【第二十話】謎
「それってどういう事なの?」
「どうって。話した通りのことなんだが……」
「だって。さっき連絡入ったよ?」
「え?」
「ほら」
そう言って純香はスマホの画面を僕に見せてきた。確かにそこには純香あてのメッセージがあった。
『来月から圭介のこと、よろしく』
ああ、だから来月からどうする、って質問だったのか。これは多分だけど、予約投稿。実際の杏香は眠りについているはずだ。
「なるほど。これによると、僕はやっぱりフラれるみたいだな」
「うーん、なんていうか笹森さんが常識人だったというか」
「常識人」
杏香には一番似合わない言葉のような気がした。杏香は自由奔放に生きている。それこそ常識なんてものには囚われないように。
「なに?」
「いや、なんでもない。ってか、来月からどうする、の前に文化祭があるだろ?」
「そうなんだけど……」
どうやら純香は来月からの自分との関係について気になって仕方がない、というようだ。
「さっきも言った通り、杏香はちょっと出られそうにないから僕と純香で切り盛りする必要がある」
そう僕は言ったものの迷っていた。成功させるのか、失敗させるのか。後者の場合には東堂生徒会長を引っ張り戻す必要がある。逆に成功させるなら、それに向かって進むだけだ。
「純香は今回の文化祭、成功させたいか?」
「ん?なんで?失敗させたいとか考えてる人っているの?」
「いや、どうだろうな。でもそう願ってる勢力は絶対にいると思うな。参加するのが面倒、嫌、とか思ってる人達が」
「圭介はどう思ってるの?」
「僕は……」
杏香に責任が及ばないようにするのが一番だ。自分が矢面に立とうとも。
「僕は成功させたい、かな」
「でも失敗するってどんな感じになるのかな。盛り上がらないとか?」
「いや、なにかトラブルが起きるんじゃないのか?それで後夜祭どころじゃなくなる、みたいな」
実際に文化祭が失敗に終わるという状況を考えても、そのくらいしか思いつかない。だったら何か起きた時の対処の方法で失敗を防ぐことは可能だ。でも、そのためには味方を多く集める必要がある。何にしても東堂生徒会長がどう思っているのかの確認からだな。
「ただいまー。なんて言っても誰もいないか」
いつもは杏香が待っていて、お帰りなさいの声が聞こえてくるから今日は何だか不思議な気分だ。
「あら、お帰りなさい」
「え?ああ、おばさん」
「おばさん、はもうやめない?来月から母親になるんだから。でもいきなりは無理よね。ごめんなさい」
リビングに入ると杏香の母親がいた。病院に居なくても良いのだろうか。いや、杏香の具合について確認する良い機会じゃないか。そう思って僕は聞いてみた。
「杏香の具合ってどうなんですか?」
「本人から聞いてない?」
「いや、はっきりとは。でも病院で簡単な説明なら……」
僕は聞いた内容を伝えた。発作と言っても何の発作なのかまでは聞いていないとも。
「そう。そこまでは聞いているのね。でも詳細はやっぱり本人から聞いて。多分、話したいって言うと思うから。それでね、ちょっと別の話があるんだけど良いかしら?」
「はい。何ですか?」
杏香の母親から聞いた話は少々信じられないものだった。高校時代、杏香はいじめられていたのではなく、いじめていた方だという。それでたくさんの人に迷惑をかけて学校に通うことが出来なくなっていたと。新宿先輩の話と真逆の内容。でもこの話の方が説得力が出てしまう。無理な文化祭の顧問に招き、失敗させる。そして全ての責任を杏香に負わせる。いじめられていた東堂生徒会長の兄が考えそうなプランだ。
「何か原因があったんですか?」
「それが杏香に聞いても頑なに教えてくれなかったのよ。だから圭介くんなら何か聞いているかと思って」
「いえ、僕も何も聞いてないです。というより今の話も初めて聞きました」
「まぁ、昔、私はいじめっ子でした、なんて言わないわよね。でもそれが巡り巡って今の状況になってるのかも知れないわね」
「その……、いじめていたのって東堂さんって方ですか?」
「え?違うわよ」
「あれ?」
ここでも話がズレる。
「新宿さんって女の子、かな」
「え?」
新宿先輩は高校三年生、杏香は大学二年生。杏香が三年生の時に一年生の新宿先輩を……。ってことか。学年を隔てていじめなんてなんでそんな事が起きるんだ。
「それでね、新宿さんは二年ほど休学しちゃったの。それの償いをしたいって生徒会の顧問を引き受けるって言ってたわ」
なるほど、それでか。新宿先輩が生徒会を去った理由。昔、自分をいじめていた相手がやって来たのだ。逃げるのは自然だ。と言うことは文化祭を失敗に導こうとしているのは東堂生徒会長ではなく新宿先輩、ということになる。
「その行為、逆効果になってるかも知れません」
「でしょうね。私もやめておいた方がいいって言ったんだけどね。どうしてもって」
「でも、状況は理解しました。この後のことは僕と純香に任せてください。杏香には大丈夫とだけ伝えて下さい」
そう言うと、これから病院に行くので伝えると言って家を出て行った。
「ついて行けばよかったかな……」
そう思ったけども、杏香は自分がそういう格好になっているのを僕には見せたくないと思ってそうで自宅に留まる事にした。
十月二十五日。
杏香との関係も今日を入れてあと一週間だ。今日は土曜日。最終日は金曜日だし文化祭前夜になるから会いに行くなら今日が良い。
「すみません。笹森杏香さん、本日の面会は可能でしょうか?」
受付で面会可能か確認をする。
「少々お待ち下さい……」
看護師はナースステーションに入って行って何か話している。そして戻ってきてこう言ってきた。
「あの、人違いでしたら申し訳ないのですが、野宮圭介さん、でしょうか?」
「え、はい。そうです」
「でしたら、申し訳ございませんが……」
会えない。というより、僕指定で拒否しているようだった。避けられている。でも杏香は何か考えがあってのことだろう。僕は病院を後にして東堂生徒会長に会いに行った。
「確か、この本屋でバイトをしてるって言ってたよな……」
駅ビルの本屋。店内を巡ってみたら目的の人物を見つけることができた。
「あの……」
手を差し向けて呼び止めようとした時だった。僕は慌てて本棚に姿を隠した。
「杏香⁉︎」
紛れもない、そこには杏香がいた。病院に居るはずじゃなかったのか。僕は混乱したけども、その二人が何を話しているかの方が気になって耳を傾けた。
「東堂くんは今日バイト何時まで?」
「えっと……。あと一時間かな」
「そう。それじゃいつものところで待ってる」
「ああ。分かった」
いつものところ。バイト仲間だから付き合いがあるのは分かるが、今の雰囲気はもっと距離が近いというか。いや、それ以上の何かを感じた。僕は本屋を後にして駅ビルを出て行った杏香を追いかけた。見つからないように。
「何をコソコソしてるの?」
「わっ!」
「なによ。そんなにびっくりしなくてもいいじゃない」
「いや、ちょっとさ」
と、純香の相手をしていたら杏香を見失ってしまった。
「あー、もう。純香が変なところで出てくるから……」
「なに?なんなの?何かあったの?」
僕はことの経緯を簡単に話した。
「え?病院?笹森さん何か具合が悪いの?この前もそんなことを言ってたけども」
しまった。と思ったが、もうここまで来たら話たほうが良いかも知れない。僕はそう思って純香を駅前のスタバに誘って腰を落ち着けて話す事にした。
「なるほど。そんな状況の笹森さんが。でも今の話を簡単に解釈すると、東堂生徒会長と笹森さんって友達以上の関係、って考えるのが自然よね」
「そうなんだよなぁ。でも杏香が浮気するとは思えないし……」
「なんでそう言い切れるの?」
なんで。改めてそう聞かれると自信がなくなる。勝手に僕のことを好きでいてくれている、そう感じていただけなのかも知れない。そう思えてくる。
「いや、自信があった訳じゃないんだけど、あんなこともあったし」
あんなこと。キスのこと。あの時は確かに恋人なんていたことがない、と言っていた。
「圭介は女の子のこと信用しすぎだと思う」
「そんなこと嘘ついてどうするんだよ。そもそも三ヶ月限定で恋人同士になろうって言い始めたのは杏香の方だし。なんなら延長したいようなことも言ってたし」
「圭介はそうしたかったの?」
「いや、流石に延長は……」
「そうじゃなくて、恋人になるってこと。アレって流されるようにそうなったみたいだけど、心の底から良いって思ったの?」
そう言われると気持ちが揺らぐ。
「いや、それは……」
「もう、ハッキリしないなぁ。そんなのだから浮気されちゃうんだよ?」
「まだ浮気って決まった訳じゃ……」
なぜか許せないような自分がいて、杏香に対して自分は何を考えているのか分からなくなってきた。
「あ。東堂生徒会長が出てきた。ほら、あそこ」
駅ビルから出て来るのが見えた。僕は席を立って後を追う事にした。
「追いかけるの?覗き見するの?」
「いや……」
立ち上がった僕の上着の裾を純香が座ったまま掴んできた。そして、それに気を取られていたら、また見失ってしまった。僕は仕方なく再び席についた。
「追いかけて行って、二人がもし付き合ってるかのような雰囲気になったとしたら圭介はどうするつもりだったの?」
「いや、そういうのも多少は気になったんだけど、杏香の身体の方が気になって……」
「それこそ、東堂生徒会長がいるなら大丈夫でしょう?なにも圭介が介助する必要もないし。それより、なんか話、あるんでしょ?」
純香がそう言って来たので、もう誤魔化しても仕方がない、と思って僕の知っている事を全部話した。




