ep.8 Initial Foothold
翌朝。オレは一人で、幸福同期教団総合本部の前に立っていた。
郊外の山中に建てられたその施設は、宗教施設というより巨大な研究所に近い。
――想像していたより、ずっと物々しいな。
潜入方法は、入信希望者を装って内部へ入るだけだ。単純な方法ほど疑われにくい。これはソーシャルエンジニアリングの基本でもある。
彩子とは別々に入る。偽名で事前登録した入信希望者として、30分の時間差で。中では赤の他人だ。
門前には「新規同期希望者受付」と書かれた看板がある。
オレは腕時計を確認して、門へ向かった。
*
受付で端末に名前を入力すると、教団職員が現れた。
全員、白い法衣。全員、同じ笑み。
「ようこそ、同期の園へ」
機械のように揃った声だった。
――気味が悪い。
施設内部に入ると、白い法衣に着替えさせられ、巨大なホールへ案内される。
数百人の信徒が無言で座り、正面を見つめていた。
その中央。壇上に、神代隆真が現れる。
「人は皆、ノイズに苦しんでいる」
「だが同期すれば、世界は一つとなる」
信徒たちが恍惚としたように頷く。
神代が両手を広げた。
次の瞬間、壇上脇に置かれた金属製の壺が、ふわりと浮いた。
――来た。
信者たちがざわめいた。感嘆とも祈りともつかない声が広がる。
オレはその声を聞いていなかった。
壺を見ていた。浮き方が均一すぎる。神代の手の動きと、壺の動きが、微妙にずれている。
オレは神代の傍にいる幹部たちに目を向けたが、特に不審な点は見当たらなかった。
*
ホールでのセレモニーが終わると、信徒の一人が近づいてきた。
「新しい同期の方ですね。昼食のご案内をいたします」
案内された食堂は、修道院の食堂を思わせる長テーブルが並ぶ広い部屋だった。メニューは白米と野菜の煮物、味噌汁。質素だが清潔だ。
離れたテーブルに彩子の姿が見えた。目が合ったが、互いに視線を外した。
食事を終えると、午後の研修を経て、職員に宿舎へ案内された。
「新入同期の方はこちらです」
案内された宿舎棟は、男女別のドミトリー形式の相部屋が並ぶ構造だった。
部屋に通されると、職員は一礼して去った。
オレはすぐにSignalを開いた。
『彩子は施設内を散策してマッピングしてくれ。目的は神代の部屋の特定だ。オレは教団の実態を洗う』
『りょ』
了解......ってことだよな?
オレはスマホを置いて、ベッドに腰を下ろした。
この施設のどこかに、USBの所持者がいる。洗脳されているなら、まず敵ではない。
――だが、まだわからない。
自分の意志でここにいる可能性も、ゼロじゃない。
どちらにせよ、明日には輪郭が見えてくる。
オレは静かに息を吐いた。




