【第十六話】誕生日の家に
「今日はみなさんにご連絡がございまして……」
文化祭の委員会。開会の言葉を生徒会長代行の僕が切り出すと、メンバーが少し騒つくのが分かった。無理もない。会長が居るはずの席に、何処の馬の骨とも分からない人間が座っていて話し始めたのだ。でもこんな所で行き詰まっていたら、文化祭の開会の言葉なんて無理寄りの無理になってしまう。僕は続けて事実を話すことにした。
「えー。東堂会長に代わりまして私、二年の野宮圭介が生徒会長代行を務めさせていただくことになりました。右も左も分からない状態でご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしくお願い致します」
ありきたりな挨拶。ここに来て右も左も分からない人間に陣頭指揮なんて取れるのか、と突っ込まれたらどうしよう、と思っていたら投げかけられた言葉は意外なものだった。
「東堂生徒会長が言ってた文化祭の内容は踏襲しないんですよね?だから東堂生徒会長は引っ込んだんですよね?」
「ま、まぁ、そんな感じなんですが……」
書記の考える、いや、元書記か。その方向性の文化祭について聞いているのは分かっているが、本当に僕の判断で方向性を決めても良いのか。
「書記が急に辞めたのは何か関係があるんですか?」
他の委員のメンバーから声がかかる。
「正直、それは分からないんですよ。なんで急に辞められたのか。でも、個人的には元書記の考えていた文化祭の方が面白いかと思ってます。皆さんはどうですか?別の方向性の提案がある方はいらっしゃいますか?」
僕は参加者全員を見回したが、異論がある人は居ないと判断した。
「それでは、文化祭の方向性は今までの内容を……」
「生徒会主催の晩餐会って本当にやるんですか?」
「へ?」
なんだそれは。聞いていない。なんだ晩餐会って。僕は困ってしまって杏香に目線を送る。
「皆さん、初めまして。私は笹森杏香と言います。生徒会の顧問を務めさせていただいております。今回の文化祭についても生徒会として関与する以上、私も意見を上げさせていただく事もあるかと思いますのでよろしくお願い致します。それで、晩餐会の件ですが、予定通り開催予定です。問題は費用面なのですが……」
どうやら文化祭のフィナーレイベントらしい。夕方、一般模擬店の展示時間が終了したら体育館での立食パーティーを企画しているらしい。発案者は書記。辞めてしまったがために本当にやるのか確認が入ったようだ。しかし、費用面ってのは一体……。
「全員が参加するとは限りませんし、全員から参加費を按分回収というのは難しいと考えております。なので参加チケット制にしようかと考えていますが、いかがでしょう?」
杏香がそんな事を言ったので、費用面のことについて理解した。しかし、そうなると事前にチケットを販売して、その売り上げの規模の晩餐会を開催するという事になるな。もし、少ししか売れなかったら……、なんて考えてしまった。そしてそれを想像したら非常に辛いものを感じてしまった。
「圭介はチケット制の晩餐会ってどう思う?」
杏香と純香の三人で僕の家に向かいながら歩いていたら、杏香が聞いてきた。
「公平だとは思うけど、生徒会の打ち上げ程度の規模になったらフィナーレもなにもないな。個人的には学校で予算を組んで任意参加にした方がいいと思う。金銭的な管理もないし」
「あら、圭介にしてはまともな意見」
そんなことを純香に言われたので、純香の意見も聞いてみた。
「私も同じかなぁ。模擬店のコンテストでも開いて投票、最優秀賞を決めるとかしたら集まりやすいんじゃないの?」
「ありきたりだけど王道で良いかも知れないな」
「ね、ついでに青年の主張みたいなのやらない?高校生の心の叫びみたいなの」
「杏香、それは杏香が楽しいと感じるものじゃないの」
「あら、こういうのは盛り上がるのよ?」
「陽キャにはな。僕みたいな陰キャには参加しにくいイベントだ」
「聞いている分には楽しいでしょ?それにそういうノリも必要だと思うし。陰キャなイベントってなんか湿っぽいじゃない?」
それはそう。そもそも晩餐会なんて考え方が陽キャイベントだし。
そんな会話をしながら歩いていたら早々に僕の家に到着してしまった。
「それじゃ、純香ちゃんは向こうよね?」
杏香が、さも当たり前のように自宅の門扉に手を掛けた。
「なんだ?杏香は僕の家に来るの?」
今までも家に来ていたが、この時間からというのは何かあるような。
「圭介、今日の誕生日って……」
純香が朝から様子を伺っていたのは分かっていた。でもなんとなく今日は自分の誕生日です、みたいなオーラを出すのは恥ずかしくて言えず仕舞いだったのだが、ここに来て純香の方から切り出してきた。
「ああ。そんな日でもあったな。純香も家に寄って行くか?」
そうだね、と言ってここで別れるのはなんか違うとか思って誘ったのは良いんだけど。
「あの……」
険悪な雰囲気、に感じる。リビングのソファに二人は端っこに分かれて座っている。僕の座る位置はあの真ん中なのか?そうなのか?取りあえずお茶でも……。
「圭介、ここに座って」
純香が自分の横の席をポンポンしている。四人掛けの右二席。一つ開けて杏香が座る格好になるが、そん真ん中に座るのもな、と思っていたからその指示に従って座る事にした。
「それで純香ちゃんは何を用意しているのかしら?」
いやに挑戦的な語気で杏香が口を開いた。さも自分は最高のプレゼントを用意したというような感じだ。確かに最高のものを用意して貰ったけども。残念ながらお預け中だけども。
「用意というほどのものでもないけど。はいこれ。圭介欲しがってたでしょ?」
手渡された紙袋。そんなに大きなものではないようだ。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
正直なところ興味がある。何を買ってきてくれたのか。杏香のプレゼントを超えてくるのだろうか。
「あ」
出てきたのはクリアミュージアムジェル。フィギュアの固定に使おうと思っていたやつだ。実用的なプレゼントだな。って思ったけども、純香らしいな、とも思った。
「なに?それ。ハンドクリーム?」
「いや、これをフィギュアの足に引っ付けると固定できるんだ。簡単に剥がれるし」
「ふぅん。そんなものあるんだ」
「そうだ」
自分で考えるように言われていたけども、純香は何か知ってるかも知れないと思って聞いてみる。
「純香は昔、杏香と一緒に僕に何かプレゼントを送ってくれたことってあったっけ?」
あくまで自然に。二人から同時に何か貰ったことは記憶の中では無い。仮にあったとしたら杏香からの宿題の答えがあるかも知れない。
「昔?」
「そう」
「最近のじゃなくて?」
「そう。杏香と一緒に」
「うーん……。あったかな……」
ダメか。となると本当に分からないな。なんだ?何を貰ったんだ?
「圭介は本当に覚えてないの?」
杏香からの質問。
「すまん」
貰った誕生日プレゼント。もしかして形のないものなのか?と思った時だった。
「これよ」
ススっと腰を滑らせて僕の横に来たと思ったら頬に軽くキスをしてきた。
「わっ……」
「ちょっ!」
僕と純香が同時に声を上げた。
「どう?思い出した?」
僕は唇の離れた頬を右手で押さえて放心状態になっていた。キスをされたこと、というよりも、思い出してしまったからだ。
「ちょっと!圭介!なんとか言いなさいよ!」
純香は突然の事について意見を求めてきている。しかし、僕の心はここに在らず、という感じになっていた。
『圭介くんにこれあげる!』
『なに?』
『これ!』
『だから何?何か持ってるの?』
『はい!』
そうだ。あの日が最期だったんだ。僕たちが別れてしまったのは。翌日に杏香は僕の前から姿を消した。僕はそれを受け入れることが出来ずにしばらく塞ぎ込んでしまったのだ。原因は僕にあるのではないか、と思って。
「すまん。プレゼントだって思ってなかった」
「誕生日だったでしょ?」
「そうだったかな」
今思えば別れのキスだったのかも知れない。
「ねぇ。なんなの?二人して。今のキスってなに?」
純香だけ置いてけぼりにされている状況。説明が必要だろうが、昔の別れ際のキスが誕生日プレゼントだったなんて説明したら何て言われるのか。
「昔にね、私が圭介にキスのプレゼントをしたのよ。圭介は覚えてなかったみたいだけど。でも荒療治で思い出してくれたみたいね」
「そんなの!私だって!」
え?純香ともそんなことってあったか?と純香の方を向いたら、純香の唇が僕の唇に触れてしまった。
「やっ!なんでこっちに向くのよ!」
「いや、何でって。純香こそ何をしようとしてたんだよ」
「何って……」
純香はそう言って顔を背けた。
「純香ちゃんも圭介とキスがしたかったんだって。ちゃんとしてあげれば?」
杏香がそんな事を言う。僕の頬にキスをしようとした瞬間に僕が純香の方を見たのでこんな事に。出会い頭の事故のような。
「あのさ……。純香?」
「責任とってよ」
「え?」
「責任!」
と言ってから純香は僕の両頬を押さえて強引に唇を寄せてきた。
「え⁉︎ちょっ⁉︎」
「はい、ここまでー」
もうキスされると思ったところで僕と純香の間に杏香の手が挟まってきた。
「なんで!」
「いや、純香もちょっと落ち着こう?こういうのは勢いでするものでは……」
「じゃあなに?杏香とは勢いじゃなかったの?」
あれは僕の油断。と言おうとしたけども、今は何を取り繕っても逆効果な気がした。
「私から押し込んだのよ。だから圭介はなにも」
事実とは少し異なるけれど、杏香が救いの手を差し伸べてくれた。僕はそれに乗っかって、うんうん、と頷いて見せた。
「純香ちゃんは本当に圭介のことが好きなのね」
「べ、別にそんなんじゃ!」
「素直じゃないの。そんなのだから私に圭介を取られるのよ?」
「取られるって。どうせあと一ヶ月でしょ?そのあとは……」
そのあとは私、という言葉が続くのかと思ったんだけど、杏香が言葉を被せてきた。
「そのあとは?私が圭介を手放さなかったら?そうは考えたことはないの?」
「いや、それは……」
流石に家族になっても、この関係を続けるのは流石に。と思ったのだけれど、杏香の顔は冗談めいたものではなかった。
「杏香?」
「なーんてね。冗談に決まってるじゃない。姉と弟の関係になるのよ?そんなわけないじゃない」
じゃあ、なんでそんな顔してるんだよ。そう言いたくなるような顔。でもここで僕が話に流されてしまったら後には戻れない。
「だ、だよね!圭介もそう思ってるんでしょ?」
「ん、ああ、そうだな。姉と弟だしな。近い関係である事には変わりないけど、今まで通りに恋人関係なんて有り得ないよね」
純香にそう言ってから杏香の顔をもう一度見る。迷いを感じる。でも今ここで宣言してしまった。いや、そうしないといけない。次に杏香が何を言おうと姉と弟の関係以上のことはあってはならない。
「圭介はさ」
次の言葉を待つ。
「圭介はさ、私と別れたら純香ちゃんと付き合うの?」
「別れるという表現が正しいのか分からないけれど、姉と弟の関係になったら純香と付き合うのかと言われると分からないかな。というより純香から何か言われている訳じゃないし」
そうなのだ。純香から正式に付き合ってほしいとか好きとか言われたことはない。まぁ、行動で分かるんだけど。正直なところ、自分自身がどう判断するのか分からないから、純香からの直接的行動を受けていない今、本気で考えないといけないとは思っている。
「その……。圭介はさ……」
目線を逸らしながら純香が聞いてくる。次の言葉は多分だけど、私の事をどう思っているの?、かな。この質問に僕はどう答えたら良いのか。どう思っている、だから友人と思っているという回答も成り立つが、純香が望んでいる回答ではないだろう。だから、僕はその質問が来る前にこう言った。
「純香は僕の幼馴染だよ。僕と一番距離の近い存在だよ」
正直なところズルい言葉だ。純香が僕に好意を寄せているのが分かった上での言葉。
「そうなの?」
「ああ」
「純香ちゃん、良かったじゃない。芽がない訳じゃなくて。圭介も言うならもっとハッキリ言わないとダメなんじゃないの?」
「正直なところ、分からないんだよ。距離が近すぎて、そう言う関係になれるのかどうか」
「だって。純香ちゃん。要検討中って事みたいよ?」
「だから、私はそんなのじゃ……」
「素直じゃないの。そんなのだから私に取られるのよ?でも、後一ヶ月かぁ。あっという間だったなぁ」




