で覚えているのかも知れません。それで、なんでここで僕を?」
「だから、ここに圭介くんが来るからって……」
「ちょっと待ってください。杏香が僕の名前を出したんですか⁉︎」
「え、ええ」
にわかには信じられないけど、ここに新宿先輩が来ていることが、僕のことを覚えているという証左になる。
「昨日、杏香と会ったのはどこですか?」
「駅前のスタバ。休憩してたら声を掛けられたの。それでね?これを渡して欲しいって」
「なんです?これ」
「渡せば分かるって言われたんだけども」
ハンカチに包まれたそれを受け取って中身を取り出してみる。
「あ!」
見覚えのある大砲の部品。恐らくは中に……。と、思ったのに何も入っていない。
「他に何か渡されたり、言われたりしてませんか?」
新宿先輩は首を横に振った。
そして、折角だから話をしよう、と言われて新宿先輩と文化祭について昔話をした。
「え?」
「なに?これも知らなかったの?」
「ええ。初耳です。カップル喫茶に杏香が来てたんですか?東堂生徒会長と?」
「そう。生徒会長と私、当時は付き合ってたから、それを聞いて私もビックリしたんだけどね。でも、そういうのじゃなくて笹森さんが偵察を兼ねて、だったみたいで。でも、もう一回来るって言ってたらしいけど、誰と行くつもりだったんだろう」
そんな話をしてから僕は家に戻った。
「どうだった?」
家にいた純香に聞かれて、今日のことを話したら、記憶が戻ったのではないかという話しに当然なる。だとしたら明日、あの場所に来る可能性もある。そう思っていたらそのひは眠ることが出来なかった。




