【第十八話】来訪者
その日は純香にメッセージを送ってみたけども返信はなく。僕一人で不安を抱える事になってしまった。
「父さんなら何か知ってるのかな」
そう思って父さんが帰ってくるのを待っていたのだが、いつもは帰ってくる時間になっても帰ってこない。そして日付が変わる少し前に玄関の鍵が回る音がした。
「父さん?」
僕は玄関に出て行ったらそこには、意外な、というよりびっくりする光景が待っていた。
「へへへ……。来ちゃった」
「来たって……、大丈夫なのかよ⁉︎」
「うん。多分だけどダメかな。でも病院では絶対に会えないと思ったから」
「なんにしてもベッドに!すぐに救急車を呼ぶから!」
とそこまで行ってスマホを取り出しら、それを杏香は静止するようにこう言った。
「圭介との時間を頂戴。お願いだから」
そう言われて僕は杏香の肩を抱えて自分の部屋に連れて行った。
「とにかくベッドに横になって」
「うん。びっくりしたよね?」
「そりゃびっくりするって。救急車で運ばれてすぐに面会謝絶になったはずの人間がここに居るなんて。それで……」
何をするのか、と聞こうとしてギリギリのところで言葉を飲み込んだ。杏香は僕との時間を求めてここまで来たのだ。何をするでもなく。そう思って僕は普段の会話をする事にした。
「圭介は何も聞かないのね」
「いや、それを伝えに来たわけじゃないだろ?」
「そうなんだけど。ね。私のお願い、聞いてくれたりする?お礼に誕生日プレゼントを正式にあげるから」
「そんな見返りがなくても聞くよ」
「そう?だったら……」
杏香はそう言って上着を脱いだ。下には検査着だろうか。病院でよく見る姿が目に入った。そして一息ついて再びベッドに寝転んだ。
「ね、隣に来て」
僕はベッドに座って杏香を見る。
「そうじゃなくて、添い寝、して」
「分かった」
縁起でもないがこれが最期かも知れないとか思ってしまった。
「これでいい?」
「こっち向いて」
僕が横を向くと、杏香も横を向いていて顔を見合わせる格好になった。顔が近い。このまま自然にキスをしても良い雰囲気。だが、杏香はそのような素ぶりを見せずに何か考えている様子だった。
「ね、抱きしめてくれる?」
そう言われて僕は素直に杏香を抱きしめた。そして耳元で杏香はこう言った。
「私ね、本当は怖いの。怖くて怖くてたまらないの」
それはそうだ。自分の身になにが降り掛かってくるのか分からないんだ。誰だって怖い。でもそれを僕は支えてあげることは出来るのか。僕は杏香からの話の続きを待った。
「こんなことがあっても圭介は助けてくれる、そう思って来たの」
僕に出来ること。励ますのは無責任な気がした。ここで大丈夫というのは簡単だ。でもなにが大丈夫なのか。荒唐無稽な言葉に意味はあるのか。僕は言葉を選びながら杏香にこう言った。
「杏香のやりたいことってなに?」
「やりたいこと?」
「そう。病気がどうの、じゃなくて、これをやりたいってこと。なんかない?」
「意地悪ね。そんな事を言ったら希望に目が眩んでしまうわ」
「それじゃ、簡単なことから始めよう?まずは文化祭の後夜祭を見届けること」
「そんなの無理に決まってるわ。あと半月しかないのよ?そんな短時間で私の身体が回復するなんて思えない」
それは分かっている。車いすで無理やり連れてくるのも間違えてると思う。でも。杏香が顧問を引き受けたのには理由があるはず、そう思ってずっと考えていた。そして、今回の出来事があって予想が確信に変わった。
「別に現地に来なくても構わないじゃないか。今の時代はネットで見ることだって出来るんだ。それに、今回の内容は元から生中継しようと思ってたし」
「そうなんだ。でもなんで後夜祭なの?」
「ずっとやりたかったんだろ?」
「なんだ。お見通しなんだ。やりたい。やりたいの。それでね?圭介からの言葉を待ってる」
「分かってる」
最初は、自分のことを諦めさせるために、僕が純香に告白するように仕向けていた様に感じた。でも。本当は違うんだ。諦めることが出来ないから僕からの言葉を待っていたんだ。今ここでそれを言うのと、純香にも聞こえるように言うのとでは言葉の重みが違う。だから、僕は覚悟を決めなくてはならない。中途半端は言葉じゃダメだ。心を震わせる様な言葉にしないとダメだ。でも、それは今じゃない。
「ねぇ、私、待っててもいいの?」
「どんな答えになるのか分からないけどね」
「意地悪」
「さ、そろそろ病院に戻らないと騒ぎになるぞ」
「うん」
そう言って僕はタクシーで杏香を病院まで送って行った。救急の入り口で呼び鈴を鳴らしたら、出て来た看護師がすぐに電話を入れていた。やはり患者が居なくなったと騒ぎになっていたらしい。
翌日。朝、家に純香が迎えに来て、杏香のことを聞いてきた。「杏香はどうなの?」って聞いて来たから事情を知っているのかと思ってドキッとしたけども、家にいるのかどうかを尋ねて来ていただけと分かって少し安心した。杏香はこの事について純香に話したがらない気がしたから。
「それで、後夜祭の事は一応の方向性は決まったけども、その他の事は大丈夫なの?」
そうなのだ。後夜祭に気を取られ過ぎていたが、本体の文化祭そのものについての意見出しが終わっていないのだ。各クラスから出し物の希望が上がっているが、その仕分けを行う仕事が待っている。こういうのは実行委員ではなく生徒会が行うしきたりになっているようで。
「一応、申請書は一通り目を通したんだけど、あのカップル喫茶ってのはどうなのかな、って思った」
「あー……。あれ、ね」
「なんだ?何か事情でも知ってるのか?」
「実は頼まれてるのよ」
「なにを?」
「普通だったら却下だと思うからなんとかして欲しいって。でも私は生徒会の一員と言っても一般部員だし。だから圭介に味方になって貰いたいなって」
「認めて根回しを、ってことか」
「率直に言うと。でも素敵じゃない?カップルになるには今一歩足りないって組合せが自然に誘えるわけでしょ?」
「いや、単純に考えてカップル喫茶って名前に誘うのがハードル高すぎると思うけど」
「なんにしても男女の組合せじゃないと入れないとか盛り上がると思うよの。なにも二人組って限定していないし。グループで入ってみよう、みたいなの、あると思う」
いやに推してくるな。もしかして、だけど……。
「まさかとは思うけど……」
「圭介を誘うわけじゃないからね!先に言っとくけど!」
「いや、それは分かってるんだけどさ。もしかして生徒会長に頼まれてない?」
「え⁉︎いやー。その?なんでそう思うのかなーって」
分かりやす過ぎる。生徒会長、噂だと犬猿の仲と言われている書記のことを気に留めているという噂がある。然るに、状況の確認と称して書記を、って元書記か。を、誘うのではないか、と。多分、純香もその事を知っていて、楽しそうだな、とかそういう安直な考えでこんな事を言っている可能性がある。まぁ、仮にそうなら僕も面白そうだと思うけど。
「なんにしても今日開催の文化祭実行委員と生徒会の部会で検討する事になるでしょ」
「そうね。で?顧問様はなんて言うと思う?」
「ん?杏香か?」
顧問、と言う言葉を聞いてドキッとしてしまった。そもそもで杏香は純香に身体のことを隠しておきたいのかどうか。顧問として参加しないとなると怪しまれるが。
「杏香は今日は家の手伝いとかで来られないってさ」
「なに?合同部会でこそ顧問の役割が……」
「仕方ないだろ?事情があるんだから」
「そうだけど」
「後で杏香にはカップル喫茶について聞いておくから」
「そう?そうしてくれると助かる」
そう言って教室に入ってお互いの席に別れて行った。




