【第十一話】生活
って。なんで。
「なんでコンビニ飯やねん」
「奢るっていったでしょ。作るとは言ってない」
「なのは分かるけど、なんで店のイートインなんだ」
「なに?私の家に来たかった?残念でした。女の子の部屋はそんな簡単に入れません」
「いや、部屋に入るとかそこまでは考えてなかったけども。リビングくらいまで……」
「うーん。圭介はみんな自分と同じような環境で暮らしていると思ってる?」
「ん?」
「だから、玄関入ったら廊下があってキッチンがあってダイニングもあって。それでテレビの置けるリビングがあって」
「え?」
勘づいてしまった。杏香の住む環境のことを。一人女手で娘を大学まで進学させたのだ。それ相応の代償はあるのだろう。杏香が二十二時まで働いているのもそういうことなのだろう。
「ま、そんな生活も私は好きなんだけどね。掃除も楽だし。ね、幻滅した?」
「いや、そういうことはないけど」
「ないけど?」
「少しビックしてしまった。ごめん」
「別に謝ることじゃないでしょ。それに今後はそういう生活に戻るだけだし」
戻る。両親が離婚するまではそういう生活だったのか。というより、純香の自宅を考えたらそうなのだろう。
「ねぇ、圭介」
「ん?なんだ?」
「もし、今の段階で純香に告白されたらどうする?」
「うーん……。それはないんじゃないかなぁ」
「どうして?」
確固たる証拠も自信もない。でも、純香は今の段階では何も言ってこないと思う。長い付き合いだと感覚というか、そういうのを感じる。
「一応、杏香と付き合ってることになってるだろ?そこに割り込んでくることはないと思うんだよね」
「一応?」
「ん。ああ、すまん」
「別に良いんだけど。私から言い始めたことだし。でもその様子だと、この関係が終わったら純香は何か言ってくると思ってる?」
これも自信も確証もない。だけれど、純香は今焦っているように感じる。だから、この関係が終わったら行動に移すような気がするのだ。それに対して僕はどう対応すれば良いのか。
「ね、今私に聞こうと思ったでしょ?」
「いや……」
「分かるって。そうね。この関係が終わって純香に告白を受けたら……。そうねぇ。付き合いたいなら、そうすれば良いと思う。私とは家族になって、そういうのはアレだし」
「結婚には反対じゃないの?」
「そんなの娘の私が止められるものじゃないと思うし。それに母さんには幸せになって貰いたい。今の生活から脱することが出来るのなら」
コンビニから杏香の家まで立ち並ぶ街灯の光と闇の中を交互に進む。杏香は少しだけ前を歩いていて表情は分からないけど、多分、優しい顔をしているのではないかと思った。
「ここ」
不意に立ち止まった前には貧相なブロック塀に囲まれた金属の階段が剥き出しのアパート。お世辞にも一般家庭の生活水準ではないと一目で分かる代物だった。
「お母さんは?いるの?」
「いると思う?」
「僕を誘い入れないところを見ると居ない、かな」
「なぁに?なにかしたかった?それならさっきすれば良かったのに」
「いや、そういうのじゃなくて」
「分かってる。意地悪だったよね。うん。それじゃ、今晩はここで」
「ああ。少し早いけどおやすみ」
「そうね。早すぎるけどもおやすみなさい」
僕は自宅に帰ってお風呂にお湯を貯め始めた。そしてこのお風呂も杏香にとっては十数年ぶりになるのか、なんて考えてしまってため息が出る。
「養育費とかどうなってるのかな……」
思わず口に出てしまった。純香の暮らしぶりは一般家庭よりも裕福なものに思える。それなのに杏香はあの環境だ。別に純香に何か落ち度がある訳じゃゃないけど、少し憤りを感じてしまった。
『起きてる?』
お風呂から上がってスマホを確認したら、純香からメッセージが飛んできていた。着信時間は十分前。
『お風呂に入ってた。何か用事?』
『今日さ、杏香と何をしてたの?』
ん?どういうことだ?
『明後日から試験なのに何をしてたの?』
『勉強してたよ。なんで?』
『杏香と一緒に?なんで?』
なぜ。なぜこのタイミングで引っ掛かってくるのか。僕は思い当たるものを探して頭を捻る。明日は純香と最後の仕上げをやる予定だ。それなのになんで前日に何をしていたのか確認をするのか。純香にも杏香との関係は伝えてあるから疾しいことはないと思うけど……。
『別に理由というほどじゃないけど、帰ったら家に居たから。追い返すのもなんだし、って思ってたら過去問出してくれるって』
『確信犯じゃない。そんなの。それで?』
またキスをしたのか。多分そう聞いているのだろう。でもなんて答えたら良いんだ?キスはしてませんとでも?そこからキス以外はしたのか?と聞かれたら今度は嘘を言うことになる。
『何もなかったよ』
色々考えてからシンプルに返信をした。あれこれ回りくどく説明する方がボロが出る。
『なら良いんだけど。一応は高校生なんだからね。いくら向こうが大学生って言っても』
なんか、杏香との三ヶ月期間が終わったら今度は私の番、とでも言いたいように感じてしまった。
が、それは想定外の出来事に押し流されてしまった。
「試験、どうだった?」
学校を出たら杏香が校門の向かいの電柱で待っていたのだ。当然のように横にいた純香は訝しげな顔をしていたけども、一応聞かれたことには答えないと。と思って言葉が口から出かけた時に純香は、その一言を言い放った
「これ以上、圭介を惑わさないで」
「惑わすって……。別に何も……」
「帰りに校門の前で待ってるなんて普通しないでしょ?三ヶ月なんて言ってたけども、その先もずっと圭介を惑わす気でしょ?」
三ヶ月の期間限定。そう言ってたけども、その先についても関係を続けたいとこの前に言われてたけども。常識的に考えて流石に僕もそれはないと思うけど……。
「ま、まぁ、こんな所じゃなんだし……」
下校する生徒の視線が痛い。僕は場所を移そうと提案して駅前のスタバに行こうと提案した。と言っても学校最寄りの駅には無いので電車で少し揺られて吉祥寺まで向かうことになる。一応駅前にドトールはあるけども、学校の生徒が入ってくる可能性もある。話の内容だけにこれ以上の噂のタネにはなりたくない。




