【第十二話】彼女と僕と彼女
「それで?」
スタバで注文を終えて席についたなりに純香が強めの口調で杏香に問い掛けた。というより問い詰めた。
「別にそこまで心配しなくても大丈夫よ」
「どうだか」
「三ヶ月、あと二ヶ月だしね。でもその期間は圭介は私の彼氏、ってことで良いのよね?」
この突っ掛かりようだ。その二ヶ月も受け入れられない。そんな風に感じる。
「圭介はどうなの?」
「え?僕?」
準備を何もしていたなかったから、素っ頓狂な返事になってしまった。でも、僕がどう思うのか次第でこの後の流れが変わるんだよな。なんて考えながら言葉を選ぶ。
「そうだな……」
純香はすぐにでも別れて欲しいと思っているに違いない。でも別れたからといって、僕が純香と付き合うのか、と言われたらどうだろう。
「じゃあ、こうしましょ」
僕が考えに耽っていたら杏香が言葉を挟んできた。
「私も純香も圭介の彼女ってことでどう?」
流石にそれはびっくりする。隣の席のカップルも興味津々という顔をしている。そりゃそうだ。こんな提案、普通は聞けない。
「ちょ……。なんで私が……」
純香は自分が僕の彼女に今すぐになるという想定がなかったのだろう。逆に慌てている。いや、違うか。この提案そのものに泡を食っているんだろう。自分自身もそうだし。
「その、なんだ。純香はどう思うんだ?」
僕はそうしよう、とも言えないし、意見を求められたら答える自信がなかったので、少し卑怯だが純香にボールを投げた。
「私は……」
「迷うならあと二ヶ月は私のもの、でいい?」
「それはっ……うう……」
倫理的にどうなのかって話だよな。まぁ、これから家族になるっていう人物と仮にとはいえ付き合うのもどうかと思うけど。でもそれ以上に彼女が二人なんて。
「煮え切らないわね。それじゃ、こうしましょ。私は学校には行かないから、学校では純香の好きにして。帰ってきてからは私が好きにするから」
なんか僕が置いてけぼりにされてる気がしないではないけど、ここでどっちです、という答えは僕も出せそうにない。常識的に考えたら純香とどうするのか、と考えるところだろうけども。
「あのさ。今はどういう状態なの?」
今時点での自分の立ち位置を確認する。それによって受け答える内容が変わるような気がして。
「まだ家じゃないし純香の彼氏じゃない?」
「だっ……から、私はっ」
「いいの?」
「……うう。……よくない」
「はい。それじゃ決まりね。それじゃ、私は家に帰るから。圭介、待ってる」
杏香はそう言って僕の返事を待たずに店を出て行った。
「純香……、どうする?」
「どうするって……。でもいいの?」
「さっきの提案か?」
「その……。うん」
「そうだな……。正直な話、悪くないと思ってる」
これは逃げの回答だ。良くないと答えれば、純香のことは考えていないとなるし、杏香のこともこれにて打ち切り、となってしまう。自分の中の勿体無いという非常識な欲望がそんな答えを弾き出してしまっている。
「そうなのね。圭介はそう思ってるんだ」
これは独占したいという反応なのか、それで良いという反応なのか。受け答えを間違えるとどちらも失うような気がした。
「深く考えすぎなんだよ。別に結婚するとかそういうのじゃないだろ?時間配分だけって感じだろ?それに、学校で一緒にいるのはいつもの流れと変わらないだろ?」
「そうだけど……」
「別に何もしないから。ってか、何かあったら困るのは自分だし」
「なら良いんだけど……」
いつの間にか、二人の彼氏になるということを自分が推奨してしまっている。でもそうするのが良いと思ったんだ。自分勝手だと思っていても。
朝。目覚ましが鳴る。と、同時にスマホにメッセージ着信音。僕は眠気まなこでスマホを手に取って差出人を確認する。
「なんだ?朝から」
そしてロックを解除してメッセージ文面に目を通す。
『玄関開けなさい』
「ん?」
『玄関を、開けなさい』
連続してメッセージが飛んでくる。この時間はまだ父さんがいる。純香を家に招き入れたらなんて言うかな。とにかくだ。ベッドから出て返事を……。
「お邪魔しまーす!圭介!なんで返事しないの‼︎」
ノックもなしにドアがばーんと開かれた。
「お前なぁ」
「迎えにきた!幼馴染のお迎えよ!感謝しなさい!」
「純香、お前そういうキャラだっけか?」
「べ、別になにもそういうんじゃないから!」
否定するんだ。そこ。なんにしても今から出ていけとも言えないし、朝ご飯でも食べにいくか。
「純香、朝飯って食ってるのか?」
「食べてない。ってか、作ろうと思って。冷蔵庫開けていい?」
「構わないけど……。ってか、どうやって入ってきたんだよ」
「開いてた!」
父さんか……。不用心だな……。にしてもだ。ってことは父さんはまだ起きていない可能性があるってことか。起きてきたら純香が家にいて朝ご飯を作ってる。そんな光景を見たらどう思うのか。
などと考えている僕を放っておいて純香はキッチンに降りてしまった。
「はぁ……。まぁ、なるようにしかならんか」
僕は着替えるか迷ったけども、いつものようにパジャマのままでご飯を食べることにした。
「ねぇ、圭介は卵焼きって何派?」
「何派?」
「あるでしょ。塩胡椒、ケチャップ、醤油。みたいな。答えによっては戦争よ」
「いや、別の皿にすればいいじゃん……」
「好みの一致って大事だから。ね、何派?」
仕方ない、答えるか。と思ったけども、気分によってバラバラなんだよな。醤油はないんだが。
「ケチャップに塩胡椒かな」
「え、何それ。美味しいの?」
「試してみるといいよ」
争う気満々だったらしい純香は拍子抜けといった感じで冷蔵庫からケチャップを出してきた。というより、冷蔵庫に仕舞われてたってことは、純香は塩胡椒派だったに違いない。
「圭介、塩胡椒、どのくらいかけるの?」
「気持ち振り掛けるくらいで」
僕はそう言いながらトーストの上に塩胡椒ケチャップが乗ったベーコンエッグを乗せて二つに折りたたんだ。
「へぇ、そうやって食べるんだ」
「この方が美味しいだろ?」
「いつもは何を食べてるの?」
「いつもはトーストにベーコンとチーズを乗せてトースターで焼いてからマキシマムを振り掛けて食べてる」
マキシマム。塩胡椒でもないしケンカのタネにはなるまい。
「マキシマム?なにそれ」
ほら。大丈夫だ。
「持ってくるよ」
僕はキッチンのスパイス置き場からマキシマムを取ってきて純香に手渡す。
「これ、今からかけても大丈夫?」
「いや、塩っぱくなるからやめておいた方がいいと思う。そんなに気になるなら明日試してみるといいよ」
と、何気なく答えてしまった。
「明日も来ていいの?」
ダメとも言い難い。ってか、話の流れ的に言えない。
「なんだ?純香ちゃんじゃないか。おはよう」
「あ、おじさま。おはよう御座います」
離婚した旦那側の娘。父さんにとっては微妙な立ち位置な純香。でもそんなことを御首にも出さずに挨拶をしている。子供に罪はない、ということなのだろうか。
「父さん、昨日の夜、家の鍵かけた?」
「ん?かけたと思うけど?なんでだ?」
「いや、開いてたみたいだったから」
僕はそういって純香を見る。純香もそれに追従してウンウンと頷いている。
「そうかな。今後は気を付けるよ。それじゃ、僕はこのまま会社に行くから。遅刻しないようにな」
父さんはそう言って家を出て行った。
「純香はなんの用事で朝から家に来たんだ?」
僕は一応の確認をする。まぁ、大方は分かっているんだけども。
「一応」
一応、杏香が居ないか確認をしに来た、ということなのだろう。そんなことをしなくても朝から杏香が来る訳はないのに。と軽く息を吐いた時だった。
ピンポーン
「ん?父さんかな。忘れ物でもしたのかな」
「それじゃ、私出てくる」
食パンを咥えた僕を見て純香は自然な流れで玄関に消えていった。
……。
ん。反応がないな。父さんの声も純香の声もしない。何か嫌な予感がして僕は食べかけの食パンを置いて玄関に足を向けた。そして、目に入ってきたのは非常に気まずいものだった。
「えっと……」
「圭介くん、純香ちゃんがなんでここにいるの?」
そこに立っていたのは杏香の母親だった。お互いに非常に気まずい立ち位置。純香はどうしたら良いのか分からずに僕に目線を送って助けを求めてくる。
「えっと……。朝ごはんを食べに……」
「いつも来てくれてるの?」
「そういう訳じゃないんですけど、今日はたまたま……」
苦しい。今までの経緯を勘案して弁明すると余計に話が拗れる。なんとか穏便に事をやり過ごしたい。
「そう。純香ちゃん、申し訳ないのだけれど、今後はこういう事は……」
やめて貰いたい。そういう事だろう。僕は純香に促しの視線を送った、のだが。
「家に上がったのは謝ります。でも朝、圭介を迎えに来るのは私の自由だと思います」
「えっと……」
まさかそう来るとは思っていなかったので、反応に困ってしまった。僕は純香のなんなのか。そんな目線が飛んでくる。
「あの、別に付き合ってるとかではないのですが……。幼馴染として、というか……」
「そうなの?純香ちゃん」
「いえ、そうじゃありません。圭介もちゃんとして」
「えっと……」
なんと反応したものか。家の外では純香の彼女、家の中では杏香の彼女。そもそも杏香とそのような関係になっているなんて、どう説明したものか分からない。僕が答えあぐねていたら純香が決定的な一言を言い放った。
「杏香と圭介。付き合ってるんですよ。私はそういうのは良くないと思ってここに来てます」
「ちょっ……!」
まさか言うとは思ってなかった。これについても弁明は僕が行う必要があるだろう。現に杏香の母親から視線を送られている。
「圭介くん、そうなの?うちの杏香とそういう関係になってるの?本当?」
「えっと……。なんというか、お試し的な……。その、父さんとの結婚までの三ヶ月という期間限定というか……」
「それは杏香から言われたの?」
「えっと……」
「そうです。私は反対したんですけど」
純香がそう断言した。実際は杏香とお試しカップルの関係になってから純香は知ったので、最初から反対してた訳ではない。でもこのタイミングでそう言うということは、杏香の母親を自分の味方につけて、今の僕と杏香の関係を早期解消させようとしている、と考えて良いだろう。
「話は大体分かったわ。純香ちゃん、今のことが本当なら私は杏香の味方になるわ」
「え?」
思いもよらぬ反応。思わず声を出してしまった。自分の娘が僕と付き合うことについて賛成の意を示すという。有り得ないと思っていただけに反応ができない。純香も予想外という感じでオロオロしている。
「私の勝手で杏香の気持ちが叶えられないようになるでしょ?だからそれまでの間に自由にさせてあげたいの。普通に考えたら可笑しなことなのは分かってる。でも……」
「そんなの間違えてると思います」
純香が冷静に芯のある声で言葉を遮った。
「これから家族になる人と付き合ってるなんておかしいと思います」
「純香、付き合ってるって言っても何をするでもないし……」
とここまで言ってから、キスをしてしまった事を思い出した。まさか純香がそのことをこの場で暴露することはないと思いたい。
「何をするでもなくてもおかしいと思います。だから私は圭介のことを……」
「圭介くんはどう思ってるの?」
今度は杏香の母親が純香の言葉を遮って僕に言葉を投げてきた。そう。この件は僕がどう思っているのかで全てが決着する。元々、杏香とこんな関係になるのはマズいと思っていたんだから、ここでそのように受け答えれば話はスムーズに流れる。そう思って玄関の靴から視線を杏香の母親に移した時だった。




