ep.6 Boot Sequence
「――これで、よしと」
オレは、アパート周辺の防犯カメラに残っていた自分たちの痕跡を消去し終え、軽く息を吐いた。
しかし――
向かいのアパートの柵を乗り越え、そのまま加速して窓ガラスを割って侵入するとは......なかなかの無茶をする。
「次から高いとこから降りるときはさー、足元の空間だけスローにしないとね~」
呑気にそんなことを言う彩子を、オレは横目に見る。
「......で、ここどこ?」
「アパートから少し離れた場所にある山小屋だ。深層ウェブで手に入れたモノの保管にも使っている」
オレは引き出しを開け、中に収めていた拳銃や手榴弾を見せた。
「わっ! これホンモノ!?」
「ああ」
「一回撃ってみたかったんだよね~、ホンモノの拳銃」
「彩子が両手に持っていたのはエアガンだもんな。だが、BB弾でもマッハを超える速度まで加速すれば、人に当たったときのダメージは無視できないレベルになる」
「あー......やっぱりバレてるよね。あたしのUSBがSPEEDだって」
彩子は苦笑しながら肩をすくめた。
「トオルのは?」
「その前に二つ聞かせてくれ。どうやってオレの居場所を特定した? それと、なぜオレが第2位だと分かった?」
「その二つ、まとめて答えられるよ」
彩子はスマホの画面をこちらに向ける。
そこには――三島邸付近の公園に入っていくオレの姿が、上空から撮影された画像として表示されていた。
さらに、その下には
『ここが第2位の住所だ』
そう書かれ、アパート名と部屋番号まで記されている。
「送り主は『Q7aX9mL2pR』。36時間前に作られたアカウントだって」
「......そいつの正体は、おそらくalbedoだ」
「えっ!?」
「三島の死亡が報じられた直後、NASAの衛星に侵入して三島邸付近を監視。そこに現れたオレの動きを追跡した」
淡々と告げる。
「衛星で追えない区間――屋内や地下、駅構内では、防犯カメラ網をハッキングして補完したはずだ。ここまでの規模でやれるのは、あの第1位くらいしかいない」
「......これ、他の人にも送られてるってこと?」
「ああ。おそらくオレ以外のランカー全員にな」
奥歯を噛みしめる。短い沈黙が流れた。
「さっきの質問に答えよう。オレはUnreal USBを二つ持っている。MOVEと三島が持っていたSIZEだ」
「あ! あの巨大なティッシュはSIZEを使ったってことだね!」
「その通りだ。それと、これは彩子が目を覚ますまでSIZEの概念実証をしていた時に気づいたことなんだが、寸法を1ミリ未満にするとアンダーフローを起こし、オブジェクトの寸法が0として扱われ、対象は存在しないものとして処理されて消える。この制約は他のUSBに対しても適用されている可能性が高い」
「もう一つ。MOVEを使ってSIZEのUSBを移動させようとしてみたが、そもそもオブジェクトとして認識できなかった。つまり、Unreal USBはHex値を持たない」
「なるほどね......じゃあお返しにあたしの情報もあげる! あたしは有名どころのFPSゲームでずっとトップの座に君臨しているの! だから、処理能力だけならあのalbedoを越せる自信があるよ!」
「――まさか、あの人力チートと謳われているayakoと同一人物だったのか......!」
「そーそー! ずっと周りからチーター呼ばわりされてるけど、その証拠が一切ないからね~、実際チートなんて使ってないし☆」
彩子は得意げに胸を張る。
「......なら、一戦やるか?」
「いいよいいよー! ボッコボコにしてあげる!」
かくして、オレと彩子の対戦が始まった。結果は惨敗だったが、これで仲間としての距離がほんの少しでも縮まったとすれば良しとするか。
*
時は――16時間前へ遡る。
ロシア時刻、2030年6月11日 午後4時。
広大な平原の地下深く。そこに設けられたシェルターに、一人の男がいた。
その男は、すべてが白い。
衣服も、肌も、髪も、まつ毛も、眉毛も。
白さの理由は、約2万人に1人の割合で発症するアルビノという特異体質からだ。
だが、その白の中にただ一つ、異質な色があった。
それは、目の色である。
右目は青。左目は赤。
左右で色の異なる、オッドアイ。
人の視線を一瞬で奪う、異様なまでの美しさ。
――THW第1位。世界最強のハッカー、albedo。
*
私は三島邸付近を衛星経由で監視していた。
そのとき、一人の男が視界に入る。
帽子を深く被った男が、公園のトイレへと入っていく。
......違和感。
15分後、男はトイレから出てきた。そのまま、公園を後ずさるように離れていく。
妙に長く用を足していたな......いや、この短時間で三島のUSBを回収したと仮定すれば――
邸内のUSBを、トイレまで移動させたことになる。
――となれば、奴が有しているUSBはMOVEか......!
結論に至った私は、即座に追跡を開始した。衛星でカバーできるのは屋外のみ。対象が屋内や地下、駅構内へ入った時点で視界から消える。
だが問題ない。都市には無数の防犯カメラが存在する。それらを個別に掌握し、移動経路に沿って接続することで、対象の軌跡を再構築する。
点在する映像を一本の線へ――防犯カメラ網として統合することで、追跡を継続した。
やがて男は、一つのアパートへと入っていった。
だが、その瞬間――
NASA本局が異常を検知し、追跡ログの一部が遮断されたまま、システムは強制的にシャットダウンされた。
問題ない、次の手はすでにある。
私は男の住んでいる部屋番号を割り出すため、アパートの管轄区域の住民票を不正に入手した。
必要なのは名前だけだ。
居住者の一覧を取得し、ハンドルネームと照合する。
第4位、ayako――不在か。
第2位、clear......日本語で明確、達成、透明――
『303号室 黒瀬 透』
「第2位、君だったのかい」
口の端が、自然と持ち上がった。
私は事前に用意しておいたアカウントで、第2位を除く全ランカーへ情報を送信する。
なお、彼の本名はあえて伏せておいた。
「これで、状況はより流動的になる」
突然、上の住民に強制された世界の管理権を賭けたUSB争奪ゲーム。
住民の正体は人か、機械か、ランカーか――あるいは地球外生命体か。
......いずれにせよ。
私がその正体を暴き、この稚拙なゲームを終わらせる。
*
そして、この出来事をきっかけに――USB所有者たちは、水面下で動き出していた。




