【第十九話】首謀者
「それでは文化祭合同部会を始めます」
最近は生徒会長代行って役柄にも少し慣れてきた。生徒会長ってもっと決定権を与えられているものかと思ったけど、そんなことは全然なくて決断を迫られる事はなかった。それで今日の部会もお気楽に参加したのだけれど……。
「生徒会長代行はどう思いますか?」
意見が真っ二つ。件のカップル喫茶について、最終決定権者のような感じになってしまった。反対意見を表明しているメンバーは僕も薄々は感じていたイジメに使われる可能性が捨てきれないというものだった。要は罰ゲームで誘ってこい、みたいな事象が起きる可能性がある、というものだ。捨てきれない意見だけに僕が賛成を表明するには、それを払拭する意見を添えなければならない。それを勘案した上で僕はこう回答した。
「基本的なスタンスだと、賛成寄りの意見を言うよ?それを言ったら可能性を見出して決心の決断をした人物もその対象になってしまうと思う。罰ゲームでその誘いを受ける、という事になっても、その人物にとっては福音になるだろうし。それに主催のクラスは異変を感じたら声掛けをするって言ってるんですよね?」
なんだかよく分からない理由を並べたのは、杏香ならこの企画に絶対に賛成すると思ったからだ。仮に否決されても顧問の権限とか言って復活させようとするまで考えられる。そうなったら軋轢を生むだろうし、この部会で承認を取った方が良い方向に向かうと思ったのだ。
結果、僕の意見がなにか響いたのか分からないけど、反対派も賛成とまでは行かないまでもキチンとした対策が取られるのなら、という感じで柔らかくなった。
「カップル喫茶ねぇ」
「なに?圭介は賛成の立場に立ったんじゃないの?」
「いや、悪いとは思ってないんだけど、ネーミングがストレート過ぎてさ」
「ストレートだから良いんじゃない。誘うイコール告白に近いじゃない?直接告白するよりはさ、ほら」
「いや、ハードル高いと思うぞ。僕が心配しているのは、あまりのハードルの高さに閑古鳥が鳴いてしまわないかってことかな」
「そう?私の周りの女子はグループで行こうみたいな感じになってたけど」
「そうなの?」
「そういうものよ。陰キャの圭介には分からない世界もあるのよ」
そう言って交差点で純香は自分の家の方に別れて歩いて行った。
「さて。病院に行くか」
「すみません。野宮と申しますが、笹森杏香さんって今日は面会できますか?」
「あ!昨日の!ちょっと待っててください」
受付に立っていたのは昨晩の看護師だったらしい。事情を知っている様だった。そして、受付の奥から別の看護師が出て来て入院受付のカウンターに来るように言ってきた。
「昨晩の件、まずはお礼を言わせてください。説得して下さったんですよね?」
「え?いや、まぁ。それで杏香は大丈夫だったんですか?」
「幸にして発作は出なかったから良かったんですが、ちょっと無理をしたみたいで今日はずっと薬で眠っているんです」
「じゃあ、今日は無理そうですね」
「その……、失礼ですが野宮さんは笹森さんとのご関係は……」
「えっと、両親が再婚して来月から姉と弟の関係になります」
「そうですか。それじゃ、家族の方、という認識でお話をしたいと思います」
「良いんですか?」
「昨日、抜け出して野宮さんのところに行ったというだけで了承とみてますよ。それで容態の方なんですが……」
僕は病院の帰り道で今日聞いたことを思い出しながら、自分には何が出来るのかを考えていた。そして。もう杏香が病院から出て来られなかったらどうしよう、という不安とも戦っていた。
「ちょっと寄り道して行くか」
駅ビルの喫茶店。外は十月下旬にしては少し冷えてて、今までの気温が嘘みたいな天気だ。駅ビルの中に入ると少し暖房が効いているのか、ほのかな温もりが感じられた。
「すみません。ホットカフェオレをレギュラーサイズで」
喫茶店に入ってカウンターで注文を何気なく注文を入れたら、カウンターの中にいたのは元書記の先輩だった。
「あ……」
僕が気がつくよりも先に向こうが気がついたようで、どことなく気まずい雰囲気になってしまった。別にそういう何かがある訳ではないのに。そして、注文の品を手に取って窓際の二人席に座ってホットカフェオレを飲む。砂糖を入れていないので、どこかほんのり苦くて。僕はこういうのが好きだ。
「ね、この席、いい?」
何を考える訳でもなく、ガラス窓から街ゆく人達を眺めていたら不意に声を掛けられた。
「え?」
「バイト、終わったから」
「いや」
「あ、ちょっと話があるだけだから。そんなに時間取らせないから」
「そうですか。どうぞ」
そう言ったら元書記の先輩は荷物を退かした席に腰掛けた。
「まずは自己紹介かな。私、新宿真尋と言います。知ってるかと思いますけど、生徒会で書記をやっていました」
「え?新宿?」
例の新宿。てっきり男の人かと思ってたけど、まさか女の子だったとは。でもサプライズをって言ってたんだから、こうして僕の前に現れたら意味が無いような……。でもこれで連絡先を知っていた理由も説明がついた。
「新宿先輩って、もしかしてですけど、先日連絡を下さいました?」
「あ、やっぱり。妹が私のスマホを触ってたから何かと思ってたんだけど、そういう事になってたんだ。ごめんなさいね。いきなりの連絡が入ったみたいで」
「別にそれは構わなかったんですけど、用事ってこの件なんですか?」
「それもあったけど、今解決したちゃったから次の件かな」
まだあるのか、とか思ってしまったのは杏香のことを考えていたからかも知れない。
「次の件ですか?」
「そう。笹森杏香さんについてなんだけど」
心が騒つく。この人は何か知っているのか。いや、でも僕の知らないことなら教えて欲しい様な。心の中で気持ちが流れる。
「杏香について何か知ってるんですか?」
「ええ。まぁ。笹森さんの高校時代の話って聞いたことありますか?」
高校時代。東堂生徒会長曰くは、素行評判はそんなに良くなかったみたいだったが。
「少しだけ」
「その少しだけ、が私が今から話すことと同じか分からないけど、知っておいて貰いたくて」
そんなに重要な事なのだろうか。杏香は何かのグループに所属してはそのグループを解散させるようなことをしていたと聞く。僕はこれにはなにか理由があると思っていたから、その件なら少々嬉しいが。しかし、伝えられた内容は全く違った。
「笹森さん、高校時代はほとんど学校に通ってなかったって聞いてましたか?」
「え?」
「その様子ですと聞いてなかった、ということでしょうか」
「え、まぁ」
病院の先生は発作がどうとか言ってたし、その件で学校に通えなかった可能性を考えたが、次に聞いた言葉は信じられないものだった。
「いじめられていたんですよ。それで通信で授業を受けていたんだとか」
「それをなんで僕に?」
「ご家族になられるんですよね?会長から聞きました。なので、今回の文化祭、顧問になると聞いて心配だったんです。なにせいじめの首謀者は会長のお兄さんなんですよ」
「え?」
会長のお兄さん?東堂会長はそれが分かっていて今回の顧問について依頼したっていうのか?それを杏香は受けたっていうのか?それを聞いて僕は頭の中にドス黒いものが湧き上がってくるのを感じた。
「私がこんな事を話したのは、笹森さんに文化祭を破壊しないように説得して欲しいと思ったからです」
「ちょ、ちょっと待って下さい。なんでそんな人物を東堂会長は顧問に招き入れたのですか?おかしいじゃないですか」
「会長が文化祭を失敗に終わらせたいと思っていたら?」
その言葉を聞いて僕の中に一つの考えが浮かんだ。会長が生徒会から退けば責任は形だけの副会長ではなく、実質権限を持つ書記に及ぶ。だから、それを察知した新宿先輩は書記を退任した。これで文化祭を破壊したいと思っているのは杏香ただ一人になる。責任を全部負うことになる。復讐のつもりが、そんな事にはならず全部自分に跳ね返ってくる。
「それがもし本当なら責任は僕が負う」
「そう仰ると思ってました。基本的に私は成功を願っている立場ですので、なにかあればココに連絡を」
そう言って連絡先を書いた紙を僕に手渡して新宿先輩は店を出て行った。
「今のって書記の先輩よね?」
「わっ!びっくりした」
「ああ、ごめん。外から圭介が見えたから」
新宿先輩が店を出るのと入れ替えで純香が僕の隣にやってきた。しかし、この話、純香にも相談すべきなのか。その前に杏香の状況を純香に話すべきなのか。
「今日って笹森さんはいないの?」
「あー。今日はいないかな。家にいるんじゃないかな」
「そっか。それで、書記の人とは何を話していたの?」
「ああ、それそれ。書記の人って名前知ってるだろ?」
「名前って、新宿先輩でしょ?」
「それってさ」
「え?この前の連絡が入ったってあれ、書記の新宿先輩だったの?てっきり……」
「なんだ?別の新宿さんがいるのか?」
「うん。一年生にいるらしいから」
「それ、多分だけど新宿先輩の妹だと思うよ」
「妹?」
「ん?」
純香がきょとんとしている。そんなに意外だったのか。と思っていたら。
「男の子なんだけど。私が知ってるのって」
「え?どゆこと?」
「だから、私が聞いた新宿って人は男の子って」
「だったらその人は関係ないかも。さっき新宿先輩が妹が勝手に連絡先を調べて僕に連絡を入れたって言ってたし」
「そう?私の方に入った連絡は男の子っぽかったから。なんにしても後夜祭の先陣を切るには正体不明でいいじゃない」
「まぁ、そうなんだけどさ……。それで?本題は?」
「あー……、やっぱり分かっちゃった?」
「思いっきり何か聞きたそうな顔してるぞ」
そこまで言って杏香のことだったらなんて答えたら良いのか考えていたら。純香は別の事を聞いてきた。
「圭介はさ。私のこと、好き?」
不意打ち。まさかこの質問が飛んでくるとは。というか質問なのかこれは。
「それってラヴかライクかってやつ?」
「あ!あ!そういう意味じゃっ!」
「なんだよ」
「あー、もう!」
「だから、なんだよ」
「来月からどうするのかなって思って」
「なんだよ。やっぱりそういうことなんじゃないの?」
「違うから!来月からどうするのかの話だからっ!」
どうやら心の声が漏れてしまったらしい。しかし、来月からどうするのか、か。杏香は退院出来ないだろうし、そもそもで別れるとかそういう話も出来るか分からない。両親が結婚して自動解消というのが現実的なのかも知れない。そうなった時に純香から告白されたら僕はどうするんだろうな。
「純香、ちょっと良いか」
僕は純香に向き直って真面目に話しかけた。
「ひゃいっ!」
「緊張し過ぎだから。でもこれから話す事は真面目な話だから」
僕は杏香の置かれている状況について病状だけをぼやかして説明する事にした。




