【第二十四話】頑張るのは誰だ
三月二十八日
いよいよだ。あの日は夕方だった。でも何時に来るのかなんて分からないし、僕たちは昼前には例のベンチに座って杏香を待った。
「本当に来ると思う?」
「分からん。でもここ意外に思い付かん」
「そっか。それにしてもなぁ……」
「なんだ?」
「いやね、今日仮に笹森さんが来たとしてね、圭介のことを思い出してたとしたら、圭介はどうするの?」
「どうするって。歓迎するだろ」
「そうじゃなくて。笹森さんって圭介のことが好きだったんでしょ?というか、現在進行形で好き、なのかも知れないじゃない?そもそもで圭介が家族になってるって知ってるのかな?」
「僕の家に来ないって事は知らないんじゃないのかな。田舎にいた時にそういう話ってしてたの?」
「圭介が絡む話だからしてなかったと思う」
「そうか」
僕は桜のトンネルをボートで潜るカップルを眺めながら息を吐いた。
「ちょっとお昼買ってくる。圭介、何か食べたいものある?」
「特にないからおにぎりとパンを適当に買ってきてくれるか?」
「男の人って適当に、ってよく言うよね。困るんだから。そういうの」
「じゃあ、梅とおかか、ソーセージが挟まってるパンを頼む」
「最初からそう言いなよ」
純香はそう言ってベンチを離れた。それを見送って僕はスマホを見る。杏香とのメッセージは最後に僕が送ったメッセージが未読のままで残っていた。多分、誰かわからないメッセージだし無視しているんだと思っていた。
「頑張れ、なんてな。手術している人間に送るメッセージじゃないよな……」
ポン……
池に浮かぶカップルに目を移していたら、スマホからメッセージ着信音が鳴った。それを確認すると純香からで、目的のパンが売り切れてる、と言うものだった。僕はアンパンを頼んでから再びカップルに目を移した。
ポン……
「なんだよ。アンパンも売り切れか?って、え?」
『頑張るのは医者だ』
「杏香?」
未読だったメッセージに既読がついたばかりか、メッセージが返ってきた。
僕は慌てて辺りを見回す。
そして。
「やっほ」
「杏香!」
杏香が歩いてくる。僕に向かって一歩一歩。僕は今にも走り出しそうになったけども、あまりの事に足が上手く動かない。
「圭介、太った?」
杏香は僕の前に来てそんな事を言う。
「そんな事ないけど。ってか、なんだよ。僕のこと覚えてたのかよ」
「笹森杏香はもう居ないから。圭介の中の私はもう居ません」
「理屈だなぁ。じゃあ、野宮杏香、って言ったら良いのか?」
「そうねぇ。こんな弟ってのが不本意だけど。それで、約束は果たしてくれたの?」
「あ、いや……、その……」
「あ!この後に及んでまだなの⁉︎呆れた。私があんな風になってたら良い加減諦めてるかと思ったのに。っていうか、期間限定だったでしょ?」
「その期限、あと四日くらい残ってる。正式に終了ってなってないし」
「そう言うか。なるほどなるほど。それじゃ、正式に。別れましょ」
面と向かってそう言われると心に迷いが生まれる。このまま杏香を抱きしめたら継続するのだろうか。
「杏香はそれで本当に良いのか?」
「良いも何もお姉ちゃんだし?」
「昔はそんなの関係ないって」
「常識的に考えて?」
「杏香が常識を語るのか」
「なーに?私が常識人じゃないとでも?」
子気味の良い会話。昔と何一つ変わらない。あの日に戻って再び何気ない日々が始まる気がした。
「あー!」
「あ、純香ちゃん」
「笹森さん、なんで?本当に来た!」
「何でって。待っててくれたんでしょ?」
純香もビックリしている。なによりも、僕と会話をしていた事にビックリしたようだったけども。
「笹森さん記憶、戻ったの⁉︎」
「いや、最初からそんな事なかった可能性がある」
僕はそう言って杏香を見る。
「テヘペロ」
僕と純香は全身の気力が抜けてしまった。
「杏香……。おまえな……」
「だって絶対に圭介、私の元から離れないと思ったから。それと!純香ちゃんは今まで何してたの⁉︎圭介のこと捕まえられなかったの⁉︎圭介も圭介だよ。純香ちゃんをよろしくって頼んだでしょ?」
「それはそうだが……」
「それじゃ、キスして。いまここで」
「え?」
「私とじゃないよ!純香ちゃんとだよ!」
そう言われて純香の方を見た。純香は目を泳がせて落ち着きがない。分かっている。純香が僕のことをどう思っているのかなんて。でも素直に純香にキスが出来ない。
だって。
「え!ちょ!」
「観念しろ!」
「やーめーろー!弟がぁ!あ!純香ちゃん、なにす……」
純香が杏香のことを後ろからはがいじめにしたのを見て僕は一気に攻め込んだ。
「あ!ん……!」
「逃げるなよ」
「だって。私たち家族だよ⁉︎」
「そう思っているのは杏香だけだ」
「え?」
「杏香、自己紹介して」
「なに?」
「いいから。自分のことを紹介して」
「良いけど……。私は野宮杏香、野宮圭介の姉です!」
「んー!残念!」
「何が残念なのよ」
「正解は?」
僕は純香の方を見た。そして純香はこう言った。
「九木杏香、でした!ね、おねーちゃん!」
「え?え?え?」
「父さんと母さんが気を揉んでな。自分たちの都合で子供たちを巻き込みたくないって言ってな。それに純香のお父さんが了承してな。今は杏香の苗字は九木だ!」
「え?だって……、あ!」
僕は再び杏香を抱きしめた。つよく、つよく。
そしてゆっくりと杏香にキスをした。
「いいの?本当に」
「何で私に聞くの?お姉ちゃん。私はいいの。叶わぬ恋!」
「いいの?圭介……」
「僕が良いって言ってるんだから問題ない!」
そして杏香はゆっくりと目を閉じて僕の行動を待った。
「杏香……」
「あら!こんなところで!ごめんなさいね!邪魔しちゃって!」
明らかに邪魔をしに来たオバチャン。犬を引っ張ってこっちに歩いてきて僕と杏香の横を通り過ぎていった。
「ふふふ……。あの時と同じだ」
「また雰囲気壊れちゃったね」
「でも。杏香はもう離さないぞ」
「仕方ないな、もう」
「あーあー、そうやってちちくり合うあのは、私のいないところでお願いできるかしら⁉︎」
「すまんな。純香」
「もう!謝らないでよ!いいの!これで!はい!めでたしめでたし!末長くお幸せに!」
「あ、お昼ご飯……」
純香は買ってきてくれたおにぎりとアンパンと一緒にその場を離れて行ってしまった。
僕たちはこの時間を忘れる事はないだろう。
随分と遠回りしたけども。
「杏香」
「ん?なに?」
「好きだよ」
「あー……、先に言われちゃった。私も好きだよ」
明確に言ったことのない言葉。お互いのその言葉がしっかり噛み合って回り出す歯車。この歯車は永遠に絡み合って回り続けるだろう。
お互いの命尽きるまで




