ep.19 Logic Bomb
「あ......彩子さん......」
祈が膝をついた。
目の前には彩子の右半身だけが横たわっている。
爆発で体は斜めに裂け、左半身はどこかへ吹き飛ばされたのだろう。残された右半身の断面からは赤黒い臓物が覗き、焼け焦げた肉の臭いが周囲に漂っていた。
祈の顔から血の気が引く。
「うっ......おえっ......!」
その場に胃液を吐き出した。肩を震わせながら何度もえずく祈を見下ろしながら、明俊は静かに口を開いた。
「せっかく未来を夢見ていたのに、随分と無残な結末ですね」
「明俊ッ――!!」
怒号と共に引き金を引く。銃口から飛び出した弾丸へSIZEを発動した。砲丸ほどの大きさまで肥大化した鉛塊が空気を裂きながら一直線に突き進む。
だが、明俊の目前で完全に停止した。空中へ縫い付けられたように。
「やはりSPEEDは優秀ですね」
直後、砲丸サイズの鉛塊が崩れ、灰色の粉末へ変貌しながら地面へ降り積もった。
「諸氏にお見せしましょう」
明俊が薄く笑う。
「TIMEとSPEED。二つが融合した真骨頂を」
明俊が薄く笑いながら懐から木の芽を取り出した。親指ほどの小さな芽をそのまま足元へ落とすと、次の瞬間には芽が伸び、幹になり、枝になり、葉が生い茂った。数秒にも満たない時間で樹高十メートルを超え、それでも成長は止まらない。幹が肥大化し、枝が空を覆い尽くし、巨大な根が地中を押し割りながら広がっていく。大地を震わせながら、気づけば一本の巨木がそこに立っていた。
「な......」
理解が追いつかない。芽から巨木になるまでには百年単位の歳月が必要だ。TIMEでそれだけの時間を書き換えれば脳内バッテリーが枯渇するはず――いや、違う。
「......SPEEDで成長速度を加速したか」
明俊の笑みが深まる。
「正解です」
巨木へ手を置きながら答えた。
「成長速度を百倍へ加速しました。必要だった時間はたった一年分。TIMEの消費など微々たるものですよ」
全身に嫌な汗が滲む。TIME単体では不可能だった芸当も、SPEEDが加われば時間消費を極限まで抑えながら本来百年かかる現象を再現できる。
「それより――見落としていませんか」
「なに......?」
明俊が指を鳴らした瞬間、世界が消えた。視界が真っ黒に染まり、空も地面も巨木も何も見えない。光そのものが消失したような暗闇の中で、巨大な木材が軋む振動が足裏から伝わり、そのまま地面へ向かって傾いていく音が聞こえた。
「祈! 右だッ! 今すぐこの暗闇を抜けろ!」
「ッ――はい!」
祈が即座にGRAVITYを発動すると同時に、オレもMOVEを起動して身体を左方向へ転移させた。
暗闇を抜けて視界が戻るが、見上げた先にあったのは空ではなく、頭上から落下してくる巨木の幹だった。逃げ道を読まれていた。回避しようとMOVEを発動しかけた瞬間、口の中へ鉄の味が広がった。
「ぐっ......!」
鮮血を吐き出す。膝が崩れて視界が揺れ、脳が焼けるように痛い。限界だった。連戦と能力の連続使用で脳内バッテリーはすでに枯渇寸前で、数十トンを超える巨木が頭上から迫るのに体が動かない。
死ぬ。そう確信した時、巨木が止まった。空中で、不自然なほどぴたりと。
「......祈!」
振り向くと、祈が両腕を前へ突き出していた。GRAVITYで巨木へ反対方向の重力を与えている。祈の右目から血が流れた。続いて左目、耳、鼻、口と全ての穴から血が溢れ出した。
「やめろ! お前まで死ぬぞ!」
「これ以上......失いたくない......!」
呻き声と共に重力を増大させ、巨木が持ち上がった。ゆっくりと、だが確実に、落下していた幹が空へ押し返されていく。
「うあああああああッ!!」
祈が悲鳴を上げ、血飛沫が舞う。それでも能力を解除しない。巨木は徐々に上を向き、やがて元の位置へ戻った。
「祈......」
祈の体がふらつく。 焦点の合わない瞳がこちらへ向けられた。
「......とおる......さん......みんなが......しあわせになれる......せかいを......つく......」
言葉は最後まで続かなかった。祈が前のめりに倒れる。右腕からGRAVITYのUSBが排出された。地面を転がり、乾いた音を立てる。
「素晴らしい」
明俊が口元に笑みを浮かべながらゆっくりと拍手した。まるで英雄を称えるように。
その姿を見た瞬間、何かが切れた。
「クソッたれがァァァッ!!」
血を吐きながら拳銃を構え、引き金を引き続ける。だが、明俊は僅かに体を動かすだけで回避した。弾丸は一発も届かない。
目、耳、鼻、口から血が流れ出る。脳内バッテリーは完全に枯渇し、体はもう動かなかった。
「これが第2位の末路ですか」
明俊がゆっくり歩み寄る。
「貴方は甘すぎる」
ホルスターベルトから拳銃を抜く。
「三人で管理者になる? そんな理想論が通じるほど、この世界は優しくありませんよ」
銃口がオレの額に向けられる。
「彩子......祈......」
明俊は静かに目を細めた。
「さようなら」
乾いた銃声が響き、弾丸が額に命中して血飛沫が散った。体がゆっくり傾き、頭から地面へ倒れ込む。
右手から三つのUSBが排出され、アスファルトの上を転がって明俊の足元で止まった。
静寂が訪れる。
見渡す限り、骸が積み重なっていた。その中心で、明俊一人だけが地に足をつけて立っていた。
「無数の夢がここで潰えた。そう思うと感慨深いものがあります」
足元のUSBを拾い上げる。勝利を確かめるように眺めた後、体内へ取り込む。
その瞬間。
夜明俊は死んだ。




