ep.24 Sacrifice Strategy
<SIDE:透>
明俊の死亡を確認したオレは体を起こし、奴の左手から排出されたUSBを回収する。続けて、祈のGRAVITYを回収した。
――明俊。お前は自分の計画通りに事が進んだと思っただろう。
だが、そう錯覚させること自体が、オレの計画だった。
オレは幸福同期教団の時も、常に「自分は誘い込まれている」という前提を捨てずに動いてきた。今回も例外じゃない。
地下施設の地図に存在しなかった、あの分岐路を見た瞬間、確信した――誘導されていることに。
最初にお前と対峙した時、オレはお前の頭上に巨岩サイズのコンクリート片を転移させた。違和感を覚えたのは、お前が視線を上げた時だ。右目の動きが左目よりわずかに遅れていた。まるで同期がずれているような、微細な遅延。オレはその差異を見逃さなかった。真っ先に疑ったのは義眼の可能性だ。
二度目、砂漠での対峙。今度は巨木を頭上に転移させた。結果は逆だった。見上げた際、遅れて動いたのは左目のほうだった。義眼の遅延が発生する側は固定される。その瞬間、オレは確信した。この明俊は本物ではない。影武者だ。
第3位のハンドルネームはeclipse、意味は日食・月食。第8位はumbra、ラテン語で影。どちらも共通しているのは「光が遮断されたことによって生じる闇」という概念だ。オレはそこで結論に辿り着いた。お前の影武者は、第8位――umbraだ。
彩子をホテルのベッドに寝かしつけた後、オレはパケット解析ツールを起動した。暗号化された通信ログが一気に展開され、周辺の無線トラフィックが層状に可視化されていく。スキャンを絞り込むと、不審なMACアドレスが三つ浮かび上がった。
一つ目は、五秒ごとに外部サーバーへ規則正しくデータを送信している。パケットサイズは極小だが、通信間隔が規則的すぎる。GPSトラッカーの類だろう。
二つ目は、常にデータを垂れ流していた。通信量は抑えられているが、一瞬も途切れない。ログを分解すると、圧縮された音声ストリームの特徴に一致する。盗聴用のライブフィードだろう。
そして、三つ目はBluetoothデバイスだった。オレはそこで視線を止める。
彩子の左手には、爆発装置が埋め込まれている。一つ目はGPSトラッカー、二つ目は盗聴器。ならば、残る一つが何を意味するかは明らかだった。このBluetoothデバイスこそ、爆発装置を起動するためのトリガーだ。Bluetoothの有効範囲は数十メートル程度。つまり、遠隔では成立しない。起爆には必ず、近距離での接近が必要になる。
その条件から逆算した。彩子に気づかれず、なおかつ接触可能な距離まで接近する。それを実現できる時点で、能力の方向性は絞られる。オリジナルの明俊は、正面戦闘型じゃない。奴の能力は、隠密行動に特化したタイプだ。
そして、オレは自分の処理能力を明俊に誤認させていた。
オレは事前に、ホテルから十キロメートル離れた位置にあるコンテナハウスを秘密裏に購入していた。
お前と対峙した時、MOVEでブラッドカプセルを鼻腔内へ転移させると同時に、ELEMENTで内部の窒素構造を直接操作して破裂させた。鼻血の正体は血液ではない――血のりだ。
オレの脳内バッテリーは、まだ半分以上残っていた。
迎えた最終決戦。彩子の爆発直後に姿を現した明俊の腰には、ホルスターベルトが装着されていた。異様だった。まるで「発砲した弾丸をMOVEで僕の後頭部に転移させてください」と宣言しているようなものだ。お前がそんな無防備な真似をするはずがない。ならば、その銃にはUSBへの対策が施されている。そこで、全ての辻褄が繋がった。
一ミリサイズの爆発装置を改造できる技術があるなら、歯や骨を加工して弾丸を作ることなど造作もないだろう。そして、人体の一部から作られた弾丸はUSBの影響を受けない。それこそが、お前の切り札だった。
オレは即座にSIZEへ命令を書き込んだ。道幅三十メートルの空間を対象に、正面一ミリ分を0.1秒ごとに圧縮する処理を、オレの身長である175センチ分――計1750回、直列で実行する命令だ。一回ごとの変化は微細だ。だが、それを積み重ねれば話は別になる。お前が引き金を引く頃には、オレとお前の間には175センチ分の圧縮領域が形成されていた。
お前の照準は正確だった。だが、その射線は圧縮空間を通過する時点で、本来の座標との整合性を失っている。お前はオレの額を狙ったつもりだっただろう。だが、その時点で着弾座標は既に本来の位置から175センチずれていた。
通常の弾丸なら圧縮空間の影響を受け、その座標系に従って飛翔し、お前が照準を合わせた額へ問題なく到達しただろう。しかし、歯から作られた弾丸はUSBの効果を受けない。だからこそお前の放った一発は圧縮空間の干渉を受けず、本来の弾道のまま飛翔した。結果、狙うはずだった額を外れ、オレの手前の地面へ着弾した。
《明俊視点の距離》
《実際の距離》
そして、弾丸が額の座標へ到達すると同時にMOVEを発動させた。ブラッドカプセルを額へ転移させ、ELEMENTで内部構造を破裂させる。続けて右手の甲から三つのUSBを取り出し、人差し指から小指の四本で弾いて明俊の足元へ滑り込ませた。
その瞬間――SIZE内部で、デッドフラグが立つ。
オレは事前にコンテナハウスへ仕掛けを施していた。天秤の上に二つのブラッドカプセルを置き、左側だけアドレスを取得しておく。左側のカプセルが転移すれば天秤は均衡を失い、右の皿が沈む。沈んだ皿はリミットスイッチを押下し、ケージ内部に通電が走り、収容されていたネズミが即死する。そして、ネズミの死亡を起点としてデッドフラグが立つ。
SIZE内部で実行されるのは、月を一ミリサイズへ圧縮する命令だ。
; --- ネズミのデッドフラグ検証 ---
mov ebx, [MOUSE_BASE_ADDR] ; ネズミのベースアドレスを取得
mov al, byte [ebx + DEAD_OFFSET] ; 末尾のステータスアドレスの値をalに読み込む
test al, al ; 値を検証(生死の判定)
jnz .skip_compression ; デッドフラグが立っていない(生存)なら処理をスキップ
; --- デッドフラグ発動:月を一ミリに圧縮 ---
mov eax, [EARTH_BASE_ADDR] ; 操作対象:月のアドレス
mov ecx, 1 ; パラメーター:一ミリへ圧縮
.skip_compression:
; 続く処理......
オレは過去に、神代と祈の前で池田を殺したと語った。だが実際には、池田とその部下二人、計三人を使って検証を行っていた。池田の携帯で部下二人を呼び出し、接触と同時に催涙スプレーで無力化してロープで拘束、実験体として利用した。
まず池田には、十秒ごとに物体を拡縮するSIZEのUSBを挿入した。脳内バッテリーが限界へ至る過程で、どのような崩壊症状が出るかを観測するためだ。
次に、部下の一人へ「一分後に月を一ミリサイズへ圧縮する命令」を書き込んだSIZEのUSBを挿入した。だが、命令が実行される前に、そいつはプログラムが強制終了されるように即死した。月規模の演算負荷は、実行以前の段階で脳内バッテリーを瞬時に枯渇させるのだ。
最後に残った一人にもSIZEを挿入したが、死ななかった。直前の実験体が死亡した瞬間、書き込まれていた命令そのものが強制停止していたからだ。その後、回収のためにロープで頸部を圧迫し、窒息死させてUSBを排出させた。
デッドフラグの存在に気づいたのは、この時だった。生存者にはUSBを差し込めるのに、死者には差し込めない。さらに死亡した瞬間、体内のUSBは自動的に排出される。二つの現象を突き合わせた時、一つの結論に辿り着いた。
――生死を判別するステータスフラグが存在する。
その構造を特定した後、もう一つの制約にも気づいた。デッドフラグを参照する命令は、一つのUSBにつき一系統しか保持できない。複数の命令を書き込めば競合が発生するからだ。オレが検証でTIMEへ書き込んだデッドフラグ命令が発動しなかったのも、その制約によるものだった。明俊はすでに別のデッドフラグ命令を書き込んでいた。それこそが、彩子に埋め込まれた爆発装置を原寸大へ戻す命令だった。
*
オレの計画通り、明俊はUSBを取り込んだ瞬間に死亡した。
彩子と祈の亡骸を背に、オレはゆっくりと踵を返す。一歩踏み出した瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。思わず足を止め、胸元へ手を当てる。
「......情は捨て去るよう努めたはずだったが」
誰に聞かせるでもない呟きが、静まり返った空間へ消えた。勝利の喜びは、どこにもなかった。
ep.12~ep.24の主要登場人物紹介
名前:黒瀬 透
THBランキング:第2位
ハンドルネーム:clear
所持Unreal USB:MOVE、SIZE
年齢:21歳
身長:175cm
体重:53kg
名前:西園寺 彩子
THBランキング:第4位
ハンドルネーム:ayako
所持Unreal USB:SPEED
年齢:18歳
身長:155cm
体重:38kg
名前:天音 祈
THBランキング:第6位
ハンドルネーム:hymn
所持Unreal USB:GRAVITY
年齢:19歳
身長:160cm
体重:50kg
名前:沈 鴻志
THBランキング:第7位
ハンドルネーム:vector
所持Unreal USB:ELEMENT
年齢:28歳
身長:173cm
体重:58kg
名前:夜 明俊
THBランキング:第3位
ハンドルネーム:eclipse
所持Unreal USB:COLOR
年齢:24歳
身長:181cm
体重:67kg
名前:林 志遠
THBランキング:第8位
ハンドルネーム:umbra
所持Unreal USB:TIME
年齢:25歳
身長:180cm
体重:65kg
名前:巳 厲鋒
THBランキング:圏外
年齢:46歳
身長:191cm
体重:88kg




