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Hack The World  作者: Hide
第二章 幸福同期教団篇

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9/11

ep.9 Lateral Movement

 施設に入って二日目。


 本部施設の見取り図が、オレの頭の中でじわじわと埋まっていた。


 ノートパソコンの画面には、幸福同期教団の登記情報と、そこから芋づる式に掘り起こした人間関係の網が広がっている。理事として名を連ねる十一名。オレはそのうちの七名に見覚えがあった——正確には、別の文脈で。


 健康食品の訪問販売。美容機器のネットワークビジネス。自己啓発セミナーの代理店。


 名前と法人番号を突き合わせると、五分で輪郭が見えた。教団の幹部層の大半は、複数のMLMマルチレベルマーケティング組織の上位ディストリビューターと完全に一致している。これは偶然の重複ではない。組織図として機能している。


 オレは冷めたコーヒーを一口飲んだ。


 次の問題は勧誘の流れだった。構造がわかっても、末端の動きを押さえなければ全体像にならない。


 新入同期の外出は自由だった。信者を縛るのは鍵ではなく、心理的な依存だ。


 翌朝、オレは教団の外縁部に当たる信者——幹部ではなく、受付や案内を担う若い層の一人を、午前中の三時間かけて尾行した。そいつは電車に乗り、ターミナル駅近くの喫茶店に入った。待ち合わせ相手は二十代前半に見える女性で、大学のロゴが入ったトートバッグを携帯していた。


 別日、別の人間を追った。こちらは住宅街のファミリーレストランに入った。相手は子連れの女性だった。子どもは小学校低学年くらいに見えた。


 パターンが確定した。


 ターゲットは大学生とシングルマザーに集中している。どちらも、経済的な余裕が少なく、孤立しやすく、急激な関係性の深化を受け入れやすい層だ。


 オレはデータを整理しながら、仕組みの最後のピースを埋めた。


 MLMで勧誘され、購入ノルマと人間関係の圧力によって借金を抱えた人間が一定数発生する。教団はその人間を「救済」という言葉で拾い上げる。借金の肩代わり、共同生活の提供、コミュニティへの帰属感——いずれも、選択肢を失った人間には十分な引力を持つ。そして一度入信した信者は、次のMLMへの紹介経路として機能する。


 MLMと教団は提携している。前者が借金を生産し、後者が回収する。どちらの組織にとっても、人間は資源だった。


 オレは画面から目を離し、天井を見た。


 特に感想はなかった。そういう構造は存在するし、人間はそういう設計をする。重要なのは、構造を把握した上で次に何をするかだ。


 Signalの通知が来たのは、そのタイミングだった。


『神代の部屋、特定したよ☆ 3F北東の角部屋。でもちょっとトラブルあった』


 オレは眉をひそめる。


「......何があった」



 二時間前のことを、あたしは頭の中で整理していた。


 施設の廊下は白くて清潔で、微かに花の香りがした。人工的な、高い香水の匂い。あたしはそれが最初から気に入らなかった。


 神代から「個人的な話がある」と声をかけられたのは昼食の片付けが終わった直後だった。


「西園寺さんは、まだ私たちの教えに馴染めていないように見える」


「少し時間を取って、もっとゆっくり話せたらと思って。私の部屋でどうですか」


 断る理由はない。あたしは微笑んで頷いた。


 神代の部屋は三階の北東角だった。窓が二面ある。扉の位置、家具の配置、窓枠の高さ——あたしは入室した三秒でそれを記憶した。


 会話は最初、当たり障りのない内容だった。信仰について。コミュニティについて。


 椅子の位置が少しずつ近づいていた。


 あたしは気づかないふりをした。

 

 神代が「より深い同期のためには......肉体の結合が必要です」と言いながら、あたしの肩に手を置いた瞬間、あたしの判断は完了していた。


「悪いけど、そういう趣味ないから」


 立ち上がり、回転する。右足を引いて、膝のバネを使って全力で股間を蹴り上げる。


「――ぐォッ!?」


 神代が悶絶して前屈みになった。


 その瞬間、窓へ走る。ガラスを押し開け、躊躇なく飛ぶ。


 地面まで約10メートル。本来なら死ぬ高さ。


 だが――


「スロー!」


 落下直前、足元空間の速度だけを減衰。着地する一点の時間を引き延ばし、衝撃を細かく分散させる。


 足が触れる瞬間、転がって衝撃を逃がす。


「っ......成功」


 あたしは立ち上がり、裏手の路地を早足で抜けた。


 施設から200メートル離れたところでスマートフォンを取り出した。


 Signalを開いて、透に送る。


『神代の部屋、特定したよ☆ 3F北東の角部屋。でもちょっとトラブルあった』


 送信して、あたしは短く息を吐いた。スカートの裾を確認したが、破れていなかった。


 よかった、と思った。お気に入りだったから。



 報告を読み終えたオレは、しばらくスマートフォンを持ったまま動かなかった。


 既読をつけて、返信する。


『わかった。アジトまで戻れるか』 


『余裕。でもジュース買って帰っていい?』


 オレは返信しなかった。


 画面を伏せて、天井を見た。


 情報が出揃った。MLMとの提携構造、資金の流れ、幹部の身元、そして神代の部屋の位置。


 あとはUSB保持者だった。神代の背後で重力を操っている人間の、教団内における位置づけがまだ確定していない。洗脳状態にあるのか、自発的な協力者なのか、それとも別の事情があるのか。


 オレはノートパソコンを開いた。


 材料は揃っている。あとは順序の問題だった。


 どこから崩すか。

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